曹奏四季日々 14
孫権side──
雷華様が江東へと旅立たれた。
僅か三泊四日の事なのだけれど。
何故か、妙に心細さを感じてしまう。
──だからなのかしら。
気付けば、暇な面々が集まっているという状況。
勿論、私自身も、その内の一人だったりする。
「…暇人ばっかりじゃないの」
「参加しておいて、それは無いだろう、桂花」
「冥琳の言う通りだな、せめて非参加で言えよ」
「ぅぐっ…翠の癖に生意気ね…」
「何だよ、私の癖にってっ?!」
「…はぁ~…騒ぐなら他所で遣ってくれないか?」
「「ちょっとデカイからって偉そうにっ!!」」
「声を揃えて言う事が、それかっ?!」
いつも通りの口喧嘩を始めようとした桂花と翠。
それを呆れながら窘めた愛紗に言い返す二人。
…しかし、流石に今の返しは酷いわね。
──と言うか、桂花は兎も角、翠は有るでしょ?。
……それはまあ…愛紗には敵わないまでも。
………何を食べたら、あんなに育つのかしら?。
いえ、私も十分に有るから欲しい訳ではないけど。
愛紗って、そんなに恵まれた環境で育ってないって昔言ってわよね?。
それで其処まで育つものなの?。
まあ、加入当時で既に十分に大きかったけど。
今は更に……これも雷華様の愛の成果かしらね。
別に桂花が愛されていないという訳ではないけど。
「…自分で言って置きながら釣られるな、愛紗」
「うっ…す、済まない…」
「や~い、冥琳に怒られた~」
「頭の悪い子供みたいな真似は止めなさいよね
その馬鹿さが此方にまで移りそうじゃないの」
「移るかっ!──って言うか、酷ぇなっ!
味方じゃないのかよっ?!」
「────相容レルト思ッテイル訳?」
「──あ、いや、悪かった、うん、本当ごめん…」
眼から光が消えた桂花に睨まれ、引き下がる翠。
その視線が顔ではなく、何処に向いていたのか。
態々言う必要は無いだろう。
この場に居る大半の者が、そっと隠したのだから。
尚、桂花より身長は低いが、実は着実に大きくなり桂花から「裏切り者っ!」と言われている月。
その性格だから困ってはいるのだが。
実は、桂花と一緒に雷華様に招かれている時の月は意外と露骨に見せびらかしているのよね。
仕返しとかではなく……まあ、女としての自慢で、ちょっとした自己主張、でしょうね。
私達でも似た様な事は盛り上がると遣るもの。
…ゴホンッ──それはまあ、兎も角として。
こういう形で雷華様と離れたのは私達も初めて。
だから自分でも可笑しな位に不安定な感じがする。
不穏な空気を変える為、小さく溜め息を吐きながら適当な話題を振る為に口を開く冥琳。
こういう時、年長者という立場は損よね。
「…もう今頃は彼方に到着されている頃だな」
「そう言えば、貴女は旧・揚州の出身でしたね
船での移動時間等も、概ね把握出来ますか…」
「ある意味では、身血に染み込んでいるからな」
そう、話に乗ってきた稟に言いながら、冥琳が私を見てくる意図を察し、肯定の為に頷いて見せる。
ええ、そうね、確かに冥琳の言う通りだわ。
そういう意味でなら、この場には居ない思春だって該当するし、私達よりも詳しいでしょうけど。
「今回は目的が目的の為、仕方が無いが…
やはり、里帰りはしたかったか?」
「…どうかしら…したくない訳ではないけど…
私の場合、母の墓は曹魏に有るし…
物心付いてから過ごした場所も同様に多いわ
…まあ、複雑な時期も含めて、だけどね」
「そう言える様になっているのなら十分だろう」
「ふふっ…ええ、本当にそうね」
そうね、本当に冥琳の言う通りだわ。
良い事も悪い事も沢山有った。
何方等かしかない人生なんて歪でしかない。
何より、その全てが現在の私を成している。
だから何れも切り捨てる事なんて出来はしない。
その事を理解し、受け入れられている。
それは雷華様に出逢えたからこそ。
本当に深くに、私の人生の根幹に、貴男が居るわ。
「だから、姉妹との再会、思い出の地を歩く…
今の私が彼方に行く理由は、それ位かしらね
そういう意味だと、秋蘭や翠の方が会いに行きたい気持ちは強いんじゃない?」
「あー…まあ、確かに無い訳じゃないけどな
それでも一回、私は刃を交えてもいるしな…」
「それを言ったら私だって姉様と闘ったわよ?
