刻綴三國史 46
文醜side──
天の国の習慣だという“正月休み”。
全員ではないにしても、それなりに地位の高い者は優先的に休みを取る事が出来る。
本当、良い習慣を天の国の人々は遣ってるよな~。
その御陰でアタイも、のんびり出来る。
あぁ~………朝から飲む酒って美味いなぁ~…。
──と、まったりしていたんだけどな~。
何でか知らないが、劉備から急に呼び出された。
…自慢じゃないけど、アタイは不器用なんだ。
盛り上げる為の宴会芸なんて出来無いぜ?。
──なんて考えていた頃の自分が懐かしい。
「──は?、美羽様と七乃が?」
「そうなの~、何処にも居ないの~」
劉備──は荒れている事が扉越しでも聞こえてくる物が壊れる音と、言葉よりも奇声に近い怒鳴り声で察しが付くから態々刺激しに近寄りはしない。
──なので、部屋の外に居た于禁と話す。
──で、聞かされたのが、二人が居ない事だった。
経緯としては、正月休みを取っていた侍女が年末に美羽様と雑談の中で交わした約束が有り。
その約束していた物を届けに行ったら──不在。
最初は「何処かに出掛けているのでしょう」と思い帰りを待たせて貰う事に。
毎日ではないにしても、一番出入りしていた彼女は二人の住む屋敷の事も把握していた。
だから、何処で待つべきかも心得ていた。
──が、御昼になっても戻らず──不安になった。
取り敢えず、行き違いにはならない様にと考えて、二人宛の書き置きを残して屋敷を後にした。
そのまま近所での聞き込みをし、二人が行きそうな場所を回って見てから、一度屋敷へ。
しかし、二人が戻ってきた様子は無かった。
──という訳で、劉備の居城へ。
「もしかしたら、此方等に…」という考えと。
何かしらの仕事か用事で、留守にしている可能性も考えられる事から。
取り敢えず、劉備達を訪ねてみた。
だが、劉備達に心当たりは無し。
そして、甦るのは悪夢。
年末に有った趙雲達の離反。
それを思い出した劉備は荒れ、北郷達は二人の事を捜索する為に動く事になった、と。
アタイが呼ばれたのも、そういう事らしい。
「それで猪々子さんは何か知ってるの~?」
「残念だけど知らないな」
「そうなの~…」
「困ったの~」と言わんばかりに肩を落とす于禁。
まあ、今の状況だと、それも仕方が無いか。
何しろ、諸葛亮達、軍師が居なくなり、文官達では以前と同じ様には仕事が熟せなくなっている。
実際、この年末年始、文官達に休みは無い。
皮肉な話だが、それによって劉表達まで駆り出され働かされている、という状況。
残存する戦力の中では七乃が一番優秀だった。
ただ、七乃は美羽様が第一。
そういう条件で、劉備達に力を貸していた。
だから、劉備達にしても七乃を強引に働かせる事は出来無かった。
その代わり、劉表達には遠慮も容赦も無いが。
七乃が本格的に軍師を遣らされるのも時間の問題。
そう思っていたから──この状況には納得。
そうなる前に、姿を消したんだろう。
そう予想は出来るが──心当たりは無い。
だから、知らないのは嘘ではない。
「麗羽様は何か言ってたか?」
「ううん~、何も知らないって言ってたの~」
まあ、そうだろうな。
麗羽様が知ってるのならアタイも知ってる筈だ。
──と言うか、麗羽様は北郷に惚れてるからな。
七乃が麗羽様に話すとしたら、麗羽様から北郷に、北郷から劉備にと話が伝わる事を考慮の上で。
つまり、知られても問題が無い事だけ。
今回の様に知られては困る様な事は話しはしない。
そういう用心深さが有るからな。
因みに、アタイよりも先に麗羽様が知ってるのかを于禁が訊いている事に驚きはしない。
何故なら、麗羽様は北郷と一緒だった。
于禁も、多分、劉備もだ。
だから何も可笑しくはない。
さてと、それはそれとして。
麗羽様の事が気になるので、会いに来た。
七乃の事は兎も角、美羽様の事は気にしている。
居なくなったとなれば、心配してるだろうしな。
……心配してるよな?。
流石に、この状況で北郷と…って事は無いよな?。
──という訳で部屋の前で扉に耳を当てる。
間違って押してしまわない様に慎重に。
……………よし、最中って事は無いな。
あ~…マジで良かった。
………いや、可笑しいんだけどな、これって。
普通なら、こんな心配は要らないんだけどなぁ…。
はぁ~……七乃じゃないが消えたくなるなぁ~…。
「麗羽様~、入りますよ~──って、汚なっ!?」
「ちょっとっ!、猪々子さんっ!
