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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 27


──九月二十六日。


まだ霧が視界を遮っている夜明け前。

その深い霧の中から、姿を見せたのは凪。



「子和様、皆様、御早う御座います」


「御早う、文謙、急な事で済まないな」


「いいえ、この位なら問題有りません」



「未明に」と予定した通りに凪が合流する。

凪の性格も有るが、宅では時間厳守は当たり前。

ギチギチに仕事や予定を詰めるという事は無いが、決定した予定が有る場合には守るのが当然。

だから、10分、15分前行動は珍しくない。


それを理解しているから、俺は凪に用意して置いた労いの意味も含めた茶杯を手渡す。

如何に宅の皆なら余裕で出来る事だろうとも。

こういった気遣いを忘れては為らない。


まあ、凪自身は余裕だろう。

その凪も普通に飲み終え、流琉に茶杯を手渡す。



「建業の方の様子は?」


「日に何人かは体調を崩して運び込まれてくる者が出てきてはいますが、重症者・死者は居ません」



凪の言葉に直ぐには情報を把握出来無い孫策達から安堵の溜め息が溢れる。


特に小野寺辺りは、もどかしい事だろう。

携帯電話やインターネットの普及している社会。

其処で、それらの技術を当然として享受してきた。

何かを調べたり、誰かと連絡し合ったり。

それらが気軽に、手軽に出来る世の中だった。

その当然の事が出来無い時代──世の中に居る。

「無い物強請りだ」と言えば、それまでだが。

今まで普通(・・)だった事が出来無くなる。

その不自由さ・不便さは実際に体験しないと本当に理解する事は難しい事だろう。

そして、それ故に懐く葛藤というのもだ。


ただ、だからと言って立ち止まってはいられない。

出来無い事を嘆くよりも、出来る事で創意工夫し、少しでも打開策・解決方法を模索する。

それこそが人類の文明の原点であり、真髄。

決して、最初から全てを与えられた訳ではない。

長い年月と試行錯誤を積み重ねた結果が。

俺や小野寺の居た世界なのだから。

此処(・・)から其処(・・)に繋がらない訳ではない。



「まだ子璋一人だけでも問題無さそうか…

感染者数と感染経路の調査は?」


「子和様の御推察通り、此方等からの船と積み荷に関与している者が中心です

二次(・・)感染者は予想を下回っています」


「やはり、人から人への感染力は低いな

積み荷の特定は出来たか?」


「…確実に、という訳では有りませんが…

どうやら此方等から出荷された木材(・・)が原因かと

御指示通り動植物の感染も調べましたが、其方等で建業内での感染は発見されていません」


「そうか…それは良い結果だな

それで、現物(・・)を押さえられたか?」


「いいえ、残念ですが…

感染者数の多い品を絞り込んで追跡し、其処までは辿り着きはしましたが、積み荷の木材からは…」


「…という事は木材自体も一時的(・・・)な訳か…

成る程な、だから思っていたよりも被害者が少なく感染範囲の規模も小さいのか…」



凪の話から疫病の原因である細菌の特性が見える。

感染対象は人か植物。

しかし、植物は極めて狭い範囲内のみ。

或いは、更に範囲内の特定種のみ。

そう考えても良いだろう。

勿論、現物を押さえるまでは油断は禁物だが。


正直な話、少しだけ気持ちが楽になる。

食中毒等の原因となる細菌の方が厄介だからな。

彼方は細菌自体の生存率が高い。

そういう意味では“発芽病”の細菌は寿命が短い。

勿論、変異(・・)されると話は変わるが。

現時点では、早期解決の可能性も見えてきた。




凪と合流した後、俺達は予定通りに臨湘県の港へ。

船上では凪から受け取った報告書──葉香が纏め、凪に持たせてくれた物を読む。

勿論、その情報収集には姉の陸遜達も関わっているのだから孫策達にも功績として伝えておく。

褒美とかは此方等が口を出す事ではないからな。


