曹奏四季日々 13
諸葛瑾side──
──九月十七日。
暦の上では秋を迎えていても、まだまだ残暑厳しく太陽が照り付け、容赦無く大地を焼く。
「夏は嫌いだ、冬が良い」と言う人々の半数近くは目先の苦しみから逃れたいだけで真剣に考えてから発言してはいないのでしょう。
まあ、それを否定するつもりは有りません。
ですが、首肯するつもりも有りません。
その様な惰弱な精神では至れないのですから。
私達が──私が目指す、雷華様の隣には。
「花円、サボる様なら休憩は無しですよ?」
「ああんっ、御無体ですっ、泉里姉様~っ」
可愛らしく、御強請りする様に演技して見せても、顔色一つ変えずに「いいから仕事をしない」と言う様に避け流されてしまいました。
流石です、泉里姉様。
──といった事は置いておくとしまして。
現在、私達が居るのは戈壁沙漠です。
ええ、そうなんです。
私が担当者を務めている緑化計画の現場です。
──とは言え、砂漠の真ん中に居るという訳でも、命の泉に居る訳でも有りません。
草原と呼べる程に、地面を覆い尽くす深い緑。
そう遠くない内に枯れ始め、鮮やかさは失われる事でしょうが、それは自然の摂理であり、次代の為。
自らが肥やしとなり、新しい種子を育む。
人間も、そういう意味での“雑草魂”を身に付け、世代交代を遣れれば素晴らしい社会性を持った世を築けるのかもしれませんね。
まあ、人間が人間である限り、不可能でしょう。
──と、話が逸れてしまいましたね。
戈壁沙漠の緑化計画が公表されてから約四ヶ月。
戈壁沙漠は大きく変わっています。
先ず雷華様と斗詩さんを中心にした土木部隊により蜘蛛の巣状に水路が築き上げられました。
これにより、砂漠全体に水が行き渡りました。
低い場所によっては直径1㎞近くの範囲が水没し、巨大な湖を形成したりもしています。
実は、これが意外な副産物だったんですよね。
通常の陸地を掘ったり、沈めたりするよりも遥かに透明度の高い“戈壁湖”は華琳様に「…成る程ね、これは確かに意外な副産物だわ。これなら将来的に観光資源としても十分に期待が出来るでしょう」と太鼓判を頂けた程ですからね。
尤も、雷華様には計算済みの事でしたが。
華琳様に「最初に言いなさいよね」と言われていた様でしたが、堪えてはいませんでした。
尚、華琳様の御言葉には“私に”が最初の前に入るであろう事は察しても口には致しません。
ええ、私は空気が読めますから。
……話を戻しましょう。
乾いた砂漠に水を引いても、土には戻りません。
いいえ、正確には数年では無理という話です。
十数年、数十年という年月が掛かる事ですから。
それも、“普通”であれば、の話ですが。
先ず雷華様に御手本を見せて頂き、私を始めとする自然技術研究所の職員は代わる代わる戈壁沙漠にて様々な実施検証を行いました。
雷華様に教えて頂くだけでは研究所が存在している意味が有りませんからね。
その辺りは私も含め、理解しています。
その成果も有り、戈壁沙漠の全体の六割を土壌へと再生する事に成功し、その内の七割で植物の自生が確認されています。
……御手本となった雷華様が戻された場所は今では立派な森林と化していますが。
兎に角、第一段階の成果としては十分でしょう。
ええ、それで終わりな訳が有りません。
緑化というのは本当に長い年月を必要とします。
草木を植える、自然破壊を防ぐ、伐採の制限等々。
“環境保全”に繋がる活動と緑化は似て非なる事。
特に、砂漠化し、何百年という時間が経過している場所の再生には本当に長い長い時間が必要です。
当然ながら、私達の寿命の内に、という事は困難。──というのが、まあ、普通な訳です。
その時間を短縮する為の研究所であり、私達です。
尤も、雷華様と氣の存在が有って初めて可能となる方法なのは言うまでも有りませんね。
──とは言え、自然な食物連鎖──生命の循環には時間が掛かる事は否めません。
外部から動植物を持ち込むのなら簡単なのですが、それでは環境破壊をしているのと変わりません。
自然とは人為的に造られる存在では有りません。
例え、砂漠を土壌に戻すまでは人為的であっても、其処から先は可能な限り不干渉が理想的です。
勿論、その地に草一つ生えない様なら話は別です。
本来の生態系が完全に失われてしまっているのなら人が手を加える事も仕方の無い事ですから。
