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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
905/915

刻綴三國史 47


 袁術side──



「…………此処は何処なのじゃ?」



目が覚めると、見知った部屋ではなかった。

──と言うか、見える景色に全く見覚えが無い。

しかし、小さな部屋である事は判る。

自分が寝ていた──寝かされていた寝台は簡素。

「取り敢えず、寝られればいいか」と言う感じで。

「床で寝るよりは良いだろ?」と言われそうな。

そんな印象を持ってしまう様な、薄汚れた小部屋。

一応、掃除等はしているのだとは思うのだけれど。

自分が生活していた環境と比べると雲泥の差。

……いや、比べるのは止そう。

無性に虚しくなってしまうので。


それは兎も角として。

これは一体どういう状況なのか。

部屋に七乃の姿は無く、見知った侍女も居ない。

見覚えの無い場所なので当然と言えば当然か…。

………不味い、急に不安になってきた。


と、取り敢えず、部屋の中を探そう。

真っ先に扉が開くのかを確かめたくは有るけれど。

もしも、これが誘拐等だった場合。

誰かに気付かれてしまえば、脱出も難しくなる。

それよりは、先ずは何かしらの手掛かりがないかを調べてみた方が安全な筈。


そうとなれば────と思ったのだけれども。

改めて部屋の中を見回しても特に物は無い。

自分が寝ていた寝台の下にも………何も無い。

掛けられていた布団の下には…………やはり無い。

しかし、自分の着ている服は変わっていない。

何より、自分は縛られたりもしていないのだから、これは……誘拐ではない?。

いや、でも、それ以外には……………むぅ………。



「──あ、御嬢様~、御早う御座います~」



──と悩んでいたのを笑い飛ばす様に、部屋の中に入ってきた笑顔の七乃の挨拶。

普段と変わらない、その笑顔と声色。

──が、本の少しだけ、違和感を覚える。

それは気の所為なのかもしれない。

しかし、知っているからこそ、感じる事も有る。


そして、それは七乃にしても同じ事。

自分が何かを感じた事を察し、苦笑する。

「もぉ~…仕方が無いですね~…」と言う様に。

一つ大きく息を吐いてから、話し始める。



「此処は船の中の一室になります

──あっ、別にケチった訳では有りませんよ?

