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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 24


 郭嘉side──


──十一月十六日。


昨日、愛紗が遣らかし掛けたという報告が上がり、急遽、家族会議が開かれました。

まあ、別に初めての事では有りませんが。

「愛紗でさえもですか…」といった感じでです。

勿論、愛紗に非が有る訳でも有りません。

飽く迄も報告と注意喚起の機会としてです。

これと言った明確な対応策は有りませんからね。

結局の所、本人の自重・自覚しか予防策は無し。

事後対応としては、気付ける者を側に置く。

それ位しか出来ませんので。


それは兎も角として。

今の私達──私には頭の痛い案件が有ります。

例の雷華様と孫策の賭けの代償であり、発芽病での治療等の対価として結ばれた一件。

孫策が“雷華様付きの侍女”になる。

それに付いての具体的な話し合いが迫っています。


──で、その曹魏側の担当者が私なのですが…。

後ろで文句を言う者が少なくないのが困り物。

それは私ではなく、雷華様に言って欲しい所です。

…まあ、それが出来無いからの愚痴でしょうが。

期間の短縮や、雷華様ではなく、曹家の(・・・)侍女になるといった変更は不可能ですから。

──と言うよりも、雷華様に御考えが有っての事な訳ですから、出来る訳が有りません。

だからと言って私に言わないで欲しいものです。


そんな私の胸中の愚痴を察してか、姉の絡む為か。

申し訳無さそうにする向かいに座る蓮華。



「その…何と言うか…色々と御免なさい…」


「貴女が謝る事では有りませんよ

文句を言っている皆の気持ちも判りますからね」



ええ、その気持ちは私にも判ります。

何しろ、誰に文句を言われる事も無く一日の大半を雷華様と共に出来る訳ですからね。

──と言うよりも孫策が側に居る為、偶発的にでも有った雷華様と過ごす機会が減りますからね。

それは孫策に対して嫉妬もしますよ。

華琳様ですら、「面白がってるわね…」と御不満を漏らしていらっしゃった位ですから。


…まあ、裏を返せば、そう遣って私達の気持ちにも刺激を与えていらっしゃるのでしょう。

そういう意地悪な所も有る方ですから。

そして、結果的に更に惹かれる訳ですからね。

思う壺と言いますか、効果覿面と言いますか。

…まあ、要するに、夫婦仲は円満そのものです。



「それはそうと、彼女の奉公期間は年内に済ませるという事ですから、かなり急な話になります

その辺りを孫家側が飲めるのかが焦点ですね」


「飲まない、という選択肢は無いとは思うわね

…ただ、話が急な事も有るし、難しいわよね…」


「その辺りは雷華様から期間を一週間短縮する、と交換条件は頂いています

勿論、彼方等が提案を渋ればの譲歩ですが」


「当然ね、最初から譲歩する理由は無いもの」



そう言い切る辺り、蓮華は完全に孫家(実家)との距離感は不変という事なのでしょうね。

…まあ、今更戻る理由は有りませんから。

それは当然と言えば当然ですか。


そんな感じで蓮華との仕事を終わらせてから、件の話し合いの為に港に向かいます。

既に彼方等の担当者は着いている筈ですから。

いつもの事だとは言え、本当に急な話ですからね。

どうなる事やら。






「────え?」


「…まあ、そうなるだろうとは思っていました」


「あっ、いえっ、申し訳御座いませんっ…」


「心配要りませんよ

今の事が話し合いに影響する事は有りませんから」


「あ、有難う御座います…」



思わず出てしまった素の表情。

それを慌てて謝罪する素直さには好印象。

顔を赤くしながら頭を下げる仕草も初々しいです。

思えば私にも、こんな頃が………有りましたか?。

…………ちょっと思い出せませんね。

でも、私にも緊張していた覚えは有ります。

