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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 20


 孫策side──


孫呉の独立──建国への第一歩となる曹純の来訪。

その滞在も、残りは丸一日といった所。

短い様で長く、色々と難しくも学ぶ事が多くて。

正直、気を抜いたら自分でも駄目だと思える程。

だけど、それが充足感を感じるから困る。

ちょっとだけ、癖に為りそうだから。

ええ…曹操達が曹純に惹かれる理由が解るわ。

勿論、私は祐哉が良いんだけどね。


──なんて、ちょっとした惚気を胸中でしていたら前方が騒がしくなり、急いで行ってみた。

そしたら、倒れた男性が二人居て──更に目の前で五人の人が次々と倒れていった。

それも大量の血を吐きながら。


取り敢えず、人手が欲しい状況。

騒がしくなっている以上、街の治安を守る巡回兵が待っていれば来る事は間違い。

ただ、状況的に見ても猶予は無い気がして。

私の“勘”も「このままだと危ない」と告げる。


──と、其処に現れるのが私の愛しい旦那様。

「流石は祐哉ね!」と感心してしまった。


──とまあ、其処までは良かったのだけれど。

祐哉に続いて現れたのが曹純だったのには驚いた。

しかも、状況的に見て厄介事に捲き込む格好に。

本人は「それ所じゃない」って言ってるけど。

私達からしたら、かなり重要な事なのよね。

勿論、民の命を救えるなら有難いんだけど。

それが原因で曹魏の、曹操や蓮華達の怒りを買えば結果的に多くの民を捲き込む事になるから…ね。

正直、懊悩をしないというのは無理な話よね。


そんなこんなが遇って、結局は曹純の指示に従う。

曹純が、華佗の友人で、“飛影”で、何だかんだで凄いって事を知っているから。

そうでなかったら…正直、躊躇う決断だもの。

だから、そういう意味では色々な事が繋がる。

決して、こういう事態を想定していた訳ではない。

ただ結果として、私達の歩みが良い方向に繋がり、民を救う為の可能性を掴む事が出来ている。

その事実だけで十分。

それ以上を望むだなんて──罰当たりものよね。


──という事を考えながら、私達は静かに待つ。

確保した街外れに有った放置された商人の屋敷。

色々有って家主が居なくなり、空き家となっていた事も有り所々傷んではいたけれど、問題無し。

雨風を凌げ、隔離する環境が出来れば良いから。


其処に選抜した十人──内四人は女性なのは患者に女性や子供も居る為──に必要な物資を運んで貰い曹純の指揮で五人の患者を運び入れた。

祐哉と一緒に曹純に同行していた明命と蒲公英から楽進達と詠達に説明して貰い、接触を禁じる。

色々と文句を言われる可能性を考えていたけれど、楽進達は状況を理解し、「曹純様の判断に従う」と返事をした事には驚き、感嘆。


ただ、連合の時の事を思い出せば納得出来る。

曹魏は疫病等に対する備えは勿論、その対処方法や組織的な判断・行動の基準が明確に出来ている。

戦争等は相手の身勝手な理由からでも起こるもの。

対して、疫病等には必ず被害が拡大するよりも先に原因・起因が有り、予兆が何処かに現れるもの。

それを見逃さない様に、施政者が備えている。

曹純の教え、曹操の判断が有るから、ではない。

二人に仕え、二人を支える多くの者達が。

その必要性と重大さを理解している証拠。

その事実に尊敬すると共に、羨望と嫉妬も懐く。

まあ、“無い物強請り”なんだけれね。


──と、思考が一区切り付いた所で私達が待機する部屋の扉がノック(・・・)される。

返事をすれば扉が開き、曹純が入って来た。

五人の治療に専念し、余計な接触者を減らす為に、曹純以外は別室で一緒に待機している。

普通なら出来無い事だけれど、曹純には出来る。

本当にね…改めて、凄い人だって思うわ。


その曹純が空いている椅子に座る。

女性兵士の一人が侍女に代わり、茶杯を置く。

然り気無く御礼を言って、口に運ぶ曹純。


その仕草には祐哉の普段の仕草が重なる。

“天の国”の──いいえ、二人の生まれ育った国の他者に対する気遣いや配慮・敬意が窺える。

勿論、全員が全員ではないでしょうけど。

あの北郷でさえ、その辺りは似ているという話。

そういう礼節や意識が根付いてるのは凄いわよね。

私達の時代──世界では、中々に難しい事だもの。

どうしても、“弱肉強食”が先に出てしまう。

“自他共栄”の考え方が浸透するには時間が必要。

それを改めて感じさせられるわね。


茶杯を置いた曹純が私達を見る。



「先ず、人から人への感染の可能性だが…

これは殆んど無いと思って貰っても大丈夫だ」


「…殆んど、という事は絶対ではない訳ですね?」


「ああ、一部例外的に妊婦から胎児、それと授乳を介して母親から乳幼児に、感染の可能性が有る

それ以外では体液感染──唾液や飛沫、血液を介し他者に感染する可能性は無い

…要は、口付けや性行為等でも感染はしない」



そう曹純が説明してくれて、納得。

最後の部分は私を含め祐哉以外が理解出来ていない事を曹純が察してくれたから。

御手数を御掛けします。

でも、仕方が無いじゃない。

解らない物は解らないんだから。



「次に原因だが…これは彼等の意識が戻っていない現時点では特定する事が難しい

ただ、傷口から、という可能性は低いな

倒れた際に出来た小さな切り傷・擦り傷は有ったが此処一ヶ月以内に負った傷跡は見られなかった」


「…そうなると、虫とかからですか?」


「完全には否定出来無いが、蚊や蚤等から感染した場合には多少は痕跡が残る

痒みに伴う引っ掻き傷とかな

そういった痕跡は無かった

勿論、潜伏期間が長ければ話は別だが…

その手の感染病なら大体が二週間以内に発症する

あの五人に、その痕跡は見られない」


「そうですか…」



知識の差から、自然と曹純と祐哉の会話になる。

私も訊きたい事は色々有るけど、それは後回し。

私のは飽く迄も知識面の疑問だしね。



「伯符、五人の家族や知人に連絡は付いたか?

