曹奏四季日々 42
荀彧side──
──一月十七日。
私も第二陣に入り、雷華様の子供を授かる事に!
正直、まだ暫く先になるかも、と思っていただけに嬉しい誤算だったわ。
如何に妊娠していても軍師だから仕事は継続は可能とは言っていても、華琳様や第一陣の皆を見たら、そう簡単な事ではないのだと思わされるもの。
だから、早くても来年かと思っていた。
そんな中で──だから、余計に嬉しかったわ。
確か……“サプライズ”と言うのよね?
天の国では、思い掛け無い良い事を。
──とは言え、歓びに浮かれてはいられない。
私や冥琳達の様に実家が健在だと、色々と遣る事が有って大変なのよ。
少なくとも、実家の後継ぎと、中央に新たに興した荀家の後継ぎ、二人は必要だから。
まあ、子供の心配はしていないわ。
雷華様となら、二十人は行けるわよ。
昨夜も…………ジュルッ……っと、危ない危ない。
油断すると涎が…………ちょっと濡れたわね。
後で御風呂に行って着替えもしないとね。
話を戻して。
実家が有り、御母様も居るとは言え、中央の新家は独立していなければ意味が無いわ。
そう意味では、楽ではなく、遣る事が二倍なのよ。
勿論、一から自分が興すのも大変なのだけれど。
実家──元の家の力が強いから、新家の方が後々に飲み込まれかねないのよ。
まあ、実際には私達が存命中は、そんな馬鹿な事は許しはしないのだけど。
そういう事が起こる可能性が有るのだと判っていて何の対策や備えもしないというのは有り得ない。
そんな愚かな者が家は勿論、国を、民を、未来を、背負う様な立場や職務に有る事は許されない。
だから、私達はしっかりと遣るべき事を遣る。
それが、私達の責任であり、覚悟だから。
──で、そんな新家の事なのだけど。
その調整やら何やらが地味に大変なのよね……
御母様は「早く孫を抱きたいわ~」と、御機嫌でも手伝ってはくれない。
──と言うか、手伝えないのよね。
新家は私自身が興す家だから。
御母様に限らず、実家との繋がりは極力無くす。
後々、協力したりするのは構わないのだけど。
少なくとも、私が当主の間に、別家として独立した状態に持っていかなければならない。
はっきり言って、物凄く面倒だわ。
それでも、将来を見据えれば必要な事なのよね。
特に中央に家を構えるだけではなく、地方を預かる立場になる面々の血筋と家というのは。
蓮華や翠みたいに、中央と地方の同時に興す方が、調整し易くて楽だから羨ましいわ。
…………まあ、珀花は別枠なんだけど。
アレとだけは、一緒にはされたくはないわ。
ただ、雷華様も華琳様も最初から想定されていた。
だから、軍師でも私達の直属の部下が居る。
その者達を、家臣として登用すれば人は集まる。
収入源等も問題は無い。
問題が有るのは、実家との距離感なのよ。
“付かず、離れず”が理想的では有るのだけれど。
それが考えるよりも、口にするよりも──難しい。
ええ、何度頭を掻き毟りたくなった事か……
思い出しただけでも苛々するわ。
冥琳達の様に中央から距離が有る場所を治めるなら自然と双方が独立独歩の意識が強くなり易い。
何か有れば援助したり、協力したりはするけれど。
基本的には、宅は宅、他所は他所。
その考え方が生まれ易い。
しかし、私の家は距離が近い。
近過ぎるのよ。
洛陽、或いは長安を中央にしているなら、そこそこ距離が有るのだけれど、今は近い。
中央と中央、二家を構える中では唯一で、一番。
だからこそ、その調整が本当に難しいのよ。
助け合ったりするのには、とても良いのだけど。
その前段階の話だから…………悩ましいわ。
「──って訳だから、何か良い方法は無い?」
「いや、それを私に聞かれても困るのだか?」
目の前には眉間に小さな皺を作る愛紗。
偶々、見掛けたから声を掛けて──愚痴った。
愚痴る位はさせてよね。
だから、本気で期待はしていない。
だけど、視点が、性格が、立場が異なれば、私とは違う意見や見方が有るだろうから。
そんな他愛無い感想だけでも参考になるのよ。
それが判るから、愛紗も溜め息を吐く。
邪険にしたり、無視しないから愛紗は好きよ。
口に出したりはしないけれどね。
「……確かに桂花の所は特殊な環境だろう
漢王朝や、それ以前の時代には中央だった洛陽等を一地方とする事が出来たのも華琳様の、曹家の基盤となる場所が大きな要因だが……
荀家の貢献も小さくはない
実際、結様を除けば、軍師の中では桂花の発言力や影響力は他の皆より大きい
そういう意味では、実家と切り離すのが難しいのも仕方が無いのだろうな
だから、悩むのは判る
判るが──別に完全に分ける必要は無いのでは?」
「……人の話聞いてた?」
「聞いていたから、言っている
将来的な問題を生まない為なのは判るが、だからと言って今から遣る必要は無いのではないか?
