表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
840/915

刻綴三國史 7


 賈駆side──


雪蓮の王位を認めて貰い、国を興す。

その為の最初にして、常に最大の試練に臨む。

この一度で確実に認めて貰えるという訳ではない。

しかも、そう簡単な話でもない。

けれど、一度でも失敗すれば、其処で終わり。

“次”は二度と与えられはしない。


そういう絶体絶命の綱渡りを、私達はしている。

決して、「強いられている」とは言わない。

そんな事は間違っても言ってはならない。

譬え、そう思ってしまう気持ちが有ってもね。


曹操との謁見を終え、私達は一旦客室に戻る。

暫しの休憩の後、曹純を呉へと案内する。

簡単に言ってしまえば、それだけなのだけれど。

まあ、当然ながら、それだけが心底難しい事だし、それだけ(・・・・)で終わるだなんて微塵も思ってはいない。

少なくとも、私に対しては、ね。



「……ふぅ~………あー…マジで吃驚したぁ~…」



部屋に入ると直ぐに大きな溜め息を吐いて向かいの長椅子に力尽きる様に俯せに倒れ込む祐哉。

そうなる気持ちは嫌と言う程に理解出来る。

軍師という立場上、色々と経験してきた私でさえ、曹操を前にしたら何処までも己が発言を簡略化し、絶えず思考を早く、無駄無く行い続けていた。

それが祐哉の立場となると…違う意味で大変よね。

事実上の“雪蓮の伴侶”と認識されているから。

その発言は他愛無い会話だったとしても責任重大。

迂闊な事を言えば、其処で終わるのだもの。

如何に反董卓連合の時には利害が一致し、協力した事実が有っても、それはそれ、これはこれ。

全く別の話だものね。

……まあ、そういう意味でなら頑張ってたわよ。



「それは何れに対してなのよ?」


「それは勿論、全部だな~…

まあ、曹操の妊娠自体は何も可笑しくはないから、すんなりと納得出来たんだけどさ…」



まあ、それは当然と言えば当然でしょうしね。

寧ろ、曹操達の場合、遅い位でしょうね。

勿論、その理由は先の決戦が有ったからでしょう。

そうでなかったら、あの感じで今まで子供が居ないという方が不思議でしかないもの。

それこそ、曹操は女色、曹純は色狂い、みたいな事でもなければ可笑しい話だもの。

──で、一番の問題が片付いたから、国として次に求められる世継ぎを作るのが王の仕事で責務。

だから、曹操の妊娠というのは必然的な事。


寧ろ、私ですら驚いた孫権の妊娠の方が問題。

いえ、問題とは言っても決して悪い意味ではないし基本的には他国(よそ)の王家の事情だもの。

それ自体は御目出度い話だわ。

ええ、孫権が雪蓮の実妹でさえなければね。



「…………正直な話さ、詠はどう思った?」


「………孫権の事?」


「うん、あ、勿論、御目出度い事なんだよ?

たださ、曹操が曹純の長子を妊娠してたとしても、まだ産まれてない訳だよね?

だとしたら、孫権の妊娠って不味くない?

勿論、王位継承問題とかは曹操達の事だから、先ずしっかり考えてるんだろうけどさ…

それでも孫権の妊娠って、影響力有るよね?」


「……成る程ね、其方の心配な訳…」



その言葉の意味を理解した瞬間、思わず顔を顰めてしまいそうになったが、堪える。

確かに祐哉の言う通り、その辺りは複雑な話ね。

勿論、曹操が無事に出産する事を確信しているなら可笑しな事ではないのだけれど。

祐哉が気にしているのは曹魏内での話ではない。

此方等の中での影響力を言っている訳よ。


もし、曹純の長子──長男を孫権が産んだとしたら孫家の臣民は少なからず期待を懐くでしょう。

勿論、現実的には立場が違うのだけれど。

でも、そんな事は関係無い。

その繋がりを家臣達は利用しようと考える筈だし、民は自分達の暮らしが良くなる事を期待する。

曹魏の繁栄と平和振りを知れば知る程にね。


つまり、これはそういう(・・・・)事な訳ね。



(はあぁ~~~~っ……本っ当にっ、喰えないわ!

