刻綴三國史 12
暫し、孫策との私的な時間を過ごし。
馬車は滞在中、俺達が過ごす事となる孫家の屋敷、つまりは孫策達の居城へと到着した。
俺自身は知っている場所なので驚く事は無い。
葉香も見た事は有るだろう。
だから、凪と流琉の反応は可愛らしい。
規模や精度で言えば、宅の城や屋敷が上だが。
今は国外の城に出向く事は滅多に無いからな。
居城に招くというのは一見すれば“懐に入れる”と捉える事が出来るだろう。
しかし、警護という表向きの理由とは逆に監視するという裏の理由も存在している。
言い換えると「自由に行動されては困る」からだ。
そういった意味では居城というのは常日頃から警備態勢は確立されている為、兵士等を新規に用意する必要は無く、既存のまま一部強化で済む。
しかも、居城に招くのだから、招かれている方から苦情を出すのは「私は器量が狭いです」と自己主張しているのも同然だったりする訳だ。
まあ、以前の──囮だった頃の俺の立場としては、そういう印象を与えるのも有りだったが。
現状では遣る必要が無いからな。
…孫策達を困らせる為だけに遣ってもいいんだが、蓮華が色んな意味で怒りそうだからしないが。
華琳なら面白がって多少は遣るかもしれないな。
飽く迄も可能性としては、の話だが。
孫策と別れ、賈駆と侍女四人に挟まれる形で城内を案内されながら俺が使用する部屋へ。
途中、裏庭だろう東屋が有る広場の横を通ったので日課の鍛練に使用してもいいのかを訊けば、賈駆は驚きながらも問題無いと許可をくれた。
尚、鍛練に関しては見られても困りはしない。
盗める技術は盗んでくれて構わないしな。
氣に関しては不可能だし、鍛練している事自体すら気付けないだろうからな。
俺の部屋に着いた所で、凪達は四人の侍女と一緒に自分達が使用する部屋へ案内された。
まあ、直ぐ隣なのは言うまでも無いが。
俺達が夫婦だと判っても慌てて同室を用意したり、寝台を増やしたり等しないのは高評価。
もし用意した場合、「対応が早いな」と感心出来る一方で「媚び過ぎているな」と思うだろう。
欲を言えば、「それでは、御部屋は御一緒が?」と訊ねてから対処するのが俺としては最善策。
“訊くは一時、訊かぬは一生の恥”ではないが。
そういう冷静さが評価を左右するのも確かな事だ。
凪達が俺の部屋に遣ってくるまでの間に、滞在中の俺の担当する侍女達を紹介された。
周泰か呂蒙辺りを混ぜてくるかとも考えたが。
流石に其処まで大胆な真似は遣らなかったな。
まあ、バレた時の評価とバレる可能性。
それを冷静に考えれば、先ず遣らないだろうしな。
……ただ、此処に桂花が居なくて良かったと思う。
いやね、俺も男だから綺麗な女性、可愛い女性には人並みに視線や意識は行きますよ。
ただですね、どうして御世話役の侍女さん達八名が八名とも豊かな方ばかりなんですか?。
ええ、服の上からでも判る位に御立派ですよ。
しかも、皆さん御年頃で、フリーって。
………無駄に気が利いてませんかね?、おい。
そんな意思を眼差しに込めて見詰めれば、しれっと賈駆は咳払いをして顔を逸らした。
……ああ、成る程な、これは軍師陣や小野寺による仕込みじゃなくて、彼奴の仕業か。
此処に居ないのが腹立たしいな。
そうこうしている内に凪達が部屋に遣ってくる。
安堵している賈駆に八つ当たりは出来無い。
…まあ、この礼は後で、きっちりと…だな。
「それでは曹純様、皆様、滞在中の此方等での日常生活に関しまして幾つか御説明をさせて頂きます
先ず、城内での移動は基本的に御自由にして頂いて構いませんが、御世話をします侍女を必ず一名以上御同行させて下さい
城内の御案内も御兼ねしますので」
「ふむ…まあ、当然の事だな、判った」
「御理解して頂き、有難う御座います
次に城外への御出掛けになりますが、此方等は必ず私共か、主の孫策が御同行させて頂きます
その代わり、護衛の兵士を引き連れて、という様な窮屈な事には致しません」
「そうして貰える方が此方等としても有難いな
だが、此方等が別行動をする場合には?
