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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
868/915

刻綴三國史 34


──十月三日。


夜が明けるよりも早く臨湘県の屋敷を出発する。

事前に「朝早くに出るから見送りは必要は無い」と伝えておいたのだが、孫策達は起きていた。

まあ、小野寺と賈駆に叩き起こされたのだろう。

何しろ、孫策の悲鳴が響いていたからな。

アレでは気付かない方が、どうかしているだろう。


さて、それは兎も角として湘杉の調査の件だが。

港から東部を凪に、北部を流琉に任せ、俺は西部を担当する事にした。

南部は南嶺山脈であり、既に処置済み。

拡大の可能性も先ず無いと言える。

勿論、南部の環境に特化した変異をすれば、感染が拡大する可能性は有るのだが。

それを言い出せば切りが無いのも事実。

その為、ある程度の見切りも必要にはなる。

──とは言え、それで対策や予防策の準備等を怠る理由にはならない。

その辺りは間違ってはならない事だ。


──とまあ、そういう話は置いておくとして。

発芽病の病原菌に感染している湘杉と、他の媒介の有無の調査を開始しているのだが。

今の所、特に気になる事は見当たらない。


湘杉の自生域も以前に宅で──まあ、俺なんだが、調査して把握していた状態と大差無い。

拡大も減少もしてはいない。

そして、現在居る辺りには南嶺大玄蟻は来ない。

だからもし感染している湘杉が有れば、感染経路は南嶺大玄蟻とは別に存在している事になる。


また、他の感染した動植物が見付かっても同じ事。

その為、何も無いというのは良い事ではある。

…謎を解く手掛かりは得られないがな。



「…ん?、何だ?」



現在地の予定範囲の調査を終え、次の範囲に移動をしようとした時だった。

氣の探知網に反応が有ったという訳ではない。

しかし、何と言うか…違和感(・・・)を感じた。


ただ、氣にも、視覚的にも可笑しな点は無い。

特筆すべき変化や異常というのは見当たらない。

けれど、孫策ではないが、“勘”が訴え掛ける。

自分の居る場所──いや、恐らくは視界の範囲内に引っ掛かる何か(・・)が在る。

そう、経験から確信する。



「……………まさか……いや、だが、それなら…」



違和感の正体、その可能性を思い付き、悩む。

勿論、調査しないという選択肢は無いのだが。

結果次第では色々と面倒な事になるだろうな。




日が傾き、空が茜色に染まってゆく中。

調査を終えて戻った俺達は風呂で身を洗い、夕食を済ませてから一室に集まる。

凪・流琉から調査結果の報告を受けるが、予想通り東部にも北部にも、発芽病の病原菌を保菌している動植物は見付からなかった。

人を除いては、という事は言わずもがな。

其処は今回の調査の対象外だから仕方が無い。



「西部でも同じだ

湘杉は有るが全く感染はしていなかった

他に保菌している動植物も見付からなかった」


「そうですか……喜んでいいのよね?」


「まあ、悪い結果じゃないとは思うよ

ただ、結局は原因が判ってはいないからね…」


「あー…そうよね…」



俺の言葉を聞いて安心する孫策。

だが、直ぐに小野寺に確認する辺り、成長したな。

小野寺の方も、きちんと状況が見えている。

取り敢えず、現時点での合格は出せるだろう。


ただ、それはそれとしてだ。

この件に関しては終わった訳ではない。



「その原因に関してなんだが、かなり可能性の高い要因に行き着いた」


「本当っ!?」


「ちょっ、雪蓮っ!」


「──あっ、す、すみません…」


「そうなる気持ちは判るからな

流石に「気にするな」と無責任な事は言えないが、失敗したなら其処からの学んで自ら改めろ

それが出来無いなら、誰が何を言おうと無駄だ

成長しよう(変わろう)とする意志は己のもの

他者に与えられたり、遣らされるものではない

その事を忘れさえしなければ、人は幾つであろうと自らを変えてゆく事が出来る」