彼処で孫権の妊娠をバラすだなんてっ…)



曹操の意図を理解した瞬間、不敵に嗤う曹操の顔が脳裏に思い浮かんでしまったのは当然でしょうね。

何しろ、これ(・・)も曹操達からの私達への試練。

「本当に国として曹魏に並び立ちたいと思うのなら縁戚関係になんて頼っている様では駄目よ?」と。

そう言って挑発的に嗤う姿が。


けれど、それは正しい事だ。

腹が立つ程に正しく、厳しく──真に優しい。

私達に本当に民の、国の未来を背負う覚悟と資質が有るのか否かを、一切の妥協無く問うている。

“試練”なんて言葉では、生温い程に苛烈に。

だけど、それは全て民の為で。

だからこそ、腹が立つ位に──憧れてしまう。


あまり“たられば”の話をするのは好きではない。

勿論、反省や検証を行う事で成長の糧を得る事には何の抵抗も異議も無いのだけれど。

つい、「自分が曹魏に居たなら…」と考える。

飽く迄も、有り得たかもしれない可能性の話よ。

…ただ、その場合の自分自身を知りたくはなる。

今の自分が有るからこそ、そう思うのだけれど。

好奇心──興味本位で、考えてしまう。

まあ、それは仕方の無い事ではあるのでしょう。

私達の主君である雪蓮でさえ、そう思うのだから。

その傾向は軍師という立場の私達は尚更に強い。



(………もしかしたら、月と一緒に曹純に…………って一体何を考えてるのよっ!、馬鹿っ!!)



脳裏に思い浮かんだのは艶かしい一場面。

──とは言え、経験が無いから具体的な事ではなく物語の挿し絵的な感じで、だけれど。

色々と飛ばし、月と私が自分の産んだ赤ん坊を腕に抱いて幸せそうに笑っている。

そういう場面が最後に浮かんでいた。


まあ、曹操達の妊娠という話を聞いたから、それに影響され、引っ張られたのかもしれないが。

私の視線は俯せになった祐哉に向いていた。

顔、ではなく、その腰の辺りに。



「……………────っ!!??」



自分が何を考え、何を望んだのか。

暫しの沈黙の後、理解して顔が熱くなった。

祐哉は気付いてはいないが、視線を外す。

別に口に出した訳ではないし、悪い事でもない。

だから、平然として居ればいいのだけれど…。

そうする事が出来ず、俯いてしまう。

早鐘の様に鳴る鼓動が大きくて、喧しい。

膝の上で握り締める拳に引っ張られ、腕が、肩が、上半身が固まるかの様に強張る。

今、祐哉に声を掛けられたら──不味い。

動揺して変な声が出たり、過剰反応しそうだ。

だけど、それ以上に──口が滑りそうで。

それ(・・)を想像してしまい、余計に緊張感が増す。


しかし、当然だが、それは必要な事でもある。

そして、自分達にとっては責務でもある。

だから、それは決して悪い事ではない。



(いや、確かに嫌ではないし、出来れば将来的には祐哉と………って、そういう事じゃないからっ!

いや、そういう事なんだけどねっ?!

だから違っ──わないけどっ!

ぁあ゛あ゛ぁ゛あぁ~~~~~~~~もうっ!!!!)



