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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 8


華琳との挨拶を済ませ、凪達を伴って賈駆達の待つ正門広場へと向かう。

面倒臭いが、こういう時には体裁も必要な事。

ああ、本当に面倒臭い事だが。


華琳との会談の時に比べ、緊張の解れた様な表情の賈駆達と共に孫家の船に乗り込む。

宅の船の方が優れてはいるが、今回は招待される立場だからな、其処は俺達も弁えている。

別に自慢したりしようとか思わないしな。


それはそれとして、華琳の言った様に気分転換には丁度いい感じなのかもしれないな。

まあ、これも一応は公務では有るんだが。

普段している書類仕事に比べたら遥かに気楽だし、分類的には現場仕事だから楽しくもある。

以前までとは違い華琳の代わりに外交をする場合は俺が出る機会が増えるからな。

…まあ、華琳達の狙いは判っているし、俺も一応は覚悟は出来ているのだが。

それはそれ、これはこれ、だからな。

簡単には折れるつもりはない。

勿論、何が何でも逃げようと思えば出来るが。

流石に俺も其処まで無責任ではない。

だから、華琳達の頑張り次第、という訳だ。

………まあ、出来れば遣りたくはないけどな。


──と思いながら、自分の見慣れた景色とは違う、孫家の船から見る景色を楽しむ様に眺めていると、静かに賈駆が近付いて来た。



「失礼致します、曹純様

御茶の御用意をしております

宜しければ、彼方の席で御寛ぎ下さい

今日は風が無い為、下りとは言え、少々着くまでに時間が掛かりますので」



恭しく一礼をしてから、そう提案してくる。

確かに今日は珍しく風が凪いでいる。

今回使った港は江水での宅の主要な場所だ。

だが、目的の孫家の方は更に下流の建業。

一応、流れに乗れば進むので特に問題は無いのだが荒れていたりする訳でもない江水。

当然ながら、その速度は遅くなってしまう。

まあ、櫂を出して漕げば別ではあるが。

変に急ぎ過ぎるのは見苦しくも有るからな。

こういう時には余裕と寛容さを見せる事も必要だ。



「判った、では、そうさせて貰うとしよう」


「皆様も御一緒で宜しいでしょうか?」


「ぁ、いえ、私達は──」


「ああ、そうして貰えると有難いな」


「畏まりました」



「──同行者とは言え、護衛の任務中ですから」と断ろうとした凪の言葉を遮って賈駆に答える。

「子和様っ?!」と言い掛けるのを飲み込む凪。

だが、その視線は「ですが…」と食い下がる。

真面目な凪らしいが、流琉と葉香も居るからな。

チラッ…と視線を二人に向ける様にして見せれば、聡い凪が気付かない筈が無い。

現に「あっ…」という動揺を瞳に滲ませた。


普段の凪であれば、そういった隙は無いだろう。

しかし、場数を踏み、成長しているとは言っても、凪は軍将であり、武関連が主な仕事である。

外交等の場に護衛としては参加しても、発言をする機会というのは少ない。

勿論、少ないとは言え、機会を作りはしたが。

それでも、こういった類いの場は数少ない。

つまり、凪は結構緊張している、という訳だ。


ふと、“黄巾の乱”の時、洛陽に連れて行ったのを思い出し、懐かしく思ったのは内緒だ。

まあ、あの時は大変だったがな。


凪が納得したのを見計らって動き出す。

──とは言え、この間の凪との遣り取りは2秒にも満たない僅かな時間での事。

当然だが、賈駆達は気付きはしない。

…凪の性格は察したかもしれないが。

それは小野寺が居る時点で大して意味は無い事。

小野寺の言葉を──“ゲーム”という外史であった可能性を信じるので有ればな。



「ああ、賈駆、折角だ、二人も一緒にどうだ?」


「──っ!?……し、しかし、それは…」


「お前達の立場からすれば承服し難い事だろうが、俺達が座っている傍で立って相手をされているのは落ち着かないからな…

まあ、遣るべき仕事が有るなら無理に付き合えとは言いはしないが…」


