曹奏四季日々 32
司馬懿side──
──十二月十日。
雷華様による孫策さんの教育は順調。
このままならば、特に何の問題も無く、孫策さんの侍女奉公も終わる事でしょう。
さて、それはそれとして。
私達には私達の任された仕事が有ります。
それは将師としての仕事ではなく。
雷華様の妻としての仕事です。
──とは言え、子作り等では有りません。
ああいえ、それはそれで、とても重要な事ですが。
そういった類いの事では有りません。
………まあ、全くの無関係でも有りませんか。
「──それで、小野寺さんとは進展しましたか?」
「──ぅムぅっ!?、ゴホッ!、ゴホッ!
ニャニャニャニヲ────」
率直に訊けば、対面に座る雛里は盛大に噎せます。
吹き出さなかった事は褒めましょう。
不意打ちに対する瞬間的な対処能力は大事です。
特に、男女の関係では相手に対する印象を良くする上では油断は禁物ですからね。
ですが、鼻から出て来ているのは駄目ですね。
…まあ、こういう部分を「可愛らしい」と評価する方々もいらっしゃるそうですが…。
私からすると、その方々は少なからず、自分よりも相手の事を下に見ている様にしか思えません。
判り易く言えば、庇護の対象という感じです。
保護欲を刺激される訳ですから。
年下の子供や弟妹、良くて手の掛かる後輩等。
それは対等な相手ではないでしょう。
少なくとも、恋愛相手とは違う気がします。
勿論、好きだから、愛しているから。
そういった一面を可愛らしいと思う事も確かです。
ただ、やはり、普通は気にしている異性に対しては幻滅したり、そこまでではないにしても減点です。
「そういった事を気にしないで済む相手だから」と前提条件の有る上での相手なら話は別ですが。
それは恋愛というよりも、家庭を築く伴侶としての条件として、という気がします。
…その様に思うのは私だけなのでしょうか?。
まあ、私は雷華様以外は知りませんし、知りたいと思いもしませんから無意味な話ですが。
──話を戻しましょう。
目の前に居る雛里は打ち合わせに来ています。
勿論、表向きの仕事は済みました。
ですから、こうして御茶をしている訳です。
しかし、ある意味では進捗具合の確認が本題。
孫策さんを単身で、という条件の部分に然り気無く含み隠されている狙いの一つ。
それが小野寺さんと彼女達の関係の促進です。
私達が恋愛結婚なので、子供達に政略結婚を強いる真似というのは遣りたくは有りません。
しかし、興祖の私達とは違い、子供達には子供達の生まれながらの立場や責任が有ります。
それを考えると、どうしても避ける事は困難。
また、その相手というのも選考するとは言えども、雷華様・華琳様は勿論、私達よりは劣ります。
その事を自覚し、身の程を弁えられる者であれば、私達としても良いのですが。
欲深さや愚かさというのは誰にでも有るもの。
それに因って、人は変わりますからね。
ですから、子供達が生まれる前から。
結婚相手となる候補者の選考は始まっています。
極論を言えば、相応しい者を意図的に作る訳です。
勿論、あらゆる面で完璧な者を、とは言いません。
自らの立場を理解し、伴侶を支えられる。
そういった者になる様に、です。
…まあ、実際には必要なのは女性──各家の嫡男の正妻となる娘達です。
そういう意味では私達から教えられる事が多いので選考の上で重要なのは、その家族の善し悪し。
家の内側を乱す様な繋がりは不要ですからね。
必要となれば、きっちりと対処します。
その必要が無い者である事が一番なのですが。
そうも言ってはいられない場合も有りますから。
その辺りは臨機応変に、でしょう。
──という事で、話を戻しますが。
将来的な事にはなりますが。
小野寺さんの子供達というのは重要な訳です。
政治的にも血を交える事には大きな意味が有り。
長く、国を維持する上では婚姻というのは不可欠な外交手段の筆頭ですからね。
雛里達には頑張って貰う必要が有ります。
尤も、直近の可能性としては私達の産む子供達から何人が、という程度です。
あまり偏った血統にすると先細りし易いので。
──というのが雷華様の御考えです。
先を見据えればこそ、必要な事だと言えます。
そういった訳なので、こうして私達が自分の縁者に小野寺さんとの関係の進展を促すのが目的。
(──なのですが…この様子ではまだですね)
噎せた後、顔を真っ赤にして慌てている雛里。
「まだ照れてしまいます」という反応ではなく。
これは明らかに進展していない、停滞状態であると自ら自白しているのも同然の反応でしょう。
…私も他人の事は言えない時期も有りましたね。
まあ、それは兎も角として。
彼女の奥手さには荒療治が必要な様です。
「…こほんっ…どうしたの泉里ちゃん?
急にそんな事を言うなんて…」
「急に、では有りませんよ
貴女も孫策さんを支える鳳家を興す身です
「養子で済ませる」という訳にはいきませんから、身を固め、後継ぎを成す必要が有ります
当然、その伴侶には相応しい方でなければいけないという事は言わなくても判っている筈です
そうなると、自然と一人に絞られます」
「そ、それは………そうですけど………でも……」
「では、小野寺さんに何かしらの不満が?」
「そんな事は有りませんっ!
