17 誓う心、契る絆 壱
甘寧side──
──九月三十日。
いよいよ、御二人の祝言を明日に控える。
振り返れば早いもので私が子和様と出逢って二ヶ月が経とうとしている。
この二ヶ月、本当に色々な事が有った。
“最悪”から始まったとも言える今の私の状況。
全てを失った私に子和様は“生きる意味”を下さり、友の、仲間の遺志へと私を導いて下さった。
臣従した理由は“恩義”も確かに有った。
しかし、戸惑いながらも、初めて芽生えた“想い”に従ったと言うのが本音。
(…まあ、葵と紫苑に先を越され掛けたのも大きいと言えなくも無いがな…)
あの時の状況を思い出して思わず苦笑する。
だが、悪い気はしない。
それは私自身が変わった証だろうと思う。
“女”としての幸せなど、子和様に出逢うまで一度も考えた事がなかった。
燕が生きていた頃にも──いや、それ以前もだ。
そう考えてみると私は何故“結婚”という観念が一切無かったのだろうか。
思い返して浮かぶ情景にはいつでも燕の笑顔が有る。
私自身も笑顔で居た。
燕が亡くなってからは私は笑顔の記憶が無い。
勿論、仲間達の笑顔は私も覚えているが。
私自身の笑顔は無かった。
つまりはあの時、子和様に言われた通りだった。
(昔は燕や仲間と居られるだけで十分だった…
だからか…
私は無意識の内に失う事を怖れていたのだろうな…)
満ち足りていた。
だから、考えなかった。
それ以外の、それ以上の、別の“幸せ”を。
失う悲哀を怖れた。
だから、深く繋がる関係を忌避して来た。
壊され空虚になった。
しかし、絶望の中で射した光に魅せられた。
だから、求めてしまう。
新たな“幸せ”を。
(…皮肉な物だな…)
決して代替が出来る物では無いというのに。
空いた“穴”を埋める為に何かを求める。
有り触れた何処にでも有る不幸や悲劇の末路。
だが、私は“結果”として恵まれているのだろう。
失った物の大切さを知り、代替ではない新しい大切な“想い”を得た。
失った物は戻る事は無いが今も私と共に在る。
私が私で在る限り。
私が生きている限り。
私の“意志”と血脈が世に在り続ける限り。
決して、滅びはしない。
滅びさせはしない。
そして、その為にも先ずは私の“想い”を実らせる。
祝言が済み、“大掃除”が終われば皆動くだろう。
私も負けられない。
“順番”には拘りは無いがただ待ち続ける事など私の性に合わないからな。
御覚悟を、子和様。
──side out
馬超side──
曹家の当主の祝言と有って城内は勿論、街でも大いに賑わいを見せている。
まあ、城内の一部は準備に勤しんでいる訳だが。
「結婚、かぁ…アタシにはまだ早い話だなぁ…
お前等はどう思う?」
そう言って話を振ったのは鈴萌、彩音、斗詩の三人。
私を含め“非・子和様組”とでも言うべき面子だ。
「え〜と…翠さん?
“どう”とだけ訊かれても困るんですが…」
「今の場合、御二人の事、結婚の事、子和様への事、自身の事が考えられます
“何れ”なのか、もう少し明言して下さい」
「…あ、悪い悪い」
斗詩に困った様に苦笑し、鈴萌に言われて気付く。
確かに判り難かったな。
溜め息を吐きながら彩音が此方を見てくる。
「それで?」
「結婚自体もそうだけど…
子和様の事も、だな」
基本的に曹家の主要な者は子和様に好意を持ってるし臣従も子和様に対する所が強いだろう。
勿論、華琳様にも同じ位の忠義は有るが。
「私は…今はまだ、何とも言えないですね
結婚自体はしたいですが」
「そうなのか?
鈴萌って子和様に荀家から引き抜かれたんだろ?」
「それはそうですけど…
私の場合は将来性を買われ招かれた訳ですから…
主としては素晴らしい方に見初められたと思います
ただ、“異性”としては、正直何とも言えません
私自身が恋愛経験が無い為判らないですし…
斗詩さんはどうですか?」
然り気無く斗詩に振って、逃げる鈴萌。
上手く遣るなぁ。
「わ、私ですかっ?
