曹奏四季日々 36
司馬懿side──
──十二月二十四日。
今年も残り十日を切って数日。
普段通りでありながらも、年末が故の忙しさ。
去年と同じ、今年ももう一頑張り。
そんな風に、慣れた様に思えていても。
実際には去年とは違いますし、同じ事など無い。
似ている様に思い込んでしまっているだけです。
細々とした違いを気にし過ぎると疲れますから。
だから、人は似た様な事を一括りにします。
余計な事を考えない為に。
些事に気を遣い過ぎて自分が潰れない為に。
「これ位なら、経験が有る」と。
思い込む事で乗り越え易くしている。
これも一つの社会性の生きる知恵なのでしょう。
「仲達様、此方等の確認を御願いします!」
「仲達様、この間の決済の事なのですが…」
「仲達様!、聞いて下さいっ!」
「仲達様、今日の御昼は何にしましょうか?」
「仲達様、先日の可笑しな意見書がまた…」
「仲達様…私、結婚出来るのでしょうか?」
「この山が片付いたら見ますから其処に
その決済の件は桂花さんの方です
愚痴なら御昼を食べながら聞きます
なので、今日は天気も良いので東屋の方で
料理は軽めで御願いします
その意見書なら「燃やして構わない」と冥琳さんが通達していますので焼却処分で
後、来た事を冥琳さんに伝えて下さい
軽々しい事は言えませんから時と場所を改めて」
──といった感じで、次から次に押し寄せる人波を捌きながら机の前で頑張っています。
ええ、これ位なら、まだマシな方ですから。
弱音や愚痴を溢す程では有りません。
ただ、人生相談等は時と場所を選んで下さいね?。
流石に即答は出来ませんから。
…雷華様や華琳様なら可能かもしれませんが。
私は御二人程、的確には答えられませんので。
考える為の時間を下さい。
そんなこんなで昼食を経て、二時間程で今日の分の御仕事は終了です。
3時の御茶会には余裕で間に合いました。
これが有るから頑張れるとも言えます。
因みに、結婚云々の相談は痴話喧嘩が原因でした。
はい、相手の男性に対する嫌がらせとしてです。
なので、次は私を巻き込まないで遣って下さい。
幾ら、自分の部下でも、相手の男性が不憫ですから常には味方は出来ませんからね。
御茶会に参加する顔触れは軍師が中心です。
軍将は城外に出掛ける事も少なく有りませんから。
また、華琳様を始め、妊娠中の皆さんは私邸の方で御茶会をしますから城内の御茶会には不参加。
雷華様は時間を見ながらですが、可能ならば両方に顔を出して下さいます。
尚、午前10時にも城内の御茶会が有り、其方等は部下に限らず、文官・武官との交流の時間。
雷華様も参加されますが、この時は私達も遠慮して他の参加者と交流します。
地味ですが、こういった交流の場が有るだけでも、人間関係や意思疏通に明確な違いが出ますから。
社会は人と人の繋がり、連なり、積み重ねなのだと思わずには居られません。
そんな御茶会の今日の参加者は稟さんと珀花さん。
まだ時間的にも早いので増えるとは思いますけど。
私は用意されている日替わりの御茶請けを取って、好きな飲み物を入れて移動。
二人の隣の卓の席に座ります。
同じ卓ではないのは、先ずは、ゆっくりと一息吐き御茶請けを味わいたいからです。
何しろ、今日は私の好きな“和菓子”ですから。
………っ!!、これって、雷華様の手作りではっ!?。
嗚呼っ、今日の御茶会に間に合って良かったです。
偶にですが、雷華様が新作や試作品を出される事が有るのも御茶会の楽しみの一つです。
勿論、普段用意してくれている物も美味しい事には違い有りませんが。
やはり、私達に限らず、雷華様の品は特別なので。
因みに、御茶請けは毎回一皿のみです。
御代わりは有りません。
飲み物の方は自由ですが。
御茶請けを無制限にすると昼食・夕食に影響する程食べてしまう者が少なからず居た為です。
誰とは言いませんけれど。