日数が日数だ、自由に動ける時間は限られる
その為、分担して行動する場合も有るだろうが…」
「その場合にも最低一人が同行させて頂きます
…ただ、途中で急に別行動を為される場合には必ず曹純様の安全を第一とさせて頂きます
その点に関しましては御理解頂きたく…」
「ああ、その点に関しては大丈夫だ
此方等としても態々困らせる様な勝手な事はしない
護衛の必要性や優先順位も理解しているからな
ただ、一つ訊くが同行者の指名は出来るのか?」
「…っ…それは御希望で有れば可能です
出来れば前日に仰有っていただければ助かります」
「当然の事だな…では、明日の外出時には夏侯惇を同行者に指名したいのだが…構わないか?」
「──っ!?………っ……その…大変申し上げ難いのですが………元譲を、でしょうか?」
「ああ、妙才の双子の姉という事も有る
少々話をしてみたいと思っていたからな」
「……………………ご、御希望と有れば…」
「そうか、それは楽しみだな」
──と、笑顔を浮かべて見せるが。
賈駆の笑顔は引き吊っている。
端で見ている凪と流琉は同情的な視線を向けるが、興味が無いので葉香は平然としている。
此処に居るのが陸遜でなくて良かったと思う。
多分、陸遜が相手だったら……俺でも遣り難い。
そういう意味では躊躇ってくれた孫策達に感謝だ。
こうして賈駆で愉しめるんだからな。
「…最後になりますが、本日の夜は御歓迎の会食を準備しております
それまでの間、暫し御寛ぎ下さい」
「判った、楽しみにしていると伝えてくれ」
そう言うと、賈駆は一礼して下がる。
賈駆が離れ、侍女達が持ち場に付いた事を氣により理解した所で凪達を見る。
苦笑を浮かべながらも意図を察して席に座る。
然り気無く、御茶を出してくれる流琉の良妻振りが高ポイントを叩き出していたりする。
「それで?、移動中の賈駆達との話は?」
「世間話程度でした
警戒している、という訳ではないのでしょうが…」
「それも当然と言えば当然だとは思います
「迂闊に探りを入れて、不評を買いたくはない」と言っているのも同然でしたけど」
言葉を選んでいる凪に対し、思ったままを口にする葉香に流琉が苦笑を浮かべる。
間違ってはいないし、確かに事実なのだが。
当事者達が居ようが居なかろうが関係無く、自分の意見を言っているので強くは言えない。
勿論、宅の者は慣れてはいるのだが。
やはり、話を振る時は此方等も注意しないとな。
そんな空気を察して話題をズラす流琉。
その気遣いを、夫としては頼もしく思う。
「私達は縁者が此方等に居ますから…
その辺りの事が話題でしたね
雷華様の許可を頂ければ、滞在中に各々会って話す時間は作って貰えるみたいです」
「ああ、その件なら俺も孫策からも訊かれたな
特に断る理由も無いから許可は出して置いた
それに合わせて俺も馬岱との会談も有るだろう」
「護衛は宜しいのですか?」
「孫策達に俺達を害する意図は無いからな
まあ、その周囲で蠢いている輩は居るだろうが…
その辺りは俺達も“釣り餌”に興じて遣ろう」
護衛として同行しているのに職務を放棄する状況を真面目な凪は気にするが、「心配無い」と返す。
抑、この面子で一番弱い葉香でさえ、単独で孫家を制圧可能な実力が有るからな。
はっきり言って、その手の心配はしていない。
その中には毒や薬等による手段も含まれているが、氣を使える俺達には全く役には立たない。
そうでなくても基本的な免疫力にも差が有る。
日々の健康管理は勿論、健康体作りも欠かさない。
つまり、事実上、害する事は不可能に近い訳だ。
まあ、隠し機能の事は華琳も知らない事だけどな。
それは兎も角として。
実質的に不可能な事を理解しているから俺の言葉に凪でさえ苦笑を浮かべざるを得無い。
