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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 21


 曹操side──


明日には雷華が戻ってくる。

──という状況での、凪の単独(・・)の帰還。

その事実に騒付いてしまうのは仕方の無い事よね。

だって、良い予感はしないもの。


──で、凪から手渡された二通の書状。

一通は雷華からで、もう一通は孫策から。

何方等から読むのか、という事には悩みもしない。

先ずは孫策の方からよ。


迷わず開き、読み進め──小さく溜め息を吐く。

予想通りと言えば予想通りだけれど。

予想外と言えば予想外ね。

まあ、面倒事な事だけは間違い無いけれど。


続いて雷華からの書状を開き──即、燃やす。

小さくない動揺が広がったけれど、気にしない。

──と言うか、今、それを気にするとキレるわ。

だから、無視して話を進める事を選ぶ。

苛立ちは飲み込み、叫びたい衝動を抑え。

平静を装って、凪を見詰める。

…不機嫌な事には目を瞑って頂戴、無理だから。



「凪、貴女に聞くように、との事だけれど?」


「はっ、その様に申し付かっております」



まあ、そうでしょうね。

抑、連絡するなら“纉葉”を使えばいいもの。

そうしない時点で、この機を利用する気だと判る。

だからこそ、凪達も素直に従っているのでしょう。



「そう…孫策の話では“謎の疫病”が発生した為、居合わせた雷華の承諾も有り、協力を願ったという事だったのだけれど、間違いは無いのね?」


「はい、雷華様の方から促した、という形です」


「まあ、そうするでしょうね」



その場に私が居たとしても、雷華の遣る事は同じ。

疫病の治療方法の確立(・・・・・・・)を第一にする。

それは曹魏の中で有っても変わらない。


ただ、国の内外では患者の危険度(・・・)が異なる。

それだけ、と言えば、それだけなのだけれどね。

九十九人を救う為に一人を犠牲とする。

それは間違いではないし、珍しくもない事。

人間は全知全能でも、万能でもないのだから。

常に選択をしなくてはならない。

特に私達、施政者は自分達以外の民の未来を負い、それを成さなくてはならない。

その事を忘れてしまう輩が多いのも人間だけれど。


しかし、雷華なら、その一人を生かしながら活かすという真似が可能で、百人を、後の万人を。

救う事が出来る。

まあ、本人に言えば悪振るでしょうけれど。


本来、施政者は名声を求めてはならない。

死後(・・)、後世に置いて評価されれば十分。

生きている内は気にする事ではないのだけれど。

自己承認欲求と自己顕示欲が強いのも人間。

自然界で考えれば、過剰(・・)なのよね。


まあ、それは兎も角として。

今、確認して置くべきなのは私達の動き方ね。

些末な事だけれど、そういう細やかさが大事。

政治というのは大概が積み重ね(・・・・)なのだから。



「孫策の書状には、「往来と交易の一時封鎖を」と有ったのだけれど、それは雷華の入れ知恵?」


「いいえ、雷華様は助言はされていません」


「──となると、小野寺辺りでしょうね…」



成る程ね、例え世界軸(・・・)が違っていても未来(・・)