その辺りの事に雷華様は厳しいですからね。
「苦します?」
「何かの罰ですか?、違います」
「成りすます?」
「それでは詐欺です」
珀花さんと稟さんの遣り取りを聞きながら雷華様に御聞きした話を思い出します。
“天の世界”では多種多様な詐欺が有るそうです。
その中でも多くなっているのが成りすまし詐欺。
しかし、天の人々は気付かないのでしょうか?。
それとも、本物と区別が不可能な程、精巧な擬態を悪事に駆使しているのでしょうか?。
天の人々は雷華様や私達の様に“氣で判別する”といった様な類いの方法は使えないそうですから。
簡単には見分けられないのかもしれませんね。
そうでなければ、注意力が足りないだけですから。
その様な愚かな人々が多い社会が成立しているとは思えませんので。
悪事を働く者達が手強いのでしょう。
そう考えると治安を維持するだけでも大変ですね。
きっと、そういった御役目や御仕事をされる方々は精鋭中の精鋭なのでしょう。
自らの全てを賭して、人々の生活が安寧である為に尽力されているのですから。
「まだまだ私も頑張らなくては」と思わされます。
それはそれとして。
一体、何の話しているのでしょうか?。
和菓子に夢中だったので、今の断片的な会話からの情報しか無いので意味不明です。
しかし、恐らくは稟さんが話を振って、珀花さんが聞き返している、という事は何と無く判ります。
そういった感じの遣り取りですから。
──で、私が和菓子を食べ終わって、会話に興味を持った事を此方等を見た珀花さんが察して笑う。
「泉里は“仔栗鼠居ます”って知ってる?」
「?、何の話ですか?」
会話の流れからしても珀花さんの言っている内容は間違っていると判るので稟さんを見ます。
「あー、それはちょっと酷くない~?」と言って、拗ねている珀花さんは放置します。
真面目に受け取ると面倒ですから。
稟さんは「全く…」と言いた気な様子で小さく溜め息を吐いてから私を見ます。
「今朝、凪と話していた時に出た話題です
何でも、天の国には“クリスマス”という十二月の催しが有るそうです」
「クリスマス……ああ、それで…」
稟さんの言葉を聞いて、納得です。
珀花さんが変なボケ方をしている訳です。
聞き馴染みの無い言葉なら、近い感じの言葉や音を当て嵌めてしまうのも可笑しな事では有りません。
ただ、珀花さんの場合、普段が普段ですから…。
稟さんにしても、本気か態とか判り難かったのだと思います。
私でも同じ様に悩む所でしょう。
…冥琳さんなら「私の話を聞いていたのか?」等と言いながら耳を引っ張っているでしょうね。
親いが故に容赦も有りませんから。
それは兎も角として。
その“クリスマス”とは何でしょうか。
催し、という事なので人々が集まる類いの可能性は高いとは思いますが…。
「ええ、私も同じ様に考えました
全てではないにしても、大きく影響が無い催し等は此方等でも雷華様は行われています
そうしてはいない、という事は…と」
そうですよね。
何も問題が無ければ、雷華様も行われる筈です。
そうはしていない時点で問題が有る、或いは問題になる可能性が高い、という事なのでしょう。
ただ、稟さんにしても、私にしても好奇心も含め、どういった物なのか、興味は有ります。
あまり追及するべきではないのかもしれませんが。
「ですが、何故それを珀花さんに?」
「何だかんだで雷華様から“面白そうな事”という意味で話を聞いた可能性が有るのではと」
「成る程…」
「まあ、結果は知らなかった様ですが」
「あー…それは単純に説明が難しかったからだ」
『雷華様!』
“噂をすれば…”では有りませんが。
此処、という時に居らっしゃいます。
勿論、雷華様に聞かれて困る様な話はしていませんから私達は大歓迎です。
知らない話を聞かせて頂ける絶好機なのですから。
雷華様が稟さん達の居る卓の席に座られたので私も然り気無く移動します。
