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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 23


 関羽side──


──十一月十五日。


雷華様との子を身籠ってから三ヶ月目に入った。

事前に知識は有ったものの、悪阻は辛かった。

しかし、何故、女性にだけ月経という物が有るのか理解が出来た気もする。

全ては子を成し、産む為に有るのだと。


雷華様は「男には判らない事だからな」と仰有るが私達からすれば、その女性以上に雷華様は気遣い、配慮して下さっていると言えます。

…まあ、世の中の男性の平均的な(・・・・)代表ではない為、比較する事自体が無意味な訳ですが。

ただ、そんな雷華様を見習う男性も確実に増加。

以前に比べ、確実に女性からの愚痴は減っていると私個人の感覚としても判りますからね。

本当に素晴らしい御方に娶って頂いています。


それはそれとして。

辛い悪阻に苦悩した時期も過ぎ、体調が安定すると身体だけではなく、気持ち的にも楽に。

そうすると、ついつい以前の様にしてしまい勝ちで雷華様や御付きから注意されます。

華琳様が愚痴られていた気持ちが判りました。

確かに、まだまだ自覚が足りないのでしょう。


──とは言え、雷華様が仰有る様に、妊娠したから母親に成れる訳ではない。

私達自身が、母親として成長しなくてはならない。

子供を妊娠すれば、出産すれば、母親ではない。

最初の子を育て上げ、送り出して、漸く。

母親としては、正しく一人前なのでしょう。

つまり、母親としての成人(・・)は先の話。

ですが、だからこそ、焦っても仕方の無い事。

子供に学び、子供と共に成長してゆく。

それが親という者の本来の姿なのだと思います。

……決して、言い訳をしている訳では有りません。


そして、成長する為に出来る事は多々有ります。

例えば、近くに居る出産・育児経験者から話を聞き色々と起こり得る事に対する想像をする。

この時、重要なのが、統計(・・)を絶対視しない事。

雷華様が「常に相手と向き合え」と仰有る様に。

全ての人が──子供が同じという訳ではない。

そうで有ればこそ、対応策を絞る真似は悪手。

寧ろ、「もし、こうだったら…」と。

聞いた話に更に別の要素を加えて想像(・・)する。

そう遣って、幅を拡げて置く事が意味を持つ。

何事も経験(・・)という訳です。



「────聞いていらっしゃいますか、雲長様?」


「ああ、勿論だ」



目の前で「…本当ですか?」と訝しむ少女。

いや、少女という歳ではなく、既婚者なのだが。

しかも、既に男女一人ずつを産んだ二児の母。

だが、見た目には完全に少女。

誰が、どう見ても、十代前半にしか見えない。

…見る者によっては十歳前後にも見えるだろう。

知っている者からすれば、有名な話なのだが。

知らない者からすれば、信じ難い話である。


そんな少女──いや、彼女は私の直属部隊の副官。

しかも、義勇軍の時代から共に戦っている数少ない生え抜きであり、苦楽を共にする戦友。

それだけに遠慮はしないし、容赦もしない。

人に由れば、「御前は私の母親か?」等と思ったりしてしまう所なのだろう。

私の場合、雷華様に「本気で自分を叱ってくれる者というのは得難く、居なくなるものだ」と言われ、そういう存在を大事に思っています。

ですから、五月蝿いとか、鬱陶しいとか、煩わしいといった事を思ったりはしません。

…まあ、少しばかり、顔が若気てしまう事が有り、気を付けなくてはいけませんが。


そんな彼女に、現在、叱られている。

私が迂闊だったから仕方が無いのだが。

「大袈裟な…」と思う気持ちが無い訳ではない。

しかし、一方では彼女の言い分にも納得している。

──と言うよりも、私自身にも経験が有る事だ。

まあ、数える程度でしかないのだが。

──とは言え、華琳様という特別な相手にだ。

その時の自分が、目の前の彼女と同じ様な立場。

…要するに、「ちょっと位ならば大丈夫だろう」と軽く運動していたら、少々熱が入り過ぎた(・・・・・・・)

