7 狐の思惑
other side──
今日の執務を終え、巡回を兼ねて、少し遅めの昼食を摂りに街へ出た。
ここ暫く、賊の討伐任務も入らず、執務室に籠る事が多かった。
気分転換にもなる。
「それでも平和で在るなら何よりだわ」
戦や争い等無いに越した事はない。
無益な殺し合いは虚しいし遣りたくもない。
「お、御待ち下さいっ!」
不意に耳に入った声に足を止めて聞こえた方を見ると一軒の商家が。
切羽詰まった感が有る声。
小さく溜め息を吐き、店に入る事にする。
「御邪魔します」
店内に入ると皆は一方へと顔を向けていた。
視線を辿った先には店主と見慣れない少女。
陽光の様な白金の長い髪に幼さは残るが整った顔。
纏う黒の外套が其れをより際立たせる。
同性で有りながらも思わず見惚れてしまう。
だが、直ぐに我に返る。
「どうかされましたか?」
「か、漢升様っ!?」
声を掛けると店主が驚く。
何か疚しい事が有るのか。
二人へと歩み寄ると少女は笑顔で此方を向く。
「いえ、大した事では…
商談の上での相違です
私と此方の“価値”に差が生じたので決裂した
それだけの事です」
そう答えた少女。
成る程、交渉の拗れならば自分の出る幕ではない。
しかし、気になる。
「その“価値”の差ですが具体的には?」
「そ、それは…」
店主に問うと言い淀む。
仕方無く少女を見る。
「それは──」
少女は淡々と事態の経緯を述べていく。
最後に差となった点を言い店主の方を見た。
追って店主の様子を見れば額に汗を掻いている。
少女の言葉に“嘘は”無いだろう。
「何方らも理解をしている様ですし…
私は失礼しますね」
口を挟む必要は無いと考え店内を後にする。
気になったのは少女。
店主との遣り取りを聞くに“商談”を良く理解し話をしている。
(恐らく、足元を見られる事も予想済みでの交渉
それに、隙だらけに見えて一分の隙も無い…
相当な腕前ね)
機会が有るなら手合わせ、最低でも話だけはしたいと思ってしまう。
「あ、漢升様っ!」
呼ばれて振り向くと兵士が此方へ走ってくる。
「何か?」
「はっ、韓玄様が執務室に御呼びする様にと」
「判りました」
どうやら昼食は先伸ばしになりそうだった。
──side out
無事に交渉を終え、代金を受け取り栗花を連れて店を後にした。
結局、店主は此方の言い値での買い取りを了承。
武器類は二千八百五十両、鉄屑は二百四十両に改め、総額は約四千両。
支払いは三十八銭と二百両とに分けて貰った。
賊徒から得た小銭を合わせ当面の生活費は二百有れば十分だと判断。
嵩張る両銅貨より銭銀貨で持つ方が楽な事も有る。
「宿は見付かったかな?」
栗花に話し掛けながら待ち合わせ場所に向かう。
店の前に立つ甘寧。
端から見ると背筋を伸ばし静寂を纏う、凛とした立ち姿は絵になる。
“連れ”としては鼻が高い──自分が“男”に見られたらの話だが。
自虐的な思考に小さく苦笑しながら近く。
「御待たせ、遅かった?」
「いや、私もさっき此処に来たばかりだ
“成果”の程は?」
「それは中で話すよ
取り敢えず、昼食を摂ろう
栗花、待っててな」
栗花の鼻面を撫で係留柵に手綱を繋ぎ甘寧と店内へ。
内装は大衆食堂と同じ。
