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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
845/915

刻綴三國史 11


 孫策side──


曹子和、魏王国──いえ、魏王朝(・・)の絶対君主。

双君体制ではあるけれど、ある意味では曹純が居て初めて可能となっているとも言えるのが曹魏。

勿論、曹操の存在も同様なのだけれど。

その影響力という面では、曹操以上でしょう。

寧ろ、そんな二人が夫婦だから凄いのよね。


──とまあ、その曹純なんだけどね。

直接会うのは随分と久し振りだったのだけれど。

相変わらず、女の自分から見ても「美麗よね~」と言いたくなる程の容姿。

それに加えて堂々とした表舞台に上がっている姿は一目見ただけで屈服してしまいそうになった。

私の中の女としての──否、生物()としての本能が、曹純の生物()としての価値に惹かれて。

勿論、踏み止まりはしたのだけれど。

一度でも抱かれてしまえば堕ちるでしょう。

例え、其処に恋愛感情は無かったとしてもね。


そんな私の心中を見抜いたかの様な言動をしてくる曹純に対し、睨み返す事で抵抗する。

僅かに一歩、実際の一歩ではなく、心の一歩。

本の一瞬でも退けば、飲み込まれてしまう。

崖っぷちに立っているかの様な。

ギリギリの所で堪えていた。

…まあ、最終的には曹純に見逃された(・・・・・)訳だけど。

言葉通りの状況になっていたら…終わってたわね。

本当……怖い位に魅力的な男だわ。


その後は用意していた馬車に二人で乗る。

それでも気は抜けなかったのだけれど。

曹純の方から「今は無礼講だ」としてくれた。

緊張していたのが馬鹿馬鹿しくなっちゃったわ。

でも、それは馬車の中に居る一時に限らた事。

その一時が終われば再び切り替えないとね。

油断して終わり、なんて笑えないもの。


それはそれとして。

他愛の無い雑談を交わしながらも馬車は進む。

“遮布”を開け、窓の外を見ながら話題を拾えば、あっと言う間に時間は過ぎてしまうでしょう。

気不味くなる様なら、迷わず、そうするわ。

でも、今は私達二人だけの、貴重な私的な時間。

それが勿体無いから、敢えて密室状態のままで。


まあ、「止めてくれない?」と睨み付け愚痴りたくなる状況だったりはするのだけれど。

その辺りは流石に素早く切り替えているわ。

それに、今が私的な空間なら躊躇もしないわ。

寧ろ、限られた無礼講の今を楽しもうとしないとか私としては有り得ない事だもの。

…まあ、詠には「自重しなさい!」って怒鳴られるかもしれないけれどね~。



「そう言えば…今更なんだけど…

貴男が“飛影”なのよね?」


「…まあ、本当に今更だけど…そうなるな

ああ、判っているとは思うが他言無用だぞ?

