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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
88/907

         肆


 荀或side──


“人拐い”を一掃出来無い理由が“領地の権限”だと考えていた。

…少なくとも“私自身”はそうだった。


故に華琳様の意を理解し、納得していた。

同時に、感嘆もする。


私は──恐らくは冥琳達も結様と同じ意見だった。


“正しき王”が大陸統一を成す事で世は平定する。

そう信じて疑わなかった。


華琳様も“同じだった”と仰有られた。

子和様との出会い、或いは教えで変わったのだろう。


私達の考えは“短期的”に或いは“一時的”に見ると“正しい”のだろう。

しかし、先々までを考えて“長期的”に見た場合には華琳様の仰有った通り。

待つのは“滅亡”だ。


軍師として、施政に携わる者としての見解や思考には私達は大差は無い。


しかし、決定的に違うのは“人心”への配慮。

国や施政者への忠義や信頼或いは反意などではなく、“人の欲”という物に対し見極めが甘かった事だ。


国に“外敵”が無くなれば“内”に意識が向く事など火を見るより明らか。

その“結果”は歴史が確と物語っている。

いや、私達の生きる現在もその真っ只中だ。


栄枯盛衰──それは全てに言える事だろう。

国も、文化も、人も全ては“不変”ではない。


だからこそ、“継ぐ”事が大切だと子和様は私達へと仰有るのだろう。

築き上げる平和を、繁栄を無意味で無価値な“過去”にだけはしない為に。

私達は“意志”を次代へと受け渡して行かなければ。


そんな風に感心し、改めて決意していたが…

子和様の話を聞いた瞬間に頭が混乱してしまう。

正確には“思い出した”と言うべきなのだろうか。


子和様の“闇経済”の話も聞こえてはいたけれど頭の中では二の次だった。


私達の──私の遣り方では“彼女”の様な犠牲者達が増えてしまっていた。


その“可能性”を考えると身体の芯が震える。

背中を冷たい汗が伝う。

自分の拍動がやけに大きく聞こえてくる。

乱れそうになる呼吸。

ただ、“以前”より増しと思える程度に止まる。

私自身の“成長”…或いは“意識の変化”か。

もしも、子和様と華琳様が居なかったなら…

会わなかったなら…

私はどうしていたのか。

どうなっていたのか。


想像したくない。


単に“たられば”の話だと“いつも”なら切り替える事が出来ただろう。


けれど、この事に関してはそれが出来無い。


私にとっては忘れられない“忌まわしい記憶”であり“根源”とも言える故に。




会食となった昼食を終えて私は子和様を探す。

華琳様も皆も各々に御茶を飲みながら談笑しているが私はそんな気になれない。

それよりも今は大事な話をしなければならない。


自室に戻られたと聞いて、足早に向かった。

だが、部屋の前に来た所で自分が今“初めて”男性の私室に入ろうとしていると気付いてしまった。



(どどどどうしようっ!?)



一度考えてしまうと軍師の性と言うべきか頭の中から訳も無く消す事が出来ずに取り乱してしまう。


救いは身体は硬直していてわたわたしたりしていない事だろう。

取り敢えず頭の中を整理し落ち着こうと試みる。



(と、取り敢えず…部屋の前にいつまでも立ってる訳にはいかないものね…

うん、そうよね…)



次の会議まで、それなりに休憩時間は有ると言っても時間は有限。

無駄には出来無い。



(というか…よく考えると子和様が休まれている所を邪魔するのも気が引けるし出直すべきよね?

ええ!、その方が良いわ!

そうしましょう!)



自己完結するが結局の所は単に問題の“先伸ばし”に他ならない。

“子和様に遠慮して”など言い訳でしかない。



(〜〜っ、ああーもうっ!

しっかりしなさいっ!

話すと決めたんでしょっ!?

だったら行きなさいっ!!)



緊張で硬直していた身体が気合いに押される形で動き戸を叩いた。


やはり休憩中だったらしく返った子和様の声は何処か気の抜けた感じ。

ただ、その声色に釣られて私の緊張も和らいだ。


入室し戸を閉める所までは何とかなった。

でも、戸の閉じる音を聞き今は“二人きり”なのだと意識してしまった。

何かしらの話題が無いかと室内を見回す。



(華琳様と一緒に御休みになられる事が多いからか、私物が少ない気が…

それとも…これが“普通”なのかしら?)



