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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
909/915

刻綴三國史 49


 袁術side──


──一月十日。


七乃と共に船に乗り、建業を発って交州へ。

大海原を南へと下って行く。


そういう事だったのだけれど──船が座礁した。

不運!、と言うか、不吉でしかない。

…何か悪い事が起きそうで嫌になる。


ただ、船が沈没したり、転覆した訳ではない。

だから、不幸中の幸いで、乗っていた者に軽傷者は居ても死者は無し。

まあ、商人からしたら頭を抱えたくなる事。

座礁した船を見詰めながら、ウロウロしていたのも仕方が無い事だと思う。


そんな商人達の事は置いておいて。

今は自分達の事を考えなければならない。


予定よりも手前で船を降りる事になった。

しかも、代わりの船は無い。

近くに漁村も見当たらない辺鄙な場所。

人が住む場所は進むにしろ、戻るにしろ、其処から数日は移動しなければならない。


商人達は船の積み荷も有り、その場に残った。

運が良ければ、通り掛かった別の船から助けを得る事も出来るだろうし、救助要請を伝えられる。

だから、動かない方が良い場合も有り得る。


しかし、此方等は一緒に居る訳にはいかない。

一緒に居れば生き延びられる可能性は高いけれど、誰かに見付かる事は間違い無い。

見られてしまえば、逃げ切れはしない。


……七乃は抵抗するかもしれないけれど、無意味な命懸けはして欲しくはない。

そうなったら、大人しく自分の身を差し出す。

せめて、七乃だけは無事に生きられる様に。


──と、考えてはいたのだけれど。

七乃はあっさりと徒歩での移動を決めた。

まあ、一緒に居れば商人達も巻き込む事になる。

その罪で彼等が裁かれる事を考えれば当然の判断。

やはり、何だかんだで七乃は優しいと思う。


……だからと言って、抱き付く必要は無い。

全く無い。

離れて欲しい……泣き真似をしても駄目、絶対。


──という訳で、船が座礁してから三日。

険しい山の中を上り、下り、歩き続けている。

場所が場所の為、ゆっくりと眠る事も出来無い。

人が近くに住んでいる山とは違う。

人が踏み入る事を拒み、人を遠ざける大自然。

其処に有るのは、純粋な弱肉強食のみ。

油断すれば、容易く胃の中に入る。

そんな状況では、正面に休む事も難しい。


……特に七乃の身体が心配。

気遣って夜番をしてくれているが、疲れは溜まる。

「まだまだ大丈夫ですよ~」と笑っているが。

それにも必ず限界が有る。

だから、七乃にも休んで貰いたい。

そう思うのだけれど……自分の弱さが腹立たしい。

守って貰う事しか、助けて貰う事しか出来無い。

“無力な弱者”以外の何者でもない自分自身が。

もどかしくて、悔しくて、本当に嫌になる。

けれど、どんなに思おうが何も変わらない。

何も出来無い事には変わらないから。

ただ、一生懸命に歩き続ける。

弱音を飲み込み、一歩一歩、足を前に出す。

ただそれだけしか出来無いから。

せめて、それだけは止めはしない。



「──あっ!、御嬢様、前っ!、ほらっ前です!

見て下さい!、森を抜けますよっ!」



七乃の声に顔を上げると、昼間でも日の光を遮って薄暗くしている鬱蒼と生い茂る森の奥に小さな光が穴が空いているかの様に見えた。

頭上ではなく、前方。

七乃が言う様に森を抜ける。

それが判っただけで、疲れていた足に力が入る。


森を抜けさえすれば、七乃と一緒に休める。


その一心で、足を前に出す。

少しずつ、少しずつ、小さかった光が大きくなり、近付いているのが目に見えて判る。

終わりが有ると判るだけで、人は頑張れる。


──嗚呼、だから、人は軈て死を迎えるのだろう。

生きるという事に、懸命に為れる様に。



「──ぉ────ょう────様っ、御嬢様っ!

御嬢様しっかりして下さいっ!!

眠ったら駄目ですよっ!

襲っちゃいますよっ?!

御嬢様の大事な初めて貰っちゃいますよっ?!」



七乃に肩を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。

や、止めて……七乃、止め……うっぷ……。

折角、気持ち良かったのに……。

ああ、気持ち悪くなってしまう……。



「あーもうっ!、何で此処で吹雪くんですかっ!?

