曹奏四季日々 37
典韋side──
──十二月三十日。
年末は官民問わず何処でも忙しくなります。
特に日々の暮らしが安定していればしている程に。
不思議なもので、人は彼是と遣ろうと思うもの。
その日、その日。
一日を生きる事で精一杯の時には節句で遣る事など大して気にもしません。
畑仕事や狩り等の目安に思う程度です。
それが、安心して生活が出来る様になると変わって様々な事に関心を持ち、行動的になります。
勿論、そう出来る様に人々の生活が安定する事が、私達の御仕事であり、その成果なのですが。
忙しなく動く人々の姿を見ると考えてしまいます。
果たして、生活が安定する事は幸せなのか、と。
当然ですが、真面目に働く事で衣食住の心配が無いというのは大きな事です。
今日、明日の食事の不安は無く、飢えもしない。
いつ死ぬか、明日生きていられるのか。
そういった不安に怯える生活をしなくてもいい。
それは間違い無く、人々に安らぎを齎します。
しかし、その一方で労働に勤しむ事が強くなれば、日々の中の余裕も失われます。
そうなれば、心身の不調、政治への不満等の社会を揺るがす火種を生じさせる事になります。
そういう意味では社会の安定も、良くも悪くも有るという事なのでしょう。
まあ、何方等が良いかと民に訊けば「安定です」と大多数が答えるのだとも判ってはいますが。
ふと、そんな事を考えてしまいます。
「士載様ーっ!、三番上がりましたーっ!」
「士載様ーっ!、十七番から二十二番までの確認を御願いしまーすっ!」
「し、士載様ーっ!、六番材料切れですぅーっ!」
………現実逃避している訳では有りませんよ?。
そうしたくなる程には、忙しいのは事実ですが。
現実逃避したからといって、現実は変わりません。
その間にも、より問題が大きくなっていくだけで、何の役にも立ちませんから。
色々と叫びたくなる気持ちはグググッと飲み込み、気合いを入れて頑張ります。
「────其処ですっ!」
「──プニャアッ!?」
「居たぞっ!、摘まみ食い犯だーっ!!」
「通り名は酷くないっ!?」
態と意識を逸らし、隙を生む事により油断を誘い、邪悪な手を伸ばした所へ料理に使っているかの様に手にしていた爪楊枝を投擲。
それが見事に手の甲に刺さります。
まあ、針でチクッと刺した程度の痛みですけど。
気配を殺す為、氣も使えませんから十分です。
だから、文句を言う余裕は有ります。
ですが、見逃す訳にはいきません。
この糞忙しい時に出没する迷惑犯を現行犯で発見。
待機していた駆除部隊が飛び掛かります。
──が、相手も通り名に劣らぬ厄介者。
無駄に高い能力を活かして逃げ切ろうとします。
しかし、それなりに被害が出ているという事も有り今回は総指揮官兼切り札として控えている方が。
予想されていた逃走経路を絞り、追い込む。
回避不可能な罠の前へと。
「──待ち伏せ──って、お母さんっ!?」
「──沈みなさい、悪しきゴッキーーーッッ!!!!」
「ァ痛アァーーっ!!」
手にした棍棒の様に丸めた紙を躊躇無く振り抜き、突っ込んできた顔に横一文字に命中させる。
珀花を叩き伏せる李珀様。
容赦の無い一撃が綺麗に入りました。
その場で頭を軸に縦に半回転して背中から落下。
──すると思いきや、更に半回転して、計一回転。
その身体能力を無駄遣いして着地すると逃走。
「──させると思ったか、馬鹿者め」
「──ゥンニャアッ!?」
──を赦さず、ガッチリと頭を掴む冥琳さん。
めり込む指先で逃がしません。
加えて、冥琳さんは妊娠中ですからね。
珀花さんも万が一の事を考えれば抵抗は不可能。
「めっ、冥琳が出て来るのは卑怯っ!」等と言って無駄な抵抗をしていますが──赦シマセンヨ?。
厨房は今、戦場ですからね。
覚悟ハ出来テイマスネ?。
…ふぅ~………悪は滅びました。
さあ、張り切って行きましょう!。
「うぅぅ~……流琉ちゃんの鬼ぃ~…」
「全く…悪いのは御前の方だろうが」
「だって~」
「言い訳をするな
それとも雷華様の方が良かったか?」
「流琉ちゃん、マジ天使ーっ!」
「…はぁ~…」
コロコロと態度を変える珀花さん。
客観的に見ている時には気にもしませんけど。
相対する時には容赦はしません。
油断をしたら遣られる事は知っていますから。
はい、過去に激しい攻防の積み重ねが有るので。
………特には役に立たない経験な気もしますが…。
気にしたら負けなので深くは考えません。
珀花さんも本気で雷華様や華琳様が御怒りになるか否かのギリギリを攻めてきますしね。
本当に……能力の無駄遣いとしか言えません。
「貴女は本当に成長しませんね…」
「お母さん、ちゃんと私も成長してるよ~?」
「そう思うのなら、少しは落ち着きなさい
貴女も遠くない将来、母親になる身なのですよ?