まだ両家の後継ぎが出来た訳でもない
実家の方は明花殿が現役でも有るのだから、先ずは新たに興した方の家を、桂花が考える形にする様に動いてもいいのではないか?」
「…………私が考える形に?」
「そうだ
例えば、私の場合は中央のみだが、私が軍将だからという理由だけで武門の家にはしない
文武両道とまでは言わないまでも、子供達が自分の将来や歩む道を選べる様にして遣りたいと思う
その為に必要な環境を整え、それらが実った先に、曹家に仕える一臣家と成れる
私は、そういう風に考えている」
「…………ちょっと意外だったわ
貴女なら、もっと、「一に忠義!、二に忠義!」な家を考えているのかも思っていたわ……」
「それは私個人としては有りだがな
子供達にまでは押し付けられないし、そんな経緯で築かれた関係が長続きするとは思えないからな」
「実感が込もっているわね……」
「まあ、それなりに色々と経験はしているからな」
そう言って苦笑する愛紗。
以前なら兎も角、今は揶揄い半分で話題に出しても大して気にもしていないけれど。
中々に濃い話ではあるのよね。
私達に共通するのは雷華様との出逢い。
それは華琳様も例外ではないわ。
ただ、そんな私達の中でも愛紗は誰よりも特殊。
何しろ、雷華様が、華琳様が、その当時の主だった劉備達から奪い獲ったのだから。
単純な敵対関係とは意味が違う。
ある意味、今の劉備を形成する根幹とも言える屈辱であり、圧倒的な敗北だったと言えるのだから。
愛紗自身にとっても大きな転機──いいえ、自分の人生を変え、決定付けたと言える事でしょう。
だから、決して愛紗は自分の過ちを忘れない。
そんな事を考えながら、私も考えてみる。
自分が、どんな家にしたいのかを。
確かに、愛紗の言う様に、同じである必要は無い。
全く違う必要も無いし、全く逆である必要も無い。
実家や他からも学べる事は学び、取り入れる。
その上で、私が思い描く家の形、在り方とは?
