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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
866/915

刻綴三國史 32


──十月一日。


幸いな事に天候に恵まれ、夜明け前に出発する。

孫策達も昨日一日の行動で雪山に多少は慣れた様で動き方が良くなっているのも好材料。

()代わりの足跡さえ有れば十分に動ける。


今日の予定は昼前には確認されていた最西端の巣。

其処を目指し、其処で流琉に二人を任せてから更に西側を調査しに向かうつもりだ。

時間短縮だけでなく万が一の事を考えての単独。

特に秘匿しなくてはならない事情や理由は無い。



「……西にも拡大は無し、か…」



空を見上げれば、もう少しで中天という所。

特に目立った事も問題も無く順調に調査は進み。

現時点で日程の半分を消化している。

──が、それだけに奇妙で仕方が無い。


正直な話、俺の予想では生息せる南嶺大玄蟻全体の三割程度は感染していると考えていた。

勿論、飽く迄も、その時点での情報からの推測。

それ以上も、それ以下も、可能性は見ていた。


ただ、昨夜の小野寺の不安とは違った意味で今回の事態の真相が気になってくる。

人為的な可能性は無いに等しい。

しかし、「絶対に無い」とは言い切れないのだから万が一の可能性は考慮しなくてはならない。

どんなに面倒な話だろうとだ。




西側に拡大していない事を確認し、合流する。

それから次の巣を目指して進みながら話す。

起伏は有るが緩い上り下りなので孫策達にも余裕が有るから出来る事。

移動するだけで精一杯では出来無いからな。

尤も、その程度なら連れて来はしない。

はっきり言って足手纏いでしかないからな。



「それでは東側にも西側にも南嶺大玄蟻の生息域が拡大してはいないのですか…」


「割合は一つの判断材料として有用であり、情報の正確性も信憑性が高い

だから無視は出来無い事だ

ただ、分母(・・)が増加しないというのは良くも有るし、悪くも有る」


「割合が高くても、分母が少なければ被害が拡大はしていないという事ですからね…

でも、それで割合が高まると強力だという事…

何方等で取るか、という事ですか…」


「何方等でも取るべきではあるがな

それは意識的に始め、常としていかなければ、中々当たり前に出来る様にはならない

どうしても何方等かに傾けてしまうものだ

特に施政者や、政治や組織に携わる者はな」


「…そうですね…使い方(・・・)次第ですね」



そう答える小野寺は理解している様だな。

この手の情報は扱い方如何で効果が違ってくる。


危険性を強調すれば恐怖心を煽れる。

一時的な混乱は避けられず、御上(・・)に対しての不満や反感を懐く者も出て来るだろう。

だが、そうする事で不穏分子を炙り出せる。

そして、最終的に解決すれば支持は上がる。

犠牲者が出ようと、それは邪魔をした不穏分子達の責任であると言えば()は通る。

尚且つ、既に始末した後だ。

死人が答えるという事は無い。

つまり、利害で言えば、圧倒的に利に傾く。

民を犠牲にすればな。


逆に「心配しなくても大丈夫」と公表するなら。

問題の全ての責任を自分達で負う事になる。

民が平時と変わらない生活を送るなら、経済的にも治安的にも大きく乱れる事は無い。

しかし、その分、局所的だろうと大きな被害が出た場合には一気に不安や混乱は拡大・波及する。

それこそ、震源地から地震が広がる様にだ。

そうなれば隠してきた事が仇となる。

「どうにかして誤魔化さなくては…」といった事を考えてしまう者が多い事だとは思う。

ただ、その際に如何に冷静且つ誠実に対応するか。

それにより民の信頼度は大きく異なる。

つまり、問題を隠すというのは政治的な実力が必要不可欠な選択肢だと言う事が出来る。

だからこそ、透明性(・・・)は常としてこそ。

急に情報を開示しても、一度生じた不信感や反感は簡単には消えず、長きに渡り燻り続ける事になる。


