曹奏四季日々 38
馬超side──
──一月四日。
御正月の雰囲気も三日まで。
四日目ともなれば、新年の色が強くなる。
街中も人々の意識も御正月から新年思考へ。
商売関係は特に顕著に現れるから判り易い。
雷華様曰く、「商売は先取りが肝心だ」そうだ。
予め必要と判っているなら、早め早めに準備をするというのが習慣として浸透していればこそ。
商人にとっては乗り遅れは商機を逃す事。
だから、商人というのは世情や流行には敏感。
まあ、よくよく考えてみれば納得の出来る事。
戦争や紛争でも懐を肥やせるのは商人だからな。
国や民は疲弊しても商人は潤っている、なんて話は珍しくもないのだから。
それはそれとして。
今年は、それなりに忙しい御正月だった。
曹魏の馬家の当主として色々と遣る事が有った。
勿論、ちゃんと準備はしていた。
ただ、そうは言っても私自身、何もかもが初めて。
当主としての振る舞いや言動に注意はしていても、此方等の想定外の言動をする相手も少なくない。
…何しろ、曹家と深く関わってる相手ばかりだ。
誰も彼もが海千山千の強者。
武人としてなら絶対に敗けも劣りもしないが…。
事、駆け引きの場では私は新顔。
素人とまでは言わないが、勝とうとすれば破滅する自分の姿が思い浮かぶ様な相手。
…まあ、流石に潰されはしないだろうけど。
格下に位置付けされる事は間違い無い。
そうは成らない様に──頑張った。
うん、私としては頑張ったよな、私にしては。
いや、本当に別に悪い結果じゃなかったから。
飽く迄も、「…怖っ…」って思っただけだから。
「ですから、注意して下さいと申しましたが?」
「判ってるって、お陰で失敗はしなかった
私としては、それで十分な成果だと思ってる」
「……まあ、そういう事にして置きましょうか」
そう言って一息吐くのは私の右腕の黄熊。
真名は亞花。
馬一族とは古くからの付き合いの有った商家の娘。
歳は一つ下だが、誕生日で考えれば半年違い。
その為、私にとっては数少ない同い年の、同性の、幼馴染みであり、親友。
冥琳と珀花の様な感じだ。
……いやまあ、彼処まで極端じゃないけどな。
だから、物心付いた頃からの付き合い。
良い意味でも悪い意味でも思い出も色々と有る。
…いや、判ってるって。
だから「叱られたのは貴女の所為でしたが?」って目で見ないでくれ。
子供の頃の話なんだしさ。
──とまあ、語り合える昔話も少なくはない。
しかし、私達が生きている時代は過酷さを強いた。
時代が──いや、世の中の流れが違っていたなら、私達は変わらない関係を深め、各々の家庭を持ち、時々会っては愚痴を溢し合う様な。
そんな、何処にでも有る日々を送っていた筈。
…だから、判ってるって!。
「雷華様以外に貴女を貰ってくれる方が居る様には私には思えませんが?」って顔をするな!。
私にだって自覚は有るんだ!。
もしもの話だっての!。
…ったく………え~と、何だったけか?。
……………ああ、思い出した。
本当に、今だから笑って話せる事も多いが、当時は笑う事なんて出来無い事ばかりだった。
勿論、今でも思い出しただけで色々と思うけどな。
私も、彼女も、他人事ではなかった。
時代の波に飲まれ──家族は死亡。
彼女自身も賊徒の捕虜にされていた。
幸いにも雷華様達に助けられ、捕まっただけ。
運が良かったという他に無い。
そして、身内も居なかった事、当時は既に馬一族も私達以外は死に絶え、実質的に滅亡したも同然。
頼る先は無く──そのまま曹家に仕える事に。
商家の娘であり、手伝いで帳簿を付けたり、交渉や商談もしていた為、文官としては即戦力。
加えて、意外にも武才が有り、文武官として活躍。
曹家の中でも重用されている。
その為、曹家の中では私よりも先輩になる。
私が雷華様に助けられた時、直ぐに知ったそうだが立場上は接触は自重し、距離を取っていた。
再会したのは私が正式に仕える事になってから。
思わず涙が溢れたのは恥ずかしい思い出だな。
私が直属の部隊を持つ事になった時に、部隊の中で真っ先に配属が決まったのも亞花。
雷華様達が私達の関係を考慮して下さったからだと後々に軍師陣から聞く事になるんだけど…。
当時は単純に喜んでいたっけな。
…まあ、私の性格的にも、はっきり言い合える者が副官である方が遣り易いからな。
その辺りも含めての人事だったんだと思う。
因みに、亞花は優秀だから軍師陣から私の副官には勿体無いという反対意見も有ったらしい。
何しろ、反対した本人達から「今からでもいいから返しなさいよ」と言われているしな。
そう、今も尚、だ。
まあ、亞花は私の興した馬家の筆頭家臣でもある。
だから、手離す気は無い。
亞花の代わりは居ないしな。
御互いに昔から知っているから遠慮は無し。
…容赦も無いけどな。
そういう関係は今から築く事は、かなり難しい。
私自身の立場なんかも関係してくるからな~。
本当、人の縁っていうのは不思議な物だよな~。
「──で?、そういう亞花の方は、どうなんだ?
