曹奏四季日々 33
曹操side──
──十二月十四日。
長い様で短くもあった、孫策の雷華への侍女奉公は今日で無事に終了となる。
明日には自領へと戻る。
だから、今夜は雷華が特別に料理を振る舞う事に。
孫策を労う為の宴席も設ける事になっているわ。
私達を含め、それだけでも孫策には感謝出来る。
理由が無いと雷華が料理をする事は少ないもの。
まあ、それはそれで贅沢な悩みなのだけれど。
それはそれとして。
最後だし、折角の機会だもの。
孫策とは無礼講で話したい事も有ったのよ。
そういう訳で、誘ってみたのだけれど…
「………ねぇ、蓮華?、私、何か遣らかしたの?」
「いいえ、特には何も」
「そうよね?、私自身、心当たりが無いもの
それじゃあ──どうして、そんなに睨む訳?」
「何か遣らかしてからでは遅いですから」
そう言い切る蓮華の評価に孫策は苦笑。
「なら、仕方が無いわね」という事ではなく。
「自業自得って訳ね…」と自身の過去の行いを振り返りながら顔を引き吊らせている。
まあ、そう自覚出来る様に成っただけでも、雷華の侍女として奉公した成果は出ているでしょうね。
此処で直ぐに言い訳をしない辺りも含めて。
──とは言え、流石に現状では孫策と気楽に話しも出来無いから蓮華を宥める。
何だかんだ言っても姉妹の事が気になるからこそ。
こうして、それらしい理由で同席している。
素直ではない辺りは姉妹揃って、でしょうね。
……思い浮かんだ含みの有る雷華の頬を抓る。
言いたい事が判るから、余計に腹が立つわ。
それは置いておくとして。
探りを入れる訳ではないけれど。
直接、訊いて置きたい事が幾つか有るのよ。
「貴女、小野寺から歴史の話は聞いた?」
「それって天の国だと私達が男だって話?」
「ええ、その辺りを含めて、という事になるわね」
「まあ、最初は信じられなかったけど…一応はね
でも、それって今更なんじゃないの?
もう、この世界とは違うんでしょ?」
「そうね…私達からすると定かではない事だけれど子和や小野寺からすると、そうなるみたいね
だからと言って気にする必要は無いらしいわ
私達は私達らしく、自分達の歩みを進めば良い
少なくとも、もう天の国とは無関係らしいから」
「…え?、でも、知識や記憶は有るんでしょ?
流石に無関係って事は無いんじゃない?」
「それは単純に個人を形成する一部だからよ
二つの世界の基軸が別れた今、御互いに影響し合うという事は有り得ないらしいわ
だから、此方等は此方等、彼方等は彼方等…
まあ、深く理解する必要は無いから、そういうものだという認識で良いわ
私達にしても、そう子和が言っているしね」
「そう…なら、そういう事なのね」
普通なら、彼是と訊きたくなる所でしょうけど。
雷華が関わる以上、孫策にしても踏み込めない。
──と言うよりも、侍女奉公を通じて雷華に対する認識を改め、割り切れる様に成ったのよね。
「あー…そういう類いの話ね~…」と。
説明されても理解は難しく、実証も不可能。
言うなれば、“天の御遣い問題”といった所ね。
まあ、雷華だけは理解しているみたいだけれど。
私達が知る必要の無い事でも有るのも確か。
どの道、関係の無い事なのだから。
──とは言え、それはそれ。
私の話の本題はそれではないのよ。
「私達からすると、あまりにも未来の話になる事も子和や小野寺にとっては一つの史実…
勿論、既に未来は不確定になった訳だけれど…
それでも、“人の社会で起きる問題”という点では同じだと言う事は出来るわ
その可能性を知って──貴女は何を思ったの?」
「……………漠然とした話なら、世界統一ね
この先、二千年近い歴史も殆どが戦史
下らない争いが絶えないのなら、根幹から絶つ事が本当の意味での世界平和の実現に至る
──なんて、思っちゃったりもしたわね」
「今は違うのかしら?」
「そんな面倒な事、進んで遣りたくはないわよ
降り掛かる火の粉は払い退けるけどね~」
…成る程ね、やっぱり雷華の言っていた通りだわ。
孫策の野心──覇道は根付いたもの。
必要以上に多くは望まず、大きくなる事も無い。
飽く迄も、孫呉が在って、な訳ね。
そういう意味でも、孫策ではなく、劉備。
適材適所、という事になるわ。
「でも、それを言うなら貴女はどうなの?