………──っ!?、~~~~~~っっっっっ!!!!!!」
即答しながらも、自分の発言の意味に気付いたら、先程よりも更に濃い赤に耳まで染まる雛里。
ふふっ、初々しいですね。
流石に今は個々まで照れる事は有りませんから。
………いいえ、有ります。
ええ、有りますとも。
ですから、私の“女の勘”が鳴らす警鐘よ。
どうか、鳴り止んで下さい。
雷華様の笑顔が思い浮かんで消えませんから。
暫し、御互いに立て直す時間を要しました。
まさかの飛び火でしたが……いえ、止めましょう。
考える程に自分の首を絞めますから。
「雛里、今回は貴女の同行者──護衛役には妙才の双子の姉である夏侯惇さんが付いていますね?」
「う、うん…」
「今頃は、久し振りの姉妹での一時を楽しんでいる事でしょうね」
「そうだね…楽しみにされていましたから」
「そして、同じ様な話をしている事でしょう」
「…………………え?」
「当然でしょう?
彼女も貴女と同様に夏侯家を興す身です
御互いの立場は違えど、身内の心配はします
彼女も姉と小野寺さんとの関係の事は気にしている筈ですからね
訊かない、という方が考え難いと思いますよ」
「………………………そう、だよね………」
「その上で、焦れれば後押しもする筈です」
「──っ!?、しょっ、しょれはつまりっ!?」
「…まあ、そういう事になるでしょうね」
「あわわわわっ……」
恥ずかしがっていたのが一転。
自身の劣勢を理解し、軽く混乱している雛里。
水那が居たら、もっと揶揄っている所でしょう。
面倒臭がりなのに、こういう事には積極的ですし、労を惜しまず頑張りますから。
まあ、今回は大事な所なので不参加ですが。
預かっている手紙を後で渡す事にしています。
…尤も、その手紙は何とか書かせた物で。
物凄く渋々書いていた物ですが。
そんな事は伝える必要は有りませんからね。
綺麗な話に泥を塗り付ける真似はしません。
それはそうとです。
先程言った様に秋蘭も姉の夏侯惇さんに話を振り、進展を促す様に仕向ける算段です。
はっきり言って、孫策さんの侍女奉公は、留守中に他の方達が小野寺さんとの関係を深める為のもの。
勿論、雷華様は無理矢理に、という事ではなくて。
ですが、進展して貰わないと困るので、という事。
直ぐに子供が出来る必要は有りませんが。
まだ関係を持っていない方達とは──という事。
その辺りに突け入る隙が有るのは拙いですからね。
雷華様にしても無視は出来無いという訳です。
「雛里、正直に答えて下さい
貴女は小野寺さんの事を想っていますか?」
「ぁぅぅぅ~~~…………………はい…」
「孫策さんを含め、以前から関係が確かな方達とは違って貴女を含めた小野寺さんに想いを寄せる者は大戦後に進展していますか?」
「………………していません」
「私達──いいえ、私個人としても、友人の貴女の気持ちを蔑ろにするつもりは有りません
ですが、状況が悠長にしている事を許しません
貴女達が本気であるなら、先ずは隙を無くす為にも小野寺さんの周囲を固めなさい
孫策さん自身は隙が無くても、その伴侶となる方に致命的な隙が有る事は大問題です
起きてからでは遅過ぎます」
「────っ!!」
私が何を言いたいのか。
何故、小野寺さんとの関係を進めようとするのか。
その意図する所を理解したようですね。
「………でも、やっぱり不安なんです…」
「孫策さんであれば、貴女達が側室になる事程度は笑って許してくれると思いますが?」
「はい、それは私も大丈夫だとは思います
でも…主従関係等が絡みますし…」
「…焦れったいですね
貴女は小野寺さんに抱かれたくはないのですか?」
「だ、だきゃっ!?」
「主従関係は主従関係、女の戦いは女の戦いです
少なくとも、私達は割り切っていますよ
それを孟徳様が許され、望まれてもいますから
私達も負けてはいられません」
「す、凄いです…」
…まあ、そうは言っても勝ててはいませんが。
まだまだ私達の人生は長いですからね。
逆転する機会は少なからず有る筈です。
──って、私達の事は今は関係有りません。
背中を押す為に引き合いに出しただけですから。
話が逸れてしまっては意味が有りませんからね。
「貴女も判っているのでしょう?
この乱世の時代──今の世の中は、既に終端…
三勢力が牽制し合っている様に見えているだけで、実際には既に大勢は決している、と…
そうなると、何が一番に求められますか?」
「………次代です」
「ええ、そうです
孫策さんは勿論、それを支える貴女達にも同じ様に必要となる事であり、不可欠の支柱です
それ無くしては、未来は築けませんよ?」
「………──っ!!」
俯き、静かに私の言葉を聞いていた雛里が気付き、勢い良く顔を上げて私を凝視する。
…雷華様が試される理由が判る気がします。
人が成長する瞬間。
それを目の当たりにする事は素晴らしい事で。
思わず、口元が緩みそうになりますから。
「頑張りなさい、雛里
愛する男の子を産める事は女の特権です
それを自ら放棄する理由が貴女には有りますか?」
「無い、筈です………ううん、有りません!」
「それなら、どうすれば良いか判りますね?」
「はいっ!
────あっ、でも、やっぱり直ぐには……」
「弱気になるなら、小野寺さんの前で──いいえ、腕の中にしなさい」
「ふぇええぇっ!?」
「“女の涙”は必殺の毒も同じです
こんな所で使っても無駄なだけですよ?」
「あわわっ、わ、私の知らない泉里ちゃんです…」
何やら驚き、気圧されているみたいですが…それを追及するだけ時間の無駄ですね。
気にならない訳では有りませんが。
今は雛里の背中を押さなくては。
「良いですか、雛里?
貴女は同性の私から見ても可愛らしいです
小野寺さんにしても、それは同じ筈です
ですが、未だに関係が進まないのは御互いに奥手な事も一因では有りますが、一番の問題点は別です
彼からすると貴女は歳上ですから、自分から貴女に迫るというのは難しい事です
そうでなくても価値観の違いが有ります
ですから、貴女から一歩踏み込んで──」
──side out