それは彼方(・・)の様な任期制の社会ならではの事。

自分の任期を無事に凌げさえすれば後に問題が露見してしまっても他人事でしかない。

そういう考えをした施政者が少なくはない。

その現実を小野寺は知っている。

だから、今の自分達の置かれた状況では問題を隠すという事は愚策で、問題の先送りは無意味だと。

今回の事で、よりはっきりと実感出来た様だ。



「あの、一度は南嶺大玄蟻が感染したけど、治ったという事は無いんですか?」


「雪蓮、それなら無症状でも痕跡(・・)が残るよ

そして、それを曹純様達が見落とす可能性は無い

だから今の所は感染した個体は居ないんだよ」


「…目に見えない事っていうのは厄介ね」


「そうだな、そして、そういう事程、重要になる

見る目(・・・)を養うというのは大事だ」


「……それは惚気込みで?」


「さあな、興味が有れば他の者にでも訊いてくれ」



真面目過ぎる場の雰囲気に堪えられなくなったのか孫策が軽い冗談を言ってくる。

まあ、興味も有ったんだろうが。

正面に付き合う気は無いので適当に受け流す。

──というか、俺に何を言わせたいんだ?。

華琳との慣れ染めか?。

或いは、蓮華との慣れ染めの方か?。

何にしても俺から話したりはしないがな。


それは兎も角として。

小野寺からすれば即座に説教したい所だろう。

賈駆が居たら物陰に引っ張って行って怒鳴っている状況になっていたかもしれないな。

流石に小野寺は声には出さずに注意する程度。

孫策の気性を理解していればこそ仕方が無い事だと半ば諦めているのかもしれないが。

一応、気を付けて貰いたい所だ。


俺は一応、身内として(・・・・・)多少甘くはしている。

必要以上に礼儀作法に煩くは言わない。

だが、それは繋がり(・・・)が有るからだ。

だから、これが普通だと思う様なら失格。

無意識の甘えが破滅を招く事になるだろう。

そうは為らない様に頑張って欲しいものだ。




昼食も済ませ、調査対象の巣の残りも五つとなり、孫策にも緊張感が出て来た中だった。

初めて、感染した痕跡の有る南嶺大玄蟻が出た。



「感染していた(・・・・)、ですか…」


「ああ、既に抗体も出来ているし、感染をした人が保菌している物とは違うのだろう

南嶺大玄蟻達は保菌してはいない

恐らくだが湘杉に感染した事で変異した結果だな」


「…という事は、湘杉の方が問題ですか…」


「そう考えるのは構わないが、結論は早まるな

飽く迄も、此処の巣が保菌してはいなかったというだけかもしれないからな」


「そうですね、まだ判りませんね」



──という会話をしたのだが。

その後、残りの巣を調査した結果は保菌しておらず感染した痕跡すら無かった。

疑問・困惑・混乱と様々な思いを抱えながら下山。

これ以上は留まっていても、此処で新しく獲られる情報は無いに等しい。

俺と流琉が見落とす様な事なら、誰でも同じ。

そして、その事は意図的に隠蔽(・・・・・・)されている可能性が非常に高い事を意味する。

つまり、その時点で孫策達の手には負えない事。

自動的に宅の案件へと変わるからだ。

それが判っているから二人も反対はしない。

…まあ、「早く雪山から離れたい」という気持ちも有るには有るのだろうがな。


それを証明するかの様に雪山から離れ、久し振りに雪景色以外の場所での夜営の準備をしていると。

孫策は子供の様に嬉しそうだった。

その様子に小野寺は冷や汗を掻きながら苦笑。

俺達が見逃している事は判っているだろうしな。

ただ、勘違いしないで欲しい。

俺と流琉だから、という事は忘れないで貰いたい。

俺は兎も角、蓮華だったら落雷必至だ。

他の者でも、ある程度の評価の低下は確実。

何気に皆、そういう事には厳しいからな。

寧ろ、宅では俺が一番緩いとすら言える。


──とまあ、そんなこんなな訳で、日課にも等しい孫策への指導と夕食を済ませ、焚き火を囲む。

雪山とは違い、煙が空に抜けてゆく光景は癒しだと思うのは俺だけだろうか。

…色々と懐かしさも有るからなんだろうがな。



「調査結果から言えば、感染していた南嶺大玄蟻の巣が一つ見付かっただけで、他の保菌・感染対象も見付からなかった