御客用の部屋(・・・・・・)ではない(・・・・)からです

だから、文句は言わないで下さいね~」



「めっ、ですよ~?」と。

場の雰囲気が重苦しくなる事を嫌うかの様に七乃は態と明るく振る舞ったりする事が多い。

勿論、それが自分の為であり、以前の状況であれば他の家臣達を欺く為のものだった事は判っている。

だからこそ(・・・・・)、この状況には不必要な筈。

それなのに態と遣っている、という事は……。

これは、そういう事(・・・・・)なのだろう。



「…七乃、行き先は孫策の元なのか?」


「…違いますよ、御嬢様

これは冗談じゃなくて本当に、ですから

抑、のこのこと孫策さんの所に顔を出したりしたら私は兎も角として御嬢様は首が飛びますよ~?」


「其処は「私達」と言って欲しいのじゃが?」


「御嬢様の潔い最後を語り継がないといけないので私は生き恥を晒してでも頑張りますから…

どうか、御嬢様は成仏して下さいね~」


「いや、流石に無念と未練しかないのじゃが?」


「其処は何とか気合いと根性で」


「無理なものは無理じゃ」



──と、戯れ合う様に掛け合いをして──笑う。

大した事を言った訳ではない。

何かが変わった訳でもない。

それでも、こうして声を出して笑い合うだけでも。

自然と心の中に有ったモヤモヤが。

不思議と胸の奥に詰まっていた重たさが。

無くなっていく様に感じられる。



「…御嬢様にとっては複雑かもしれません

私は御嬢様を連れて、劉備(・・)の元を離れました

もう二度と戻るつもりは有りません」



そう言い切った七乃。

真っ直ぐに目を見詰めながら。

其処に揶揄ったり、巫山戯たり、悪戯をしている時の様な独特の感じはしない。

本気も本気、嘘偽りの無い決心だという事。

どんな相手でも滅多に呼び捨てにはしない七乃が、劉備の事を呼び捨てにしている辺りにも本気具合が窺えるのだから。


だから、七乃の判断に関しては何も言わない。

七乃が、そうするべきだと判断したのなら。

きっと、そうするべきなのだから。

何よりも、ずっと、そうしてきた。

七乃の御陰で自分は生き延びられている。

その事実が有る以上、七乃を疑う事はしない。


もしも、仮に死ぬ事になったとしても七乃を恨みも憎みもしない。

………まあ、文句は言うかも知れないけれど。

その位は赦して欲しいと思う。

最後の我が儘、という事で。


──なんて話は置いておくとして。

いや、置いておくから抱き付くでない!。



「こ、こらっ、七乃っ!、は、放すのじゃっ!」


「そんなの無理ですよ~、七乃は感激です~

御礼に御嬢様の初めてを貰っちゃいますね~」


「ちょっ!?、ななっ、何をするつもりじゃっ!?」


「え~…言わせるんですか?」


「言えぬ様な事をするつもりじゃとっ!?」


「大丈夫ですよ、御嬢様~

痛いのは最初だけらしい(・・・)ので~

あ、ほらほら~、上を見て下さい、上ですよ~

あの汚い天井の染みの数でも数えてて下さいね~

安心して下さい、その間に終わりますから~」


「“らしい”とは何じゃっ!?

安心など出来るかあぁーーーっ!!」








「ふぅ~~……良い汗、掻きましたね~」


「…妾は汗を掻いて気持ち悪いのじゃが?」



戯れ合うと言うか、取っ組み合うと言うか。

兎に角、どうにか七乃から逃げ切った。

──が、汗だくで気持ちが悪い。

「はいは~い、御着替えですね~」と。

笑顔の七乃が憎たらしい。

自分が七乃よりも優れているとは思わないけれど、若い分、体力では勝てる筈なのに……何故?。

大人達は大体、「若さには勝てぬのぉ…」と言って汗だくで疲弊していたのに…。

……七乃が可笑しいのか?。

…………そう思うと、そう思えてしまう。

先程までの七乃が、そうさせるのだけれど。

う~ん……真面目に考えたら敗けな気がしてくる。



「…それで七乃、麗羽姉様には?」


「話してはいません」


「そうか…」


「……どうしてか、訊かないんですか~?」


「流石に妾でも判るのじゃ

麗羽姉様は北郷に惚れておるのじゃろう?

