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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 10


「女とは化ける生き物、だから化かされない様に」というのが今は亡き師の教えの一つだ。

ただ、「裏切りと涙は女だけのアクセサリー」とも言っていたので、女性が悪い訳ではない。

飽く迄も、「男なら、それを許容する器を持て」と言いたかったのだと思っている。

その辺りの真意は訊けなかったからな。


そんな、女の化け具合を今、目の当たりにする。

華琳達の場合は立場的に意味合いが違うからな。

だから、そういう意味では不謹慎だが、心が躍る。


本来、天真爛漫で自由奔放、豪胆で剛毅な孫策。

野性を秘めながらも人懐っこい愛嬌の有る猛虎。

そんな彼女が「借りてきた猫だ」と言わんばかりに楚々としながら俺達を歓迎している。

その振る舞いは真に姫たる結を思わせる。

勿論、結と直に比較すれば圧倒的に劣るだろう。

しかし、現実としては結は此処には居ない。

そして孫策は見事に“孫家の姫君”たる振る舞いを俺達の前で披露して、魅せているのだから。


当然ながら、それは意図が有っての事なのだが。

それでも、そんな意外な孫策の一面を見て不覚にも心が小さく高鳴ってしまうのは──男の性か。

確か…“ギャップ萌え”、だったか。

動と陽の塊なのが普段の孫策。

それが、静と月で化粧し、見事に化けている。

結い上げた髪形、薄くした化粧。

そういった然り気無い装飾が彼女の美を深める。

これが見合いの席だったら、間違い無く一発KO。

コロッ、と大抵の男は落ちている事だろう。


だが、そんな孫策は更なる武器を用意している。

今現在、孫策が身に付けているのは彼女が普段着や戦装束として好む意匠とは大きく異なる。

…まあ、露出が高めなのは同じと言えば同じだが。


彼方等の、物語の中の、小部族の踊り子が着る様なエキゾチックでありながら、神聖さを兼ね備える、そういった類いの衣装。

“千夜一夜物語”の様な雰囲気と言うのか。

江東の民の、褐色の肌に絶妙に似合い、その魅力を更に引き立てながらも、過度な色香を散らす。

その姿で、目の前で、自分の為に、自分を誘う様に踊られでもすれば、男は即座に狼に変わるだろう。

しかし、混在する神聖さや清楚感が打ち消す。

それ故に、挑発されながらも“御預け”されている飼い犬が我慢の限界で落ち着かない様に。

男の性を否応無しに刺激してくる。

何とも恐ろしい先制攻撃だと言えるだろう。


そんな孫策の着る衣装だが。

恐らくは孫家の正装──伝統的な意匠だろう。

蓮華が婚礼の際に仕立てていた物に似た雰囲気だ。

勿論、細かく見れば婚礼衣装とは違う事は判る。

だが、詳しくない者が見れば勘違いする事だろう。



(…いや、これも演出であり、意思表示か…)