「……判りました、至らぬ事も有るかと思いますが私共で良ければ、御付き合いさせて頂きます」



用意された卓に向かいながら、そう賈駆に提案し、無理強いするつもりは無いと強調しながらも実際は断り難い様に会話で逃げ道を塞ぐ。

流石に予想外だったらしく、賈駆も困っていた。

ただ、下手に断る姿勢を取るのも悪手と理解すると賈駆は俺の提案を受け入れた。

その背後には盛大に溜め息を吐いて頭を抱えている本音の賈駆の姿が見えた気がした。

何だかんだで、彼女は苦労人気質だからな。

小野寺には頑張って幸せにして遣って欲しい所だ。




席の位置は俺を基準にし左に凪、右に流琉と葉香、正面左に賈駆、正面右に小野寺が座る。

賈駆は凪寄りの為、正面は小野寺に等しいが。


出されたのは江水の下流域、その沿岸の民に昔から親しまれている茶葉である“緑康”だった。

品自体は大衆向けの茶葉なので易い。

短時間で蒸れ易く、味が濃いので年配に人気だ。

この緑康を熱湯ではなく、55℃程の湯で入れると味の出方が緩やかになり、若い年代層にも飲み易くなる。

今、俺達に出されている様にだ。


茶菓子には建業付近の南岸の地元菓子“杏包”。

干し杏子を刻んで潰した餡を入れた小籠包。

饅頭とは違い、果汁の様に汁気が多いのが特徴。

甘さは作り手の匙加減だが、濃い茶には合う。



「緑康に杏包か、民に親しまれている品だな」


「っ…御存知でしたか」


「宅も南部の出身者は少なくないからな

まあ、こういう時代だしな

生きる為には生まれ育った地を捨て去り、少しでも可能性の有る場所に移り住む者は多い…

後は…縁にも因るだろうがな」


「そう、ですね…」



探りを入れ様とした賈駆に“一刺し”入れる。

「お前も、そういう一人だろ?」と。

ただそれが悪いと言う訳ではない。

また「知ってるから別の物を出せよ」等と意地悪な事を言うつもりだって無い。

ただ然り気無く、「有り触れた点数稼ぎは無駄」と言外に忠告したに過ぎない。


尤も、これで予定が狂い慌てはするだろうが。

其処から(・・・・)が本当の意味での真価。

準備された予定調和の造られた評価ではない。

孫家の臣民の持つ、有りの侭の存在価値(輝き)を。

じっくりと見させて貰うとしよう。


──とは言え、今直ぐという訳ではないからな。

今は暫し、気楽に船上の茶会を楽しむか。



「お前にとっては懐かしい味だろう、子璋?」


「そうですね、大して珍しくはない品ですが…

やはり、地元の材料で作ったというだけでも味には違いが出て来るものですね

この当たり前に味わえた庶民的な味も今は懐かしく感じられますから、時の流れとは不思議ですね」



そう平然と言いながら茶と菓子を口に運ぶ子璋。

その姿自体は普通に楽しんでいるのだが。

…ああ、うん、俺が話を振った相手が悪かった。

これでも葉香に悪気は全く無いんだけどな。

ある意味、事実を言っているだけだから。


だが、その事実より歯に衣着せぬ物言いが問題で。

小野寺は兎も角、賈駆は顔が引き釣っている。

慣れてはいても、凪も流琉も「ら、雷華様ぁ…」と今にも泣きそうな感じだ。

真面目な二人だからこそ、この雰囲気に堪えるのは中々に酷というものだろう。

…仕方が無い、少々早いがネタバラしをするか。



「小野寺、孫策の元には陸家の娘が居るな?」


「──ぇ?、ぁっ、ぅ──はい、陸遜ですね?」


「ああ、その妹だ、この子璋はな」



賈駆に振るのは火を煽る様なものなので小野寺に。

葉香の言い方に驚いていた小野寺は声を掛けられて我に返るが、素で返し掛ける。

だが、即座に気付き、きちんと訂正出来る冷静さが小野寺の良さであり、北郷に無い謙虚さだ。


一方、葉香の方は軽く会釈をして肯定するだけ。

特に気にする様子も無く、御茶を楽しむ。

別に花円とは違い、姉妹仲に問題は無い。

反応が淡白なのは、ただ単純に葉香自身が陸家から出た身で有り、陸家とは縁切りしたのも同然だと、そんな風に考えているからに過ぎない。

姉である陸遜の方も、姉妹としては身を案じても、葉香に陸家という柵を与えるつもりはない。

だからこそ、この姉妹は独立独歩で仲も普通。