雷華様に診て貰ったんだろ?」
「御心配無く、順調そのものだとの御墨付きです」
そう言って軽く御腹を叩いて見せる亞花。
パッと見、これと言った変わった様子は無い。
太ったりもしていないしな。
──痛っ!?、ちょっ、卓の下で蹴るなってっ!。
脛は地味に痛いんだからなっ!。
…ああ、悪かったって。
同性同士でも気を付けるべき話題だもんな。
私だって言われたら気にするんだし気を付けるよ。
──で、話を戻して。
そんな亞花の御腹には第一子が宿っている。
…父親は雷華様ではないからな?。
まだ目立つ程ではない。
漸く二ヶ月目に入ったばかり。
だが、何よりも御目出度い。
発覚したのが御正月の顔合わせの席でだったから、私も亞花の夫も吃驚だった。
亞花本人は驚いてはいたが、落ち着いていた。
…いや、実際には嬉し泣きしてたんだけどな。
言うと恥ずかしさから怒るから今は言わない。
産まれた子が大きくなった時に話して遣る。
だから、今から楽しみだったりもする。
バレない様にしないといけないけどな。
そんな亞花の第一子は私の第一子の少し歳上。
私達の関係と同じ様なものになるだろう。
長男なら良き友・良き兄貴分・良き理解者に。
長女なら幼馴染みであり、正室の筆頭候補に。
確定ではなく、飽く迄も可能性として、だけどな。
流石に産まれて直ぐに決めたりはしない。
必要な事ではあるけど、私達が恋愛結婚だからな。
本人達の意思は尊重するさ。
ただまあ、そうなる様に御膳立てするのは別。
それも、ある意味では親から子への試練。
自分の意思を貫く、という事を知る為のな。
まあ、仮に単なる幼馴染みで終わっても問題無し。
少なくとも、亞花の娘なら引く手は数多有る。
勿論、ちゃんと育てるし、教え導く前提の上でだ。
寧ろ、心配になるのは我が子の方だろうしな。
そうなった時、大本命に行かず、何処に行くのか。
正直、現時点では想像し難い。
娘なら、雷華様に憧れるのだと判るが。
息子の場合はなぁ…。
変な女に惹かれなければいいんだが………ん~…。
こればっかりは何とも言えないな。
抑、私は女だし。
男が女に惚れる理由も違ってくるだろうしな。
胸の大きさだとか、家事能力とか。
パッと思い付くだけでも女が男を選ぶ理由とは違うというのが判るしな。
あと、雷華様は色々と一般人からは遠いもんな。
………それを言ったら私達も同じなんだけどな。
うん、私だって判ってるから。
「他人事の様に…」って顔をしないでくれ。
「私の事は気にしなくて構いませんから、御自身の事を色々と考えて下さい」
「判ってるって」
そう言うが、「…本当ですか?」と睨まれる。
口には出してはいないが、長い付き合いだからこそ理解も出来てしまう。
まあ、こう遣って口煩く言われている内は幸せだ。
少なくとも、自分の事を気にしてくれている。
そう実感が出来る相手が居る訳だからな。
「鬱陶しい!」とか「放っておいてくれ!」なんて若い時には思ったりするんだけどな。
実際、そういう人が居なくなったり、失ったりして初めて有難さが理解出来たりするもの。
私自身も、そうだったしな。
だから、どんなに反抗的で暴言を吐いたりしてても見捨てないでいてくれる人には絶対に感謝する。
当時ではなく、未来でな。
そして、理解出来たからこそ、思える様になる。