その結果が、こう(・・)だと言うだけの話。

別段、珍しくも可笑しくもない話だ。


──等と考えていたのが不味かった。

怒っていた彼女の表情が一転、笑顔(・・)になった。

そして──長引く事を理解し、覚悟を決めた。






「………ふぅ~……………漸く終わった……」



真面目に集中もして(・・・・・)話を聴いた。

いやまあ、最初から遣っていれば良かったのだが。

つい、慣れているが故に気を抜いてしまった。

…普段から珀花や灯璃という悪例を見てはいるし、説教もしているだけに不味い。

下手に口止めなどすれば、余計に長引く。

だから、大人しくしているしかなかったのだが。

…知られなくはない、知られては面倒な顔が脳裏に浮かんできてしまう。

尚、前者には雷華様達も含まれる。

失望されたりはしないだろうが…恥ずかしい。

言われていて、言っていて、なのだから。

自分の立場を考えれば、そう思わずには居られない事なのは間違い無い。

──とは言え、昔の様に気にし過ぎはしない。

雷華様曰く、「人に(・・)完璧な者など居ない」と。

「誰にでも間違いは起こり、誰しも間違う」と。

それが経験であり、学ぶ機会であり、成長の糧。

そう、私達は教わり、見せられていますから。

反省はしても、後悔はしません。

………いえ、まあ…多少は有りますけどね。

それも人らしさ(・・・・)だそうですから。



「珍しく随分と怒らせていたな」


「……観ていたのか?」


「隣で、甘寧隊(私の所)も調練の予定だったからな」



「覗き見とは趣味が悪いぞ?」と言う様に睨めば、肩を竦めながら、そう返す思春。

…思い出してみれば、確かに。

寧ろ、この場合、飛び入り参加だったのは私だ。

産休中(・・・)で、指示は出していても。

実戦には不参加を言い渡されている。

ただ、本当に軽くなら、運動の許可は出ている。

出ているから──遣らかしてしまった訳で。

思春を睨むのは確かに筋違いだった。



「…済まない」


「気にするな」



そう言って差し出された茶杯を受け取る。

程好い香が気持ちを落ち着かせてくれる。


因みに、妊娠すると味覚や嗅覚に変化が出易いとの話だったが、私は嗅覚に強く出ている。

特に、濃い料理の匂いは……辛い。

また、癖の有る薬草等の匂いにも今は敏感。

それを理解して、用意してくれている御茶。

この一杯だけでも、沁みる優しさを感じる。



「自分の時の為にも参考にしたいのだが…やはり、無意識に引っ張られる(・・・・・・)ものなのか?」


「ああ、最初は私も自重していた筈だからな

だが、気付いた時には……といった感じだ」


「御前を慌てて止め、連れて行っていたからな…

まあ、その後の事は想像に難くはなかったが」


「其処は蒸し返さないでくれ」



そう言いながら、両手で持った茶杯を覗く。

鏡の様に映り込んだ自分の顔。

こんな風に、常に客観視が出来れば楽なのだが。

それが出来無いから、厄介だったりする。


雷華様の妻であり、その子供を授かった。

それ故に、今の私達が抱えている問題が有る。

それが“子供達の氣に引っ張られる”というもの。


氣を使える者の子供には、その資質が遺伝し易い。

それは曹魏の臣兵の子供達で実証されている。

片親の場合は確率だが、両親が共に氣を扱えるなら滅多な事が無い限りは、先ず間違い無い。

両親に素質が無くても、資質が有る可能性は有る。


そういう意味では、今よりも確実に増加する。

雷華様が御存命(・・・・・・・)である限り。

そして、雷華様の()が世に在る限り。

その恩恵は続くとの事。


そんな雷華様の直子(・・)です。

私達自身の事も含め、その資質は特級品(・・・)