私からすれば孫達の事が心配で為りません」
そう溜め息を吐きながら、「育ってるよ~」と胸を持ち上げる珀花さんの頭を叩く李珀様。
母親として、まだまだ苦労されていらっしゃる姿に思わず御茶請けを追加してしまいます。
…それを横から盗ろうとする珀花さんの手を叩き、睨み付ける李珀様。
珀花さんが大きな娘にしか見えません。
……孫になる子供達の方が、しっかりしていそうな気がするのは私だけではないと思います。
ただまあ、珀花さんの明るさや無邪気さは雷華様も認めていらっしゃいますし、私達も助けられる事が少なからず有りますから…。
正直、難しい問題です。
勿論、遣っている事は迷惑行為なんですけどね。
一方で、李珀様を見ていると子育ての難しさと共に親子は何処まで行っても親子なのだと思えます。
尤も、李珀様の場合には嬉しくはない御話なのかもしれませんけど。
だから、余計な事は言いません。
飛び火しても困りますので。
小休憩の後、珀花さんの事を御二人に任せると私は自分の仕事──厨房へと戻ります。
今日中に大晦日・元旦の御節作り。
それが私が任されている今の最優先の仕事です。
雷華様も参加されていますが、多数決の結果により甘味専属という事になりました。
ですから、他の料理は私達が作ります。
──が、料理好きな方が妊娠中で戦力外に。
それも有って今年は特に大変です。
更に、今年は大戦後という事でも有りますので。
年末年始の曹家の動きは家の内外に示す必要が有り手抜きや楽は出来ません。
そうでなくても遣りませんけど。
ただ、愚痴っていても何も変わりませんし、仕事も終わりませんからね。
皆と力を合わせて頑張るだけです。
「…ふぁぁ~………流石に疲れましたぁ~…」
片付けも終わり、誰も居なくなった厨房。
静まり返った中、一人で突っ伏します。
…ふぁあぁ~……冷んやりとした天板が火照った顔に当たると気持ち良いです…。
………気を抜くと寝てしまいそうになります。
「……今年は色々と有りましたね…」
雷華様と御逢いしてから、沢山有りましたが。
その中でも今年は色々と大きな事が有りました。
…個人的には私も雷華様との赤ちゃんが早く欲しいという気持ちも有りますけど。
其処は譲歩出来る範疇での話し合いの結果なので。
納得はしています。
願望・欲求の有無は別にしてですが。
それは私に限らない事ですからね。
仕方が有りません。
「御苦労様、流琉」
「雷華様っ!」
唐突に目の前に置かれた硝子の容器。
透明な硝子の向こうに入った赤が綺麗です。
──と思った所に声が掛けられ、緩んでいた意識が一気に現実へと引き戻されました。
同時に、だらしない姿を見られて恥ずかしいです。
──が、それを察した雷華様は顔を寄せ、額に軽く唇を落として「そんな姿も可愛いんだよ」と。
恥ずかしさを上回る嬉しい言葉を囁かれて。
そんな風にされたら──止まれませんよ?。
二人きりの一時。
ある意味、頑張った事への御褒美ですが。
二重の御褒美なので、ちょっぴり罪悪感も。
ですが、役得と考えて気にしません。
ただ、それはそれとして。
冷静になり、「誰も来なくてよかった…」と安堵。
はい、一度火が点いたら一気に燃え上がりますから冷静さなんて無くなります。
だから、仕方が無いという事で。
厨房だっただけに、美味しく頂かれました。
……いえ、何でも有りません。