先ず、今の私自身の後継となる事が第一よね。
私自身は荀家の後取り娘として生まれ育ったけど、新興となる家は私が初代。
だから、当然の様に私の色が強くなる。
だけど、さっき愛紗が言っていた様に子供の未来を決め付ける──縛る様な事はしたくはない。
そういう意味では、柔軟さは大事よね。
………………でも、出来れば軍師的な立場に就いて欲しいという気持ちが有るのも確かね。
まあ、軍師という役職は子供達が成人する頃には、無くなっているでしょうけど。
未来永劫、戦争し続けようとは思わないもの。
だから、切り替えるべき時に、切り変わるものよ。
ただ、それでも曹家を支える存在で在って欲しい。
実家の方は領主として、この先も今の地を預かり、守っていける様に、というのが第一だから。
勿論、曹家への感謝と忠誠心は忘れずによ。
基本的には……まあ、こんな感じよね。
他には…………取り敢えず、子供達が自由に遊べる広い庭が欲しいわね。
菜園等は雷華様が御用意されるでしょう。
子供達が私と雷華様を取り合うのだけど、残念ね。
御母様は御父様のものなのよ。
……え?、そんな雷華様…………あっ、また一人、新しい子が出来てしまいますっ────
「…………何を考えているのだ?」
「────はっ!?」
「取り敢えず、涎を拭け」
「私の妄想とは思えない生々しさだったわ……」
「あの顔を見ていれば、そうなのだろうな」
言外に、「まあ、そうなる気持ちは判る」と。
苦笑する事で語る愛紗。
それだけの経験も有るから、具体的になるのよね。
まあ、実際には、まだこれからなのだけれど。
当の妊娠・出産は兎も角、子供達と触れ合ったり、子育てっぽい事は経験している。
今になって思えば、雷華様が孤児院を創設・運営し子供達と接して来られたのも、親に繋がる経験だと考えての事だったのかもしれないわね。
ええ、大人の理屈なんて子供には通じないもの。
その事を、言葉や知識としてではなく、経験として知っているというのは大きな違いよね。
そうでなければ、子供を道具の様に見て、扱う様な親に成っていたかもしれないもの。
子育てや教育って、本当に難しいものだもの。
この世界よりも発展し、様々な事が有った世界でも今も尚、その手の問題は有り続けるそうだから。
完璧な教育や、万全な指導なんて無いのよね。
その環境、その状況、その時代、その子供により、違っていて当然なのだから。
計算の式や答えの様には出来無いもの。
それを忘れると……という事なのでしょうね。
本当に……人というのは愚かさだけは失わないわ。
それが一番の問題なのでしょうけど。
「……ねえ、愛紗は自分に似て欲しい?」
「そうだな…………娘なら、見た目は多少な」
「胸はって事?」
「自分で言って、此方等を睨むな
私は何だかんだで自分の頑固さに苦悩したからな
結果としては、こうして今が在るから良かったが、違っていたらと思うと……身震いしてしまうな
だから、出来れば素直な子供で有って欲しい」
「雷華様に似るのは?」
「それは構わないが……雷華様が嫌がるだろうな」
「あー……それは華琳様も同じでしょうね……」
「──と言うか、私達の大半は子供達に自分に似て欲しいとは思ってはいないと思うが?」
「………………それもそうかもしれないわね」
一部を除けば、自分の性格等に苦悩してきた。
今は自分を受け入れられ、認められているけど。
好き好んで、子供にも同じ様に──とは思わない。
私も絶対に嫌だわ。
特に、口の悪さが似たら最悪ね。
…………子供達の前では気を付けたいわね。
出来る範囲で出来る様に、という努力目標でね。
ええ、自分を抑え過ぎるのは心身にも毒だもの。
「だから、逆を考えてみる」
「逆?」
「才能や能力的な希望を上げれば切りが無い
それに希望だから良い事ばかりで固めてしまう
それでは具体性や現実味が乏しくなる
だから、「こういう性格だったら……」と思う者を誰か一人、想像してみる」
そう言われて──思い浮かんだのは斗詩。
……何故?、え?、どうして斗詩?
自分でも驚いたし、戸惑う。
頭の中の斗詩が、「ちょっと!、何でですか!」と怒ってはいるのだけど。
……正直、意味が判らないわ。
「思い浮かんだのが、自分が羨む相手だそうだ」
「……もしかして、雷華様が?」
「ああ、以前、子供の事を話していた時にな
因みに、私は翠だった」
「珀花じゃないのね」
「彼処までは流石に強くはなれないな……」
「今、絶対に付け足したでしょ?」
そう訊けば、愛紗は無視して御茶を飲む。
まあ、珀花には成れないし、成りたくもないわ。
アレは珀花だからで、珀花にしか無理だもの。
あと、自分の子供にも望まないわ。
「子供は環境の影響を強く受ける
それは周囲の者や接する者も含めてだ
だから、多くの者と関わる方が良いそうだ
勿論、子供の事を見ながらな」
「人見知りの子供にとっては酷な事だものね」
「そういう事だな」
──side out