文字通り、次代を担う存在な訳です。


ただ、まだ自我も無い子供ですが、氣は宿る訳で。

その強過ぎる氣に、私達が引っ張られる、と。

そういう懸念が有る事を雷華様から聞きました。

事実、華琳でさえ、妊娠初期には有ったとの事。

中でも、戦闘──本能的な生存競争意識に直結する武の鍛練等で起こる事が大いのだそうです。


しかし、そうは言っても必ずでは有りません。

少なくとも日課の鍛練では私は起きた経験は無く、実は今回が初めてだったりします。

他の経験者の話は聞いてはいますが…。

予兆は無いので事後認識(・・・・)でした。

一応、これは最重要機密の話になります。


ただまあ、引っ張られるだけなら問題ではない。

問題なのは、その状態になると危険(・・)な為。

雷華様や妻同士であれば問題は無い様ですが。

それ以外だと、箍が外れた様になる可能性が。

我が子の氣とは言え、まだ自我も無い純然たる氣は自分の中に宿る別の氣。

それ故に、私達の制御下には置けない。

置けはしないが、影響し合うから困ったもので。

しかし、我が子の氣な訳で。

悩ましい限りな訳だ。


そういった訳で、私も他人事ではない。

自覚が無かったとは言え、私も危うかった様で。

だから、説教されるのも当然でしょう。

放置すれば、大惨事に発展した可能性が有るので。



「雷華様や華琳様の御話では、慣れるそうだが…」


「それまでが問題だろうな…

やはり、その前段階での自重が大事な様だ」


「そうか……私達、軍将には酷な話だな…」


「仕事という面では抑えられはするが、隊の調練も日常の一部だからな…

其処を自重するのは中々に難しい事だ」



そう言えば「近寄らなければいい話でしょう?」と無関係で無責任な輩は言いそうだが。

現実的な話をするならば、それは私達の精神衛生上宜しくなかったりする。

勿論、動けなくなれば話は別なのだが。

今はまだ生活や行動に負担は無い。

当然、無理や無茶はしないが。

自分の感覚的に、不都合(・・・)が有る訳ではない。

それなのに制限を強いられるのは辛い。

だから、雷華様の「軽くなら」との許可が有る。


ただ、思春と話した様に問題を抱えている事が問題だったりする訳で。

ややこしい状態なのは否めない。

…まあ、考え過ぎても仕方の無い事なのだがな。

考え過ぎなさ過ぎても駄目。

その辺りの匙加減が難しい。



「…妊娠すれば、直ぐに御腹が大きくなればな」


「それはそれで世の女性の負担が増すと思うが?」


「私達だけ、という訳にはいかないしな…」


「私達だけだったとしても、全員が望む訳ではない

少なくとも軍師陣は不満に思うだろうな……いや、雷華様との子供が出来るのだから些細な事か…」


「そうだな、そう考えれば些細な事だな」



思春の一言には素直に納得してしまう。

それは無条件降伏にも等しい事だ。

だが、それも仕方の無い話。

私達にとっては、それは女としての至幸(・・)の一つ。

望み、欲し、求め、叶えたいと思うのだから。


だから、そう思ってしまう事は仕方が無い。

ただ、客観的に考えれば、単なる惚気だろう。



「…それにしても、私達が我が子の話をしながら、悩み相談をしているとはな…

正直、出逢った当初の様子からは想像し辛いな

勿論、雷華様に惹かれ、望み、御側に居るのだから誰もが「孰れは…」と思ってはいただろうがな」


「そうだな…そうなる事は想像はしていた筈だが、今の状況とは確かに違っていたな」


「私を含め、「順番的には…」と思う者も居る中で先に選ばれた訳だからな」


「ぅぐっ…そ、それは申し訳無くは思っている…」


「…フフッ…済まん、今の冗談だ

皆、思う事は有れど納得もしているからな

それに私に限れば今の内に形にしなければならない仕事も多々有るからな

育児に重きを置く為には、その方が都合が良い」


「……厳しい母に成りそうだな」


「人の事を言えるのか?」


「私は我が子──雷華様の子供だから、と無条件に甘やかしてしまいそうだからな…

しかし、だからと言って厳しくし過ぎると子供達に恐がられてしまう気がして仕方が無い…」


「それは…………有りそうだな」


「ああ、まだ先の話だが…近い未来(現実)の事だからな」



そう言って二人で見上げた空は青かった。


──side out



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