入って来て、いきなりなんなんですのっ!」
「いやいや、麗羽様
流石にアタイじゃなくても同じ反応しますって」
そう言いながら見回す麗羽様の私室は見事なまでに散らかりに散らかっている。
え?、確か、年末の大掃除で片付けましたよね?。
たった数日でコレって……マジっすか…。
麗羽様、そりゃ嫁の貰い手も無いですよ…。
「何か失礼な事を考えていませんか?」
「いいえ、そんな事は」
「勿論、有りますって」と言いたくなる。
口にはせず、心の中でにしておくけどな。
「それにしても、よくもまあ、こんなに…」
「勘違いしないで下さい
これは美羽さん達の手掛かりになる物が何かないか探していたから、こうなっただけですわ
決して、私が部屋の片付けも出来無かった、という訳では有りませんわよ」
そう言われて改めて見てみると………成る程。
確かに散らかってはいても汚れたりはしてない。
本当に、探していた結果、散らかした。
そう納得の出来る状態だと判る。
麗羽様、失礼な事言って済みませんでした。
言ってはないけど、心の中で謝っときます。
(…にしても、麗羽様に何て言うかなぁ…)
麗羽様の姿を見て、その気持ちを考えると。
二人が離反した事を告げるのは……心苦しい。
以前の麗羽様と美羽様の関係は良くはなかった。
良くはなかったが、悪かった訳ではない。
何方等にも袁家の直系、その当主の立場が有り。
主権争いを家臣団が遣っていた。
だから、そういう風に振る舞う必要が有った。
まあ、美羽様に関しては七乃が担がれている御輿に見える様に上手く誘導しながらも守っていた。
…本人が多少は愉しんでいた部分も有るだろうが。
あんな環境でも、美羽様が捩曲がらずに育ったのは七乃の存在が大きかった事は知っていればこそ。
だから、七乃に対する敬意は小さくない。
尤も、此方は此方で大変だったけどな。
家臣団が纏まっていれば楽なのに、割れているわ、複数派閥が有るわでグチャグチャだったもんな。
アタイは武張る事しか出来無かったけど。
当時の麗羽様の気苦労は……考えたくもないな。
あの状況で曹操と張り合ってたんだからなぁ~…。
………いや、曹操の存在が有ればこそ、か。
気張ればる理由が有ったから、頑張れた。
そう考えると、今の北郷に依存する麗羽様の姿も、ある意味では素顔なのかもしれない。
権力闘争や当主という立場からも解放されて。
自分の幸せだけを考えられる様になったから。
今が悪くないのなら。
曹操に敗れてしまった事も、結果的に見れば決して悪い事ではなかったのかもしれないな。
まあ、勝てるなら勝ててた方が良かったんだけど。
そう成ってたら成ってたで色々と大変だった筈。
麗羽様やアタイが曹操達みたいには出来無い。
それはつまり、破滅していた訳だからな。
…それが判らない劉備達も大概だよなぁ~…。
結局、麗羽様には何も言えなかった。
片付けを手伝ってから、アタイは城を出た。
二人の捜索隊と追跡隊が編成され、出発した。
アタイは逃亡や離反を疑われたのか屋敷で待機。
下手な尾行──監視が付いているが、気にしない。
麗羽様を残しては行かないっての。
(────って、ああ、そうか…
だから、七乃は何も言わなかった訳か…)
自分の思考で、唐突に理解する事が出来た。
同時に思い出したのは、劉備の元で再会した後。
何時だったかは忘れたが、偶々二人で飲んだ時。
どんな流れで、そういう話になったのかも思い出す事は出来無いが、七乃と話した事が有った。
「──ん?、麗羽様を置いて行けるかって?」
「麗羽様ってば北郷に惚れてるじゃないですか~
でも、劉備さんってば天下を獲れる様な器じゃないですよね~
まあ、大陸統一は無理でも身の程を弁えれば益州を治める位は出来そうですけど~」
「……おい、聴かれたら不味いんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ~、此処って、そういう御客さんが信頼して利用する御店ですからね~
…って、知らなかったんですか?」
「ただ飲んでただけなんでな」
「…はぁ~…まあ、それはいいんですけどね~
──で、話を戻しますけど…
万が一、劉備さん達の将来性が無くなった時です
猪々子さんは劉備さんの元に残りますか?」
「いや、残らないな」
「ですが、麗羽様は残ると思いませんか?」
「………あー……成る程な、そういう事かぁ…」
「その時、貴女は麗羽様を無理矢理にでも連れ出すつもりは有りますか?