基本的に飛影は()では正体不明だからな」


「ええ、勿論よ、“此処だけの話”だって事ね」



私の質問に迷わず肯定で返す曹純。

「本当に今更だな…」という表情はしているけど、それ自体を秘匿しようとする感じはしない。

勿論、聞いている限りの彼の人格・価値観からして吹聴されたりするのは嫌うでしょう。

だから、この情報は私も迂闊には口に出来無い。

例え、祐哉にでも話してしまえば、どういった形で影響が出るかが解らない。

何より、それが原因で道が途切れてしまう可能性は十分に有り得る事なのだから。


ただ、他の者なら兎も角、私の場合、“勘”が有る御陰で同一人物だと気付いていただけ。

祐哉でさえ、飛影と曹純が同一人物だという部分は可能性としては有り得無くもないという感じ。

だから余計に扱いは慎重に為らざるを得ない。


それに曹純の対応も何気に上手いと思う。

下手に誤魔化すより肯定して口止めする方がいい。

曹純・高順・飛影と三つの顔を使い分けていたが、そうする必要も今は大分無くなってきてる筈。

そういう意味でも、あっさり肯定した訳で。

けれど、全く利用価値(・・・・)が無い訳でもない。

それが何か、具体的には解らなくてもね。

そういう意図が有る事は察しが付くもの。



「それじゃあ、前に華佗が言ってた“天墜熱病”を発症した一例目の人物って…」


「ああ、それは俺自身の事だな

但し、俺の場合は“黄皮斑病”の調査過程の実験で発症したから新種(・・)の疫病の類いかと思って症状等の情報を集めていただけで死ぬ可能性は無かったがな

直ぐに自分で治療出来るが故の強みって所だ」


「……普通じゃ無理な検証方法よね

華佗にだって、そんな無茶苦茶な遣り方は出来無いでしょうし…本当、貴男って非常識ね」


「ああ、よく(・・)言われるよ」



私の言葉に一瞬だけ驚き、可笑しそうに笑う曹純。

何れが、なんて訊く必要も無いでしょう。

私が、()を愛する女が言う台詞なら。

唯一つだけしか思い当たらないもの。


…まあ、それが解っても妬けるだけだけど。

それだけの“高み”に立ちながら、何処までも深い想いが心海を満たしているんだもん。

呆れもするし、愚痴りたくもなる。

──と言うか、飲まずには遣ってられないわよ。

ァ゛ア゛アァーッ!、もうっ!、腹が立つわね!。

………まあ、それは出せないんだけど。



「…それにしても、よく遣ろうと思うわよね…

──って言うか、それって曹操も承諾した上で?」



そう訊いた瞬間、珍しく曹純が顔を逸らした。

そして、その反応の仕方──横顔の雰囲気を。

私は見知って理解している。

時々、祐哉が遣らかした時に問い詰めると見せる。

私達しか知らない、そういう類いの表情。



(…ああ、成る程ね、そういう事…

それは曹操も相当キテた(・・・)でしょうね)



愛する()の実力を信じてはいても。

「一言位言いなさいよっ!」と怒鳴りたくなる。

そんな女心が、曹操の気持ちが理解出来る。

ただ、たったそれだけの事なのだけれど。

ずっと、ず~っと、ずー……っと!。

遥か彼方で、針の穴程も無い程に小さな光だった、曹操の背中が、一瞬だけれど見えた気がした。



(…………ああ、そっか……そういう事なのね…)



不意に、心に填まる様に納得出来てしまった。

曹純の言っていた「在り方の違い」というのは何も国に限った話ではなく、私達自身にも言える事。

当然と言えば当然だけれど、全く同じ者など皆無。

双子の姉妹である春蘭と夏侯淵でさえ、武の才も、智の才も、歩む道も、仕える主も、愛する男も。

違っているというのだから。

普通の人々、兄弟姉妹、親子、親族、友人。

距離(・・)が有れば有る程に違ってくる。

それを纏め、束ね、導くのが自分達の担う役目。


そう思っていた。

今、この瞬間までは。


いいえ、それは決して間違ってはいない。

ただ…そう、ただ本の少しだけ、変わっただけ。

頭では理解していても、無理をしていれば、何時か何処かで必ず歪み(・・)は生じてしまう。

それは仕方が無いと言えば仕方の無い事。

ある意味では必然的な事で有り、必要悪(・・・)よね。


だけど、曹操達は違う。

勿論、民を統べ導くという点では同じだけれど。

自分(・・)を殺したり、傲慢不遜には為らない。

常に、御互いが御互いを支え、諌め、正し、学び、高め合っている。

一見すれば、曹純の、曹操の比重が大きく思う。

勿論、それは間違いではないし、正しい一面。

しかし、誰か一人に頼らず、民一人一人にまでもが国を支えている自覚と責任を背負っている。

その自負の在り方こそが、曹魏の最大の根幹。


──とは言え、理解出来ても真似は難しい。

ただ、其処から学び、始める(・・・)事なら出来る。

私達が、ではなくて。

私達から、次代へ、未来へと。

繋げてゆく、その第一歩を。



(…っとにもぅ……貴男達って狡過ぎるのよ…)