曹純には、その意志は無いんでしょうけど」
「私にも無いわよ
この子は勿論、二人目・三人目と続けて望む以上、戦争なんて遣っていられないわ
子育てを軽く見る者が国を背負える訳が無いもの」
「それは確かにね~」
そう、戦争を遣る暇は無いわ。
私達には私達の歩みに伴う責任が有る。
そして、その責任は私達だけで果たし終えられる事ではないもの。
子供達に、孫達に、子々孫々と。
繋ぎ続けていかなくてはならないもの。
それを重荷と感じるなら、放棄も自由。
勿論、自分が受けた利の分は返してからだけれど。
そうしたいなら、それも選択肢の一つと出来る様に道を示し、作っておく事も私達の責任。
だから、とても忙しいのよ。
ただ、孫策の言っている事も判るわ。
正直な話、私自身、最初は世界統一も考えていた。
結局は雷華の意見を聞き、考えを改めたけれど。
未来を知ると思わずには居られないわ。
如何に人類が愚かで醜い存在なのか、とね。
だからこそ、そんな未来にはさせない為にも。
私達の国の民、それ以外の全てを根絶やしにする。
そうする事で、人類を、世界を統一する。
あまりにも傲慢で横暴で独善的で過激な考え。
話を聞いて賛同する人の方が少ないでしょう。
“世界の為の犠牲”を正当化する。
そんな風に聞こえるでしょうから。
それでも、それも一つの解答である事も確か。
そして、私達なら、実現が可能。
はっきり言って、先の大決戦よりも容易いわ。
将師が単独で世界各地に散り、鏖殺すれば。
七日と掛からずに世界の人類は曹魏の民だけに。
出来てしまうから、悩み所では有るのよね。
しかし、百年程なら世界が平和でも。
その平和が未来永劫、続くとは限らない。
時が経ち、人類が増えた先に、消えた筈の可能性と同じ様な歴史を繰り返さない保証は無いわ。
寧ろ、何処まで行こうと、人は人でしかない。
必ず、そういった過ちは繰り返されるのよ。
残念な事だけれど。
故に、決して真の世界平和など実現はしない。
そう考えればこそ。
雷華は“世界の守護”としての道を選んだのよ。
まあ、「世界を守る」というよりかは、軈て人類が引き起こす戦争等に対する抑止力として。
世界に睨みを利かせる。
それが曹魏の担う役割。
“君臨すれども、支配はせず”という事ね。
その為にも私達は多くの子供達を産み、育て上げ、雷華の血筋と能力と意志を繋がなくてはならない。
だから、余計な事をしている暇は無いのよ。
尤も、雷華の真の狙いは未来に有るのだけれど。
曹魏の存在を理解し、畏怖するのならば。
軈て、曹魏の平和意志の下に人類は適応する。
長い長い、気の遠くなる様な壮大な国家事業。
一代、二代という程度では不可能な事。
けれど、それを成し遂げる事こそが。
この世界の在り方を定めた私達の責任。
だから、それを投げ出す事だけはしないわ。
「所で、この間の訪問の時に随分と子和と親し気にしていたそうだけれど?」
「……え?………──ぁっ!、あれは違うのよ?、私の所為──なんだけど深い意味は無いからっ!」
「つまり、子和を弄んでいたと?」
「逆よっ!、私が弄ばれていたのっ!!」
「…姉様、少し御話しましょうか?」
「笑顔が恐いわよ、蓮華っ?!