麗羽姉様に話せば、北郷に知られ、劉備にも伝わる可能性が高くなる…

それに麗羽姉様は残るじゃろうしな…

それなら、話はしない方が御互いにとって良い…

そう七乃は判断したのじゃろ?」


「…御嬢様…」


「先の趙雲達の事が有って間も無いのじゃ…

劉備達に気取られぬ様にするのは当然

妾にも言わなかったのは、言えば、妾は麗羽姉様に話さずには居れぬから…

いや、話さずとも出てしまう(・・・・・)じゃろう

それを防ぐ為…そうなのじゃろ?」


「……成長されましたね、御嬢様」


「それもこれも七乃の御陰じゃな」


「七乃は感動で胸が一杯ですよ~」


「──って、胸を揉むのは止めぬかっ!」


「ちょっとだけ、ちょっとだけですから~」


「ええいっ!、ちょっとも、そっとも駄目なものは駄目なのじゃーーっ!!」






全く…あの(・・)七乃にだけは困ったもの。

…いつ頃からだったのかは、もう忘れたけれど。

胸を揉んだり、御尻を撫でたりする様になった。

しかも、遣り返したら遣り返したで喜ぶ。

「御嬢様~、もっと~」と。

何が楽しいのか、嬉しいのか、判らない。

……何と無く、知らない方が良い気がしている。

だから、考えない様にはしている。


──という事は置いておくとして。


夜になり、部屋から出てもいいと言われた。

船は停泊しているが、降りてはいけない。

下手に見られでもしたら危ない立場なのだから。

だから、本当は部屋の中に居るべきなのだけれど。

少し、外の空気を吸いたくなった。


だから、外に出ると──星空が綺麗だった。

少し火照った肌に夜風が心地好い。

荊州とも益州とも違う。

何方等も北部に比べれば冬でも暖かいけれど。

揚州は揚州で、また違った暖かさ。

個人的には揚州の感じが一番好きかもしれない。


………いや、自分でも判っている。

それも現実逃避(・・・・)なのだと。



「……麗羽姉様………っ……」



見上げていた星空が滲み、思わず俯いてしまう。

寂しくない訳ではないけれど……そうではない。

ちゃんと話して御別れをする事が出来無かった事は残念だけれど……そうではない。


これから麗羽姉様が歩むだろう人生。

勿論、それは麗羽姉様のものであり、意思の下に。

ただ、苦労という言葉で足りない程に困難。

そうなる未来を想像出来てしまうから。

麗羽姉様を残してしまった事を悔やんでしまう。


もしも、自分達の立場が逆だったら。

きっと、自分は麗羽姉様の様には耐えられない。

今の自分でさえ、七乃が居てくれればこそ。

それなのに、麗羽姉様の様に頑張れはしない。


だからこそ、麗羽姉様には幸せになって欲しい。

心から、そう思う。


思うのだけれど──理解が出来無い。

一体、北郷の何が良いのか。

まあ、男女の惹かれ合う理由は千差万別。

自分には解らずとも、何の影響も無い。

結局の所、それは他人事(・・・)なのだから。


──という事を考えていたら。

気付けば視界は元に戻っている。

まだ理解してはいないから、想像も稚拙。

結果、沸き上がる感情も一時的なもので。

少し思考が逸れただけで掻き消えてしまう程度。

そういう意味では、その程度で済むのは悪くない。

引き摺ってしまうと辛いだけなのだから。


壁に背を預けて座り、星空を見上げる。

人が何を思っていようとも星々には無関係。

誰が見ても、その輝きは同じ。

そういった意味では見る人により違うのは、恋愛と似ているのかもしれない。

その輝きを、どんな風に思うのか。

それは自分次第、その人次第なのだから。


そんな事を考えていたからなのか。



「………結婚、のぉ…」



自然と口から溢れた呟き。

面倒臭そうなので七乃には聞かせられない。


ただ、それを考える事自体は可笑しな訳ではない。

自分は袁家の当主という立場に有った。

政略結婚(・・・・)というのは可能性として有り得た事。

実際には七乃が潰してくれていたのだと思う。

だから、自分には縁が無い話だったのだけれど。


それはそれとして。

男女の関係の行き着く所は、結婚になるのだろう。

結婚し、子を成し、育て、繋いでゆく。

自分達が、そうである様に。

自分達も、そうして行かなければならない。


途絶えてしまえば、其処に関わった全てが無意味に変わってしまう。

何も残らずに失われていってしまう。

それは歴史的な意味ではなくて。

人としての、自分が生きた意味を遺すという事。


意志を、と考えれば血は関係無いのだけれど。

やはり、血を、命を繋ぐというのは、また別の話。


自分という現在()に到るまでの連なりを想えば。

それを自分が途切れさせる責任は──負えない。

もし、数多居る先祖達に死後、会う事が有るなら、どんな顔をして会えばいいのか。

何より、死後に責められるなんて──最悪。

それなら、生きて繋いだ方が良い気がする。


……まあ、一応、結婚に興味が無い訳ではない。

まだ好きだ惚れただ愛しているだは判らない。

だから、正直な所、恋愛というのは意味不明。

きっと、そうなるまでは本当の意味では判らない。

でも、判った気になっているよりかはいい。

恋愛や結婚での失敗(・・)は後悔の念が凄そうだから。



「………妾はどんな人と結婚するのかのぉ…」



今までの人生の中で出逢った男達に、そういう事を考えた相手は居なかった。

…曹純は色んな意味で無理。

自分が耐えられる気がしない。

まあ、好きになれば判らないのだけれど。

そうなる可能性は無いと思う。

もう会う事自体が無いだろうから。


ただまあ、楽しみと思えば楽しみでもある。

この空の下の何処かには居る筈で。

まだ知らない自分との出逢いでも有るのだから。



──side out



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