そんな事を考えながら──不意に気付く。

今の自分は他人から見ると“不審”ではないかと。


その事実に気付いた瞬間、未だ嘗て無い程の羞恥心に襲われる。

身体中の熱が顔に集まって来る様に熱い。


チラッ…と子和様を見ると腰掛けている寝台の自分の右隣を叩き其処に座る様に促して下さる。

…女性としては見られてはいないのだろうか?



(──って、な、“何”を考えてるのよ私はっ!?

そうじゃないでしょっ!?)



顔や態度には出さない様に小走りに近寄ると一礼して隣へ腰を下ろした。




しかし、座ったのは良いがどう切り出そうかと悩む。

率直に言っても良いけれど“捻り”が全く無いのも、軍師としてはどうなのか。

要らない“自尊心”だが、職業柄仕方無い事だ。


しかし、だからと言って、簡単に見付かる訳でもなく思い付きもしない。


ただ、時間だけが過ぎる。



(か、考えなさい桂花っ!

貴女は軍師なのよ!?

苦境を打開する策を講じる事こそ使命でしょっ!)



そう自身を叱咤した瞬間、子和様に声を掛けられた。

予期せぬ──いや、失念をしていた所だった為に声が裏返ってしまった。

恥ずかしくて俯くと優しく頭を撫でられる。

…不思議と安心してしまう自分は子供っぽいのか。

でも、お陰で落ち着く。


私の緊張や動揺を察してか子和様は撫で続ける。

気を紛らわせてくれているのだと思う。


それに合わせて、深呼吸を繰り返しながら考える。


何をしているのだろう。

余計な考えに要らない気を回し過ぎている。

“飾る”事も“取り繕う”必要も無い。

“有りの侭”で良いのだ。




大きく息を吐き“覚悟”を決める。

同時に子和様の右手が私の頭から離れた。

…ちょっと名残惜しい気がするが今は置いておく。


子和様の方へ身体を向けて真っ直ぐに見詰める。


私の言葉に子和様は真摯に聞く姿勢を取られた。



「“それ”はある意味では有り触れた事です…

でも、当時のまだ幼かった私には信じられない事で、強く脳裏に焼き付いていて今でも鮮明に覚えています

忘れたくても忘れられない“悪夢”の様に…」



口にしただけで脳裏を過り身体を恐怖が蝕む。

けれど“話さなければ”と自分を奮い立たせる。


スッ…と左腿の上で組んだ私の両手に重なる温もり。

子和様の右手だ。


たったそれだけ。

でも、私の震えは止まる。


穏やかで優しい温もり。

あの時、抱き締めてくれた御母様の様に。


不意に思い出す。



(──そうだったわ…)



“恐怖”に苛まれた私を、ずっと傍に居て抱き締めて支えてくれたのは御母様。


どうして忘れていたのか。

こんなにも大切な事を。

こんなにも私に勇気を与え支えてくれる存在を。


“恐怖”を忘れないのに、“勇気”を忘れていた。


悔しくて、情けなくて涙が溢れ出してくる。

でも、もう二度と私は絶対忘れはしない。


その温もりと強さを。



──side out



話し出して、直ぐに身体を震わせた文若。

それを和らげる為に右手を彼女の組んだ手に重ねた。

震えが徐々に収まって行き──突然、涙を流す。


一瞬、驚いて戸惑ったが、文若の表情が“憑き物”が落ちた様に晴れやかであり強い“意志の光”が双眸に宿っていた。



(…期せずして乗り越えたという事か…)



少しだけ、違和感も有る。

…“思い出した”と言った方がしっくりくるか。


文若は右手を抜いて袖口で涙を拭う。

右手を退けてやれ?

