刻綴三國史 43
張勲side──
御嬢様の側近であり、南部袁家の家臣筆頭として。
その地位に相応しく、腕を奮っていた訳ですが。
世の中とは世知辛いものでして。
一度躓き、転んだ先に運悪く坂道が有ると。
一気に転がり落ちてしまうものだったりします。
まあ、「いや、歩く道の先に坂道が有るかどうか、事前に調べるべきでは?」と。
そういった事を言う輩も少なからず居るでしょう。
ただ、「比喩って言葉、知ってますか~?」と。
笑顔で返してあげましょう。
揚げ足を取るなら、そこまで理解をしてから。
そうでなければ、自らが放った矢は返ってきます。
ええ、恥を掻きたくなければ、身に付いてはいない小手先の下らない仕掛けはしない事です。
世の中、上には上が居るものですからね~。
…まあ、そう言う私も偉そうな事は言えません。
出来る事なら、過去の自分に伝えてあげたいです。
「孫策さんには優しく、曹操さんには従順に」と。
はい、それだけで未来は間違い無く良くなります。
少なくとも、今の様な生活はしなくて済む筈です。
今は今で楽しくは遣っていますけどね~。
もっと楽がしたくなるのが、人というものです。
そんな今の私の仕事は御嬢様の身の回りの御世話が第一であり、空いている時間で、ちょこちょこっと文官関係の御仕事の御手伝いを。
以前は慣れない武官としての仕事も遣っていたので今は仕事量が減って楽です。
御嬢様との時間も増えましたしね~。
ふふっ、今日は何をしましょうかね~。
──という私の何の変哲も無い一日だった筈が。
城からの──劉備さんからの呼び出しで終了。
八つ当たりしても罰は当たりませんよね?。
──なんて事を考えながら、向かってみれば。
何やら、大騒ぎになっているでは有りませんか。
取り敢えず、劉備さんの所に向かう前に情報収集。
多少は状況を把握してからでなければ危ういので。
おっと、其処の貴女、ええ、貴女です。
先日は助かりました。
御嬢様にも喜んで頂けましたよ。
有難う御座います。
ところで、城内が何時に無く騒がしい様子ですが、何か遇ったのですか?。
……え?…………あー………そうでしたか。
それで私も呼ばれた訳ですね、納得です。
いえいえ、大丈夫ですよ。
それでは私はこれで。
………この時期に謀反──いいえ、離反ですか。
劉備さん、荒れてるでしょうね~。
う~ん……関わりたくはない、というのが、正直な今の私の気持ちなんですけどね~。
此処で無視したりすると矛先が此方等に向くだろう事は想像に難く有りませんからね~…。
仕方が有りません、行きますか。
「──まだ星ちゃんは戻ってないのっ?!」
「は、はいっ、まだ御戻りには…」
「遅いっ、遅過ぎるよっ!」
報告している文官に強く当たる劉備さん。
その文官さんが何かしら知っているのなら兎も角、諸葛亮さんの部下の部下の部下ですよね?。
そんな風に八つ当たりしても何も出ませんよ?。
──と思ってはいても飛び火は嫌なので関わらず。
可哀想ですが、自力で頑張って下さい。
私は慌ただしく謁見の間を出入りする人波を避け、壁に背中を預けている猪々子さんの所へ。
彼女も私に気付き、顔を向けてきました。
「よお、遅かったな」
「私は非常勤の文官ですからね~
その日その日で居場所や状況は違いますから」
「面倒臭そうだけど、こういう時は良いな」
「何方等にしても無い物強請りですよ」
「確かにな~」
そんな他愛無い会話をしながら、彼女の隣へ。
私と違って、ちゃんとした職務と地位の有る彼女が壁際で突っ立っている、という所を見ると。
今の劉備さんは見た目以上に荒れている様です。
彼女の野性的な危機察知能力は馬鹿に出来ません。
まあ、もっと凄い人達は居るんですけどね~。
「…話は聞いたのか?」