それと直前までの行動等の調べは進んだか?」


「はい、彼等の家族等は直ぐに判りました

皆、動揺してはいましたが、此方の質問に関しては答えてくれています

五人共に二週間以内に体調不良を訴えたりする事は無かったそうですし、直前までの行動もバラバラ…

特に変わった物を口にしていたり、出掛けていた、遣っていたという事も無い様です

勿論、飽く迄も客観的な証言に為りますが…

偶々(・・)、あの場で彼等は倒れた様です」



そう答えると曹純は静かに瞑目する。

その姿は芸術品の様に綺麗で、見惚れてしまう程。

未だに、男だという証拠を見せられない限り、彼が彼女(・・)だったとしても信じるわね。


それは兎も角として。

曹純の指示で明命達に聴き込みをして貰った。

その際に、楽進達が積極的に協力してくれた御陰で街が混乱する事を避けられ、同時に注意喚起を促し次の発症者が出た場合に備えられた。

その事には素直に感謝するしかないわ。

此処で「曹魏に借りが…」なんて事は思わない。

そんな風に思う様に為ってしまったら、信頼関係を築く事なんて不可能でしょうからね。

…まあ、曹純を巻き込んだ時には色々考えたけど。

それは「巻き込んでしまった」という観点からよ。

手助けしてくれた事自体には感謝しかないわ。



「……小野寺、御前の目から見て、どう(・・)思った?」


「………初見では負傷した様な出血量でしたので、賊徒の類いの仕業による刃傷沙汰だと…

ただ、感染病と考えると…少し歪な(・・)気もします」



曹純の問いに答える祐哉。

その会話は二人の間でのみ──ある程度の知識等が有る事が前提条件でのものだと判る。

だから、口を挟みはしないけれど…。

「それって、どういう事?」と訊きたい。

「これでも一応は孫家の当主なのよ?」とも。

空気を読んで、口には出さないけど。



「そう、あの量の吐血なら致命的…粗助からない」


『────っ…』


「だが、現実には彼等は生きている

勿論、治療出来無ければ、亡くなっていたが…

不幸中の幸いか、俺が間に合う所に居たからな

結果、一命を取り止める事が出来た

ただ、現状では厳しいのが本音だ

延命する事は難しくないが──治療が(・・・)出来無い」


『────っっっ!!!!!!!!!!!!』



その一言に私達は一様に絶句してしまう。

何しろ、あの曹純の口から「不可能だ」と言ったに等しい言葉が出たのだから。

驚かない方が可笑しいとさえ言えるわ。


ただ、曹純の表情や態度に悲観や諦念は無い。

他人事だから?、他家の事情だから?。

そんな小さな器じゃない事は私自身が知っている。

何しろ、あの真面目過ぎて困ってしまう可愛い妹が全てを捧げると決めた伴侶だもの。

そんな薄情な人物ではないわ。


だから、意外と私は冷静に聞いている。

驚きはしたけど、動揺するまでは行かない。



「ただ、それは医術としては、だ」


「………っ…つまり、貴男に出来る方法でならば、治療する事が可能、という事ですか?

それは…例えば──華佗が以前は行えていた(・・・・・・・・)という()を用いての治療の様に…」