気にしないで下さい。
「今年も珀花が遣らかしたみたいだな」
「あははは……御耳に入りましたか?」
「中庭の木に吊し上げられていたからな」
…え?、あの後、更に遣らかしたのですか?。
本当に…珀花さんも懲りませんよね。
まあ、忙しい中、そういった騒々しさが有る事で、適度に息抜きも出来ている訳ですが…。
何処で何を遣らかしたのでしょうか?。
摘まみ食い以外は思い付きませんけど…。
「あー…李珀に執務室の闇を見られたらしい」
「あー……納得です」
私達には城内に各々の執務室が有り、其処の掃除や整理整頓は各自で行っています。
侍女の方達に任せた場合、万が一にも重要書類等が紛失した場合に責任が重過ぎる為であり。
また、注意や軽罰で済ませる訳にはいかない為。
余計な手間や仕事を増やさない為にも、執務室内の事は自分達で行う事になっています。
──で、珀花さんですけど。
仕事関係での問題は有りません。
しかし、執務室に持ち込んだ私物が多いんです。
私邸の自室も物が多いですが、私邸ですからね。
部外者の目に入らないので冥琳さんでも口頭注意に留まる程度で、見逃されています。
ですが、執務室となると話は別です。
侍女の方達を始め、直属の部下や各部署の文武官、時には外部からの来訪者も有ります。
その為、それなりに厳しく確認もされています。
そんな中、珀花さんは執務室に密かに一時避難場所として隠し収納を造っています。
執務室の管理は各自の責任なので模様替えをしたり棚や窓の増設は自由です。
遣る時には自腹ですけど。
珀花さんは自腹で一見しただけでは気付かない程、巧妙な設計で隠し場所を複数ヶ所造りました。
ある意味、執念でしょう。
役に立たない執念ですが。
その隠し収納。
雷華様や私達は知っていましたが…そうですか。
ついに李珀様に見付かりましたか…。
え~と……大体、四ヶ月、といった所ですか。
「流琉は賭けていたのか?」
「いえ、それには私は賭けていません
話は聞いていますが…誰が取られたのですか?」
「螢だ」
「……螢さん、地味に強いですよね」
「博才とは違うんだろうが…鋭いからな
長期物だと結構一人勝ちしているみたいだな」
「はい、私も何度が見ています」
妻同士の間でのみ行われている賭け事。
内容は様々ですが、金銭ではなく物品で、です。
主に甘味系が多いですね。
面白そうな事が有れば、なので唐突です。
賭けへの参加・不参加は自由です。
当たれば普通に嬉しいのは確かです。
その中でも一人勝ちなら快感。
調子に乗って大賭けして泣くのも御約束。
滅多に無い事ですけど。
ですが、螢さんは特に回数が多いです。
だから、螢さんに乗る人も居ますが…多人数の時は勝っても分配されるので微妙です。
逆に最後の方に螢さんが単独で賭けると…と。
まあ、そういった感じです。
今回の場合、締め切り日から珀花さんの隠し収納が李珀様に見付かるまでの期間が対象でした。
一日単位なので割れそうですが…固まっている事も有ったりするのは知っていればこそでしょう。
勿論、李珀様を誘導したりする様な真似をすれば、それは不正行為として罰せられます。
ですから、不正は有りません。
それを直感的に当てるのですから。
珀花さんも結構大きく勝ってはいますが、欲張った末に失いますからね。
はい、御約束です。
──side out




