刻綴三國史 39
諸葛亮side──
………ぅん………ぅぅ……寒いぃ…………あれ?。
どうして、こんなに寒いの?。
そう思いながら身体を縮こめようとして、気付く。
自分の身体が全く動かない事に。
思い目蓋を開けると、見覚えの無い天井。
でも、綺麗な天井ではない。
薄暗い中でも、見た目に判る傷み具合で。
何処かの放棄された小屋の様な印象を受ける。
「…………ふん?……んむぅ?」
息を吐こうとしたら。
声を出そうとしたら。
それを妨げる様に口元に感じる違和感。
唇を、歯を、舌を、顎を動かすと判る。
何かしらの布を噛まされ、縛られている、と。
頭を動かすと、自分が仰向けに寝かされているのが視界に見える天井や壁、床の位置から判る。
気絶していたから、眼が暗闇に慣れている。
明かりがなくても部屋の様子は判ります。
窓は無く、出入口は扉が一つ。
穴が空いたりはしていませんが、天井も壁も手入れされている様子は無く、ボロボロ。
床には埃が積もっています。
……私は筵の上に寝かされているみたいです。
安堵し、その気遣いに感謝します。
拉致されている訳ですが。
部屋の様子を見るのと同時に後ろ手に縛られているというのも判りました。
だから、手と腕が痛いです。
足は……もっと厳重に縛られていますね。
足首、脛、膝、太股と四ヶ所も。
それに…動けない様に錘代わりの添え木も。
「絶対に逃がさない」という意思が窺えます。
(…これって……え?、どういう事なの?)
一応、私自身が捕まっている事は判ります。
ただ、殺す気も無いんだともです。
殺すつもりなら、私は既に死んでいますから。
それじゃあ、私を捕まえている目的は?。
抑、誰が私を……………。
「────っ!!」
そう考えた所で、鈍い痛みと共に甦る記憶。
私は、私を捕まえた犯人が誰なのかを知っている。
私は桃香様と別れ、噂の調査の為に動いていた。
外に出掛けていた星さんに向けて伝令を出した後、街の巡回をしている鈴々ちゃんの所へ。
時間的にも丁度、御昼御飯を食べに戻る頃。
詰所に居なくても誰かしら行き先を知っているか、伝言を頼めばいい。
詳しい話は星さんが戻ってきてから一緒に。
機密保持の関係上、そうなるから。
だから、詰所で鈴々ちゃんに会えた時、時間的にも丁度良いから一緒に御昼を食べようと思った。
鈴々ちゃんもまだだったから誘った。
そう、その時だった。
鈴々ちゃんと向き合っていた私を、誰かが背後から襲って気絶させたのは。
その時、私は確かに見た。
薄れゆく意識、塞がりゆく視界の中。
私が最後に眼にしたのは──
(──アレは、音々音ちゃんの靴…)
背丈の近い私達だから、靴の大きさも似ている。
見間違える程、離れても居なかったし、他の誰かが履いて勘違いさせる事も難しい。
──と言うか、鈴々ちゃんが目の前に居たのだから他に音々音ちゃんに扮装出来る人は居ない。
一般人の子供に気絶させる力量は無いでしょうし。
他に可能だと思える人は居ません。
その上で、各々の好みも有るから靴の意匠や色形も滅多に被りません。
アレは間違い無く、音々音ちゃんの靴でした。
ただ、判らない。
どうして、音々音ちゃんが私を?。
……………ううん、違う、そうじゃない。
あの時、私の目の前には鈴々ちゃんが居た。
だったら、鈴々ちゃんからは見えていた筈。
音々音ちゃんが、忍び寄り、私を襲う姿が。
それなのに──鈴々ちゃんは止めなかった。
止める所か、私を助けてもいない。
鈴々ちゃんが音々音ちゃんに負けるとは思えないし一服盛られていたとしたら、私より先に倒れるなりしていた筈。
それはつまり、鈴々ちゃんと音々音ちゃんは共犯。
そういう事になります。
そう考えれば、納得も出来ます。
捕まえた私を運ぶのなんて鈴々ちゃんになら簡単。
音々音ちゃんと二人分でも容易い事。
それだけの力が鈴々ちゃんには有る訳ですから。