左手に握られているのに、出来無いって。

空気が読める男だよ。

…まあ、だから“逃げる”時を逃さないんだが。



「…す、すみません…」


「気にするな

“女の涙”を抱き締め受け止めてやるのが“良い男”だからな

…師匠の受け売りだが」



そう言うと文若には珍しくきょとんとしたと思ったらクスクス…と笑った。

少女の様に可笑しそうに、女の様に艶やかに。


その様子を見詰めながら、文若が落ち着くのを待つ。



「…それまでは私は賊徒は単に害悪と思っていました

御母様や家の者達から聞く話でも退治して当然だと…

でも、あの日…

私は賊徒に拐われた女性が救出されたと聞いて無事を喜びながら様子を見ようと街に出ました」



…此処までは予想通り。

トラウマになる程の理由はこの先に有る。



「ですが、私を待っていた現実は違っていました…」



両手を強く握り締めながら奥歯がギリリッ…と鳴る程噛み締める文若。

ただ、表情に浮かぶ感情は嫌悪・憎悪・憤怒・侮蔑と言った物だ。



「救出された女性は衣服は破れ髪も乱れていました

でも一番信じられなかったのは彼女の姿…

顔見知りという程ではなく見た事が有る程度でしたが拐われてから二日…

たった二日で彼女は肌から張りも艶が消えて、まるで何日も飲まず食わずの所を保護された様に…

その姿を見た時、反射的に怖くて私は後退りました

憐憫でも、悲哀でもなく、私は“恐怖”を彼女に対し抱いてしまいました…」



“何が”有ったかは想像に難くない事だが…子供には想像出来無いだろう。

そして、それ故に理解する事が出来ずに戸惑う。

だが、視覚情報から“女”として本能的な“恐怖”を感じたのだろう。

しかし、文若自身は後々に成長して自己嫌悪した事が言わずとも判る。



「後に知る事になります

賊徒に──下賤な“男”に弄ばれた事を…」




忌々し気に言う文若。


今では“同じ”ではないと頭では理解している。

ただ、それでも“男嫌い”なのを変えられない事には他にも要因が有るのか。



「…彼女は街の者達が作る人垣に気付くと目を見開き顔を恐怖に歪め…

怯えながら泣き叫びました

“助けて!、誰か助けて!

もう、止めて!”と…」



フラッシュバック…いや、正常な精神状態ではないと文若の話で判る。

人垣=賊徒にしか見えない程に精神が崩壊していたのだろうな。



「…突如暴れ出した彼女は取り押さえ様とする兵達を払い退けて逃げ出し辺りは混乱しました…

そして、私の目の前で足を縺れさせ彼女倒れ…

その時、彼女と目が合って私は後退りました…

…ただ…怖かった…」



其処で文若が唇を噛み締め後悔を浮かべる。



「…私を見た彼女は双眸に安堵を浮かべましたが──直ぐに悲哀へと変わり…

混乱の中で誰かが落とした包丁で…自分の首を真横に切り裂きましたっ…

私が…私が彼女を死にっ…

死なせてしまったんです!

私が怖がったからっ!

私が怯えたからっ!

私がっ──私だけがっ!

彼女を助けられたのにっ!

この手を差し伸べるだけで助けられたのにっ!

私だけが──っ!?」


「──もういい…

もう、自分を赦してやれ」



泣きじゃくる文若を胸へと抱き寄せる。



「でもっ!」


「忘れろとは言わない

寧ろ覚えて置け

彼女の生命が教えてくれた“死”と“痛み”を」



文若が胸に顔を埋め両手を背中に回して抱き付く。



「忘れずに生きて伝えろ

同じ過ちが起きる事が無い“安寧”の大切さを…

人の抱える“闇”の怖さと恐ろしさを…

そして、幸せになれ

痛みを知って優しくなれるのと同じ様に、幸せを知り多くの幸せを守れる様に」


「…ぁ、ぁ…ぃ…

…なび…ばす…わだぢ…

…ぎっど…なびばず…」



泣きながら鼻声でも構わず答える文若を抱き締めて、頭を撫でる。



「その涙がお前の糧と成り“強さ”をくれる…

だからな、もう良いんだ

思いっきり泣いてもな」


「…ぅぁ…ぅぁぁあぁあああぁああぁあぁ──」



積もり積もった雪が解け、漸く春の兆しが覗く。


まだまだ小さいけれども。

きっと大丈夫。

その小さいな“芽”は軈て大樹と成るだろう。

優しく包み込む大樹に。




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