えっと…そう、ですね…」
油断していたのか慌てるが真面目な様子で考え込む。
素直って言うか下手すると苦労する質だろうな。
斗詩、拾われたのが曹家で良かったな。
…まあ、私もだけどな。
「子和様は、その…素敵な方だとは思いますよ?
でも、庶人の私では妻とかとても恐れ多くて、考える事も憚られますし〜」
とか言いながら両手を頬に当てて“いやんいやん”と頭を振りつつも嬉しそうに頬を朱に染めて“妄想”に浸る斗詩。
満更でも無さそうだな。
「…放って置こうか」
「…そうですね」
「だな」
彩音の言葉に鈴萌と一緒に同意し、“遠く”へ行った斗詩の放置を決めた。
──side out
太史慈side──
翠が振った“結婚”の話に不意に脳裏に浮かんだのは子和様の姿だった。
斗詩と鈴萌の指摘に合わせ平静を装ったが…鈴萌には気付かれた様だ。
二人には気付かれない様に苦笑されたから。
恥ずかしくて顔が熱い。
赤く成っていないと良いが自分で判らないから困る。
「で、彩音は?」
「将来的にはしたい、とは思うけれど…
私も今は明確な“答え”は出せないな」
「何か意外だな…」
「…どういう意味です?」
私の答えに本当に意外気に驚いた顔の翠の反応に対しムッ…として、睨みながら訊き返す。
「いや、てっきり、お前は子和様に心酔してるんだと思ってたからさ…」
「…何故、貴女は私の事をそう思ったのですか?」
「いや、何て言うか…
“これ!”って理由は特に無いんだけどさ
お前って子和様が居る時はじー…っと見詰めてるから好きなのかなって…
いや、違ってたんなら悪い
他意は無いんだ」
「──っ!?」
予期せぬ指摘を受け鼓動がドクンッ!と大きく鳴り、焦るが感情を抑える。
「…いえ、大丈夫です
子和様の言動には学ぶ事が多いので…
それでだと思います」
「ああ、成る程…
変な事言って悪かったな」
すまなそうに苦笑する翠に気にしない様にと頭を横に振って笑うと、尤もらしい事を言って誤魔化す。
納得した様に頷き謝る翠を見て一安心する。
ただ、翠の肩越しに見えるニヤついた斗詩。
いつの間に“帰って来た”のかは判らないが…
その笑顔が鬱陶しい。
鈴萌みたいに…みた、い…
「…っ、〜〜っ、〜っ…」
チラッ…と私を見て外方を向いて肩を震わせる鈴萌。
全然気付いていない振りをしてるかと思ったら笑いを堪えてるとか…
何なんですかっ!?
腹が立ったので二人に対しキッ!、と睨み付ける。
…あまり効果は無いだろうとは思いますが。
「そう言う貴女は?」
羞恥から逃れる為に発端の翠へと話を振る。
「ア、アタシっ!?
そ、それは…まあ…なぁ?
結婚は…したいよ?
し、子和様の事は…うぅ…
…た、多分…だけどな?…
す、すす…好き…かな?」
肝心な部分はかなり小声で聞き取れなかったが…
彼女の真っ赤になった顔が言葉以上にその“想い”を雄弁に語っている。
(…というか、何?
