刻綴三國史 44
鳳統side──
──十二月二十日。
世の中、予測不可能な出来事が起きる事は有って。
それに対しては基本的には後手に回らざるを得ないというのが正直な意見です。
そして、そういった類いの多くが起きてみなければ対処のしようが見えなかったりもします。
想定外な訳なので。
その多くが、自然災害か、人災です。
特に人災は“不運の連鎖”とでも言うべきで。
とても普通では考え難い確率で重なり合うもの。
「まさか、こんな事に…」の代表格です。
そう理解し、対策を実施していたとしても。
それでも、防ぎ切れないのも事実です。
百回、千回は大丈夫でも、一万回に一回。
その一回が、何時、何処で、誰が起こすのか。
そんな事は明確には判りませんから。
勿論、だからと言って無駄な訳では有りません。
それにより人災が起こり難くなるのは確かですし、注意喚起にも繋がりますから。
…何が言いたいのか、と言いますと。
時として、理不尽なまでに物事は私達の想像を軽く超えてしまう、という事です。
「これは、ちょっと想像してなかったなぁ…」
「過去の事を考えれば、私がこう言うのも何だが、悪い事ではないのではないか?」
「ん~…まあ、其処まではね…
正直、有能な人材は欲しいから歓迎なんだけど…」
「…素直には喜べない、ですよね…」
「色々と有った訳だしなぁ…」
そう言って私に同意し、それ以上は言い難い為か、苦笑される祐哉さん。
困った様にされてはいますが、受け入れを拒否する素振りは有りませんでしたし、反対もせず。
ただ、油断だけはしない為に、という意味で。
何よりも自分自身に言い聞かせているのでしょう。
そういった所も素敵だと思います。
同席する繋迦さんは受け入れて貰った立場ですから思う所は有っても拒否・反対は出来ません。
別に話し合いの場なら、一つの意見に過ぎないので気兼ね無く言って下さっても構わないのですが。
その辺りは彼女の真面目さが故なのでしょうね。
だからこそ、信頼されるのだとも思います。
──という訳でして。
「頭が痛い…」とまでは言いませんが、少なからず気に掛けるべき事が出来ました。
朱里ちゃん達が孫策様の下に亡命して一夜。
それが事実である事は判ってはいるのですが…。
まだ、しっかりとは受け止め切れてはいません。
だって、突然の事過ぎますからっ!。
──と叫びたくなる位には。
簡単に「今日から宜しくね」とは言いません。
協定を結んでいるとは言っても敵対勢力。
その主力である四人な訳ですから。
本当に……色々と考えないといけません。
──いけないのですが……とても複雑です。
友人であり、同門であり、好敵手でもあった。
その朱里ちゃんの遣って来た事は……そう簡単には赦せない事ですし、受け流せない事なので。
私自身、どうすればいいのかも判りません。
個人的な意味では前向きに受け止められても。
社会的には大罪人なのは確かですから。
「だが、結局の所は何かを遣らせなければ、信頼を得る事も出来無いし、機会も得られまい?」
「そうなんだよなぁ…
まあ、だから、こうして悩んでるんだけど…」
「当の雪蓮様が…」
「………何と言うか……兎に角、頑張ってくれ」
私達の言いたい事を察した繋迦さんからの激励には祐哉さんも私も溜め息しか出ません。
「罪を償う」と言っても、その形は様々です。
鉱山労働者として社会への労働で奉仕し、罪を償うというのが最も穏便な方法でしょうか。
基本的には処刑される事が多いです。
これは罪の重さを民に示し、同じ様に罪を犯す者を減らす為の意図も含んでいます。
ですから、祐哉さんから聞いた“天の国”の罪人の扱いというのは……正直、理解し難いものです。
思わず、「…え?、それでどうして犯罪の抑止へと繋がるのでしょうか?」と言ってしまいました。
それ程、信じ難い社会なのだと思いました。