孫策なら俺と蓮華の関係は理解しているだろう。

それならば、当然の様に孫家の婚礼衣装の事を俺が知っている可能性は十分に考慮出来る。

其処に思い至らない方が不自然な位だ。

そうだとするのであればだ。

それを承知の上で、孫策は意図して仕立てさせて、自ら身に纏って俺に跪いて出迎えている訳だ。

見方によれば、“俺に嫁ぐ”とさえ見える形で。


だが、ある意味では、それも的外れな訳ではない。

孫策は自分自身ではなく、孫呉が(・・・)曹魏に嫁ぐ。

そういう意味を、その姿に込め、俺に示している。

そう考えると、華琳達に見せたくなる。

この一手だけでも、建国を認めて遣りたくなる。

それ程に大胆で、洒落の利いた演出だと言える。



「久し振りだな、孫策

まあ、こうして直に話をする事は初めてだが」



そう話し掛けると孫策は頭を上げる。

蓮華よりも精悍な、鋭さが有る顔立ち。

勿論、美形であり、普段の無邪気な表情とは違う、真剣で落ちていた態度が影を深く見せる。

孫策が華琳程ではなくても、この程度が出来るのが当たり前だったなら──娶る以外には無かったな。

それ程に孫策の潜在的な才器(ポテンシャル)は凄い。


しかもだ、此処で直ぐに立ち上がりはしない。

歓待する側とは言え、第三者や対等な訳ではない。

彼我の立場の違いを、周囲の者が勘違いしない様に孫策は自らが実践して見せ、言外に注意喚起する。

孫策らしくない程に、慎重且つ繊細な配慮。

間違い無く、他の者達が思案した結果だろう。

ただ、それでも演じ切る辺りは流石だと言える。



「はい、御久し振りに御座います、曹純様

以前は御互いに立場や事情も有りましたので…

こうして貴男様と御話しする事を嬉しく思います」


「そうか、嬉しい事を言ってくれるな

──二人きりで、ならば尚更かもしれぬが…」


「──っ…それを貴男様が御望みと有れば喜んで」



そんなつもりなど俺には全く無いが。

判っていて、敢えて、そんな事を言ってみる。

曾て、隠れ蓑として振り撒いて置いた俺の噂話。

その気は無くても、知っている者は勝手に想像し、勝手に納得してくれるだろう。

その結果、俺に、曹魏に対し、懐く感情が有る。

それは俺達よりも、孫策達にこそ不都合な物。


だからこそ、孫策は「このっ…」という親仇を見る様に俺を睨み付けている。

自分達が今日という日に向けて遣ってきた準備。

それを戯れの様な一言で台無しにされる。

後一段、これを乗せれば完成──という三十三段のトランプタワーの最後の二枚。

それを乗せようとした所で、無造作に「御飯よ」と締め切った部屋のドアを開けられ、崩れ去る様な。

そんな遣り場の無い衝動と感情。

それを飲み込みながらも、滲ませる。


頑張って笑顔を浮かべているが。

蟀谷に浮かんだ青筋は化粧では隠せない。

髪を結い上げているのが災いしたな、孫策よ。


──とは言え、長々と睨み合う気は無い。

此処で立ち話(・・・)も何だからな。



「三日間だが、世話になる」


「はい、後に残る(・・・・)三日間にして頂ける様に、心より努めさせて頂きます」



そう言って、この場での遣り取りを終わらせる。

ただ、俺達以外は凪達も含めて胃が痛い事だろう。

「ハハハッ…」「オホホホッ…」と笑ってはいない笑い声が聞こえてきそうな雰囲気で。

俺と孫策は言刃(・・)で斬り結んでいる。

勿論、それなりに俺達は楽しんでいるのだが。

それは飽く迄も当事者だからに過ぎない事で。

付き合わされる方は傍迷惑でしかないのだから。


立ち上がった孫策により案内され、過度ではないが専用に仕立てられただろう馬車に乗り込む。

昔、華琳との婚礼で街を引き回された記憶が甦る。

……いや、それでは言い方が悪いな。

だが、見世物にされていた感は否めない。

今現在は兎も角、当時は皇族ではなかったしな。


まあ、あの時に比べれば、今回は増しだな。

恐らくは小野寺の配慮だと思うが。

馬車は高級送迎車の様に広く、個室化してある。

外の様子は小窓から覗けば判るが、一応カーテンも付けられており、今は閉められている。

同じ様な世界から来たのだから判るだろう。

こんなパレード紛いな事、普通は遣りたくはない。

余程の目立ちたがり屋なら喜ぶかもしれないが。

少なくとも、ずっと裏に潜んでいた俺だ。

表舞台に晒される事を好まない事は察しが付く。

良い仕事だ、小野寺。



「この辺りに来るのは随分と久し振りになるが…

昔の事を思えば、雲泥の差だな

お前達が上手く治めている事が見て取れる」


「そう言って頂ければ、皆も喜びます」


「世辞では無く、これは俺の正直な感想だ

俺達は南部を切り捨てた(・・・・・)訳だからな」


「────っ…」



その一言に対面に座る孫策の目付きは鋭くなる。

傍に凪が居れば反応したかもしれない。

殺気ではないが、思わず漏れ出した怒気。

それは一瞬の事だったが、気付かない訳が無い。


だが、馬車の中には俺と孫策の二人のみ。

後部の別室に凪達は小野寺達と一緒に居る。

だから、気付いたとしても反応はしていない筈。

……多分、大人しくしているとは思う。

…けど、凪も変な所で沸点が低いからなぁ…。


そんな事を考える俺を見詰めながら孫策は大きく、ゆっくりと深呼吸をする。

別に咎めはしないが、それは構わないのか?。

まあ、今は小野寺達(御目付け役)も傍には居ないしな。



「…少し、御訊きしても構いませんか?