この公開処刑みたいなのは一体何なんですか…)
訳の判らない展開と状況に私は深く溜め息を吐いた。
──side out
馬超side──
軽い気持ちで──他人事のつもりで出した話題だった筈なのに…
気が付いたら、自分の中で焦燥感と苛々が積み重なり心を“暗く”染める。
モヤモヤと、ムカムカと、心が騒付いている。
鈴萌は淡白と言うか…
あっさりとしていて反応を見て、私と“同じ”か…と思って終わった。
それだけだった。
斗詩の反応は…うん、まあ触れないで置こうか。
主に斗詩の為に。
ただ、斗詩って意外?…に“夢見る乙女”なんだなと思った位だった。
ただ、彩音に話を振った後からだった。
少しだけ、本当に少しだけ胸の奥が痛んだ。
その彩音が鈴萌と同じ様に言ったが、何故だか私には“違う”と感じた。
“虚偽”ではない。
けれど、彩音が“本当”の事を隠していると。
だから、少し意地悪だけど私は“演技”をして見せて彩音を揺さ振る。
すると不機嫌そうな表情を彩音はしたが、本の僅かな“間”が有った。
多分、いつもの私だったら気付きもしない。
本当に、些細な間。
でも、気付いてしまったら見逃せない。
無視出来無い。
何故かは判らないが。
だから“それ”っぽい事を口にして様子を見る。
他の──子和様の事を慕う皆が見せる行動を言って。
(何が“他意は無い”だ…
有りまくりだろうが…)
言って直ぐに自己嫌悪。
私は何がしたいのか。
しかし、彩音は特に慌てる様子も見せず答えた。
成る程、と納得。
変に勘繰ってしまった事を謝りながら苦笑。
確かに子和様の言動からは学ぶ事が多い。
振り返って見ても──
(──って、何でだっ!?
どうして子和様の笑顔とかばっか思い出してる!?)
脳裏に浮かんだのは今まで“見てきた”子和様の顔。
優しい顔、楽しそうな顔、怒った顔、困っている顔、子供みたいな無邪気な顔、ちょっとだけ悪そうな顔、真っ直ぐで真剣な顔…
どれもが“私が”見てきた子和様の表情。
そんな事を考えている所に彩音から訊かれて慌てる。
結婚は…したい。
子和様の事は…好き嫌いの二択なら好きだ。
“そう”答えただけなのに顔が驚く程に熱い。
彩音も何か溜め息吐いてるみたいだし。
(うぅ〜…どうせアタシは“小娘”だよっ!)
思っても口には出さない。
だって、何か悔しいし。
取り敢えず、二度と私からこの手の話題はしない事を決心した。
──side out
城内を彼方此方へ歩き回りながら明日の準備の様子や流れの確認を行う。
任せっきりと言ったって、遣るべき事は有る。
まあ、“此方”の結婚式の手順とかはさっぱりだから本当に確認作業だが。
で、現在は自分の執務室。
一応、有るんだよ。
「…じゃあ何か?
祝詞が終わって城から出て街中を行列で練り歩いた後戻ってから“また”長々と云々と遣るのか?」
「“云々”ではなく夫婦と成る者への“厳訓”です」
明日の流れを式全体を取り仕切る古参の文官“鐘会”──字は士季、三十二歳、二児の母──から聞きつつ顔を顰める。
正直、長過ぎてうんざりとするんですが。
何?、王族じゃないよね。
…今はまだ、だけどさ。
「言いたい事は判るけどさ士季の時も“こんな”風に長々と遣った訳?」
「高が文官でしかない私は“こんな”事致しません」
きっぱりと言う士季。
いや、ちょっと待て。
“それ”は可笑しい。
聞き捨てならないよ。
「……あれ?、あのさ?、俺言ったよね?
庶民的な、領民にも共感が出来る“普通”でって?
確かにそう言ったよね?」
「はい、確かに子和様から御伺い致しました」
全く崩れない笑顔のままで士季は肯定する。
「だったら──」
「──で・す・が!
曹家の当主の祝言が庶人と同じでは格好が着きません
しかし、子和様の仰有った“領民の共感”は一考する価値が有ります」
「なら──」
「──で・す・か・ら!
領民の方でも御二人に対し“祝う心”を様々な方法で示す事になりました
よって街中を回るのは直に御二人に見て頂く為です」
「それは嬉しいな
でも──」
「──そ・れ・に!
これでも“本来”の形式を大幅に削っています
本当ならば今回の子和様の御意見を加味して行えば、三日は掛かります
其方らに致しますか?」
そう微動だにしない笑顔で“にっこり”と言う士季。
馬鹿なっ!?
この俺が気圧されるっ!?
…いや、厨二病じゃなくて事実だから。
「宜しいですね?」
「…はい」
「では、次に──」
何事も無かったかの様に、“平常運転”で話を進める士季を見て思う。
男は女には──“母”には絶対勝てないな、と。
…今度、士季の旦那さんを誘って一杯やろう。
そう、静かに決意した。