…私とは認識してないでしょうけど…」
「…私は会いに行きたい気持ちは有るな
姉者に小野寺との関係が順調か訊きたいしな」
「自分の惚気話を聞かせたいんじゃなくて?」
「…む………それは否定し難いな…」
元に戻った桂花の指摘に秋蘭は考え──苦笑する。
意図してはいなかったのでしょうけど。
実際に話している所を想像したなら、結果的には、そう為っている状況が想像出来たのでしょうね。
尤も、それは秋蘭に限らない話よね。
私も、翠も、此処には居ない孫家に縁者が居る者は殆んどが同じ状況に至るでしょうから。
「…そう言えばさ、冥琳と珀花は揚州出身だけど、孫家の将師に縁者は居ないんだな?」
「ああ、その事か…まあ、勢力図の違いだな」
そう答えながら冥琳は私を見る。
はっきりと意図は理解出来無かったけれど。
少なくとも、私に対し「構わないか?」という様な視線を向けている事は間違い無い。
だから特に深読みもせずに小さく首肯する。
「…これは“もしも…”の話だが…
文台殿が倒れず、後一年も健在であったなら孫家が揚州北部を手中にしていた事だろう
そうなっていれば、私と珀花は孫家に仕えていた…
その可能性は、かなり高かったと言える
そうなれば、蓮華は勿論、孫策を始め孫家との縁は深くなっていた事だろうな
…まあ、その場合、私は疾うに死んでいただろう
治療の為に旅に出た可能性は低いからな」
「…え~と…その……へ、変な事訊いたな…」
「──それは所詮、“たられば”の話よ
其処まで気にする事ではないわ」
私や冥琳は大して気にはしていないのだけれど。
聞いた翠も、他の皆も微妙に気不味い雰囲気に。
桂花なんて「だから馬鹿なのよっ!」とか言う様な批難の視線を翠に容赦無く向けている。
私や冥琳が一言言えば済むのでしょうけど。
御互いに変に遠慮してしまい、機を逃した。
──と其処に現れたのが華琳様。
私達が言いたかった言葉を仰有って下さる。
それにより、場の空気が自然と緩和される。
…やはり、こういった部分でも敵わないと思うわ。
護衛を兼ねて付き従う葵が椅子を引き、座られる。
妊娠期間で言えば、既に折り返している。
私達も妊娠をしているとは言え、まだまだ身籠った実感は薄く、今まで通りにしているけど。
華琳様を見ていると、改めて大変なんだと思う。
それでも望む事なのには変わらないけれど。
「華琳様は如何でしょうか?