この事から考えても、南嶺大玄蟻同士間での感染は件の巣のみに留まり、病原菌自体も死滅している

因って、南嶺大玄蟻から湘杉、或いは別の対象への新規感染は無いと考えてもいいだろう」


「大元が消えたのは大きいわね」


「うん、でも、その感染した経緯が判ってない以上油断は出来無いよ、雪蓮

元々南嶺大玄蟻が持っていたものが変異して出来た新しい病原菌という事ではないんですよね?」


「ああ、小野寺の言う通りだ

もし、元々保菌していた物の変異なら探索ではなく確認として調査していただろうからな」


「あ、そっか…」


「南嶺大玄蟻が何処で感染したのかは判らない

ただ、南嶺大玄蟻を介して湘杉に感染が拡大をする可能性は現時点では無くなった

湘杉から湘杉への感染は無い訳ではないが、弱い

既に伐採されて出荷された物が保菌していない事を加味して考えれば、生きている内のみだろう」


「という事は…先ずは一ヶ月程、湘杉の伐採を禁止して様子を見るのが妥当な対処ですか?」


「そうだな、既に感染していた湘杉には処置した

ただ、それが全てだったのか、一部なのかは不明だ

勿論、それを調査する事は可能だ

俺と士載の二人で遣れば一日…二日も有れば十分だ

それは文謙と賈駆と合流してから考えてもいい

文謙も含めれば一日有れば確実に終わるからな」


「判りました、その時は宜しく御願い致します」


「ああ、任せておけ

それよりも、現時点で考えるべきは予防策だ」


「…予防策、ですか?」


「雪蓮、南嶺大玄蟻・湘杉からの感染や感染拡大は可能性が無くなったに等しいとしても既に感染した人達が居るんだから人から人への可能性は残るし、特に今は人から人への感染力が低くても何かしらの要因で変異したら感染力が増す可能性も有るから、それには対処・準備しないといけないんだ」


「あー…成る程、確かにそうよね」


「寧ろ、その方が重要だ

自然発生した病原菌というのは、感染力は高くても致死性は低い事が多い

しかし、人に感染し、其処で変異すると人専用(・・・)型に為り、感染力が増す場合が多い

それに伴って致死性が弱まればいいが、そういった都合の良い話は無いものだ

だから、感染した人々への対処は長期間に及ぶ

病原菌自体を完全に除去する事なら出来るが…」


「もしも、同じ病原菌が流行したなら、その時には被害は今の規模では済まないでしょう

だからこそ、今から備えていかなければならない

これは、その為には必要な苦労なんですよね」



そう俺を見ながら言い切る小野寺。

俺に確認する訳ではなく、既に理解をして。

この短期間で本当に成長しているのが判る。

普段から皆を指導し、見てきているからか。

こうして成長を目の当たりに出来るのは楽しい。

特に、期待している相手が期待以上に成長するのは何度経験しても高揚感を抑え切れないものだ。

勿論、外には出さない様に自重はしているが。

流琉は「そうですよね…」と胸中で苦笑している事だろうからな。


孫策も孫策で成長はしているしな。

事、今回の件では活躍は期待出来無いが。

それでも数日の四人旅で学んだ事は有るだろう。

…もし、身に付いていなかったら特別補習(・・・・)だな。



「────っ!?」


「…雪蓮?、どうかしたの?」



急に孫策が身震いして、キョロキョロしだした為、その“勘”の鋭さを知る小野寺も身構えた。

一方、その原因である俺は流琉に「もう、孫策様は鋭い方なんですから、駄目ですよ」と視線によって窘められる。

いや、判ってはいるが、今のは……俺が悪かった。

流琉の無言の笑顔が怖かった。

何も感じ取れない、何も伝わらない。

ただ、能面の様な笑顔には逆らえない。

そういう時は本気で怒らせると不味い時だ。

この場は凌げても後で何が起きるのか。

その危険性を考えれば、素直に謝罪もします。

意地を張っても大して意味も有りませんしね。

それで夫婦仲が円満になるなら楽なものです。



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