曹奏四季日々 16
馬超side──
──十月十三日。
雷華様が孫家の視察から戻って、今日で三日目。
今までも雷華様の空きを狙う競争率は高かった。
それでも、雷華様が上手く時間を作ってくれたし、私達と過ごす事を大事に考えてくれている事から、不平不満の声は上がらない。
……いやまあ、それはなぁ…。
私達も「出来れば二人きりで…」とか「もっと長く一緒に居たい…」っていう気持ちは有るし。
そう強請りたい事も有る。
その想いの丈の募り具合を見計らって。
非常に上手く消化し、満たしてくれる。
そういう意味では部隊の女性陣から「羨ましい」と言われるし、雷華様の凄さに感心されると嬉しい。
共有してはいても、愛する旦那様だからな。
知らず知らず、顔が若気るのも仕方が無い。
──って、それは今は置いといて!。
雷華様との時間は私達にとっては常に欲しいもの。
それはまあ、当然と言えば当然なんだけどさ。
雷華様も私達も決して暇な訳ではない。
将師としての仕事は必要最低限でも、私達は各々に魏を支える柱──最上位の家臣としての家を興し、次代へと引き継いでいかなくてはならない。
冥琳達の所みたいに長く続いていて親や家臣が居る場合には最重要なのは後継者だからな。
そういう意味では、順番待ちの間は今まで通り。
気持ち的にも楽な方だろう。
自分達が家の始祖となる面子は一からになるけど、余計な制約や配慮も少ないのも事実。
自分達の遣り方や考え方を反映させ易い。
そんな中、私の様な立場だと色々と面倒臭い。
…いや、色々と大変だったりする。
何しろ、一度は途絶えた一族や家の再興だからな。
元々の勢力域──私の場合は西涼なんだけど。
其処が今は曹魏の領地で、預けられてはいても。
やはり、一度、支配権──影響力を失ってしまうと再び同じ域にまで戻すのは難しい。
特に私の場合、別の奴に乗っ取られていた状況から取り返して、という形だからな。
其奴の影響力を綺麗に排除してから。
…まあ、それ自体は難しくはないんだけどな。
雷華様の受け売りじゃないけど。
その地の民にとっては、誰が治めるかは無関係。
重要なのは、自分達の生活への影響だからな。
そういう意味じゃさ、関心が低かったりする。
そうすると統治する上では色々と弊害が生じる。
部隊なんかでもそうなんだけどさ。
本の十人程度でも意識が同じ方向を向いている事が物凄く重要だったりする。
価値観や主観・主義まで完全に同じじゃないと駄目という訳ではない。
寧ろ、そういった部分ではバラバラな方が物事への色んな選択肢や可能性が出来るから逆に必要。
まあ、これも雷華様の教えなんだけどな。
根幹・骨子となる部分、或いは目標・到達点。
それが同じ、または同じ方向で進む、という事。
其処の意識が大事なんだよ。
ただまあ、それを言葉で説明すると判り難い。
似た様な表現になるし、違いを伝え難い。
例え話で伝えたくても、全員共通の内容じゃないと二度手間、三度手間になる。
その上、その理解の差が優劣を生んだりもする。
軍部みたいな場合は競争意識にも繋がるから時には有効な遣り方だったりもするんだけど…。
語彙力や理解力が無いと単調に成り易い。
市井の民にとっては差別や亀裂の要因にも繋がる。
だから、あんまり例え話は遣らない様にしている。
雷華様だったら、気付かせもしないんだろうけど。
正直、私は苦手な分野だ。
私自身、部隊指揮や雷華様や皆との連携という形を通して実感し、理解出来た事だからな。
それを言葉にして、というのは……うん、無理。
直属部隊の皆になら、出来るとは思うけどな。
それだけ御互いに理解し合えてはいるから。
──で、話は本題になるんだけどさ。
馬一族と馬家の再興の為、今の私の主な仕事の場は必然的に西涼──涼州になる。
雷華様程ではないにしても、私達も曹魏の各地へは日帰りで出向く事は珍しくもない事で。