ただ、その辺りは祐哉さんと同じ様に、天の国から遣って来られている曹純様から教えを受けて学んだ泉里ちゃんに話を聞いて、納得。
天の国では第一に“人権”を尊重する為なのだと。
しかし、それでは罪人の人権と、無辜の為の人権を同等としている事が私には理解が出来ません。
抑として、罪人の人権は罪を償ってからでなければ守る価値は無いのではないでしょうか。
両者が同じ扱いである。
その歪な社会的な価値観は理解し難いものです。
…まあ、「それだけ平和という事なのでしょう」と泉里ちゃんは言っていました。
勿論、曹純様にしても同じ意見だそうです。
その辺りの価値観は意外と曹純様は祐哉さんよりも私達に近いのだと思いました。
──と言うよりも、祐哉さんは、そんな社会の中で普通に生きていた一般人なのだと。
だから、その辺りの価値観の差が生じるのだと。
因みに、残りの一人の天の国から遣って来た北郷も一般人という事ですが。
祐哉さんとは比較するまでも無い差です。
やはり、一口に“一般人”と言っても、ピンキリが有るという事は当然で、仕方が無いのでしょう。
雪蓮様は良い縁を掴んだと思います。
…話を戻しましょう。
現実から目を逸らしても解決はしませんから。
繋迦さんの言った通り、先ずは何かしらを遣らせて機会を与えなければ償う事も出来ません。
──とは言え、何を遣らせるのかは重要です。
適当な訳にはいきませんし、無理難題や過酷過ぎる重労働等では不適切だと言えます。
…まあ、それは四人が四人共、有能な人材の為。
言わば、利用価値が有るからこそ。
罪を償い、更正させ、社会復帰に。
そうする価値が無ければ、処刑か死ぬまでの重労働という形での償いになるでしょう。
そういう意味では四人は運が残っていたと言っても間違いではないと思います。
「だが、自由にはさせていないのだろう?
詠は何と言っているんだ?」
「あー…何と言うか………そのまま言うと…
「短期間とは言え、曹純様の間近に居た事で色々と学んで来たから、真似と言うのも烏滸がましいけど自分も上手く遣れる気になっているのよ」って…」
「………詠らしいと言うか、何と言うか…」
詠さんの事なら、よく知っているが故に繋迦さんも言葉に詰まってしまいます。
でも、詠さんのそういう所は羨ましいです。
私は、どうしても彼是と考え過ぎてしまって素直な意見や気持ちを言い難くなりますから。
……雪蓮様みたいに素直過ぎるのも困りますが。
適度に素直には言えたらとは思います。
勿論、それが難しいから悩む訳ですが。
それに、それが出来る人というのは大体が、天然か根っからだったりしますから。
本当に…意識的に遣るとなると難しい事です。
「ゴホン…まあ、兎に角だ
やはり、本人達とは話してみる必要は有るだろう
陳宮は詠や霞、私が引き受けるとして…
趙雲は確か、以前は白蓮の客将だったのだろう?」
「ああ、そう聞いてるよ
だから、彼女の事を任せるなら白蓮になるかな
それから張飛も一応、白蓮の所に居た事が有るから纏めてって事になるかもね」
「ふむ……張飛に関しては小蓮様に任せてみるのも有りかもしれぬな」
そう言った繋迦さんの顔を見て、察します。
「私の様な者にも真っ向から向き合って下さった、その在り方ならば心を開くだろう」と。
言葉にはせずとも。
小蓮様に対する動ぎない敬愛と信頼を感じます。
……ああでも、その純粋さが故に子供っぽいので、衝突する可能性も思い浮かんだのでしょう。
繋迦さんの眉間に皺が……その気持ち、判ります。
そんな私達の胸中の不安を察して祐哉さんも苦笑。
小蓮様よりは大丈夫でしょうが、そういった部分は雪蓮様も負けず劣らずですからね…。
やはり、心配しない、というのは無理そうです。
「と、取り敢えずだ、残るは諸葛亮だな」
「……それは多分、私になると思います
同門──同じ私塾で机を並べて学んでいたので」