そして、二人が共犯なのだとすると。
私を襲った理由も判ります。
あの噂の出所は、音々音ちゃんだったって事に。
その狙いは──私を誘き出して捕まえる事。
だから、私が動かざるを得ない噂を掴ませた。
「………………………」
…ううん、それだと何処か可笑しい気がします。
もし、音々音ちゃんが鈴々ちゃんを唆したとして、どんな事を言って鈴々ちゃんを納得させたのか?。
鈴々ちゃんも、音々音ちゃんが呂布さんに執着して曹魏を敵視している事は知っています。
だからこそ、音々音ちゃんは桃香様に協力する。
打倒・曹魏が共通の目的だからです。
だけど、鈴々ちゃんは?。
鈴々ちゃんが音々音ちゃんと協力する理由は何?。
食べ物で釣られたりするとは思えません。
………………た、多分、無いと思います。
と、取り敢えず!、二人が共犯だとして!。
二人の目的は何なのでしょう?。
私を拉致し、何処かに移動したのは確かな筈。
外の景色が見えないので、場所は判りませんが。
幾ら鈴々ちゃんでも私達を抱えたまま走っていたら否応無しに目立つ筈です。
その姿を見られない、というのは不可能。
馬を使ったり、荷車を使ったとすると、移動距離は然程大きくはないと思います。
勿論、人目に付く事も構わず、追っ手が出ようとも返り討ちにして、となれば関係有りませんが。
其処までするのなら、私が生きているのは不自然。
邪魔になるのですから、殺すのが普通です。
私が生きている以上、それは違う筈です。
そうなると、まだ近場でしょうか?。
……いいえ、そうとも限りませんね。
もし、途中で移動方法を切り替えたとすれば。
私の予測よりも遠くに移動している事でしょう。
ただ、それ以前に大きな疑問も有ります。
あの二人が共犯だったとして。
詰所には鈴々ちゃんと一緒に居た巡回隊の人達も、それなりの数が居た筈です。
その全員が、二人に協力していた?。
………有り得ない話では有りませんが。
ですが、こう…何か、釈然としません。
もしも、そうだったと仮定するとして。
私を生かしておく理由は何でしょうか?。
生きているから、人質に?。
いいえ、これが桃香様に対する謀叛だったなら。
謀叛を企てる時点で人質は不要でしょう。
今の桃香様に人質は無意味だと知っている筈です。
それに、鈴々ちゃんなら桃香様達を容易く討ち取る事が出来るでしょうから。
人質を取る意味が有りません。
有るとすれば………星さんに対して?。
鈴々ちゃんに対抗出来るのは星さんだけですから。
ですが、星さんは不在でした。
私を気絶させて拉致するよりも、あの場で始末して実行に移した方が確実な筈です。
その位の事は音々音ちゃんにも判るでしょう。
だから、あの場で私を拉致するのは可笑しい。
………いいえ、抑、私を誘い出して捕まえる必要が何処に有るのでしょう?。
普通に考えると有りませんよね?。
…自分で考えておいて、哀しい事ですが。
…取り敢えず、一度、整理しましょう。
もしも、音々音ちゃんが主犯だとしたら。
音々音ちゃんには疎まれたり、恨まれたりしている可能性の方が高いでしょうから。
殺される事は有っても、捕まえるとは思えません。
私を必要ともしないでしょう。
だから、その可能性は低いと思います。
ですが、鈴々ちゃんが主犯の可能性も考え難い。
出来る・出来無い、という話ではなくて。
あの鈴々ちゃんが桃香様に対して謀叛を企てたり、実際に行動を起こすとは思えません。
もし、桃香様に付いていけないと思ったなら。
鈴々ちゃんは一人で姿を消すと思います。
だから、こんな真似はしないでしょう。
そうなると………やはり、協力する上での条件だと考えるべきなのでしょうか?。
私の生存──拉致は鈴々ちゃんが?。
音々音ちゃんと違って付き合いは長いですけど…。
鈴々ちゃんが気にするでしょうか?。