出来る事なら、兎に角思いっ切り叫びたい。

叫んで何もかも頭の中から吐き出してしまいたい。

そうすれば、取り敢えずは冷静に為れる筈。


…まあ、祐哉には驚かれ、ちょっと可笑しくなった様に思われるかもしれないけれど。

それは今の話の流れで、曹操達と、雪蓮絡みという事で上手く誤魔化せない訳ではない。

寧ろ、「詠も大変だよな…」という同情を利用して祐哉との関係を一歩踏み込んだ先に──って!。

だから、そうじゃない!、そうじゃないのっ!。


もう、頭を抱え、のたうち回りたくなる。

そうしたいのに出来無いのは…自尊心、よねぇ…。

…まあ、要するに祐哉に「変な女だな…」といった印象を持たれたくはないから。

ええ、我ながら本当に面倒で不器用だと思うわ。



「………でも、これって当然の事だよな…

俺達の遣ろうとしてる事は、それだけ大変なんだし最後まで──ううん、先の先の未来まで…

その責任を負う覚悟が必要なんだもんな…」


「…っ……ええ、本当にそうねよね

改めて、嫌という程に思い知らされたわ…

自分が心の何処かで“これが最後”みたいな感覚で雪蓮の王位の認定、興国を考えてるって…」


「それは詠だけじゃないし、詠の所為でもないよ

軍師って立場で考えると、自分を赦せない気持ちが強くなるのは仕方が無いんだろうけどさ…

そういうのは俺達が皆で……いや、臣民と一緒に、背負い続けて行かないといけない事なんだよな」


「……そうね、そう出来る国にしないとね…」



祐哉の言葉に自然と意識が切り替わった。

これも、ある意味では軍師の性なんでしょうね。

まあ、お陰で今は助かったんだけど。


それはそれとして、祐哉の言葉に私も同意する。

結局、月の時の私は、それで護れなかった。

「私が何とかしないとっ…」という独り善がりが、反董卓連合という状況を生み出した。


誰かを“護りたい”事は良い事だとは思う。

だけど、分不相応な様なら、頼る事が必要。

私は…霞達を頼っていたつもりで…だけど実際には独り善がりな事ばっかり遣っていた。

それを見抜いたからこそ曹純は私と月を引き離し、今の私へと道を示してくれた。

色々思う事は有るけど。

それでも成長し、示し、遣り直す機会をくれた。

その事に対しては、素直に感謝している。

………お陰で祐哉にも出逢えたしね。


だからこそ、今度は間違えてはいけない。

同じ過ちを繰り返す事は裏切りにも等しい。

与えられた機会を、私自身の可能性を。

彼に示し、報いなくては。



「………あのさ、詠…変な話なんだけどね…

俺は天下の中心が曹操と曹純で良かったって思う

もし、劉備と北郷が中心だったら、呉の興国自体は簡単だったかもしれないけれど…

多分、こんなにも真剣には考えられなかった

だから、きっと何処かで大きな間違いを犯して…

それが俺達自身じゃなかったとしても…

国を滅ぼす事に繋がった様な気がするんだ」


「………ええ、私達の代では起きなかったとしても次代、次々代では判らない事だしね…

そうなる可能性は…低くは無いと思うわ」


「生き抜く事が、独立する事が全てだった時には、こんな風に考える余裕は無かった…

だけど俺達は、それを考えないといけない

倒れて逝った人達に託された未来の為にも…

ずっとずっと…背負い、繋ぎ渡して行かないとね」


(………ああ、成る程ね、だから、祐哉な訳ね…)



曹純が、曹操が、敢えて私達を試す理由。

そして、“天の御遣い”の本当の存在する意味を、少しだけ理解出来た気がするわ。

それは圧倒的な武や智で世を平定するのではない。

人々に寄り添い、人々と共に歩み、人々を導く。

それこそが、正しい天の御遣いの役割であり。

そして、曹純達が祐哉に求めている事。


北郷の様な、肩書きに躍らされる御輿ではなく。

曹純の様な、最高の理想の具現者でもなく。

弱くて、悩んで、苦しんで、迷って、勘違いして、間違って、足掻いて、抗って、それでも歩む。

そんな、誰しもが出来る当たり前の事を。

きちんと体現し、実行出来る、普通の人間。

そんな象徴に成れる、と。

曹純達は考えているのでしょう。

…全く……見えている景色が違い過ぎるわ。


でも、祐哉なら成れると思う。

──いいえ、私達が共に歩み、そう成らせるわ。

だから祐哉にも頑張って貰わないとね。



「…その為にも先ずは目の前の事からよ

散々言い聞かせて来たし、監視も付けてるけど…

それでも雪蓮(あのバカ)は遣らかしてくれそうだもの

だから、貴男が責任を持って抑えて頂戴ね?」


「………いや、無理でしょ?、雪蓮だよ?」


「別に力強くでとか、説得しろとは言わないわ

ただ貴男にしか出来無い遣り方って有るでしょ?」


「…………………え~と…つまり?」


「最悪、足腰立たなくなるまで疲れさせなさい」


「いや、流石にそれは俺が死ぬから…」


「孫呉の為の礎に為りなさい

抑、そういう雪蓮との約束だったんでしょう?」


「違うよっ?!、変に似てる気がするけどっ!

そういう意味の礎じゃないからっ!」


「結果的には一緒よ、遣れば出来るでしょうし」


「…ええぇー………」




──side out



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