「…そうか」
彼女の──いいえ、実際には劉備と北郷が決定権を持っていたので、直接では有りませんが。
その意志に従い、理想を実現する為に。
手段を考え、指示を出し、実行してきた。
その事実は決して覆せず、消えません。
だからこそ、向き合って欲しい。
その罪から、背負うべき重さから。
目を逸らさず、逃げる事無く。
それこそが、償いの第一歩なのだから。
「…これは今更にはなるのだが、結局の所、劉備は何がしたかったのだろうな…」
「曹操様に勝ちたいんじゃないのか?」
「それは今の劉備の成したい事だろう
そうではなく、どの様な志を持って立ったのか
その根幹となるものは何だったのか、という話だ」
「それは“民が笑顔で暮らせる世の中に”だろ?」
「それは曹操様も、雪蓮様も、月様でも同じだ
其処ではなく、どう、具体的に事を成すのか
その道筋を、どの様に描いていたのかだ」
「…具体的な考えは何も無かったんじゃないかな」
「そんな曖昧な意志で動いたと?」
「具体的じゃないから、聞いた人によって、描いた理想や未来の情景は違っていた
その緩さが上手く填まったんだと思う
結果的に、受け取る側にとってみれば劉備の理想は自分の理想と同じだと勘違いする
劉備自身が意図した事ではないから動がない
詐欺師と似ているけど、その悪意の無さが故に誰も疑う事無く、付いて行っていたんだろうな」
「………何とも皮肉なものだな…」
「そうだね、俺もそう思うよ
誰か一人、劉備に具体性を求めていたなら、或いは訊ねるだけでも現在は違っていたかもしれない」
二人の会話を聞きながら、想像してみます。
以前の──白蓮さんから聞いた彼女の人と形なら、決して悪い印象は持たないと思います。
……いいえ、祐哉さんの言った通りでしょう。
その言葉を、熱意を、本気を。
受け取る側が、如何様に解釈するかは此方等次第。
つまり、彼女に非は生じません。
しかも、誰もが気付かなければ、具体性の無い方が多少の違いは些事であり、衝突も生じ難い。
結果、理屈に合わない程の拡大性を生む。
…確かに、そう考えると脅威的です。
そして、無名の、武力以外には大して財力や権力、地力や支持も無かった彼女が飛躍出来たのにも納得する事が出来ます。
ある意味では、最も上手く時代に填まった存在。
それが彼女だったのかもしれません。
尤も、その成れの果ては害悪でしか有りませんが。
人の欲や業というのは実に恐ろしいものです。
自分を見失わせる程に。
人の心を魅了し、惹き付け、喰らい尽くす。
正しく、邪な魔物だと思います。
ただ、そんな欲や業は誰しもが持っているもの。
彼女の様に落ちる所まで堕ちた者と。
そうではない人々との違い。
それはきっと、気付かせてくれる誰かの有無。
ただ、それだけなのかもしれません。
(………うん、そうだよね…
きっと、朱里ちゃんも同じなんだと思う…)
「私が側に居れば…」とは思いません。
一緒に居たら私も一緒に落ちていたでしょう。
昔の私は朱里ちゃんの影に隠れ、朱里ちゃんの事を気にしてばかりでしたから。
だから、疑問を抱いても飲み込み。
戦う事は勿論、逃げ出す事も出来無いでしょう。
そんな自分の姿が容易く思い浮かびますから。
そして、落ちて行った先には誰も居ない。
一緒に居ても、私達は御互いに支え合える関係には到れなかったでしょう。
御互いに利用しているに過ぎないので。
だから、趙雲さんの存在は特別です。
今、こうして、雪蓮様の下に彼女が来たのは。
趙雲さんの存在が有ってなんだと思います。
今、本の少しでも彼女が変わったのなら。
以前の彼女には届かなかった言葉でも。
ちゃんと届くかもしれない。
──ううん、届けてみせる。
それがきっと、あの時、離れ離れになってしまった私が後悔している事への償いだから。
それが自己満足だとしてもです。
──side out