そして、その報告書を小野寺にも見せる。

別に宅の機密情報という訳でもないからな。

小野寺が最初なのは事前説明が一番省けるから。

正直、同じ様な説明を何度もするのは億劫。

──と言うか、個人的に遣りたくはない。

それなら荒れ地の開墾でもしている方が楽しい。

飽く迄も、俺個人としては、の話だが。



「それを読んでみて…正直な所、どう思う?」


「……疫病に詳しいという訳では有りませんが…

何故、今、この時期(タイミング)なのか…

それが引っ掛かります

勿論、邪推(・・)すれば切りが有りませんが…」


「まあ、其方に傾いてしまえばな」



報告書を賈駆に手渡した小野寺に率直に訊ねる。


自分達とは違う観点からの意見というのは大事だ。

特に初めての事態の場合、専門家以外にも客観的に見た意見や疑問、提案というのは価値が有る。

寧ろ、閉鎖的・排他的な状況での議論は危うい。

常識(・・)に囚われ過ぎて見落としてしまう。

或いは、見誤って踏み外してしまう。

そんな事態に為る事は決して珍しい話ではない。

そう為らない様に、聞く耳(・・・)が大切だ。


──とまあ、それは兎も角として。

小野寺の言いたい事は判る。

それが有り得無い事(・・・・・・)だとしても。

可能性が完全に0ではない以上は、不安は生じる。


特に俺達以上に引っ掻き回された経験が有る以上、どうしても関与を疑いたくなるのは仕方が無い。

逆に、客観的なのは宅の方だろうからな。

それ程に今の両者の関係は険悪だと言える。


尤も、宅としては良い事ではあるが。

それを悟らせては為らない。

宅の利よりも、“孫呉”の成長の為にもな。



「俺の見解では人為的な物だとは考え難い

流石に「絶対に違う」とは言わないが、それだけの知識や技術が有るとは考えられない

偶発に発見したにしても、桂陽郡まで気付かれずに持ち込む事が出来るなら直接、建業を狙う

拡散させる事が目的なら江水の流域全体を使う

態々、桂陽郡にする理由が無い

抑、其処まで考えもしないだろうしな」


「…確かに…そうですね」


そういう(・・・・)様に考えるは仕方が無い

ただ、それに囚われ過ぎて見失わない事だ

だが、口で言うのは簡単だが、中々に難しい

特に、時代的・社会的な価値観の違いは大きい

其処を如何に埋めるのかが、御前の役目だ」


「はいっ」






そんな感じで小野寺と話し、船旅の間を過ごす。

孫策・賈駆にも成長の為の助言はしたが。

孫呉の未来にとっては小野寺の成長が欠かせない。

文字通り、孫呉の礎であり、支柱と成って貰う。

貰わないと宅としても困る。

だから、その為の切っ掛けが必要なら与える。

勿論、干渉し過ぎない様に気を付けながら。


さて、船旅とは言っても普通とは違う。

定期船とは違い、専用に雇った船を使っている。

その為、臨湘県の港に直行している。

寄り道もしない為、時間的には大きな短縮となる。



「それじゃあ、文謙、賈駆と一緒に臨湘を頼む」


「はっ!」


「賈駆、調査中に危険な状況だと判断出来るなら、或いは判断が難しいなら必ず文謙に相談しろ

だが、文謙は飽く迄も補助役だ

出来る限りは御前自身で考え、判断・決定しろ

難しいだろうが、その線引き(・・・)を覚えろ」


「はい、判りました」



責任の重さを理解しているからこそ、思わず眉間に皺が寄ってしまう程に緊張した面持ちの賈駆。

緊張を解して遣っても構わないが…まあ、失敗する事から学ぶ事も少なくはないからな。

凪が付いているし、その見極めは大丈夫だろう。

凪自身、その手(・・・)の経験は少なくないしな。


そうして簡単な指示と確認を済ませると俺達四人は買い取った小舟へと乗り込む。

此処から上流域は川幅が狭くなり水深も浅くなる。

だから、臨湘まで乗って来た船は使えない。

其処で“渡し”に使われている小舟から良さそうな物を選んで買い取ったという訳だ。


買い取りにしたのは、船頭は不要な為。

一緒に連れて行っても邪魔になるだけ。

それなら思春を呼ぶか、甘寧隊の者を呼ぶ。

その方が確実で、後々が面倒ではないから。