何しろ、「護衛と言っても名目上の、だからな」と言っているのも同然だからだ。
「え~と、雷華様の方は如何でしたか?」
「此方も基本的には世間話だな
まあ、しっかりと“撒き餌”はして置いた
それが、どんな風に影響するのかが楽しみだ」
空気を読んで話題を変えに掛かる流琉。
だが、結果的に俺が愉しんでいる事は変わらない。
その為、流琉も苦笑を浮かべるしかなかった。
尚、葉香は「流石は雷華様です」と笑顔。
マイペースだから、という訳ではない。
然り気無く、葉香もドSだからだ。
まあ、孫策との時間は互いに鍔迫り合いだったな。
無礼講ではあったが、遣り合ってはいたからな。
そういう意味では退屈はしなかったな。
──という感じで、凪達と寛いでいたら、気持ちを切り替えて迎えに来た賈駆。
キリッ!とした「さあ、掛かって来なさい!」的な雰囲気を見てしまうと──揶揄いたくなった。
勿論、其処は流石に自重したけどな。
そんな賈駆に案内され、晩餐会の会場へ。
彼方での社交の場の場合なら、居る必要の無い者も無駄に参加したりしている所だが。
小野寺の助言も有るのだろう。
主君・将師に、文官・武官の重鎮、一部の豪商達と必要最低限な面子に抑えてある。
此方等としても無意味な挨拶等に無駄な時間を割く必要が無くなるので素直に有難い。
「校長の長話は兎も角、来賓の挨拶って要る?」と言っている様なものだからな。
尤も、孫策も俺と同じだろうから、自分にとってもメリットが有って遣っているのだろうしな。
「御初に御目に掛かります~、陸伯言と申します~
妹の子璋ちゃんが御世話に為っています~
今後とも宜しく御願い致します~」
「ああ、此方等こそ、宜しく頼む
子璋にも色々と助けられているからな
出来れば末永い関係を築きたいものだ」
「はい~、私も陸家の当主として同感です~」
そう笑顔で挨拶をしながら握手を交わす。
ぽやぽやとした、所謂天然系の雰囲気を持つ陸遜。
桂花が居れば、「絶対に脳に行く栄養まで吸収して脂肪になってるに決まってるわ!」と言いそうだ。
陸遜に罪は無いが僻みとは、そういう物だしな。
ただ、陸遜の雰囲気は宅の面子には無いタイプだ。
のんびり、天然系は居るが。
ぽやぽや系は………うん、居そうでいないな。
昔の劉備も似た雰囲気の系統だったんだが。
陸遜は一味違うからな。
葉香はマイペースだが、ぽやぽや系ではない。
毒舌ナチュラル系、とでも言うべきだろう。
月はぽやぽや系ではなく、穏和系だからな。
だから、気を抜かない様に自分を戒める。
然り気無いボディータッチは男には効果抜群。
一線を越える越えないに関係無く。
懐に入る事を許してしまうだろうからな。
そうさせない様に然り気無く間に割って入る葉香。
やはり、餅は餅屋に任せるに限るな。
…まあ、蓮華は嫌がる可能性が高いが。
「姉さん、もう私も子供では有りませんよ?」
「ん~…それはそうなんですけどね~
それでも~、やっぱり妹は妹ですからね~
御姉ちゃんとして心配なんですよ~?」
「それは判りますが…姉さんは自分と家の事を先ず心配しないと駄目だと思います」
「それなら大丈夫ですよ~
祐哉さんも頑張ってくれていますから~」
「────ゥブッ!?」
「──ノワァッ!?、ちょっ、何すんねんっ?!」
既に挨拶を終え、離れた場所に居た小野寺が陸遜の発言に──いや、然り気無く持っていった左手に、飲んでいた酒を吹き出していた。
そして、傍に居た李典の顔面に掛かった。
何というベタな展開だろうか。
それをナチュラルに遣れるとは…侮り難し、孫家。
…まあ、そんな小野寺達の事など一切気にしないで平然と話し続けている姉妹の方が凄いけどな。
さて、俺は孫策に御礼をしに行くかな。
桂花が居ないから大して問題には為らなかったが、精神的な負担は有ったからな。




