曹奏四季日々 20
司馬懿side──
──十月二十六日。
以前、雷華様が遣る事を告げられていた催し。
その組分けが発表され、私は第一組になりました。
そして、何故か代表して行き先決めの籤を引く事に為ったのですが…あの、雷華様?。
今日は当日の朝なのですが…。
──という心の声は笑顔で誤魔化されました。
尚、私達の行き先は海となりました。
「本当に当日の御楽しみだったとはね…」
「その方が面白いからな
事前に決めてしまうと準備万端にするだろ?」
「それは……まあ、そうなるでしょうね」
「それだと遠征や出張と変わらないからな
だから、敢えて当日に行き先は決める
俺にも何方等になるか判らないから楽しいしな」
そう笑顔で仰有る雷華様を見てしまえば華琳様でも何も言えなくなり、諦めて苦笑される。
「まあ、貴男も楽しめるのなら構わないわ」と。
言外に惚気る雰囲気には若干、場がピリつきます。
雷華様が特別に御造りになられた専用の大型馬車に全員一緒に乗っていますから。
如何に華琳様が相手でも──いいえ、だからこそ。
譲れない想いが燃え上がり掛ける訳です。
勿論、これは夫婦水入らずでの旅行ですから。
それを理解している以上、本の一瞬の事です。
これから皆で楽しく過ごそうというのに、御互いに威嚇し合い、牽制し合い、競争し合うのは無し。
これは華琳様からの御達しです。
それさえ守れば無礼講、という事ですから。
尤も、そうは仰有られても無理強いではないので、飽く迄も、出来れば、という事です。
私は考え過ぎると楽しめないので考えない事に。
普段通りに、でも、少しだけ肩の力を抜いて。
そんな感じで楽しもうと思っています。
その方が後で戻す苦労も有りませんから。
「それはそれとして…コレは何なの?
正直、息苦しくて仕方が無いわ」
そう華琳様が仰有られるのも当然でしょう。
何しろ、今、私達が乗っている馬車は雷華様特製。
当然ですが、乗り心地に関しては文句無しです。
尚、馬車と言ってはいても牽引する馬は居ません。
雷華様の流す氣により稼働し、操作されています。
その為、端から見たら、大きな馬車が自走している様に見えるので吃驚する事でしょうね。
勿論、雷華様ですから、そんな目立つ物を使うのに目撃者が多数出そうな道を使う訳が有りません。
普通の馬車なら進まない、進めない様な道。
それでも、走れるからこその雷華様特製。
数年後には、この簡易型が曹魏内に普及していると思って間違い有りません。
流石に氣で操作し、自走する訳では有りませんが。
普通に馬が牽引するにしても軽量化・安全強化した馬車でも十分でしょうから。
既に華琳様を始め、頭の中では段取りが出来ている事でしょう。
私も、そうですから。
それは兎も角として。
この雷華様特製の馬車には窓が有りません。
通気孔は有りますが、其処から外は見えませんし、氣を使って現在地を把握しようとしたり、方位から割り出そうとする事も禁止されています。
──と言いますか、この馬車自体に氣の遮断効果が施されているみたいです。
出発前に何人かが好奇心から試していましたから。
…雷華様、無駄に本気ですね。
そんな状況なので華琳様の発言には同意します。
私だけではなく、馬車内の大半が、です。
それを察しているから、雷華様は苦笑されます。
それで「なら、仕方が無いか…」とはならないのが雷華様ですけれど。
「本当なら移動中の景色も楽しみたいんだけどな
見たら見たで、予測するだろ?」
「…はぁ……ええ、そうでしょうね
意識して、ではなくて、当たり前にね」
「だから、こうしている訳だ」
そう仰有られてしまうと何も言えません。
──と言いますか、「流石に遣り過ぎですよ?」と雷華様に無言の抗議の視線を向けていた面々は顔を反射的に背けてしまいました。
…私も他人事では有りませんけれど。