或いは、麗羽様の気持ちを尊重し、置いていく事が出来ますか?」
「………何方もアタイには無理だろうな~…
でも、それは七乃にしても同じじゃないのか?」
「私は御嬢様を連れて逃げますよ
もし、その時、御嬢様が北郷に限らず、好きな人が居たとしても、私は無理矢理にでも連れて行きます
どんなに恨まれ、憎まれる事になろうともです
船と一緒に沈むなんて有り得ませんから」
──と七乃は言い切っていた。
実際の所は判らないが。
美羽様が北郷に惚れている様子は見られない。
七乃が常に目を光らせ、睨みを効かせているしな。
北郷が手を出す事は難しい。
劉備か于禁辺りが協力でもしない限りは。
因みに、麗羽様が北郷に協力する事は無い。
あの袁家の当主を務めていた麗羽様だからな。
北郷程度に騙される事も無い。
ただ、美羽様に好きな男が居るかは判らない。
まあ、少なくとも付き合ってる様な話は無いから、居ない可能性の方が高いんだろうけどな。
そういう意味でも、七乃は動き易かった筈だ。
少なくとも、美羽様の七乃に対する信頼は絶対。
他の誰よりも美羽様は七乃を信じている。
極論、自分自身よりもだ。
だから、七乃が説明すれば美羽様は納得する筈。
ただ、今は麗羽様とは仲が良い。
さっきまで見ていた麗羽様の様子でも判る様にな。
それを考えれば、美羽様は麗羽様の説得に出る筈。
「此処に残すよりは一緒に…」と考えて。
その場合、もしかしたら麗羽様も動いたかもな。
………いや、今の麗羽様だと残るか。
苦難を覚悟で生き延びるよりも、今の幸せで十分。
それで満足して死ねるのなら──って感じでな。
本当、昔の麗羽様が嘘みたいに今は別人だよな。
──で、七乃の事だしな。
こういう流れになる可能性が高いと考えられれば、万が一にも劉備達に気付かれてしまわない様にと、美羽様には麗羽様に会わない様に説得する筈。
……いいや、抑、話しもしないか。
まだ美羽様は小柄だし、七乃一人でも運べる。
眠っている美羽様を抱えて、なんて楽勝だろう。
文官──状況が状況なら軍師にも到れただろう才は勿論だが、武才が全く無い訳ではない。
自衛、或いは、自分と美羽様と二人程度なら。
守れる位には実力は有る。
それを考えれば、美羽様には黙ったまま。
きっと、美羽様が起きてから事後報告。
美羽様に文句を言われる程度なら余裕だろう。
憎まれても美羽様の幸せを願っているのが七乃だ。
そういう意味では七乃も、ある種の狂人だな。
美羽様の為なら手段は選ばないんだから。
アタイには真似が出来無い。
だからこそ、七乃の事を尊敬する。
「…けどな、御前も自分の幸せも考えろよ?…」
きっと、美羽様も、それを望んでいるだろうから。
だから、二人が幸せになれる様に頑張れ。
──side out