余計な“外的要素”を排除しているが故の関係性は先ず姉妹仲が悪化したり拗れたりはしない。


肝心の賈駆は驚き──それにより、一旦懐く感情を放棄して思考を切り替えた。

葉香の存在自体は問題ではないが、その関係性等は把握しておく必要が有るからだ。

そんな軍師としての性により、悪くなっていた場の雰囲気は取り敢えずの終息を迎えた。

…まあ、次からは賈駆も大丈夫だろう。

葉香がそういう質(・・・・・)だと判っただろうしな。



「…妹さんが居る事自体、初めて知りました

一応、彼女の家柄等は知ったつもりでしたので…」


「まあ、そうだろうな

俺達も本人から聞くまでは解らなかった事だ

ああ、言って置くが姉妹仲に問題は無い

ただ、姉の陸遜が当主となったから、子璋は陸家を離れて自分の道を生きているだけだ

要するに仲謀と孫策達姉妹の関係性と似た感じだ」


「ああ…そういう事でしたら、納得出来ますね

マイペースな所は似ているみたいですから」


「“マイペース”というのは悠々自適という感じの意味だと思えばいい」


「──あっ!?、申し訳有りませんっ、つい…」


「いや、それは仕方が無い事だ

勿論、此方に慣れる努力は必要だが、日常的な表現全てを合わせるのは簡単な事ではないからな

況してや、それが当たり前の環境に居たんだ

急に理解出来る様に変換・意訳するのは大変だ

実際、今のマイペースという単語一つとってみても解る様に伝える為の表現は多々有る

その取捨選択は此方等の文化や価値観を一定以上は理解していなければ難しいからな

其処まで出来る余裕は無かったのだろう?」


「……恥ずかしながら、仰有る通りです」


「何も恥じる事は無い

少なくとも、こうして学ぶ機会は得たのだから後は反省し今後に活かせるか否かが肝心だ

親い者達は“事情”を知るが故に理解してくれるが万人が同じという訳ではないからな」


「はい、確と心に留めて、努めて参ります」



そう言って俺は茶杯を口に運ぶ。

言外に「これで、この話は終わりだ」と示す。

葉香は勿論、凪達も納得し、俺に倣う。


小野寺の事に俺以外が小首を傾げそうだったから、つい、俺もフォローしてしまったが。

まあ、凪達への説明も兼ねていたからな。

だから御互いに仕方が無い事だと言える。

華琳は兎も角、他の皆は極力“外国語”は扱わせず既存の言語文化を中心にしている。

勿論、専門的な知識等の必要な場合には別だが。

こういう何気無い会話の単語にも一応は気を付けて会話をする様には心掛けている。

…まあ、それも華琳との出逢いが有ったから自然と身に付いた技能であり、必要な事だったからだし、其処まで意識して遣ってはいないからな。


だから、この件を問題にはしない。

「同じ様に気を遣え」と言うのは、いきなり此方に招かれた小野寺には酷な話でも有るからな。

事前の準備が出来た俺とは違う。

勿論、背負う使命(押し付けられた物)が違うからだが。

それを言っても仕方が無いからな。



「そういう訳で子璋と陸遜は姉妹という訳だから、今回は久し振りの再会になる

こういう感じだから、特別感は薄いがな…

仲謀は一応、先の戦で顔を合わせているしな

孟徳と違って、まだ動いても構わないが…

まあ、初めてという事で大事を取らせた訳だ」


「…そうですね、此方等では普通に出産するだけで女性は命懸けですから…

正直、その大変さを実感出来無い男なので…

心の何処かで楽観視している事は否めません…」


「彼方でも此方でも世の男達は殆んどが同じだ

医者だったり、出産に立ち会った経験が有っても、本当の意味では理解出来無いからな…

だからこそ、その瞬間には我が子が産まれる以上に妻に対する感謝を俺は大事にしたいと思う…

──っと、話が逸れてしまった」


「いいえ、とても考えさせられる御話でした」



そう言って頭を下げる小野寺。

まあ、逸れたのではなく、逸らしたのだから。

少しは参考にしてくれないと困る。

孫策達の、子供達の為にも。




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