それだけの時間を、時代を、経ていればこそ。

彼自身の医療に関する認識は高いという訳ね。

それなら、かなり雷華も動き易いでしょう。


二人と同様に北郷も可能性としては有るけれど。

個人差(・・・)というものは否めない。

だから、特に気にする必要は無いわね。


それはそれとして。

やはり、疫病に対する価値観の違いは大きいわね。

私達──私自身でさえ、雷華が居なければ、今とは全く違った考え方をしていた事でしょう。

勿論、「疫病は決して無視出来無い」という点では同じなのだけれど。

対処方法は当然の事として、何を優先するべきか。

その判断基準には大きな違いが有るわ。


雷華の場合は、他と比較する事すら無駄だけれど。

少なくとも小野寺の存在が雷華の仕事を助ける。

今でこそ、私達も必要性を理解しているけれど。

所詮、孫策達は部外者(・・・)だもの。

そういう意味でも小野寺の理解は大事だわ。



「雷華からは?」


「此方等に滞在中の南部域の商人等への特別延長と生活面での補助を、との事です」


「それと同条件での南部域にいる曹魏の商人等への配慮と補助を求める訳ね…

まあ、疫病──特に未知の場合には蔓延をさせない事が一番肝心で、基本策の要だから当然ね」



疫病対策の効果的な迅速な筆頭策とは隔離であり、徹底した“往来の規制と管理”だったりする。

人々が──否、病原(・・)が動かなければ。

感染の拡大は、先ず起きる事ではない。

感染が拡大する理由は人々の往来に有るのだから。


そう言われてみれば、当然なのだけれどね。

実際には実行に移すまでには無駄に時間を要する。

それは政治的な決定権を持つ者達のズレ(・・)が故。


往来の管理には普段以上に人員と経費が必要で。

往来を規制・禁止すれば経済的に打撃を受ける。

それを秤に掛け、悩んでいる内に──後手後手に。

隔離は感染者数が少ない内である程に効果的で。

増加傾向に有る中では、効果的とは言えない。

少なくとも、自然消滅(・・・・)の可能性は消える。

感染者数が少なければ、可能なのだけれど。

一定以上に増加してしまえば、鼬ごっこ。

再感染(・・・)の可能性が無い疫病以外は、減り難い。


だから、曹魏では隔離策の施行は迅速。

一時的に経済に影響が出ても短期間なら傷は浅く、地域も小規模な程、長期的に見れば費用も軽微。

つまり、疫病対策は如何に素早く判断をし、感染が小規模な内に隔離・封鎖をするかで決まるのよ。


それを、判断・理解が出来無い政治家が多い。

色々と柵が有るから、理由も様々でしょうけど。

一番は、問題点の相違ね。


私達は、雷華は疫病の流行を国害(・・)と考える。

民が罹患すれば、その分だけ“国の財”を害する。

これは費用という意味だけではない。

国を潤し繁栄さえるのは、民という労働力が有り、正常に(・・・)機能しているからこそ。

それが妨げられる、害われるという事は。

国力の低下に直結する、という事なのよ。

故に、国の財とは、“健全な民”を指す。

更に言えば、民の生活も含めて、という事ね。


そう考えているからこそ、判断と実行は迅速。

それにより、民を、国を、守る事が出来る。


それが出来無いのは、見えてはいないから。

はっきりと言って、先見の明は皆無ね。

政治家を辞めた方が民の為、国の為に成るわ。

まあ、宅には無関係な話だけれど。


そんな隔離策なのだけれど。

これが自他国、或いは領地に跨がる場合。

重要なのが、同じ価値観を持って臨む事。

“利害の一致”程度では温いのよ。

明確に、民を、国を守る意志が必要不可欠。

その上で、相互援助と協力をしなくてならない。


今回の場合、孫策達の実質的な夫でもある小野寺が雷華と同じ価値観を持っている事が重要。

孫策達に理解させる手間と時間を省ける。

それはつまり、その分だけ雷華は動き易くなる。

その分だけ、治療方法の確立に当てられる。

何気無い様で、実は物凄く重要な訳よ。

その有無が、民の命を左右するのだから。



「…ただ、宅の方が圧倒的に負担が大きいわね

その辺りの事に関しては何か言っていたかしら?」



そう凪に訊ねる。

雷華の事だから、ちゃんと考えてはいるでしょう。

──とは言え、少なくとも金銭の類いではない。

“政治的な利害”という意味では同じだけれど。

これを利用して優位に立とうという気は無い。

抑、曹魏の優位は圧倒的で、揺るぎはしない。


だから、金銭的な補償という可能性は考え難い。