それと御話って部分が強調されてないっ?!
何か、嫌な予感しかしないんだけどっ?!」
ギャアギャアと姉妹の戯れを始める二人を他所に、茶杯を手に取り、一息吐く。
自分から振った訳だけれど。
話題を変える、という意味でも、空気を変える。
少々重くなってしまったしね。
「蓮華、其処まで怒る事ではないわよ
少し揶揄っただけだから」
「笑えないから止めてっ!!
あと、そういう事は直ぐに言って頂戴っ!」
「はいはい、そうね
それで?、貴女としてはどうだったの?」
「………どうって…何がよ?」
「子和を男として見た時、女としては、よ」
「……………へ?」
「自慢ではないけれど、子和は最高の男よ
小野寺が居ようとも、女なら惹かれて当然
そう、本能が理解しているでしょう?」
「…………そうね、それは否定は出来無いわ
でも、そんなつもりは無いわよ?」
「あら、一夜の関係程度だったら子和に抱かれても私は怒らないわよ?」
「………流石に冗談でも笑えないんですけど?」
「冗談ではないわよ
寧ろ、貴女自身が自らの覚悟の証として一夜だけの関係だったとしても、子和に服従を示す
男と女であればこそ、出来る事だと思わない?」
「それは…………」
「別に子を成す必要は無いし、一夜だけの事よ
子は小野寺と成せば良いのだから
大事なのは、覚悟を示す、という事よ
まあ、この話自体が今更では有るのだけれど…
そういう事は考えなかったのかしら?」
「………考えなかった、と言えば嘘になるわね
それで信頼を得られるのなら容易い事だもの
だから、そう求められたら拒みはしないけど…
自分からは抱かれたいとは思わないわ」
「子和には魅力が無い、という事かしら?」
「だから、そういう挑発は止めてって!
逆よ逆、一度でも抱かれたら戻れなくなるわ
だって、そういう人でしょう?」
ええ、そうね。
よく解っているじゃない。
思わず、口元が緩みそうになるわ。
自慢そうにしている蓮華みたいにね。
最愛の夫を誉められて嬉しくない訳が無いもの。
私は自重して堪えるけれど。
気持ちとしては、思い切り惚気たい所だわ。
でも、時と場合は選ぶわ。
そして、今は優先すべき事が有る。
それに支障が出てしまう事は本末転倒だもの。
「それでも、万が一、という事も有るわ
この話自体が“たられば”では有るけれど、もしも意志を貫く覚悟を求められたとしたら?」
「その時は即座に全面降伏よ
そうなった時点で、私自身が詰みだわ
本能に抗えるとは思えないしね
それでも意志を貫いて国を興す?
無理ね、絶対に無理
そんな身の程知らずな真似は出来無いわ
大人しく身も心も委ねて女として生きるわよ」
白旗を上げているかの様に話す。
だが、色々と思い出したのか、顔を赤くする孫策。
ふむ…嘘は吐いて無いわね。
──という事は、雷華が一押ししていれば、と。
まあ、当の雷華が遣らないでしょうけど。
孫策でこうなら、拒否は困難でしょうね。
勿論、だからと言って雷華に強要はしないわ。
逆襲が恐いもの。
ただ、将来的には何人かは雷華の下に来る可能性は消えてはいない、という事よね。
それを確認出来れば現状では十分。
遣り過ぎると雷華に潰されるでしょうしね。
此方等も慎重に事を運ばなければならないわ。
「…因みになんだけど、もしも、劉備が誘惑しようとしたら……どうするの?」
「「身の程を教えて上げるわ」」
──と、蓮華と声が重なる。
まあ、アレに雷華が靡く事など有りはしない。
でも、雷華に色目を使った時点で眼を潰すわ。
別に見えなくても問題は無いでしょう。
ただ顔に付いているだけなのだから。
役にも立たない装飾品だもの。
だから、壊れてしまっても影響は無いでしょう。
──side out