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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 15


 小野寺side──


午前中の仕事を片付け、昼食を済ませた。

いつもは日常的な事でも、今日に限っては本番前の準備運動でしかない。

担当を雪蓮達と交代する形で春蘭と亞莎を伴い、俺は曹純御一行を案内する。

…うん、この面子だから責任感と重圧感が凄い。



「妙才が気にしていたが…元気そうだな」


「はっ、有難う御座います!

妹にも感謝と「心配無用」と御伝え下さい!」



そう言って敬礼しそうな感じの春蘭。

いやまあ、俺が教えたけど…流石にバレますよね。

曹純が此方を見て「ズレてるだろ?」と。

その視線が語っていますので。


一応、言い訳をするので有れば。

昨日、詠から今日の街の視察の同行者には曹純から直々に春蘭への指名が有った事を聞かされ。

俺達以上に春蘭自身が動揺した。

“原作”の夏侯惇であれば、先ず見られない姿。

それだけに俺も思わず動揺が強まったのは余談。

──で、取り敢えず、俺は同じ“天の国”の出身者だからという事で“失敗せず無礼ではない対応”を訊かれた為、脳裏を過った事を教えた訳です。

ええ、春蘭だから軍人的な方向の遣り方だったら、という感じの発想からだったんです。

まあ、それ自体は春蘭には上手く填まりましたが。

明らかに、護衛任務みたいな感じなんです。


そんな春蘭の様子を見ながら、不安そうな顔をする亞莎が俺の袖を引っ張って見上げてくる。

軽く潤んだ上目遣いの表情が効果抜群だ!。



「………あの、祐哉さん…大丈夫でしょうか?…」


「…あー……多分、大丈夫……だと思いたい…」



小声で訊いてくる亞莎には悪いんだけど。

そう希望的な言葉しか言えないのが現実です。

まあ、曹純の方も無礼でもないから扱いに困ってる感じは嫌でも理解させられてはいるけどね。

「面倒な真似をしてくれたな…」という不満は多少有るかもしれないが、マイナスには為らない…筈。

こういうタイプの人って、少なからず居るしね。

…まあ、悪気が無くて真面目に真剣だから、実際に対応する方は色々と困る訳だけど。

決して、他意が有っての事では有りませんから。

其処だけは真っ先に伝えて置きました、ええ。



「それで妙才との緜竹での一戦は、どうだった?」


『────っ!!!???』


「今更驚く事ではないと思うが?」


「…っ……あの、その件を御気にされては?」


「残念ながら、気にする程の理由が無いな

それを言うのなら、誰かさん(・・・・)を救う為だとは言え、色々と暴走していた馬鹿娘(・・・)の方が問題だ

それを問題にしていない以上、取るに足らない事だ

…まあ、ちょっとした同窓会の様な物だな」


『…………?…』



曹純の言った“同窓会”というのが何なのか。

それが解らない春蘭達や楽進達は首を傾げる。

しかし、その疑問を口にしないのは共通認識。

それは“天の国の知識に基づく会話”だと。

そう理解しているから、今は流す事にする。

一々気にしていたら、話が逸れるしね。

それに…多分、曹純は意図的に使っている筈。

昨日、その件では注意された訳だしな。

つまり、これは言外に「考えるだけ無駄な事だ」と会話の相手である俺に言っている訳だ。

孫呉を代表する形で。


それを察したのか春蘭が俺を見て来る。

「…良いのか?」と訊く視線に頷いて答える。



「…その…色々と驚きは有りました