そう言って下げている孫策の頭を撫でる。

本人としても吃驚だろうが、周りは更に驚愕。

勿論、凪と流琉は気にもしない事なのだが。

俺からすれば料理指導の時に比べれば、今の孫策は素直で努力を惜しまない頑張り屋の教え子だ。

はっきり言って、同じ人物とは思えない位だ。

料理指導をしている時は本当に……なぁ?。

何度、「どうして遣ろうか…」と思った事か。

まあ、それも小野寺という餌をぶら下げる事により遣る気を出させ、頑張らせたが。

──と、今は愚痴っている場合じゃなかったな。



「話を戻すが…小野寺、“龍脈”は判るか?」


「ぇ、あ、はい、えっと…一般的な(・・・・)認識、という事でしたら、一応は…

その…“大地の氣脈”、みたいな物だと…」


「ああ、その認識で間違ってはいない」



急に話を振られ、焦る小野寺。

それでも俺の質問の意図を理解し、彼方等(・・・)での事と判断して答えた。

だから、その判断が間違ってはいない事に安堵する様に一息吐き、見えない手で胸を撫で下ろす。


ただまあ、孫策達への説明は丸投げするがな。



「人間や生物に氣──生命力が在る事は勿論だが、それを育む大地にも同じ様に氣が在る

──とは言え、それは人の手に余る代物だ

氣を扱えても、それを感じ取る事は至難の技…

此処に居る文謙は曹魏でも五指に入る使い手だが、その文謙でさえ、余程条件が整わなければ感じ取る事でさえ出来無いのが現実だ」



そう言えば、此処数日、一緒に行動をしていた賈駆は凪を見て「え?、彼女でも?」と驚愕し。

以前、この世界に類似した別世界の事を知っているという旨の発言をしていた小野寺も似た反応。

唯一、孫策だけは「そうなんだ~」という感じだ。

孫策からすれば、やはり実感が伴わないからな。

そういう反応になるのも仕方が無い事だろう。


当の凪は注目され、少しばかり恥ずかしそうだが。

その反応が俺からすれば可愛らしい。

長引かすと凪にも流琉にも怒られてしまうがな。



「その龍脈だが、今言った様に大地の氣脈──要は血を巡らせる血管の様な役割をしている

つまり、大地に依存して生きる全ての生命にとって龍脈という存在は無視が出来無いものだ

その存在を知覚出来る出来無い、知る知らない等は関係無く、影響を受けている」


「──っ…それでは、この発芽病は…」


「ああ、龍脈の影響により生じたものだ」


『────っっっ!!!!!!』



話の流れから予想が出来た小野寺達は勿論として、凪と流琉にしても驚きを禁じ得ない事実。

正直な話、俺自身でさえ、他人から聞かされたなら自分で確認しなければ信じる事は難しい。

それ程に、想像してはいなかった展開。


「此処で事件は起きていた」と名探偵が推理をして真実を明らかにしようとしていたら、実は異世界の人類が遣って来て魔法みたいな事を使って、と。

土俵の外を超え、理の壁の向こうからだった。

そんな突拍子も無い程の、超展開だと言える。



「ただ、これだけは最初に言って置く

今から話す事は、飽く迄も俺の個人的な見解だ

そして、それを立証・実証する事は不可能…

つまり、事実上の解明不可能な事例という事になる

その上で問うが…それを承知で話を聞くか?」


『──っ………』



そう孫策達に訊ねる。

言外に「信じなければ無意味、時間の無駄だ」と。

プレッシャーを掛ける訳ではないのだが。

事実、信じる気が無いのであれば無駄話。

だからこそ、こうして意思を確認する方が良い。

聞くという決断をしてからの内容は入ってくる。

今後の事を考えても俺としては話して置きたいのが本音ではあるからな。


そんな孫策は小野寺・賈駆と顔を見合わせる。

会話をする事も無く視線を交える。


別に禁止してもいないのだが。

不用意に会話をしない、というのは意外と大事。

逆に、敢えて会話をする事で相手の心証を良くするという意味で遣る方法も有る。

相手に対し「信頼しているので隠しはしません」と見せる事で自己解釈(・・・・)して貰う。

そういう見えない駆け引きというのも有る。


二人から同意する様に首肯を受け、孫策は俺を見て覚悟を決めて口を開く。