流石に、ガチガチになった経験は有りませんが。


まあ、そんな事はどうでもいい話ですが。

今回の件の孫家側の担当者は呂蒙。

陸遜・賈駆・鳳統、それに──風。

彼女達ではなく、無名ではないにしても、まだまだ新米という印象の有る呂蒙。

別に、「舐められている訳ですか…」等と思う様な事は有りませんが。

当初は、少し意外には思いました。

雷華様曰く「少しでも経験を積ませたいからだ」。

そう聞けば、成る程と納得の出来る話です。

何しろ、話し合いとは言っても内容は調整のみ。

既に決定している事に変わりは有りませんから。

そういう意味でも、宅との交渉の場の雰囲気を知る丁度良い機会だと言えますから。



「急な話ですからね、戸惑うのも仕方有りません

しかし、今、この場に居るのは私と貴女です

そして、私達は御互いに一任されて此処に居ます

その意味は──判りますね?」


「──っ!?……っ…はい…」



気さくな態度で話しながら、不意を突く様に彼女の背負っている物が何か、置かれた立場が何か。

それを意識させる様に鋭く、一突き。

それに気圧される様に息を飲むものの、理解。

武官上がり、というのは伊達では有りませんか。

…雷華様では有りませんが、少々意地悪でしかね。

ですが、少しばかり彼女の成長を見てみたい。

そういう気持ちも有る事は否めませんから。

まあ、彼女からすれば、何を言っても言い訳にしか聞こえないとは思いますが。


それは置いておくとして。

調整とは言え、此処での話を一々持ち帰って検討し再び持って来て話し合う、という事はしません。

そんな時間の無駄に何の意味も有りませんから。

ですから、この件の決定権は私達に委ねられているという事になります。


そういう事ですから、皆が色々と言って来ている訳だったりします。

勿論、この件を白紙には出来ませんが。

削れる(・・・)わよね?」という意味でです。

…多分、その辺りを察しての雷華様の譲歩なのだと私の立場としては思います。


しかし、雷華様ですからね。

それだけ(・・・・)ではないでしょう。

そう考えると…やはり、彼女への試練、ですかね。

此処で私の言う事に、ただただ頷くだけか、否か。

遣り直しの出来無い、責任重大な状況だからこそ。

自らが考え、見極め、決断しなくてはならない。

それが成長に繋がる訳です。



「……あの、御訊きしても宜しいですか?」


「ええ、構いませんよ」


「どうして急に時期が早まったのでしょうか?」


「それは子和様の意向としか言えませんね

私も詳しくは伺ってはいませんが…この件に関して言える事は、子和様の御決定は絶対という事です

そういう(・・・・)御話ですから」


「──っ…そう、ですね…」



本の僅かに付けた声と口調の抑揚。

それが言外の圧力(・・)を意味すると察し、息を飲む。

気圧された訳ではなく、理解して、ですからね。

雷華様が気に掛けられているだけは有りますね。

勿論、この程度で満足されては困りますが。

それでも、言われた事に直ぐに頷くだけではなく、きちんと質問をしてきた点は高評価出来ます。

流石に彼我の立場を弁えれば、それ以上は踏み込み難いでしょうからね。

私達が対等であれば、違ったのでしょうけど。

そう考えると、少し残念な気もします。


ただ、本当に対等な交渉というのは極めて稀な事。

実際には、必ず優劣が存在しています。

その差が、とても微妙であったとしてもです。


その上で、敢えて対等に思わせる(・・・・)

そういった駆け引きも時には行われますからね。

貴女が思っているよりも、意地悪な所ですよ?。

外交(私達の戦場)というものは。



「…御話は判りました

ですが、あまりにも急な事で、準備がまだ…」


「その準備というのは孫策殿の留守中の事で?」


「はい」


「それなら、尚更に不要な事でしょう」


「……え?」


「考えてもみなさい

孫策殿が事の現場に常に居る訳では有りません

その際、貴方達は一々指示を伺い、待ちますか?