高級店にでも行けば、所謂“中華料理店”らしい造りなのかもしれないが。
店員に二人と告げ奥の席へ着いた。
“現代”なら“お冷や”が当たり前に有るが此処ではそんな物は無い。
メニューも無いので店員に何が有るか聞く。
叉焼麺と餃子を二つずつ、青椒肉絲と炒飯を一つずつ注文する。
「宿はどうだった?」
「一泊、食事無しで八朱、食事有りで十三朱
馬は一頭に付き十朱だ
一応部屋を見せて貰ったが悪くなかった」
「相場より少し安いし…
其処で決まりだな」
そう言うと甘寧は少しだけ嬉しそうに笑む。
「其方はどう何だ?」
「上々だ
まあ、そう“出来る”店を選んだんだから当然だが」
其処で言葉を切る。
「ちょとした来客が有って驚いたがな」
「来客?」
「名乗った訳ではないが…
“漢升”と呼ばれていた」
「…あの“三弓”の一人、“蜂穿”の“黄忠”か」
スッ…と双眸を鋭くさせて呟く甘寧。
どうやら、彼女は“本物”だった様だ。
「黄蓋、厳顔と並び弓では当代最高の腕と聞く…
その二つ名の如く飛び回る蜂すらも射抜くらしい」
警戒する様を見せながらも何処か楽しそうにする。
強者との手合いに胸が躍るという所だろう。
まあ、蜂なら“爪楊枝”で十分だが…黙っていた。
その後、他愛無い会話交えながら食事を済ませた。
食事を済ませ、宿屋に行き部屋を借りる。
栗花は宿屋に隣接している馬房で休息中。
てっきり、納屋程度の物と思っていたので素直に驚き感心した。
馬車は納屋に預けた。
部屋の施錠は内側からのみ可能な閂式。
時代的に“錠”は高級品か存在自体無いかだろう。
荷物は置いて行けない。
「さてと、宿も取ったし、“本題”を済ますか」
そう言って、甘寧の右手を左手で掴み扉の方へ。
「お、おいっ!
何処へ行くつくもりだ!?」
いきなりの行動に狼狽える甘寧が聞いてくるが…
「着いてのお楽しみだ♪」
「なっ!?」
有無を言わさず連行する。
言ったら、絶対来ない気がするからだ。
実力差を知っているからか大した抵抗も無く目的地の“店”に到着する。
まあ、商家が並ぶ通り故に甘寧も行先が店だとは予想していただろう。
外見は地味で、何の店かは判断出来ない様だが。
甘寧の手を引き店内へ。
入った瞬間に、甘寧が目を見開き確かめる様に瞬きし現実を受け入れると此方を睨んできた。
俺は笑みを浮かべながら、店の奥の方へ進む。
「…どういうつもりだ?」
甘寧は“自分には不要”と言わんばかりの態度。
だが、必須だ。
「あのなぁ…年頃の娘が、“捻り褌”を下着にしてるのはどうかと思うぞ?」
「なっ!?」
瞬間沸騰する甘寧。
しかし、此処ぞとばかりに容赦無く畳み掛ける。
「それに襦袴もだ
手合わせ中、脚を振る度に露になるのもなぁ…
男からすれば“眼福”ではあるけどな」
流石に言われている意味を理解したのか、耳の先まで真っ赤にして俯く甘寧。
此方も眼福。
江賊──水上生活が日常で在るが故に、溺れない為の服装なのは判る。
だが、陸上生活には合わせ貰わないと困る。
「という訳で買い物だ」
先ず襦袴──ズボンだ。
自分達の目の前には多数の種類が並んでいる。
「好みの色や柄は?」
「…柄はよく判らない
色は…派手でなければ」
「男の俺が言うのも何だが女としてどうなんだ?」
「し、仕方無いだろ!