「────っ!?」



そう祐哉が言った瞬間だった。

私には一瞬だけ曹純が笑った様に見えた。

勿論、後で祐哉にも確認はして見るけど…。

反射的に飛び退きたい衝動に駆られた。

まるで、喉元に刃を突き付けられたみたいな。

そういう寒気がしたから。

それでも、堪えられたのは直接ではなかった為。

…多分、今の祐哉の台詞を私自身が言っていたら、私は抑え切れずに飛び退いていたでしょうね。



「ああ、そういう事だ

細かい説明は面倒なんで省くがな…

治すだけなら、今直ぐにでも出来る」


「…彼等を助ける事は出来るけれど、貴男が去り、発症した者は助ける術は無い、という事ですか…」


『──っっ!!!!!!!!!!』



そう、曹純の言葉の真意を読み取るなら。

「彼等を苦しませる事には為るが、より多くの民の命を救う為には、治療方法の確立が必要だ」と。

そう言っている事になるのよね。


…ある意味、それは施政者として常に迫られている究極の選択でも有るわ。

目の前の一人を救えても、後の九十九人を救えずに死なせてしまうのか。

目の前の一人を犠牲にしようとも、後の九十九人を救う術を見出だすのか。

極端な話では有るけど、そういう事なのよ。

そして、それは疫病に限った話ではない。

賊徒や治安、経済や貧困、飢餓に食糧難等々。

私達施政者が常に抱える問題に密接に関わる事。


だから、私も……きっと、祐哉も。

その覚悟は出来ている。



「この病の治療方法の確立は可能でしょうか?」


「現状では病の原因等が特定出来ていないからな

先ずは其処から始めなくては為らない

だが、可能不可能で言えば十分に可能だ

疫病というのは、そういう物だからな」


「それでは、御願い出来ますでしょうか?」


「放置すれば曹魏にも影響が及ぶ…

何より、漸く安定し始めた大陸の情勢に関わる事だ

再び乱れ、荒れる事を俺達は望みはしない

必ず、治療方法は確立してみせる」


「我々に出来る事ならば何でも御申し付け下さい」



こういう時にでも、一線を引く為に政治的な建前を口にしなければ為らない身が面倒だけれど。

曹純の力強い言葉に私は頭を下げて御願いする。


華佗が居ない以上、他に頼れる者は居ない。

華佗を探すにしても時間が掛かり過ぎる。

そういった事を考える必要も無く。

曹純の事を信頼出来るのは、あの戦いを知るから。

曹魏は民の為に、その力を振るうのだから。


ただ、それはそれとして。

私にも施政者として通すべき筋が有る。



「それから…曹純様、この様な事に為ってしまい、誠に申し訳御座いません」


「まあ、「気にするな」と言っても難しい事だが…

俺の身に関して言えば、大して心配するな

基本的に俺は意図的に掛からない限り、感染病には掛からないからな

そういう意味では、華佗以上だ」



──と、言ってる曹純なんだけど。

それはそれ、よね。

私から曹魏──曹操宛に書状を送らないと。

それが一番大変なのよ。



──side out



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