それでは遅過ぎます

それを理解していればこそ、現場が(・・・)判断します

今回の件も、それと同じ様なものです

孫策殿が急遽、留守にするからというだけで全体が揺らぐ様では到底、民は安心出来ませんよ?」


「──っ!!」



其処まで言えば、緊張している彼女でも気付く。

瞠目し、卓の下で両手を握り締めながら俯く。


そう、今回の急な御話は彼女への試験。

勿論、こうして私が話している時点で多少は減点。

──とは言え、此処での会話に留められるのなら、それ以上の減点には繋がりません。

飽く迄も、彼女個人への採点に留まります。


しかし、態々他の皆に話す様では大きな減点。

彼女自身は勿論、勢力・組織(孫家)としてもです。


今、彼女は試されています。

それと同時に、想像していた以上の物を背負う。

その事実を突き付けられ、重責と重圧に晒される。

楽観視していた状況が一転、選択を強いられる。


本の少し前までなら当たり前だった事ですが。

大決戦という一つの時代の区切りを経た事により、無意識下に生じる隙という物は有ります。

それが致命的となる事は今も変わってはいません。

その事を、思い出し、思い知り、刻み込む。

この交渉が一対一(・・・)で行われる理由。

誰かを頼る様では、未来は担えませんからね。


尤も、彼女からすれば不意打ちも不意打ち。

「き、聞いてませんよーっ?!」と風達に泣き付いて愚痴りたい所でしょうね。

何しろ、表向きには「調整の話だから」です。

ええ、そう遣って油断されるのが雷華様なので。

私自身、散々味わい、経験し、学びましたから。

そして、それを糧に成長した訳ですからね。

此処で手抜きは出来ません。

遣りもしませんが。


そんな事に考えていると彼女が顔を上げる。

其処に有るのは緊張していた少女の眼ではない。

自身の未熟さを嘆く眼差しではない。

遣ってしまった失態に焦っている訳でもない。

遣り直しの出来無い事を理解し、それでも尚。

少しでも良い結果に繋げようとする軍師の眼。


思わず、口角が上がりそうになるのを堪えます。

──と言うか、雷華様が何故、単独行動をされるか判った様な気がします。

一人なら、誰に見られる心配も有りませんから。

帰ったら然り気無く確認してみましょうか。

その前に、きちんと仕事を済ませなくては。



「…確かに、仰有る通りだと思います

ですが、私達は兎も角、民への影響は否めません

私の…自分達の非力さを棚に上げているみたいで、こういう言い方はしたくは有りませんが…

伯符様の不在というのは大きな不安に繋がります

だからと言って、伏せる事も難しいのが現実です」


「孫策殿は民に近い(・・・・)方ですからね」


「…ぅぅっ……はぃぃ…」



いえ、嫌味を言ったつもりはなかったのですが…。

涙目になる彼女を前にすれば、流石に戸惑います。

本当に他意は無かったのですからね?。


ただまあ、其処から窺い知れる事も有ります。

どうやら、此方等の収集した情報による想像以上に苦労している様ですね。

……いや、怒鳴ったり出来無いから、でしょうね。

感情も含めて口に出して言えれば楽なのですが。

それが苦手な者は抱え込み、溜め込み易いので。

私にも多少は、そういった経験が有りますから。

…まあ、これ以上は虐めになりますか。



「コホンッ…子和様も急な話という事は御承知です

ですから、その代わりに期間を三週間に減らす事で了承して欲しいとの御提案です」


「一ヶ月が三週間に…」



そう言うと視線を手元に落とし考え始める。

その反応には思わず苦笑してしまいました。

きっと、無意識なのでしょうね。

その反応は相手に対し、「貴方を信じています」と言っているのも同然なのですが…。

彼女の中では、私達は敵では無いのでしょうね。


茶杯を取り、彼女の結論を待つ。

対局(・・)している筈なのですが。

どうにも、妹の勉強を見ながら教えている。

そんなに気分になってしまいますね。


これも彼女の人柄が故なのか。

或いは、雷華様の意図の成せる妙なのか。


職業柄、考えずには居られませんが。

こういう他愛の無い事を考える時間も、今であれば悪くないと思えます。

花咲く春を待つ様に。


──side out



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