それ自体が悪い事では有りません。
抑、その技術や習慣を身に付ける様に指導したのは他でもない雷華様御自身ですから。
ただ、私達と雷華様とでは所謂切り替えが上手くは出来てはいない事は否めません。
無意識に遣ってしまうのは兎も角として。
不要な時には遣らない様にする。
それが、どうしても強く意識していないと難しい。
今回の様な場合には特に遣るべきではない事なので雷華様の言外の荒療治なのでしょう。
「本当、貴男って変な所に気付くわよね…」
「まあ、そう教えたのは俺だからな
それ自体は悪い事じゃないんだが…
慣れ過ぎて鈍感になる事も有る
俺達だけなら構わないが将来的な事を考えるとな…
これから先、子供達が生まれてから気付き、それを意識して直そうとすると色々と難しくもなる
だから、そうなる前に少しばかり経験しておく方が良いだろうと思ってだ」
「……確かに…子供が生まれてからだと逆に上手く切り替えられないかもしれないわね」
「勿論、出来る者も居るだろうが…
皆が皆、という訳ではないだろうからな」
「私なんかは、その典型でしょうね…」
そう仰有って溜め息を吐かれる華琳様。
雷華様も含め、誰も否定が出来ません。
仰有った通り、一番想像がし易いので。
そして、その典型の一人が私でも有ります。
正直、そういった所は本当に不器用ですから。
我ながら、雷華様に娶って頂いていなければ正面に夫婦としての関係を築けたとは思えませんので。
改めて、雷華様に出逢えた事に感謝致します。
「でも、それはそれ、これはこれよ
この状態が到着するまで続くのは流石に堪えるわ」
「まあ、そう言うだろうとは思っていたからな
ちゃんと準備はしてある」
そう仰有り、不敵に笑う雷華様。
ずっと気になっていましたが、誰も──華琳様さえ触れようとはしなかった雷華様の横に置かれている怪しい“鞄”を手にされました。
軽い緊張感の中、誰かが息を飲む音が耳に入ると、無意識に緊張感が高まります。
雷華様が鞄を開き、右手を入れて取り出されたのは竹筒に入った多数の……竹串でしょうか?。
焼き鳥等に使う物と同じ様に見えます。
特に変わった物には思えません。
強いて挙げるなら……普通の串よりは太めです。
「それは?」
「これは一種の籤だな
この串の先端には一本だけ赤く塗られた物が有り、それを引いた者が“王様”となる
それ以外の串の先には番号が書かれている
王様になった者は番号を指名して一つ、命令をする
指名された番号の串を引いた者は命令に従う
まあ、そういった御遊びだ
勿論、無茶な内容は却下だけどな」
「…無茶じゃなければ、どんな内容でも?」
「有効だな」
そう雷華様が仰有った瞬間でした。
華琳様を始め、この場に居る全員の気配が変わり、真剣なものになりました。
──ああいえ、雷華様は何時も通りですが。
雷華様も何という事を御考えになられるのか。
華琳様でさえ、その欲望を剥き出しにされました。
恐るべし、雷華様。
──といった事も有り、気付けば目的地に到着。
氣は未使用で、何の仕掛けも無いのに…。
雷華様の王様率が五割以上とか狡いです。
そして、王様ではない時の回避率の高さにもです。
因みに、雷華様の命令は恥ずかしい系でした。
何ですか、語尾に「にゃん」付けというのは。
…華琳様の「にゃん」は反則だと思います。
「全てを回っている訳ではないから、流石に景色を見ただけでは判らないけれど…
貴男、意図的に人を入れていなかったわね?」
華琳様のジト目に雷華様は知らん顔。
聞こえていない振りをしながら微笑むだけ。
それが華琳様の推測を肯定しています。
──と言いますか、言われてみて納得です。
誰も気付いていませんでしたが…成る程。
確かに…そうでもしていなければ、全員ではないにしても私達の中の誰も知らない場所というのは無い筈ですから。