──と言うか、そんな対価を雷華は望まないわ。

雷華が雷華で在る以上、狙いが有る筈だもの。


そう考えながら凪の返答を待っているのだけれど。

肝心の凪からは一向に返事が無い。

先程までの反応が嘘の様に、沈黙している。



「………?…凪?」


「──っ………え~と……その……あの……っ…」



再度、声を掛ければ小さく肩を跳ねさせる凪。

それから急に態度が落ち着きを無くす凪の様子に。

更には、チラチラッと蓮華を(・・・)気にした視線。

それだけで何と無く察しが付いてしまう。

具体的な内容は兎も角としても、少なくとも雷華が何かしらの要求案を孫策達に既に出している。

その可能性は高いわね。

しかも、凪が蓮華に配慮する様な方向の何か。

………何故かしらね、妙に面白そうな気がするわ。


そんな私の気配を察してか、凪が覚悟を決めた。

別に凪が覚悟を決める必要は無いのだけれど。

真面目だから責任を感じ易いしね。

仕方が無いでしょう。



「…実は、“ちょっとした賭け”が有りまして…

後々、孫策殿が侍女奉公(・・・・)をする事に、と…」


『…………………………………………──ぷっ…』



凪の一言に私を含む全員が黙り──吹き出した。

そうなるのも仕方が無い事でしょう。

実姉妹である蓮華でさえ、想像に屈したのだから。


孫策の気性を、言動を、少なからず知っていれば。

彼女が侍女として奉公している姿を想像したなら。

笑わずには居られないわ。

流石に大声で爆笑している者は居ないけれど。

皆、そう為らない様に必死に堪えているもの。

だから、仕方が無いのよ、ええ、仕方が無いわ。


別に似合わないとは言わないけれど。

正面に務められる気はしないもの。

どう想像しても、遣らかしている(・・・・・・・)姿が…ね?。



「………ふぅ…それで?」


「はい、援助の対価として、期間の延長を、と…

元々の期間は一週間、という話でしたので」


「へぇ……成る程ね、教育(・・)する気なのね」



雷華が戯れで侍女奉公など遣らせはしない。

…まあ、私達──妻とだったら、そういった設定で(・・・)戯れる事が無い訳ではないけれど。

流石に孫策相手には遣らないわ。

──だとすれば、其処には意図が有る。

特に隠す必要は無い、けれど、価値の有る事が。


そう考えると、見えてくるのは孫策への指導。

小野寺は王の、主君の才器ではない。

その伴侶──支える立場なら問題は無いけれど。

自身が頂点に立ち、背負うには役不足。


だから、孫策の成長は“孫呉”には必要不可欠。

それを促す切っ掛けとして。

侍女奉公という形で、見聞を広げさせる。

──とまあ、そういった所かしらね。



「奉公の件、孫策達は了承しているのね?」


「はい、一応は…事後承諾、という形でしたが…」


「なら、賈駆辺りは怒ったでしょうね…」



熟、孫策ではなく、蓮華で良かったと思うわ。

宅にも、その手の問題児が居はするけれど。

流石、個人以上に発展はさせないもの。

………まあ、雷華がチラつかせた()が良かったのは想像に難くないけれど。

私達自身、釣られている身だしね。



「取り敢えず、滞在は無期限の延長、という訳ね

貴女に流琉・葉香が一緒なら増援も不要、と…

…まるで、こうなる事を見越していたみたいね

勿論、偶々なのでしょうけど…

持っている(・・・・・)が故、という所かしら」



そう言えば、嫌がるでしょうけどね。

結局、そういう宿命を背負う存在なのよ、貴男は。


そう、心の中で言えば、不機嫌そうに顔を顰める。

飽く迄、私個人の勝手な想像なのだけれど。

多分、実際にも似た反応をするでしょうね。

そういう人だから。



「その方向で孫策宛の書状を用意するわ

それから、蓮華、貴女も一筆認めて渡しなさい」


「私も、ですか?」


「ええ、奉公の件を揶揄う内容でも構わないわ

貴女()から孫策()に宛てた書状

その事実だけ有れば、問題無いから」


「…判りました」



後々、孫策が奉公し易くする為にもね。

こういった所での小さな仕込みが影響するのよ。

雷華は敢えて凪に言わなかったでしょうし。

その意図は基本的には知らなくてもいい事。

気付いたら気付いた、というだけでね。


此方等は此方等で準備(・・)をしましょうか。

だけど、あまり長引くと我慢し切れないわよ?。



──side out



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