「私達が貴男の言葉を疑う事は有りません

御願いします、御話を御聞かせ下さい」


「判った、ただ再度言って置くが、立証・実証する事は出来無いからな」


「はい」


「事の起因は先の“大戦”、或いは、その前からの時期にまで遡る事になる

細かい話は省くが、龍脈の力を無理矢理に引き出し利用していた、という話は?」


「確か…大戦の際、その様な話を曹操様が仰有って怒られていた様な…」


「その通りだ、一つの龍脈を枯渇(・・)させた

その事に対し龍脈の重要性と影響力を理解している孟徳は怒りを覚えずには居られなかった」


「…ぇ?……龍脈を…枯渇っ!?」


「そうだ、枯渇する程に(・・・・)ではない

龍脈を一つ、枯渇させて潰している

ただ、その龍脈が有ったのは旧益州の中部だ

直接的な影響は曹魏にも、孫家の領地にも無い」



そう言うと最悪の可能性を想像していたのだろう。

小野寺を始め、三人は安堵する。

その様子から正しく危機感を持っている事が判る。

それが見られた事は宅にとっても好材料だ。



「ただ、その枯渇した龍脈の支流(・・)の一部が偶然にも南嶺山脈の一部に掛かっていた」


「──っ…それでは、まさか?」


「そうだ、その一部というのが、唯一感染していた南嶺大玄蟻の巣が有った辺りだ」


「何て事なの…」


「不幸中の幸いだったのは、自然環境面に於いては目立った影響は無かったという事だな

生態系が大きく乱れたり、突然変異した新種が誕生しているという事は確認出来無かったからな」


「…あの、それでは、発芽病は一体?」


「南嶺大玄蟻に限らず、草食系の昆虫には適応した消化用の酸を体内に持っている

中には毒素を分解したりも出来る物も有る

その酸が一時的に変質し、体内で食べた植物を消化した際に偶然(・・)発生した発酵菌(・・・)

そして、山を下りて来た南嶺大玄蟻の()が雨に溶け地面に染み込み、湘杉が根から水・養分と一緒に吸い上げた(・・・・・)

その後、湘杉との相性から変異し、伐採等の林業に携わっていた臨湘県の人々に感染、拡大した…と

大雑把に流れを説明すると、そういう事だろう」


「…ですが、それでは何故臨湘県の民は感染しても発症はしていないのでしょうか?」


「良い質問だな、小野寺

それは判り易く言えば、花粉症(・・・)に近い事だ」


「花粉症……あっ!、そうか、免疫の差ですね」


「そうだ、湘杉の有る臨湘県の民は長きに渡り血と共に強い免疫を受け継いで来ている

湘杉が固有種であるが故に、他の土地の民には無い臨湘県の民に固有の免疫が出来ている

これは昨日、地元の人々を診て確認している事だ

だから、発芽病に感染はするが、発症はしない

そうして似て非なる微妙な状態が生まれた訳だ」


「………え~と…つまりは?」


「少なくとも発芽病の大元は存在しないという事だ

ただ、既に感染し、それなりに広まってもいる

だから、万が一の為に治療薬の開発と、感染対策の強化は必要不可欠であり、後の為の予防策も居る

それでも現状から考えれば一先ずは安心だろう

人から人への感染力が弱い内に、発芽病の病原菌を無力化するか、殺菌出来る方法を確立する

それで被害者が出る可能性は大きく下がる

当然、その為に助力は惜しまないから安心しろ」


「宜しいのですか?」


「恐らくだが、発芽病の病原菌は既に曹魏の中にも入って来ているだろう

最初の発症者が出たのが、偶々、建業だった

それだけの事で、曹魏だった可能性も有り得た

それだけ人々の往来は少なくないからな」


「確かに…そうですね」


「だから、協力して事に当たるのは当然だ

往来を永久に禁止し、交易を絶つなら話は別だが」


「それは流石に……私達が民に殺されます」


「まあ、禁止しても遣ろうとする輩は出るからな

そういう意味でも公にして正式に協力した方が良い

然程、時間も掛からないだろう」



立証・実証する事は不可能に近いが。

治療薬や予防方法の確立は難しくはないからな。




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