私自身、晶で寝起きして、西涼へ。
そういう生活にも馴染んでしまっている程だしな。
だから負担という部分は殆んど無い。
全く無いとは言えないのは時と場合に因る為。
それは仕方が無い事だからな。
はっきり言って、どうしようもない事だし。
だから、大して気にする事じゃあない。
…気にしなさ過ぎると雷華様が怒るけどな。
話が逸れたけど何が言いたいのかっていうとだな。
私の場合だと、雷華様と「時間が空いたから」って理由で一緒に出掛けたりは出来無いって事。
だってさ、雷華様は晶に居る事が多いんだよ。
勿論、彼方此方出向いてる事も多いんだけどさ。
それでも、途中で寄ったりする場所じゃない。
西涼は曹魏の領土の西端になるからな。
どうしても、そういう流れには為り難い。
流石に「不公平だ!」とかは言えないけどさ。
それでも、他の皆よりは格段に機会は減る。
──と言うかさ、中央──晶で仕事をしてる面子が素直に羨ましい!。
…ただまあ、それでも一族や家の再興は私の望み。
だから、それを理由に投げ出す事は出来無い。
──と言うか、そんな真似は私自身が許さない。
雷華様が「御前の好きにすればいい」と言っても。
其処を投げ出したら、私は一生後悔し続ける。
何より、今が本当に大事な時期だからな。
此処で手を抜いたり、怠けると後に大きく響く。
それ位の事は判る程度には私も成長してるからな。
だから、葛藤や渇望は飲み込む。
それに囚われて身を滅ぼした連中を私自身も数多く見てきたという現実も有るからな。
「ああは為りなたくないな…」と。
そう思ったんだから。
そう為らない様にする。
そんな当たり前の事を意識するのが雷華様の教え。
これが簡単そうなんだけど、実は結構難しい。
そして、だからこそ実感する。
人っていう生き物は、欲に弱く、自分に甘いって。
正直に言って、嫌な話だけどな。
「この辺りも以前に比べて大分落ち着いてきたな」
そう言いながら目を細め、微笑む雷華様。
さっきまで、「不公平だ!」とか言ってたんだけど私の隣には雷華様が立っている。
うん、本当にな。
人って現金な生き物だよなぁ…。
いや、私も滅茶苦茶驚いてはいるんだけどな。
それ以上に嬉しい気持ちが勝るのは仕方が無い。
しかも、自分の頑張った結果を認められたら…。
これを喜ばずに何を喜ぶのかって感じだろ。
仕事は結果が出て、初めて評価される訳で。
その過程や努力を如何に頑張っていようとも。
最終的には結果が全て。
まあ、私達の遣ってる事は物凄く長期的に継続し、継承し続けていく基礎だからな。
その評価も、実際には後世に成ってから。
私達が生きてる間には出せないもの。
だから、気にしても仕方が無いんだけどさ…。
こうして、雷華様に認められるのは別格。
もう、これだけで「全てが報われた」って思える。
…本当、惚れた弱みだよなぁ…。
………ああ、それで何で雷華様が居るのか。
元々、雷華様は普段から彼方此方に行ってるけど、華琳様が妊娠してからは内政に比重が傾く。
それでも私達よりも各地を巡る事は多いけどな。
今回は先の孫家視察が疫病騒動に成った事で元々の予定が総崩れした。
──って言っても、其処は華琳様と私達、他の皆で分担して代わったり、埋めたりしたんだけど。
雷華様自身が関わってたり、主導する事業も多い。
だから、戻られた今は、その辺りの案件を最優先に片付けて回っているんだけど…。
偶々、此方側の仕事が固まってて。
予定より早く終わって時間が出来たから来た。
簡単に言えば、そういう事なんだけどさ。
そういう事を、雷華様って、さらっと遣るしな。
本当に偶然なのかは判らない。
ただ、それを追及したりはしない。
そんな下らない事に時間を費やしたくはない。
その問答をする分の時間だけでも。
二人の時間として使いたいからな。
…私が仕事中なのが恨めしい限りだけどさ。
暫し、視察を兼ねて二人きりで歩き。