寧ろ、現場仕事が多い雷華様だから出来る事。
…本当に抜け目の無い方です。
今、目の前に広がっているのは小さな入り江。
自然界というのは正直で、人の手が入っていない事というのは一目で判ります。
少しでも人の手が入ると、変わりますから。
ですから、普通であれば少し嫌煙したくなる程には鬱蒼としていたりするのですが…。
砂地が広い為、森や草むらは波打ち際からは遠く、岩場が入り江を囲む様になっています。
その為、白砂の浜辺は際立って見えます。
思わず見入ってしまう程に綺麗で。
人工的に整備された美しさとは違う力強さを持った自然ならではの雄大さを感じる景色は。
それだけで「来て良かった」と思わされます。
──とは言え、それはそれです。
此処には景色を眺めに来たという訳ではないので、皆で二泊する為の準備が必要です。
雷華様の「全て現地調達で」という事で。
尚、乗って来た馬車は私達が降りて、景色を眺める間に雷華様によって“影”の中へ。
問答無用です。
ただ、考え無しに木々を伐り倒したり、穴を掘って地形を変えてしまう様に真似はしません。
そんな事をしようものなら…“特別授業”です。
「へ~…この蔦って以外に丈夫なんだな」
「“網蛇木茂蔦”ですね
昔は辺鄙な山奥等では、コレを編んで吊り橋にして渡っていた場所も有るそうです
今では他に加工に向いた材料が多い為、使われる事は無くなっています」
「何も無いと何でも使い方次第、か…
本当、雷華様って物知りだけどさ、こういう先人の知恵や技術を大事にするよな~」
「今の私達の生活も、それが有ってこそですから
そういう意味では、こうして実際に自分自身で体験してみないと判らない事だと思います」
「確かにな~」
就寝用の簡易寝台を作る為、翠と一緒に森に入り、丈夫な蔦を探しているのですが…。
こうして、彼女と話していて気付きました。
雷華様は「別に何か仕掛ける様な意図は無い」と。
確かに、そう仰有っていました。
しかし、全く何も意図が無い訳ではありません。
こういった事を遣ろうと思い付いた時点で。
少なからず、何かしらの意図は有る訳ですから。
ただ、私達が経験してきた様な意図ではなく。
これは再確認する為のもの。
私達が今まで培ってきた事が如何に大事なのか。
知識としてではなく、経験として知る。
その違いの意味を、改めて感じ、理解する。
その切っ掛け、一助とする為に。
飽く迄も、然り気無く。
一人一人に委ねる形で。
「……本当に厳しい方ですね…」
言われて気付く事と。
自ら気付く事と。
その差の違いを知ればこそ。
雷華様の意図が私達だけの為ではないと判ります。
道中、何気無く触れられていた様に。
これは私達が産む子供達、更には孫達の為に。
それを経験として知っているのと知らないのとでは大違いですから。
本当に…何処までも底の見えない方です。
「──おっ!、泉里、松茸が生えてるぜっ!」
「駄目ですよ、それは似ていますが毒茸です」
「げっ!、マジで?」
「はい、質の悪さは一級品です
見た目は勿論、匂いや味・食感まで同じです
しかし、一口食せば、明日の朝には亡くなっているという程に強力な毒を持っています」
「…いやいや、それ、どう遣って見分けるんだ?」
「意外と単純な話です
今は松茸の生える時期では有りませんから」
「…………あ~…成る程な~…そういう事か~…」
右手で顔を押さえながら大きく溜め息を吐いた翠。
今の遣り取りで彼女も気付いたみたいです。
「知ってたのか?」と訊ねる視線に。
「私も先程気付きました」と苦笑で返す。
誰かに聞かれては困りますから声には出さず。
それでも意志疎通が出来るので困りません。
ただ、若干、億劫だった筈の気持ちは一転。
この二泊三日の経験が楽しみになってくる辺り。
私達が雷華様に染められている証なのでしょう。
──side out




