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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
863/907

刻綴三國史 29


──九月二十八日。


臨湘県の港を出発してから三日目となる。

湘水を遡りながら調査を繰り返した結果。

最も上流に位置する木材の伐採地にて“発芽病”の病原菌を持った木々を発見した。



「………コレは二次感染(・・・・)だな」


「──っ…それは、つまり…」


「ああ、本当の震源地は此処ではないという事だ」


『────っっ!!!!』



診ていた木の幹から右手を離す。

周辺の木々からも同じ反応が感じられる。

勿論、万が一の事を考え孫策達も保護しているが。

再感染──重複(・・)感染する可能性は低い。

個人差が有る為、「絶対に無い」とは言わないが。

少なくとも、二人や俺達は大丈夫だ。

ただ、用心するに越した事は無い。

万が一とは、文字通りに万が一なのだから。


それはそれとして。

目下の問題は病原菌の本当の発生源の特定だ。



「子和様、二次感染という事は別に媒体が?」


「そういう事になるな…とは言え、空気や水が感染媒体とは考え難い

その場合、規模が今の比ではないだろうからな

まあ、この“湘杉”にしか感染していない事から、他の動植物への感染率は極めて低いな

だからこそ今の感染規模に留まっている訳だが…」


「湘杉が何から感染したのか、ですね…」


「別の植物から、というのは可能性として低いな

動物だとしてもだ、特定範囲内にのみ生息している固有種だと考えてもいいだろう

そうでなければ、感染規模は広い筈だ」


「そうなると…少なくとも二つの固有種を介して、人々に感染している、という事ですか…」


「そういう事だな」



そう話しながら俺達が見ている湘杉。

これは名の通り、湘水の上流域でのみ生育している固有種の杉だ。

大体の植物は自生している環境の影響を受け易く、変異もし易い性質だと言える。

だから固有種が生まれ易いのは当然だろう。


その固有種の湘杉から人へ感染。

これは間違い無い。

そして湘杉に病原菌が感染する事で、変異。

つまり、人への感染が可能となる。



「…あの…それでは湘杉に感染しなけば…」


「ああ、少なくとも人への感染は無いな」


「「──っ!!」」



小野寺の言葉──推測を肯定する。

二人は「遣った!」という感じで喜んでいるが。

俺達は素直には喜べない。

それは湘杉以外に感染した場合、どういった変化を病原菌が起こすか解らないからだ。

最悪、今よりも遥かに強力な感染力と致死性を持つ病原体へと変異する可能性も有り得るのだから。



「媒体は猿や猪・鹿等の類いでしょうか?」


「それなら木々に傷が有るか、糞尿(・・)からだ

だが、この辺りに湘杉以外に反応は無い」


「──となると、鳥という可能性も消えますね」



そう言った流琉の推測に頷く。

鳥から植物に感染するなら傷や糞尿を介してだ。

人や肉食動物なら捕食(・・)による感染が有るが。

基本的に植物に捕食する能力は無い。

死骸からの感染なら、保菌する死骸が必要。

しかし、それも見付からない以上、可能性は無い。



「え~と…空気や水、動植物じゃないとなると…」


「…蟲、だろうな」


「それは…かなり厄介ですね」



俺達の会話で「まだ楽観視は出来無い」と感じ取り可能性を考える孫策の呟き。

それを拾い、答える様に俺が呟き。

それを聞いて流琉が顔を顰める。


決して、蟲が嫌いだから、という事ではない。



「蟲が媒体の場合、最悪、その根絶が必要になる

だが、固有種であるなら自然環境に影響が出る事を考慮した上で遣らなければならない」


「それは…食物連鎖への影響、という事ですか?」


「ああ、蟲というのは自然界の中でも特別な役割を担っている場合が多い

植物の受粉を始め、死骸等の分解、土壌の改善…

害虫も居るが、それ以上に益虫は多い

だから、捜索対象の生態如何では、この辺り一帯の環境に小さくない影響を及ぼす可能性は否めない