「張飛さんが離反して、諸葛亮さんを拉致
それを趙雲さんが追跡、ですよね?」
「ああ」
「ん~……陳宮さんは何処に?」
「陳宮?………そう言えば見てないな…」
「案外、彼女も共犯かもしれませんよ?」
「陳宮がか?」
「ざっと聞いた限りですけど、諸葛亮さんの所まで情報が上がるのが早過ぎです
その点を疑えば、情報を操作出来る人物が居ないと筋が通りませんからね~
地味に調整が難しいので、張飛さんが遣っていたと考えるのは、ちょっと無理が有ると思います」
戦場での駆け引きなら兎も角です。
何しろ、こういった情報戦を彼女が巧みに仕掛け、諸葛亮さんを相手に勝てるとは思えません。
そうなると、必然的に共犯者の存在が見えます。
同時に、候補者も絞られます。
尤も、私が拘束されていない時点で劉備さん自身は気付いてはいないのでしょうけどね~。
彼女も、ある意味では猪ですから。
しかし、それはそれで好機ですね。
私の方から助言すれば余計な疑いを向けられたり、睨まれたりはしないでしょう。
そんな余裕も無いでしょうから。
そうとなれば即行動ですね。
猪々子さんに挨拶して劉備さんの元へ。
「──え?、音々音が?」
「うん、見当たらないんだって」
「朱里みたいに拐われたんじゃないのか?」
「今日は非番だったみたい」
「それじゃあ、尚更、何処かで拐われたんじゃ…」
「あー…その可能性は無いと思いますよ~」
我慢出来ず、劉備さんと北郷さんの会話に割り込み二人の会話が根本的に間違っている事を指摘。
此処で睨まれる事を躊躇ってはいけません。
日和ったら、それだけ面倒事が長引きますから。
「どういう事なんだ?」
「抑として、事の発端は諸葛亮さんが掴んだという離反者の情報だったんですよね?
それ自体が撒き餌だった可能性が有ります」
「それって、つまり…」
「諸葛亮さんは掴まされた訳です」
「それじゃあ、鈴々は最初から朱里を狙って?」
「そうだと思いますよ
ですが、諸葛亮さんに拘る理由が張飛さんには無いと思うのですが…如何でしょうか?」
「………確かに…」
「言われてみると、そうかもな
でも、それだったら音々音にしても同じだろ?」
「はい、ですから三人目が居る訳です
離反の可能性が有り、諸葛亮さんに拘る理由が有る内部情報にも詳しく、実力も確かな人物が」
「…………っ、まさか……」
「そんな……嘘だろ……」
「そのまさかの趙雲さんが三人目でしょう
そう考えると、全てが繋がりますから」
「で、でも、星ちゃんは鈴々ちゃんが朱里ちゃんを拐ったって報告が来た時、私と一緒だったよ?」
「はい、だからこそ、劉備様は趙雲さんを疑わず、全てを任せましたよね?
趙雲さんが裏切り者だとは考えずに」
「──っ!?」
「それが趙雲さんの狙いだったのでしょう
そう信じ込ませる為に、趙雲さんは共犯者でもある張飛さんと陳宮さんにも教えなかった筈です
予定外の事を遣る事で味方の二人をも欺き、誰にも怪しまれる事無く、堂々と行方を眩ませる為に」
「~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!!」
そう言った私の意見を聞き、劉備さんは机を叩いて立ち上がると近くに有った大甕を蹴り壊した。
中には何も入ってはいませんでしたが、気にもせず砕けた破片を更に踏み付け、壊し続ける。
何も言いませんけど、雰囲気で判ります。
「あの糞女がーっ!!」と。
騙された男の八つ当たりを見ているかの様に。
見事な荒れ具合です。
「え~と~………ご、御主人様~?」
「……え?」
「これからどうするつもりなの~」
「それは………え~と…………
孫策さんに言って四人を引き渡して貰う、とか?」
「あっ、成る程なの~」
「それは不可能ですね~」
「どうしてなの~?」
「御忘れですか?