忍耐っていうのは色んな意味で大変な事であり。
しかし、人と関わる中では物凄く重要なんだって。
特に年長者になり、教えたり導く立場になるとな。
自分には判る・出来る。
或いは、自分でも判る・出来る。
だから、判らない・出来無いと。
どうしても、「何故?」と不満が先行し勝ち。
同時に自分が経験した遣り方でしか伝えない。
或いは、伝えられない。
その結果、伝わらない。
だが、その思考には到り難いのも事実。
それは一対一ではなく、一対多の場合が多いから。
そうなると、半分以上には伝わる可能性が高い。
だから、自分の遣り方を疑ったり見直さない。
何より、どうしても一つの形式化してしまう。
一人一人に合った遣り方には出来無い。
効率やら手間やら何やらでな。
その為、埋もれたままになる才能や人材も多い。
──が、全ての者が、そういう者ではない。
惜しむだけの価値が有る者は極めて稀。
大半は凡庸であり平凡であり、それが一般的。
だから、大多数を占める一般用が主流となる。
それが必然であり、社会性の難しさ。
──という話を雷華様達がされていたのを聞いた。
私が、自分で、そんな難しく考える訳が無い。
真面目に考えない訳じゃなくて、取り敢えず行動。
遣ってみて、駄目だったり失敗してから考える。
試してみて、経験してみて、其処から学ぶ。
私が雷華様から教わった事であり、合った遣り方。
まあ、軍師陣からしたら「もう少し考えてから」と言いたくはなるんだろうけどな。
軍将陣には「判る判る」と賛同者が多い。
その辺りは向き不向きなんだろうな。
重要なのは、それは正解・不正解ではないって事。
正しい・間違いではなく、合う・合わない。
そう考えられる事が大事。
そうする事で、自分にとっても、相手にとっても、可能性を拡げ、選択肢を増やす事に繋がるんだしな。
「…年始から口煩くは言いたくは有りませんが…
今年は本当に大変ですし、大事になります
ですから、気を引き締めて下さいね」
「ああ、有難うな、亞花」
そう言えば、溜め息を吐きながらも笑顔を見せる。
「全くもぅ…仕方が有りませんね」と言う様に。
でも、この雰囲気が、この感じの関係が。
雷華様とや、同じ妻である皆とは違う心地好さ。
華琳様にも「その縁を生涯大切になさい」と。
得難いものだと言われている。
望んで手に入るものではないからこそ。
失わない為の努力を怠ってはならない。
失ってしまえば、代わりは無いんだからな。
そんな亞花と御茶をしながら、見上げた空。
澄んだ海の様な青空を、白い雲が流れてゆく。
去年は色々と有ったが、今年は今年で大変だ。
華琳様を筆頭に第一陣の皆の出産が有る。
そして、何よりも私を含めた第二陣も妊娠へ。
年内──年末までには出産を予定している。
楽しみであり、不安でもある。
他人事なら楽しみなだけなんだけどな。
自分が、となると多少なりとも不安は有る。
雷華様が居るとは言え、それはそれ、これはこれ。
まあ、出来無いって心配はしてないけど。
雷華様の場合、実績が確かだからな。
その事で悩んでいる者も少なくはないけど…。
雷華様が居るから解決する。
雷華様が治療して、って意味でだ。
だから、曹魏には赤ん坊や妊婦が多い。
未来へと繋ぐ為にも。
──side out