勿論、調査してみなければ断言は出来無いが…」


「…最悪を想定して、ですね」


「そういう事だ」



小野寺が正しく事態を認識している事に安心する。

孫策達の価値観が小野寺によって左右される以上、如何に小野寺の認識力を高め、広めるか。

其処に掛かってくるのだから。




今回は特別、という事で全ての湘杉に処置を施す。

これ以上の感染の拡大は曹魏にとっても悪影響。

如何に国としての基盤は強固だろうとも。

貿易──輸出入という面では双方が滞り無く行える環境・状況である事が重要。

一方的な(・・・・)貿易というのは健全とは言えない。

だからこそ、こうして“孫呉”に協力もしている。


尤も、それは飽く迄も貿易──商業・物流・経済を自国内の循環だけで完結させない為であり。

生産・消費・供給という面では他国を頼りにして、政治的な干渉を受ける様な事は無い。

基盤に地産地消が根付いてさえいれば。

国力というのは簡単には揺るぎはしないのだから。


──とまあ、そういう訳でだ。

決して、善意(・・)からではない。

ちゃんとした相互利益が有っての事だ。


処置を終えた後、日没も近い為、そのまま伐採地で夜営する事にし、準備に入った。

朝昼晩と三食の準備の度に孫策を指導する。

その甲斐も有って、短期間で腕を上げている孫策。

剣を扱い、幾多の戦場を経験している為、要領さえ理解してしまえば、ある程度の応用が利く。

加えて味覚が馬鹿という事も無いし、好みが極端に偏っているという事も無い。

だから、きちんと味見さえすれば問題は無い。

…まあ、創作(・・)料理に関しては別だが。


晩御飯と後片付けを済ませ、焚き火を囲む。

明日からの予定に付いて話し合う為だ。



「既に話した通り次に探すのは蟲という事になる」


「この辺りの固有種、という事でしたね」


「そうだ、そして該当する固有種は一種類だけだ」


「──っ!?、その…一種類、なのですか?」


「順に説明するとだな

湘杉が病原菌に感染している事から、この辺りまで活動範囲が及ぶ、という事が前提条件になる

しかし、その蟲は現在、此処には一匹も居ない

居れば俺達が見落とす事は無いからだ

その事から、その蟲は季節に合わせて移住(・・)する

そういう特殊な習性を持っている事になる」


「蟲が…季節毎に移住?」


「信じ難いだろうがな

また、何かしらの理由で生息地が変わった可能性は全く無い訳ではないが、俺の知る限り、この辺りの環境に大きな変化は見られない

その事から考えても、その可能性は低いと言える」



蟲──昆虫に限らず生物の多くが巣等を中心とし、自身の生活圏を構築している。

その為、余程の理由が無い限りは移住はしない。

渡り鳥の様な習性や、植物が種子を飛ばしたりして繁殖していく様な性質でも持たない限りは。


だから小野寺も半信半疑になるのも頷ける。

──とは言え、それで否定に固執しないのは正解。

自分の常識は決して絶対(・・)ではない。

それを理解していればこそ。

有りの侭の現実を受け入れ、向き合う事が出来る。

その柔軟な姿勢こそが成長に大きく作用する。



「この辺りで季節毎に移住する蟲は数種類居る

その中で、この辺りには今の時期は先ず居ないのは一種類だけしかいない

それが“南嶺大玄蟻”という固有種の蟲だ」


「蟻…」


「……え?、南嶺(・・)って、もしかして…」


「そうだ、伯符、御前の考えている通りだ

此処の南に広がる“南嶺山脈”にのみ生息している固有種なのが、その蟻だ

体長は最大で一寸、名前の通りに身体は黒い

寿命は凡そ五年、女王だけは凡そ十年になる

女王は二年に一度、産卵期を迎える

一年の大半を山脈の上部(・・)で過ごし、八月の半ばから九月の頭頃までの二~三週間程だけ山を下る」


「………その蟻って死なないの?」



思わず言葉遣いが素になる孫策。

その程度で評価を落としたりはしないが。

まあ、頭の中で軽い混乱が起きるのも仕方が無い。


まだ南嶺山脈は秘境となれている場所の一つ。

その上、彼方(・・)とは違う点も有る。