同盟を結んだ際の条約に劉表一派の引き渡しをする内容が含まれていましたよね?」
「え~と………そうだっけ?」
「私に訊かれても困るの~…」
「…含まれているんです
それで、趙雲さん達は、劉表一派が此方等に居ると孫策さんに教える筈です
その場合、此方等は条約を破り、無視していた事になってしまいます」
「………き、訊かれなかったからって事じゃあ…」
「そんな言い訳は通じませんね~
まあ、同じ理由で彼方等も訊き難くはなりますから突っ突き合いにはならないと思いますよ~」
ある意味、それを口にした方が敗けですからね。
恐らくは、その辺りまで趙雲さんは考慮した上で、なんでしょうけど。
それだけに彼女の本気振りが窺えます。
引き渡しを要求しても、恐らくは自害するなどして拒絶を示すでしょうし、死体では無意味。
……ああいえ、劉備さんの憂さ晴らしには死体でも問題無く役立ちますけど。
政治的には何も解決はしませんね~。
「よ、良かった……んだよな?」
「御互いに手出しし難くなったという事は、時間を稼ぐには好機となりますからね~
彼女達が抜けた穴を埋め、立て直すには十分過ぎる時間を確保する事は出来ると思いますよ~」
「そっか、良かった…」
そう言って大きく安堵の溜め息を吐く北郷さん。
時間は稼げますが、それだけ趙雲さん達は彼方等に馴染んでしまいますけどね~。
どうせ、戻ってくるつもりは無いでしょうから。
唯一、可能性が有るとすれば諸葛亮さんですかね。
彼女は拐われた訳ですから。
しかし、彼方等に行ったという事は、趙雲さん達に説得された可能性が高いでしょう。
そうなると簡単には戻ってくるとは思えません。
私なら、二度と戻っては来ませんから。
「でもでも~、朱里ちゃんが抜けちゃったら色々と大変になっちゃうの~
御主人様~、どうするつもりなの~?」
「どうするって言ってもなぁ…
取り敢えず、皆で頑張るしかないんじゃないか?
朱里達が抜けたのは痛いけど部下の人達とかまで、ごっそり抜けた訳じゃないんだし
今まで遣ってた仕事は問題無く出来ると思う」
「あ~、確かにそうなの~」
──なんて、暢気な会話をする二人を見て戦慄。
思わず、「…え?、それって本気で言ってます?、それが如何に危ういか判っていないんですか?」と言いそうになるのを堪え、飲み込みます。
ええ、言ってしまったら、私達の逃げ道を私が今、此処で自ら潰す事になりますからね~。
ふぅ~…危ない危ない。
しかし………もう此処も終わりですかね~…。
今も大甕の破片を細かく細かく一心不乱に踏み砕き続けている劉備さんに嘗ての魅力は無し。
それを見ていないのか、于禁さんと的外れな会話をしている北郷さんにも御輿の価値は無し。
諸葛亮さん・趙雲さん・張飛さん・陳宮さんが抜けガタガタになった組織。
………はい、もう駄目駄目ですね~。
(う~ん……これは潮時ですかね~…)
何だかんだ有っても利用価値が有ったから今日まで付き合っていましたが、こうなってしまうと関わるだけで危ないですからね~。
目を付けられる前に御嬢様を連れて離れましょう。
彼女の粘っこさは理解しているつもりなので。
その怒りで我を忘れている内に。
私に利用価値を見出だす前に。
さっさと消えてしまうのが最善手でしょう。
正直に言って、諸葛亮さんに代わって筆頭にやり、実権を握ろうだなんて微塵も思いません。
私が袁家で頑張っていたのは御嬢様の為です。
劉備さんの為に頑張ろうとは思えません。
──が、御嬢様を人質に取られてしまったら、私は従わざるを得ませんからね~。
そうなる前に御暇するのが正解です。
後は……猪々子さんに話をしてみましょうか。
麗羽さんだけなら連れて行けるでしょうから。
……あ~…でも、彼女は北郷さんにベッタリなので残りたいかもしれませんね。
そうなると…告げ口される可能性が高いです。
はい、私と御嬢様だけで、が一番確実ですね。
猪々子さんには悪いですが、切り捨てましょう。
彼女の方が決断しない限りは。
──side out