彼方等には行ってみたいと思われますか?」
「そうね、雷華と一緒ならね
そうでないなら、特に行こうとは思わないわ
仕事として行く事が少なからず有るでしょうから」
「あー……確かに私的に態々って考えるとなぁ…
今回だって雷華様が行くから行きたいって気持ちが有る訳だし、彼奴に会いに行くだけだと無いか…」
華琳様の言葉に納得しながら独り言の様に呟く翠。
その言葉には私達も頷くしかないのだが。
逆に言えば、「雷華様ではなく、華琳様だった場合には行く気には為らない」と言ったのも同然。
その事に翠自身は気付いていないけれど。
聞いている私達は客観的に見て、気付いた。
気付いてしまったのよ。
だから、桂花や稟・冥琳は「この馬鹿っ…」という批難の視線を静かに向けている。
翠は鈍感振りを発揮し全く気付きはしないけど。
私達は変な意味で緊張してしまう。
──とは言え、その程度の事で怒る華琳様ではなく「少しは空気に気付きなさいよね…」という呆れた視線を翠に向けながら、小さく息を吐かれた。
「…まあ、今回の一件に関して言えば、彼方等には小野寺も居る事だし少しでも雷華の息抜きになれば今回の成果としては十分よ
第一、一度の視察程度で承認出来はしないもの」
「一度の視察で失格には出来ても、ですね」
「ふふっ、そういう事よ」
華琳様の言葉に冥琳が乗り、場の空気を変える。
翠達の様な性格の人物は稀少だし、必要よね。
だけど、こういう時の扱いは結構難しいのよ。
「空気を読みなさい!」と怒れば、その稀少価値を奪ってしまい兼ねないもの。
勿論、珀花や灯璃は更に特殊なのだけれど。
翠位だと、言い方を間違えると危うい。
だから冥琳達も──桂花でさえ、躊躇う。
それが雷華様の留守中に起きてしまうと…ね?。
「そういう意味では丁度良い遊び相手ですか…」
「…はぁ…愛紗、事実だとしても言わないでよ…
姉妹だから知っている分、笑えないわ…」
「ああいや、そういうつもりでは……有るが…
言い方が悪かったな、済まない」
「もうっ、何に対して謝っているのよ」
「……自分でも、よく解らないな」
「まあまあ…一応、今回は公式な訪問ですし…
雷華様も流石に其処までは為さらないでしょう」
「そうだぞ、幾らなんでも流石に──」
「あら、それは認識不足ね
身内であればこそ、雷華は容赦はしないよわ」
『………………』
私と愛紗の口論──ではないのだけど、軽い衝突に稟と秋蘭が仲裁する様に入ってきて。
収め掛けた所に、華琳様からの一突き。
思わず私達だけでなく、全員が黙ってしまう。
そんな中、華琳様は淡々と続きを告げられる。
「雷華の事だもの、使えるネタは惜しみ無く使って徹底的に苛め抜くわよ
小野寺は勿論、孫策にも夏侯惇にも馬岱にも…
隙さえ有れば、誰彼構わず仕掛けるでしょうね」
「……其処までですか?」
「勿論、単なる悪巫山戯ではないわよ?
“成長する可能性”が有るからこそ遣るのよ
雷華という人物が、“そういう人”だって事は──私達が一番知っている筈よ?」
『……………あぁー……』
華琳様の言葉に、私は脳裏に過去を思い浮かべた。
そして、納得し、揃って声を出してしまう。
ええ、仕方が無いわよね、こればっかりは…。
だって、雷華様だもの。
華琳様の仰有った様に、その機会が有れば、必ず。
だって、雷華様だもの。
「──とは言え、孫策や孫尚香に手を出す様な事は先ず有り得ないでしょうけれど…
まあ、孫策が相手なら一晩位は許容範囲かしら」
「………えぇ~と……よ、宜しいのですか?」
「雷華が避妊に失敗する様なら、私達には疾っくに妊娠・出産経験者が最低でも十数人は居るわよ
でも、実際には私が一人目、という訳だもの
それに孫策が雷華に靡く可能性は無いわよ
私達が雷華を選んだ様に既に心は決まっているもの
その一晩とて孫家の為の身売りでしょうしね
尤も、それを雷華が望めば、の話だけれど…ね?」
「…あー……それは無いな、雷華様の場合は…」
翠の呟きには私達は自然と頷いている。
今でこそ、こうして一夫多妻の状態だけれど。
雷華様は元々貞操観念が強く、強敵だもの。
姉様には悪いけど、雷華様に対する“色仕掛け”は相思相愛になってからでなければ通用しない。
──と言うか、雷華様は誘いには乗らないもの。
「雷華なら完璧に避妊出来るのだから、孫策に対し“王に成る覚悟”を問う意味でも要求して貰いたいという考えが少なからず有るけれど…
まあ、その辺りの甘さも雷華らしさよね
あれだけの高みに居て、女尊男卑の男だなんて…
普通には想像出来無いもの」
そう愚痴る様に仰有る華琳様。
確かに、姉様の性格等を考えると、それ位の要求を出して覚悟を示して貰いたい所よね。
…同じ女としては思う所は有るけれど。
それはそれ、これはこれ。
姉様は一般人の女性ではない。
だからこそ、その辺りの覚悟を求めなければ孫家の独立、王位の承認、孫呉の建国は許可出来無い。
身内だからこそ、甘やかせないわ。
──side out