小野寺の居た世界との違いは判らないが。

標高2500mを越えた辺りから雪山(・・)に変わる。

それ故に孫策は訊いてきた訳だ。

雪山で蟻が生き残れるのかを。



「他の蟻なら凍死するだろうが、この南嶺大玄蟻は寒冷地、しかも高山地に特化して適応進化している

その為、全く問題無く生活し、越冬もする

尚、冬眠はせず、巣穴の出入り口に蓋をする事で、地熱を溜めて地中で活動している

巣穴は地表から数十尺も地下に延びている」


「……その、随分と詳しいんですね」


「半分は趣味、半分は仕事だな」



小野寺も俺を疑ったりはしていない。

ただ、専門的な研究者も居ない時代に其処まで蟲に詳しければ、気にはなるだろう。

俺も多少は怪しんだりするだろうからな。

そういう意味では気にはしない。

寧ろ、軽く探りを入れる程度でも訊いてきた事を、個人的には評価したいと思う。


因みに、その蟻を発見し、名付けたのは俺だ。

だから生態にも詳しいし、情報も多い。

…まあ、その蟻に限った話ではないけどな。



「この蟻は肉食・雑食ではなく、完全な草食(・・)

山を下り、夏場の森で草や木の葉(・・・)を食べる」


「──っ、それでは湘杉の葉も?」


「ああ、彼等の餌──大好物の一つだ

しかも、彼等は落ち葉や枯れ草を好む」


「それで湘杉には目立った傷も無いのね…」



そう、だから湘杉が感染したのに傷痕も無い。

彼等は葉を切ったり、皮を剥いだり、穴を開けたりするという事は無い。

その為、人間や他の動物を攻撃する事も無い。

獲物が被ったり、取り合いにも為らないからだ。

それ故に彼等は非常に温厚な性格をしている。

──とは言え、天敵が居ない訳ではない。

今は関係無い事なので省くが。



「だが、重要なのは生態ではない

その南嶺大玄蟻が今回の様な病原菌を保菌しているという情報を俺は知らない

抑、それを知っているなら直ぐに判るからな」


「それでは別の原因が?」


「無いとは言い切れないな…

だから先ずは南嶺大玄蟻を捕獲して調べる

その結果を以てしか、次には進めないからな」


「…そうですね」


「……え~と…それって…つまり、南嶺山脈に?」


「ああ、登るぞ」


「ぅぅ…やっぱり~…」



俺が即答すると孫策は項垂れた。

まあ、今日までは楽な内容だった。

一番の問題は速度(・・)酔いだっただろう。

しかし、明日からは本格的な登山であり、冒険だ。


そして、俺が賈駆に言った言葉の意味を、小野寺は静かに理解して息を飲んだ。



「先に言って置くが、俺達は無駄な殺生はしない

里山の熊や鹿・猪なら多少は狩るが、固有種の場合生態保護の意味も有り、手は出さない

小野寺、御前なら判るな?」


「…人類が数多の種を絶滅させている、ですね」


「そうだ、人間の身勝手で絶滅した種は多い

俺達はな、同じ過ち(・・・・)を繰り返させはしない

その為にも環境保護には力を入れている

誰かさん(・・・・)が以前、忍び込んだ場所の様にな」



そう言うと孫策は顔を赤くして外方を向いた。

小野寺も自分に関係する事なので苦笑。

顔が赤いのは…まあ、惚気だな。



「明日は未明に此処を発って小舟で行ける最奥まで行ってから歩きになる

山中で一泊し、翌日、南嶺大玄蟻の生息域に入る」


「山中での一泊ですが、大丈夫でしょうか?」


「此処より高所な分、空気は薄いが気温も低い

今日までの夜営に比べれば過ごし易いだろう

寒冷地に入る為の装備は用意してある

南嶺山脈まで行く事になる可能性は有ったからな

勿論、飽く迄も可能性の話だったが…」


「最悪の場合を想定して、ですか…」


「そういう事だ

それから、寒冷地では“南嶺雪兎”に気を付けろ」


「雪兎?、可愛らしい名前ね」


「見た目にも体長一尺程で毛玉の様で可愛いな」


「見てみたいわね、祐哉……祐哉?」


「…いや、雪蓮?、気を付けるんだよ?」


「……え?」


「連中は可愛いが、狡猾で獰猛な肉食(・・)だ」





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