隣の席が空いていたのは幸運です。
「──と仰有いますと?」
「クリスマスというのは、天の世界の歴史の中でも世界的な分岐点になった人物の亡くなった日の事で感謝や冥福を祈りを捧げていたの始まりだった
ただ、現代では、そういった事とは無関係な人達が楽しむ宴の日に為っているけどな」
「…つまり、政治的な意味合いが強いと?」
「時代によっては無関係ではなかっただろうが…
元々は宗教──信仰心に深く関わっていた事だ
だから、その辺りの事を説明するのが難しいから、話さなかったんだけどな」
「凪は李典から聞いたそうですから…」
「時期が時期だ、小野寺が話したんだろうな」
「それでは今頃に行われる事なのですか?」
「十二月二十五日が、そうだな
ただ、現代の、俺や小野寺の生まれ育った国では、その前日──つまり、今日の方が盛り上がる」
「前日なのに、ですか?」
「原型──本来の目的や意味が失われた結果だな
まあ、何故そうなったのかを説明すると長くなるし面白い話でもないから省くが…
宗教に関わるから、その信仰心が強く根付く国では今でも変わらずに行われているが、根付かなかった俺や小野寺の居た国では変質した、という事だ」
「どう変わったんですか?」
「何故か、その前日は恋人達で賑わう日になった」
『……………え?』
呆然とする私達を見て、「ああ、そう思うよな」と言わんばかりの表情で無言で頷かれますが…。
………え~と………どういう事なのでしょうか?。
稟さんを見ても「いや、私にもさっぱりだ」と。
同じ様に眉間に皺を寄せていました。
そうですよね……意味が判りません。
──と言うか、それは罰当たりなのでは?。
それでよく“宗教戦争”という物が起きませんね。
私達が信仰心の厚い側だったら滅ぼしますよ?。
要は、雷華様や華琳様の名前を使って、関係の無い事を遣って私腹を肥やしているのと同じですから。
その様な輩は──国であっても、問答無用です。
………ああ、そうは為らないから、なのですね。
そういう自由を“多様性”と言うのでしたか?。
理屈としては理解は出来ます。
ただ、感情としては納得はし難いものですが。
そういった衝突や対立を避けた先の社会が故、と。
そう考えると変質する事も必然なのでしょうね。
多様性とは変化を受け入れる事でしょうから。
変化を拒む者、社会というのは、その多様性を否定しているという事になるのですから。
そう思うと凄い社会です。
今の私達の価値観や社会構造では考え難い事です。
多様性というのは良い意味だけとは限りません。
それ故に人々や社会その物に過ちを正す自浄能力が高い水準で備わっていなければ成立しません。
多様性を肯定出来る社会。
やはり、天の世界というのは凄い所なのですね。
「雷華様、雷華様~
私達もクリスマスの前日を遣りたいです!」
「珀花、それではクリスマスが無意味では?
遣るのなら、クリスマスが大前提でしょう?」
「えー、誰かも知らない人を敬うとか無理!」
「──と言うでしょうから話さなかった訳ですね」
「そういう事だ
まあ、そういった恒例行事が有るのも悪くはない
それだけ人々の生活が豊かで、平和な社会だという一つの指標でもある訳だからな」
「抑、楽しむ余裕が無ければ根付きませんか…」
「因みに、それとは別に子供達を喜ばせる日という一面も有ったりする」
「………それは同じ日に、なのですか?」
「残念ながら同じ日にだな」
「……………天の世界の人々の思考は私には理解が及ばない程に複雑怪奇な物なのですね…」
そう言って空を見上げながら遠い目をする稟さん。
私も同じ気持ちです。
正直、意味が判りません。
まあ、長い年月の果てに色々な文化や思想や風習が混ざり合った結果なのかもしれませんが。
其処まで行くと必要性が有るのでしょうか?。
謎は深まるばかりです。
──side out