私はこういうのは苦手で…
特に必要でも無かったし…
興味も…無かった…」
尻窄みになる声。
戸惑っているのだろう。
「だったら、今から知って行けば良い」
俯いている甘寧の頭を撫でながら思う。
彼女が“女”として幸せになってくれる事を。
襦袴は全部で五枚。
通常の丈で黒と灰色の物を一枚ずつ。
七分丈で上着と同じ赤色の物を一枚。
そして、この時代に何故か存在する、誰がどうみてもスパッツやレギンスだろと言いたくなる物。
それを黒で一枚ずつだ。
次に外套を選ぶ。
自分のも含めて計三着。
自分用に黒、甘寧用に藍、共用で濃灰を見繕う。
替えの服も数着。
可愛らしいデザインの服も有ったので薦めたが睨んできたので止めた。
絶対似合うのに。
で、最後に問題の下着。
流石に男の俺が選ぶ訳にはいかないので放置。
捨てられた仔犬の様な眼で見詰める甘寧。
止めなさい、可愛から。
仕方無く、少しだけ助言をする事にした。
「取り敢えず、三〜四枚は買って行くからな
十枚程、自分で選んで来い
其処から選んでやる」
ふと、甘寧の腰紐に結ばれぶら下がっている鈴が目に止まった。
「…選んでいる間、人質に鈴を預かる」
「……判った」
両手をグッと握り締めて、覚悟を決めた様に頷くと、鈴を此方に差し出す。
(というかな、覚悟が要る程の事じゃないだろ…)
胸中で苦笑する。
死地へ赴く様な甘寧を置き店内を回る。
丁度良い感じの目的の物を見付け、店員に話を付けて一足先に購入を確定。
それを使い待っている間に“加工”を行う。
━━凡そ一時間後。
疲れた表情で甘寧が戻る。
「…これで、どうだ?…」
俺が履く訳じゃないんだが突っ込まないで置く。
甘寧が選んで来た下着。
基本的に単色で、派手さや装飾は少ない。
ただ、褌の影響なのか…
やけに、面積の少ない物と紐っぽい物が多い。
取り敢えず、デザインより色で選ぶ事にする。
幸いにも被ってはいない。
白と黒は似合う。
後は…甘寧の髪を見る。
二藍色──深い紫色。
関わる色は赤と青。
(裡に宿る“炎”の赤と、生まれ育った“水”の青…
似合うな…)
決めた四枚を分け、甘寧の前に並べる。
「…これで良いのか?」
「素直に似合うと思うよ」
「…そ、そうか…」
照れる甘寧。
その首に造った“それ”を掛けてやる。
「…これは…」
「これなら無くす可能性が少なくなるだろ」
「…ありがとう…」
深紫の紐に通し、首飾りに仕立てた銀色の鈴。
それを両手で包み、甘寧は穏やかに微笑んだ。
一夜が明け、甘寧と一緒に渡し舟で長江の対岸へ。
今は街道から外れた山中に入っていた。
栗花は宿の馬房で休養。
「…此処に…凌操が…」
辺りを見回し呟く甘寧。
その声からは様々な感情が入り雑じった様に感じる。
言葉で表す事も出来るが、不粋だろう。
「話では永安の南の山中に放置したままだそうだ
目印が有る訳ではないし、少なくとも一ヶ月以上…
屍肉は動物や虫の餌だ
残っていれば骨だけだ」
敢えて無慈悲な現実を言い最後の“確認”をする。
「…判っている
今はただ…その亡骸を探し出して弔ってやりたい
お前の言った様に、な」
そう答えた甘寧の表情には迷いは無かった。
それを聞いて笑みを返す。
「だが、この草木の海からどうやって探し出す?」
冷静に指摘出来る事からも吹っ切れたのが判る。
「その前に聞くが…
お前が常に身に付けている銀色の鈴は凌操と何かしら関わりが有るな?」
俺の質問に対し目を見開く甘寧だが、直ぐに頷く。
「この鈴は凌操の妹だった私の親友、凌統の形見だ」
そう言って右手で胸元から鈴を取り出す。
「なら、大丈夫だ
その鈴が導いてくれる」
「どういう事だ?」
「“氣”は判るか?」
「…話に聞く程度には」
俺の意図が判らず眉を顰めながら答える甘寧。
まあ、当然の反応だろう。
「“氣”は一人一人異なり二つとして同じ物は無い
しかし、血縁者が容姿等が似る様に“氣”も僅かだが類似する部分が有る
其処で、俺が“氣”を使い鈴に宿っている妹の凌統の“氣”に働き掛けて凌操の亡骸に宿る“氣”と共鳴を起こさせる
後はそれを辿るだけだ」
そう説明すると呆然として此方を見詰める甘寧。
クール系の彼女の無防備な表情はレアだ。
良い物が見れた。
「説明は判る…が、その…
“氣”は“生き物”にだけ宿ると聞いたが…」
「普通はな
ただ、“魂魄”の概念から説明すると長いから省くが極稀に物にも“氣”が宿る事が有るらしい
長く愛用した品や、心血を注いだ作品…
強い“想い”を宿したまま亡くなった者の屍とかな」
「…強い…想い…」
「ただ、綺麗な想いだけに限らない
後悔、無念、執心、憎悪、憤怒、悲哀…これ等もまた強い“想い”だ」
一度、鈴に目を落とすが、顔を上げて俺の目を見て、しっかりと甘寧は頷いた。