………正直、判りません。
逆の立場だったら、判りますけど。
「──ん?、朱里、起きたのだ?」
「──っ!?、んんーっ!!」
彼是と考えている間に、気付けば鈴々ちゃんが。
私を見ても、いつもと変わらない表情のまま。
私の知っている鈴々ちゃんが側に歩み寄る。
せめて、口の布を外して貰おうと私は訴える。
言葉にならない、奇声を出すのは意外と辛い。
だから、「早く解いて!」と視線で訴える。
鈴々ちゃんに私を害する気が無いのなら。
きっと、解いてくれる筈なので。
「にゃあ~…口の布なら解けないのだ」
「んむぅっ!?」
まるで、予想されていたかの様な。
的確な切り返しには素直に驚きます。
ただ、音々音ちゃんが付いていると考えたなら納得出来てもしまいます。
この位の駆け引きは通じないでしょう。
──となると、情報収集は難しいですね。
ですが、私を人質にするのなら。
極端な話、死なせない様にするのなら。
水を飲ませたり、食事を与えたりする筈です。
その時には流石に外さざるを得ませんからね。
だから、今は大人しくしておきましょう。
「鈴々、食事の用意が出来たのです」
そう言う声がした方に頭を向けると音々音ちゃんが部屋の扉から顔を出しているのが見えた。
──が、その表情を見て驚きます。
二人は特別に仲が悪いという訳では有りませんが、良いという訳でも有りません。
それなのに明らかに親し気……いえ、気安気。
違和感を覚えずには居られません。
──が、此処で考えます。
もしも、二人が密かに繋がっていたのだとすれば。
私達が気付かなかっただけで。
何時からか、協力関係に有ったとするなら。
二人の様子にも納得が出来ます。
「滅茶苦茶御腹が減ったのだ~」
「一人で食べたら殺すのです」
「わ、判ってるのだ!
でも、御昼も食べられなかったから辛いのだ~」
「それは、ねねも同じなのです!
でも、仕方が無いのです
予定では昼食の後、動く筈だったのです
まさか、あんなにも早く動く事になるとは思ってもいなかったのです」
そう言いながら、鈴々ちゃんは私から離れていく。
………あ、あれ?。
あの、もしかして…私の事って放置、ですか?。
私も昼食を食べていませんから御腹が空いて──
「生きているだけでも有難いと思うのです」
──はい、そうですよね。
本来なら、殺されていても可笑しくはないので。
生かされているだけでも、感謝するべきです。
──と、思わず音々音ちゃんの冷たい視線から顔を反らしながら思います。
…音々音ちゃんて、こんなにも怖かったんだ…。
頭の後ろで扉の閉まる音。
二人の足音は………聞こえませんね。
扉の向こうの廊下ですが──もしかして、石や木を使ってはいないのでしょうか?。
でも、土の地面でも足音は…………あっ!。
もしかして、二人の体重が軽いから?。
或いは、足音がしない靴を履いている?。
ぅぅ……ちゃんと確認しておくべきでした。
……………でも、やっぱり、可笑しな感じです。
二人が謀叛を企てていたのではないとしたら。
その目的は……………噂ではなく、事実?。
まさか、本当に孫策さんの所に?。
………ですが、そうだと考えるなら。
私が生かされている理由も判ります。
私が拉致されたなら、捜索される筈です。
その間に、二人は逃げ切ってしまえる。
……………いいえ、そんな必要は有りませんね。
鈴々ちゃんが本気なら、もう入っている筈です。
私を人質にした方が悪手。
邪魔になるだけです。
そうすると、孫策さんの所ではない?。
しかし、曹魏は有りませんよね…。
それ以外の場所に行くとしても…私は不要。
御荷物になるだけの筈。
寧ろ、痕跡を残して追跡させ、時間を稼ぐ。
そういう使い方をした方が良い筈です。
………駄目です、幾ら考えても判りません。
見えてはいない何かが有るのでしょう。
──side out