気付けば、こうして教え諭されている。

上から目線で見下しながら押し付けるのではなく。

同じ場所に立ち、目を見て、考える様に促して。

私達自身の血肉となる様に。

誰よりも、何処までも()しく。


だから、思わず涙が溢れそうになってしまう。

──しまうけど、意地で堪える。

私の勘が、本能が、警鐘を鳴らしているもの。

今泣けば、私の心は確実に曹純に惹かれてしまう。

祐哉への想いを容易く飲み込んでしまう程に。

曹純という存在は私達の様な女には危険過ぎる。

それを感じ取ったから堪え、誤魔化す様に話す。



「その時の曹操の気持ち、判る気がするわ…

──と言うか、“天の国”だと、そういう事をする男性って普通に多いの?」



傷を抉る様な質問。

でも私には関係無いし、既に済んだ事でしょう。

ただ、その件に関しては未だに曹操に対し罪悪感が有る事だけは間違い無いでしょうね。

“女の涙”は飾りではなく、刃だもの。

だから、それを利用して私自身も思考を切り替え、明後日の方向に意識を逸らしてしまう。



「いや、そういう者は少ないだろうな…

検証の件は小野寺が罹患した一件で初めて話した」


「ぅわぁ~……曹操、怒ったんじゃない?」


「ああ……まあ、立場が逆だったら、同じ様に怒るだろうから言い訳も出来無かったしな…」


「それはそうでしょうね…

私だって、反董卓連合の時、貴男──高順と祐哉が密約を結んだって事を事後報告された時には本当に腹が立ったし、心配したもの…

…それはまあ?、私達は迂闊に動けない立場だから結局は祐哉に任せる事になったでしょうけど…

事前に知っているのとは違うもの」


「それはそうなんだけどな…

“敵を欺くには先ず味方から”って言うだろ?」


「貴男の場合は単なる秘密主義じゃないの?」



そう切り返したら曹純は苦笑を浮かべた。

はぁ~…初めて曹操に同情的な気持ちを懐くわ。

こういう人が夫だと、愛する男だと大変よね。

まあ、その分、“高み”を知る事は出来るけれど。

妥協したら、置いて行かれるでしょうから。

…それも含めて、惹かれているんでしょうけどね。



「…私が華佗に同行する格好で其方に入ってた事は最初から知っていたのよね?」


「ん?、ああ、その事は把握していたな

華佗は宅の中では最上位の客人扱いだからな

本人が気付かないだけで、滞在中は常に護衛が側に控えている事になっている」


「華佗が大事にされる理由は判るけど…

それなのに私を放置していたのは何故?

それに華佗に治療方法を教えていた事も」


「あの時点では“決戦”が最優先だったからな

此方等の筋書き(・・・)通りに運ぶ為にも、というだけだ

治療方法にしても同じ理由だ

小野寺でも、北郷でも、役者が欠けると筋書きから書き直さないといけなくなるからな」



そう言い切られてしまうと何も言えないわね。

単純な代役を立てられない存在──配役だからこそ曹純は“病で退場”なんて事にならない様に。

華佗という中立の朋友を使って楔を打ち込んだ。

それは政治的な意図では有るのだけれど、華佗には関係無い事でしょうからね。

ある意味、華佗以外には不可能な配役(・・)だわ。

……流石に、それが意図的かは訊けないけどね。



「ああ、そうだ、序でだから言って置こう

滞在中に馬岱と二人で話す時間を貰えるか?」


「口説くの?」


「巫山戯た事言ってると喋れなくするぞ?」


「──っ…」



ちょっとした冗談のつもりだったのだけれど。

正直、今のは私の失言、迂闊過ぎる油断だったわ。

間髪入れずに返された言葉よりも、剣呑な眼差しと怒気には思わず心身が硬直してしまう。

ただ、同時に武人としての本能が強く刺激されて。

忘れ様としていた燻る熱情が燃え上がり掛ける。

本の少し、髪の毛一本でも曹純に触れたなら。

そのまま心身を焼き尽くしてしまいそうな程に。

猛烈な悪寒と歓喜が奔る。



「馬岱は孟起の従妹で、馬一族の直系だからな…

戻るにしろ、留まるにしろ、本人の意思確認だけは先に済ませて置かないと後々面倒になる

まだ小野寺が手を出していないみたいだしな?」


「…その辺りは各々の裁量、自己責任だもの

…その…さっきの発言は冗談でも不謹慎だったわ

本当に御免なさい」


「俺も小野寺も恋愛観は皆とは違うからな…

その手の冗談が一番笑えない」


「ええ、確と肝に命じて置くわ」




──side out



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