勿論、公式にではなく、私的な話としてです」


「ああ、構わない、話し方も含めてな、義姉上(・・・)


「…っ………はぁ~……それなら、遠慮無く

どうして貴方達は大陸統一をしなかったの?

勿論、「出来無かった」とは言わないでしょう

それに…アレ(・・)が居たからなのも今は判るわ

だけど、それからでも出来た筈よね?

そうしなかったのは何故?」


「端的に言えば、遣る気が無いから、だな」


「……私、一応、真面目に訊いてるんだけど?」


「「一応」と言う辺り自覚は有るんだな」


「茶化さないで」


「別に茶化してはいないんだけどな…

それは俺達が考える国の在り方の違いだからな」


「……それはつまり、私達は目指す所が違うと?」


「民の為、という点では政治の根幹は同じだろうな

ただ、国の未来を、その在り方を描いた時、俺達は似て非なる思想を持っている

それが、大陸統一をしない理由だ」


「……………そう…」



そう答えはするが、明確な解答ではない。

だが、誤魔化してはいない。

しかし、其処から先の事は孫策が、孫策達が考え、導き出さなくてはならない領分だ。

俺達の模倣では何の意味も無いのだから。


その事を、何と無くでも察し、引き下がる孫策。

その非常識な“勘”には、やはり驚かされるな。



「…それじゃあ、あの娘との馴れ初めは?

暗殺未遂が切っ掛けだったのよね?」


「まあ、そうなるな…懐かしい話だ」


「あの時、貴男も街に居たのよね?」


「ああ、そうなるな」


「…つまり、祐哉達よりは早く来てたって事?」


「そうだな…まあ、俺の意志では無かったが…」


「それもアレ(・・)に関係してた訳?」


「直接は関係無いが……まあ、無関係ではないな」


「そう…それだったら、貴男だけが本当の意味での“天の御遣い”だっていう事?」


「あー……それは否定も肯定も難しいな

抑、天の御遣いなんて存在は居ないからな」


「……はぁ?、何言ってるのよ、少なくとも──」


「俺も、小野寺も、自分の意志で、生きている

自分の意志で、現在(ここ)に立ち、歩んでいる

それは愛する女(護りたい存在)が有るからに他ならない」


「────っ…………それは狡いわよっ……」



不意打ちの切り返しに孫策は顔を赤くする。

そして、愚痴る様に呟きながら睨んでくる。

全然恐くはないし、威厳も無いけど。

…まあ、口にはしないが、確信犯だからな。



「抑の話、天の御遣いというのは保護用の名目だ」


「……それって、どういう事?」


「何も難しい話じゃない

俺達の──天の御遣いの立場に為って考えてみろ

見た事も無い場所に気付いたら放り出されている

しかも世の中に賊徒が横行する治安の悪い世界だ

そんな状況下で普通は何日生きられる?」


「…………運が悪ければ、一日と無理でしょうね」


「ああ、それが何もしない状況では濃厚だ

だから、招かれた者達を保護する為に、天の御遣いという名目を世に流布し、護っていた訳だ

自分が小野寺を内に抱え込んだ時の事を思い出せば理解はし易いだろ?」


「……そうね、そう考えると色々と判り易いわ」


「天の御遣い自身は“呼び水”──俺達の場合では孟徳・劉備とお前だな

その者の深奥の願望が、呼ぶ相手を決める

因みに、必ず異性が対象だ

だからこそ、必然的に惹かれ合いもする」


「…………………っ……訊かなきゃ良かったわ…」


「ははっ、孟徳も同じ様な反応をしていたな」


「………それはそれで光栄な気もするけどね」


「結局は劉備も、だからな?」


「あー……そうよね~…それは複雑過ぎるわ…」



恥ずかしいが嬉しいと思える意外な事実。

しかし、知らない方が傷付かずに済みもする。

何方等が良いかは人各々だろうが。

その縁は一つの強力な因果でもある。

一つの歴史を築いた程なのだから。




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