あの様な形で再会するとは思いもしませんでした

ただ、元気である事には安心しましたし…」



そう言った所で、不意に春蘭が言葉を切った。

──だけでなく、俯いたまま唐突に足を止める。


曹純も、俺達も、反射的に足を止める。

…いや、曹純達の場合は判らないけど。


春蘭は自分の両手を見詰めながら身体を震わせる。

そして、狂喜にも似た笑みを浮かべる。

ゾクッ…と、身震いしてしまいそうになる。

しかし、それは恐怖を懐いたから、ではない。

春蘭の武人としての闘争本能──飽く無き向上心に対する期待感・高揚感に因るもの。


俺自身は武人ではないけど。

そういった感覚を全く理解出来無い訳ではない。

寧ろ、そんな俺にさえ判る程に明確で、強烈に。

春蘭の渇望(・・)は真っ直ぐで、純粋だ。



「…まだ、上が在るのだと…そう知れた事…

それを意志()を交え、直に感じました

…ただ、同時に至れる高み(・・・・・)の違いも判りました」


「──っ…」



そう言った春蘭の一言に、脳裏に甦る光景が有る。

決戦に置ける曹魏の姿。

あれこそが、他者には決して至れない絶対領域。

王累と曹操の会話に有った事が正しいのなら。

其処は、曹操と曹純(適格者)である二人にのみ、二人が統べ治める曹魏にのみ、許された高み。

決して、俺達には手が届かない高み。


それを思うと、春蘭達には申し訳無く思う。

曹魏に居れば、其処に届く事が出来たのだから。



「しかし、それはそれ、飽く迄も武の高みの一つに過ぎず、他の高みが無い訳では有りません

その事を、妹が教えてくれました」



「…春蘭…御前って奴はっ…」と。

そんな風に思わず言って泣きそうになる。

何処までも真っ直ぐに、愚直とすら言える姿勢。

けど、その在り方が何度俺達の心を支えてくれたか今では数え切れない程だと言える。


──が、そんな感動を覚えるのは俺達だから。

曹純達には「ふ~ん」な話だと言えるだろう。

そう思いながら曹純を見ると………うん、あれだ。

こんな表情見たら、大抵の女性は落ちますよね。

──と、そう思ってしまう微笑を浮かべて。

春蘭の事を見守る様な眼差しをしていた。

勿論、一瞬だけだったんだけど。



(…あ~…これは劉備や天和達の比じゃないわ…)



雛里が話してくれた曹魏の民が曹純を慕う理由。

それが、桁違いの人間性──理解力なんだと。

こうして直に接してみて、初めて感じられる。

…いや、抑、反董卓連合前に董卓達を救う為の話を持ち掛けた時にも、そうだった。

一方的に有利な条件を突き付ける事が出来たのに。

曹純は俺を諭し、教え導く様に対応していた。

勿論、単なる善意からではないんだとは思う。

それでも、曹純には“正しい在り方”へと人を導く意図が窺える言動が多い事は確かだ。

件の緜竹での一戦にしても、宅だけでなく、劉備の将師にも少なからず仕掛けていた(・・・・・・)みたいだし。

劉備や北郷の様に、堕ちなければ。

曹純は、最低でも一度は選択の機会をくれる。

まあ、それは必ずしも全員に、平等に、ではなく。

その機会を与える価値すらない者も居るだろう。

例えば、劉表みたいな奴なんかにはさ。

そういう相人眼(見る眼)が確かだからこそ、だよな。



「…元譲、明日の朝は何か予定は有るか?」


「明日の朝ですか?…………………いえ、特には」



自分の予定──仕事等のスケジュール管理が適当な春蘭だから、俺と亞莎も思わず記憶の糸を手繰り、素早く確認し終え、春蘭の視界の端で二人で揃って首を横に振って見せ、「問題無い」と伝える。