この辺り、滅多に雪も降らない筈ですよねっ?!

信じられませんよ、こんなのおぉーーーっっ!!」



………………吹雪?

……あー…………確かに……真っ白だぁ…………。

…………でも、今はどうでもいいかなぁ……。



「だから寝たら駄目ですってばあっ!!」






一夜が……一夜?

うん、多分、一夜。

一夜が明け、昨日の吹雪が嘘の様に晴れている。

「雪?、え?、降ったの?、何処に?」と。

人に話しても信じては貰えないでしょう。

何故なら、本の僅かも残ってはいないのだから。

……こんな事って有るの?

いやまあ、確かに吹雪いていたのだけれど。

う~ん……世の中には不思議な事も有るものです。


ただ、その御陰で、ゆっくりと休めはしました。

七乃も途中で力尽きたみたいで、起きた時には横で眠っていたから。

一先ず、疲れは少し取れた。

これでまた暫くは歩き続けられる。

まだ頑張れる。



「──と、七乃が起きる前に何か探そうかのぉ」



避難していた洞窟……岩壁の亀裂から外に出たら、周囲を歩いてみる。

あまり遠くへは行かない。

あの岩壁が見える範囲内に留める。

山の中に目印など無いから直ぐに迷える。

迷子になる自信しかない。



「…………木の実の類いも見当たらぬのぉ……」



此処までの道中、七乃は簡単に見付けていた。

何かコツが有るのかと思い訊いたら、「そんなの、御嬢様への愛ですよ~、愛~」と宣った。

「そんな訳が有るかーっ!」と返したかったけれど無駄に疲れるからしなかった。

本当は物っ…………っ凄くっ、言いたかった。

「それなら愛で船を見付けて欲しいのじゃっ!」と何れ程言いたかった事か。

……まあ、アレも七乃の励まし方なのだと思う。

だからこそ、応えたかった。

その余裕と元気は無かったのだけれど。


そう思いながら、大きな岩を見付ける。

七乃の二人分は高さが有る。

その岩の周囲を調べたら戻ろう。

そう決めて近付き──岩の裏側を覗いた。



「────あん?」

「────ほえ?」



其処には下半身を晒した男が立っていた。

……股の間に何かブラ下がっている。

…………見たら、気持ち悪くなってきた。



「な、何だてメギャア゛ァ゛アッ!!??」



男が声を出した瞬間に、右足を振り抜いた。

「いいですか、御嬢様~、もし下半身を晒した男が居たら迷わず、全力で(・・・)股間を蹴って下さいね?」と。

七乃が言っていた通りにする。

そして、奇声を上げた男を放置して逃げる。

七乃の居る場所に向かって全力で走る。


後ろの方が騒がしくなっているが、気にしない。

兎に角、一目散に走る。



「──あ、御嬢──」


「七乃逃げるのじゃーっ!!」


「──って、ええぇえっ!?」



全力で七乃の胸に向かって飛び込む。

受け止めた七乃は迷わず走り出した。

七乃に抱えられ、一息吐き、後ろを見る。

……何故か、男が十数人に増えていた。

…………似てはいないけど、兄弟とか?



「絶対に違うと思いますよーっ!」



そう、律儀に答えてくれる七乃。

そうか、違うのか。



「何したんですか御嬢様っ?!」


「妾は七乃の言っていた通り、下半身を出した男の股間を全力で蹴っただけじゃ」


「流石です御嬢様っ!!」



そう言いながら七乃が、何かを後ろに投げる。

顔を向けると、追って来ていた男達の数人が地面に転がり悶絶していた。



「何を投げたのじゃ?」


「さあ?、何でしょうね~

其処ら辺に有った熟れた(・・・)木の実でしたよ~」



……食べ頃、という訳ではないなら、酸っぱいか、腐っている可能性が高い。

それを投げた、と。

七乃、恐るべし。






「済まぬ、七乃……妾の所為じゃ……」


「御嬢様は悪く有りませんよ~

悪いのは粗末な物を晒した汚物ですから~」



そう笑いながら剣を向けている七乃。

その相手は、股間を蹴った男を含む男達。

今になって判ったが、海賊らしい。

……山に居るなら、山賊ではないのだろうか?