私が執務室──と言うには大き過ぎるんだけどさ。
以前は馬一族の拠点であり、私の生まれ育った城に雷華様と移動し、私の使ってる部屋へ。
別に深い意味は無いからな?。
ただ、落ち着いて話をする為だから。
…まあ、少しも期待が無いとは言わないけど。
御茶を淹れ、雷華様の前に御菓子と共に出す。
一応、雷華様は来客って立場だからな。
こういう部分を意識的に分ける必要性は有る。
──って、華琳様から散々教え込まれた。
そういう事を雷華様は気にしない人だからさ。
夫婦であっても立場上、必要な線引き。
“親しき仲にも礼儀有り”なんて言うしな。
私達自身は勿論、雷華様の立場を高める。
そういう意味でも、こういう些細な配慮は必要。
私だって妻として旦那に恥を掻かせたくはないし、出来る事なら、その手助けをしたい。
武功ではなく、“内助の功”でな。
だから、こうして出来る事は遣ってる。
「苦手だから…」って言い訳をして逃げてる訳にはいかないからな。
他の皆が頑張ってるんだし。
負けてらんないっての。
あと、素直に雷華様に誉められると嬉しいしな。
軽く談笑しながら一息吐き。
雷華様が少し表情を真剣なものにする。
「翠、話すのが遅くなったが、馬岱の事だが…」
「あー…まあ、何と無く想像は出来てる
今は気楽に遣ってるだろうし」
そう私が言うと雷華様は苦笑。
「流石に想像出来るか…」と言う様に。
真面目な話をする雰囲気を一瞬で解いた。
いや、私も蒲公英の事で真面目に話したくないし。
雑談する程度で丁度良いかなって思う。
蒲公英が知ったら煩いんだろうけど。
「御姉様の薄情者ーっ!」とか言ってな。
…ったく、妙に懐かしくなっただろ、馬鹿。
「本人の意志も有ったが、馬岱の帰属は最優先事項という訳ではないからな
曹魏への帰属は将来的な可能性の一つでいい
後に孫家側の馬家として家を興しても構わないし、分家扱いでもいい
後者の場合は、宅から援助もして遣れるしな」
「流石に其処まで甘やかす気は無いって」
如何に実姉妹に等しい従姉妹の関係だろうが。
それはそれ、これはこれ。
私だって、きっちりと公私の線引きはする。
その意識の有無を、不意打ちで試すのが雷華様。
まあ、だからこそ、普段から意識出来てるんだし、意識しなくても当たり前な域にまで馴染んでる。
それに、その話は私達にとっては良い事ではない。
上辺だけを見れば、親切な印象なんだけど。
援助するって事は分家側には曹魏の政治的な影響が強く入り込む事になる。
加えて、本家にも大きな貸しになる。
如何に私が雷華様の妻で、子供が後を継いでも。
馬家は馬家で独立していなければならない。
此処で曹魏に寄り掛かってしまっては支える立場の馬家としての価値は失われる。
そういう意味でも、政治的な介入は不要。
そうしなければ再興も出来無い様な状態だったら、潰してしまった方が増しだったりする。
血を遺す、という意味でなら、私が雷華様の子供を産めば済む話なんだからな。
本当、何処までも優しい人だよな。
「それより、本人に浮いた話は?」
「まだまだ、だろうな
向こうに居る時、好奇心から近付いて来そうだなと感じさせる様子は窺えたが…
まあ、流石に弁えた様だ」
そう言って御茶を飲む雷華様。
だけど、私には蒲公英の気持ちが判った気がする。
雷華様の言う通り、好奇心も含め、私との関係から雷華様が相手なら…と考えても可笑しくない。
ただ、其処で気付いたんだろうな。
昔っから、そういう時の危険な匂いには敏感。
一度、一線を越えたら元には戻れない。
雷華様は、そういう相手なんだってな。
私達自身、あの華琳様でさえ、そうなんだ。
蒲公英が抗えるとは思えない。
ただ、だからこそ、その前に踏み止まり、退く。
その判断が出来るのが蒲公英らしい所だ。
まあ、私より先に妊娠する事は無いだろうしな。
まだ暫くの間は威張れそうだ。
──side out