普段、寝坊したりはしないし、必ず朝議や鍛練等で起きているから、問題にはしないんだよなぁ…。

はっきり言って、その辺りは雪蓮よりも真面目だし俺達からしても雪蓮に見倣わせたい所だから。

ただ、今この瞬間だけは、かなり肝を冷やした。



「それなら、明日の朝は俺達の日課の朝練に元譲も参加してみるか?」


『────っ!!!???』



曹純から然り気無く提案された話。

だが、それは俺達からすると驚愕でしかない。

──あ、いや、春蘭は単純に嬉しそうだけど。



「宜しいのですかっ?!」


「ああ、別に隠す事でもないからな

まあ、見学(・・)されたりするのは気に障るが…

参加する分には構わない、俺が誘った訳だしな

勿論、御前に合わせて落とす(・・・・・・・)事は無いが…」


「宜しく御願いしますっ!!」



多分、曹純も話の途中だったんだと思うけど。

…何と無く、曹純も苦笑している気がするから。


春蘭は弟子入り志願の実直な若者の様に……いや、少なくとも俺の世代では、こういう奴は居ないな。

最早“絶滅種”に等しい熱意有る若者だろう。

……春蘭も、まだ十分に若者でいいよね?。

彼方(・・)だと間違い無く若者扱いなんだけど。

此方だと、その辺りの認識が違うからな~…。

──って、そんな事気にしなくてもいいか。


ビシッ!、と見事な一礼を決めて感謝を口にした。

この時点で俺達──特に雪蓮や詠達に相談さえせず話を纏めてしまった事に対しては…御説教(落雷)確定。




その後、街の視察は問題無く、拍子抜けする程で。

寧ろ、楽しみが出来た事で春蘭の変な力みは消え、彼女本来の怖い物知らず・遠慮知らずに戻った。

正直、それは不安ではあったが──結果から言えば曹純達は素の春蘭に対し、文句は言わず。

その言葉遣い・口調・態度も気にはせず。

心配していたのが馬鹿馬鹿しくなる程に。

春蘭と和気藹々と過ごしていた。


その事を報告し、午前中の事を聞かされ、驚く。

詠が頭を抱えて吼える寸前に見えるのは。

きっと、俺だけじゃないんだと思う。



「まあ、私達が気負うのは仕方無いんだけどね~…

こうまで気にされないと、それはそれで怖いわ…」


「──と言うか、多分、曹純は個々の人柄に対して文句を言いはしないんじゃないかな?

邪心・野心を持って近付く相手に対しては、油断も容赦も無いんだろうけど…」


「……成る程ね、要は子供みたいに真っ直ぐなら、そんな必要は無いって事ね」



そう言う雪蓮の脳裏に浮かぶのは春蘭と繋迦。

子供ではないが、性根が真っ直ぐな二人。

そんな二人には曹純は真っ直ぐに向き合う。


対して、余計な気を利かせた雪蓮に対しては。

初日の晩餐会の時の様に、容赦無く遣り返す。

それも、色んな意味で効果覿面な方法で。


つまり、その言動を以て、俺達に示している訳だ。

「“他人は己を映す鏡”だと知っているか?」と。

言外に諭しているかの様に。



「…それならそれで少しは気楽に遣れるわね~」


「いや、雪蓮は気を抜いたら駄目だから」


「そうよ、一番問題起こしそうな馬鹿が言っていい台詞じゃないわよ、それは」


「ちょっ!?、詠?!、幾ら何でも率直に──」


「初日に自分が遣らかした事を忘れた訳?」


「──ぁ、はぃ、スミマセンデシタ…」



「馬鹿は酷くないっ?!」と反論し掛けた雪蓮だが、詠に一睨みされて即座に白旗を上げた。

うん、それが正しいよ。

──と言うか、アレに関しては俺も曹純の味方だ。

船上で話していた様に、その辺りの価値観の違いを理解していないで、遣らかしてくれたからね。

…まあ、その後、俺にも飛び火したけど。

それは俺も監督不行き届き(・・・・・・・)だから仕方無い。


ただ、言い訳をするなら、俺達にも知らなかった。

雪蓮の独断で仕込まれていた事だったからね。

尚、その侍女さん達に罪は有りません。

なので、そのまま御世話役は継続中です。

当然ながら、そういう(・・・・)真似は厳禁でね。

何しろ、侍女としての力量は本物ですから。



「それにしても…本当にいいのかな?

勿論、朝練参加の話自体が曹純からだったんだから構わないんだろうけどさ…」


「春蘭が引き抜かれる可能性?」



さらっと話を擦り替える様に反応する雪蓮。

相変わらず、そういう回避スキルは無駄に凄いな。

──と言うか、それを事前に働かせなさいって。



「まあ、懸念は理解出来るけれど、大丈夫よ

一度だけでは──いいえ、何度だろうと、ね

武人として、曹純に指南を受けたい

その気持ちは私だって同じよ

けれど、それはそれ、歩むと決めた意志(みち)が違うわ」


「…っ……ったく、この問題主君が…」



そう思わず呟いた詠の気持ちは理解出来る。

何だかんだで、肝心な所で不安を払拭してくれる。

覇者としてだけでなく、垣間見せる王者の資質。

…まあ、其処まで凄くはないんだけど。

だからこそ、俺達は雪蓮を支えたいと。

共に歩みたいと思う。

色々と手を焼かされるけど。

一緒に見たい未来(景色)が有るから。



──side out



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