そんな事を考えているのも現実逃避から。


七乃は頑張ってくれた。

必死に逃げ、少しずつ脱落させ、数が減った。

逃げ切れた──と思った矢先に、飛び出した先が、男達の根城だった。


森が深過ぎて見通しが悪かったから仕方が無い。

七乃に落ち度はない。

迂闊に歩き回った自分が悪いのだから。

こんな事になり、七乃には申し訳無く思う。



「……御嬢様、まだ走れますか?」


「……っ……嫌じゃ、もう走れぬ!」


「またまた御嬢様ってば~

そんな風にされると嬉しいじゃないですか~」



七乃の意図を察し、七乃の服を握り締め、拒む。

命懸けの囮になって逃がそうというのだろう。

だが、それは承諾出来無い。

此処で七乃を失う位なら、一緒に死ぬ。

その方が後悔が無い。

七乃を犠牲にして生き延びても嬉しくはない。

そんな人生が幸せになるとは思わない。

だから──



「──七乃、命令じゃ、妾を決して離すでないぞ」


「──っ!!、…………もう、御嬢様ってばぁ……

命令じゃあ、仕方が無いですね~」



困った様に、嬉しそうに。

七乃は苦笑し、笑い、いつも通りの笑顔で。

向かってくる男達に剣を振るう。


七乃は決して弱くはない。

物凄く強いという訳でもない。

しかし、その辺の賊徒に遅れを取る事は無い。

劣る事は無い。

負けはしない。


ただ、それでも。

数の暴力の前には疲弊せずには居られない。

何故、常道が数を多くする事なのか。

その理由を、その効果を。

今、嫌という程、目の当たりにしている。



「────痛ぅっ!?」


「七乃っ!?」



矢が七乃の右肩に刺さった。

その程度なら、七乃は堪えられただろう。

しかし、走り続け、戦い続けて疲弊困憊。

その上、矢が刺さった場所が悪かったのか、右手を握れなくなっている。

だから、剣を落としてしまった。


だけど、敵は待ってなどくれない。

此処ぞとばかりに一気に向かってくる。

左手で剣を掴む事は出来無い。

他でもない。

その左腕の内側に自分が居るから。

自分が七乃の邪魔をしてしまっている。

「……七乃の言う通りに逃げた方が良かった?」と脳裏に思い浮かんでしまう。

それは後悔?、或いは未練?

…………否、それは反省(・・)

生きて、自分の未熟さに打ち克つ為に!


地面に落ちた剣に手を伸ばす。

両手で柄を握り、全身で引っこ抜く様に振り抜く。



「──御嬢様っ!?」



七乃の悲鳴に近い叫び声。

だけど、それ以上に必死なのに感じる両手の感触に直ぐにでも吐き出しそうな嫌悪感を覚える。


これが──人を殺す感覚。


頭の中で、言葉が反芻される。

しかし、気にしてはいられない。

立ち止まれば、死が訪れるのみ。

自ら可能性を放棄してしまう。

そんな事……絶対に受け入れられないっ!



「──ぁああァアアアアーーーッッッ!!」



剣の使い方なんて知らない、判らない。

こんな重い物、扱える訳が無い。

それでも!

諦めたりしない、諦めない、諦めるものかっ!

全身で、強引にでも構わない。

兎に角、振り回す!



「──きゃあっ!?」


「──御嬢様あぁーーっ!!」



──でも、上手く行く訳が無い。

簡単に剣を弾かれ、地面に転がされる。

股間を蹴った男が見下ろしている。

……また下半身を晒そうとしている?

それなら、また蹴ってやる!



「────ぅがアァッ!?」



そう思いながら睨み付けていたら、男が消えた。

──否、横に弾かれる様に倒れていた。


その男の代わりに、見知らぬ誰かが立っていた。

振り向いた胸元が開いているから男だと判る。

だけど、顔だけを見れば女性と間違えると思う。

その可愛い印象の残る顔立ちが。

とても頼もしく格好良く輝いて見えた。


そして、差し伸べられる右手。



「大丈夫ですか?」



そう言って見詰める瞳に、鼓動が大きく跳ねた。

その瞬間に理解する。

これが自分にとっての運命の出逢いなのだと。



──side out



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