そうはしないし、したくはない。

後の孫呉の事を考えればな。


因みに、そういった事情から船が使えない訳だが、件の木材は上流域から切り出されている。

陸路は起伏の激しい山道を越える為、重労働であり幾つもの難所の有る過酷さ。

その為、やはり水路を使用する。

切り出した木材は丸太筏にして川を下り、下流にて回収してから乾燥・製材・加工して出荷している。


小舟の舵取りは流琉に任せる。

小野寺には無理だし、孫策では不安だ。

俺が遣ると、それはそれで外交的に後が面倒臭い。

そういう理由も有っての事。


港を離れ、上流へ向かって小舟を進める。

まだ川の流れが緩やかだが、上流域へ行けば流れは嫌が応にも激しくなる。

下りでは中々に楽しめる事だろう。



「小野寺、絶叫系(・・・)は平気か?」


「…え?………あ、はい、大丈夫です…けど?…」


「それなら大丈夫だな、士載」


「はい、では、行きます(・・・・)



唐突な俺の質問に戸惑いながら答えた小野寺。

その返事を受けて、流琉に合図を出す。


流琉が舵を浅く(・・)構える。

それと同時に小舟の船底に俺が氣の強化を施す。

普段なら──宅の者だけでなら上流域に行くなら、小舟など使う必要も無く、走って(・・・)行ける。

だが、今は小野寺と孫策が一緒だ。

二人を抱えて進むという方法も有るには有る。

しかし、それは非常手段でしかない。

態々、そんな真似は遣りたくはない。

其処で小舟を買い取り、氣を使って進む事にした。

流琉なら普通に漕いでも問題無く上流に行けるが。

今は時間の節約が必要でもある。

そういった訳で、少しばかり先を急ぐ(・・・・)事に。



「────へ?」


「────え?」



そんな風に孫策と小野寺から間抜けな声が出るのも仕方が無い事だろう。

何故なら、流琉の一漕ぎ(・・・)で小舟は一気に進む。

約20m程を、軽い力で滑る(・・)様に。

水の抵抗や、川の流れを無視した動き。

それ故に二人の反応は当然だと言える。


ただ、まだ始まってもいない。


一漕ぎの感触を確かめた後、流琉が腰を落とす(・・・・・)

そして、小舟は非常識な加速を行ってゆく。



『──ちょっ!?、嘘ォオオォオォーーーッッ!!!!』



数秒で時速100km/hに到達し、絶叫する二人。

上りなのに、ジェットコースターが落ちる様に。

小舟は周囲の景色を置き去りにする様に前進。

加えて、左右に華麗なコーナリングをしながら。

それは宛ら、サーキットを駆けるF1マシン。

一応、二人が落ちない様にはしているが。

体感している重力や荷重移動の負荷は非軽減。

まあ、何事も(・・・)経験ですからね。


──とか考えている内に第一目標地点に到着。

危険な急減速・急停止は一切しない。

きちんと、手前から流琉は減速しての安全航行。

事前に目標地点は言ってあるからな。

まあ、そうする必要が有る事態になれば別だが。

その場合には俺も二人の安全確保を優先します。

事故死(・・・)されても困りますから。


流琉が岸に着けてくれたので上陸し、振り返る。



「先ずは此処を調査するんだが……無理そうだな」


「……す、済みません…」



抱き合ったまま腰を抜かしている二人が居る。

流琉も「ちょっと遣り過ぎましたか?」と苦笑。

孫策が意外と堪えている姿は貴重だな。

小野寺に関しては慣れているかと思ったが…。

やはり、陸上と水上とでは感覚が違うか。

まあ、こうなっては仕方が無いな。



「士載、二人を看て遣ってくれ」


「ま、待って──」


「その状態では歩けもしないだろう?」


「──ぅぐっ…」


「まだ先は長いんだ、今は休んで慣れさせろ

…一応、次からは幾らか速度は落として進む」


「済みません…そうして頂けると…助かります…」


「後は任せる、長くても一時間程度で戻る」


「はい、行ってらっしゃいませ」



流琉()に見送られ出立する()

普段、少ない遣り取りだけに新鮮な感じだ。




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