此処、戈壁沙漠の場合には砂漠でも生き続けていた動植物は少数ですが存在はしています。
それらを食物連鎖の中心とすれば、人が必要以上に手を加えずとも自然は自然に在るべき姿に至る物。
──というのが、雷華様の御教えですから。
私達が成すべきは戈壁沙漠の九割の土壌の復活。
そして、草木の確かな生命循環を導く事です。
そうすれば、土壌は時間を掛けて豊かに肥えて。
数年後には人が住める環境に戻る筈です。
因みに、何故、砂漠を一割残すのかを言いますと、「砂漠の環境下でしか維持出来無い生命も有る為、全てを緑化してしまうと稀少な動植物が死滅する」という雷華様の方針の為です。
砂漠化の原因が人間か否かは定かでは有りませんが現在進行中の緑化は人為的な物です。
ですから、人間の傲慢で環境を破壊し過ぎない様に一割は砂漠を残す、という訳です。
砂漠に生きる動植物の割合から見ても一割も有れば種の保存としては十分でしょうから。
「全てを緑化すべきだ」というのは人間の詭弁。
人間が堪え兼ねて逃げた環境で適応し、生きてきた存在である動植物にこそ、私達は敬意を持つべき。
そう、雷華様に教わりましたので。
私達は異論を唱える事は有りません。
──とまあ、そんな戈壁沙漠な訳ですが、唯一有る建物が今、私達が居る曹家直轄の施設です。
判り易く言えば、此処は実験施設です。
各研究所の技術の“実施検証”の為の。
砂漠という環境だったからこそ、周囲に対し影響を出さずに様々な実験が出来る訳ですからね。
こういう施設は簡単には造れません。
それに、研究所は飽く迄も研究専用の施設です。
研究所で開発された技術は外部で試行をしなくては影響等を正しく把握出来ませんからね。
その為には完全隔離された実験場が不可欠。
当然ですが、此処も雷華様が建造されました。
本当に凄過ぎです、雷華様。
「──花円、集中力が下がっていますよ?」
「はいっ、申し訳有りません!、集中します!」
思考に引っ張られて集中力が落ちていた所を見逃す泉里姉様では有りません。
私も雷華様に失望されたくは有りませんから、今は自分の御仕事に集中する事にしましょう。
──それから凡そ1時間後。
御仕事を終え、施設内の御風呂で一息吐く。
どんな事をしていたのか、と言うと。
簡単に言えば植物の生命循環の意図的な制御です。
発芽から成長し、花が咲き、種子を付け、枯れる。
その一連の流れを短期間で人為的に行う実験。
氣の微細な制御と、大きな消耗が不可欠。
その為、泉里姉様に助力して頂いています。
……まあ、実際に行っている最中は何方等が本来の担当者なのか判らない感じでしたけれど。
尤も、その事を気にしたりはしませんけれど。
実験の成果としては3時間で四度の循環。
雷華様であれば一循環を10分と掛かりませんが。
其処は彼我の力量差が有りますから当然の事です。
ただ、単純に循環させるだけであれば私でも20分有れば出来る事は出来ます。
しかし、その循環では一度しか出来ません。
氣により強制的に循環をさせてしまうと、その結果植物の生命機能自体を破壊してしまう為です。
生命機能を破壊せず、飽く迄も正しく循環を行い、循環に必要な時間だけを縮める為には、緻密な氣の制御・操作技術が必要になります。
その為、どうしても時間が掛かる訳です。
ただ、この技術が研究・確立し、発展して行けば、短期間での品種改良や各地での適性を確かめる為の試験栽培が可能になりますからね。
それは必要経費という面でも経済的に優しくなり、様々な農作物に於いて品質・丈夫さの向上を望める一つの産業にまで成長出来る可能性が有ります。
将来性という意味では可能性の底が見えません。
そんな自然技術の研究を任されている身としては、遣る気を出さない理由が見付かりません。
国へ、民への貢献度も高いですからね。
それはそうと、曹家最強の神乳を湯船にて遊ばせる泉里姉様に向き直って感謝を告げる。
「泉里姉様、今日は有難う御座いました
御陰様で実証試験も成功しましたし、予想していたよりも良い数値を記録する事が出来ました
これを元に問題点・改良点の洗い出しが出来ます」
「研究の御役に立てたのなら、何よりです
自然技術は他の技術よりも深く民の生活──食事に直結していますからね
その発展は文字通り、国を豊かにします
ですから、これからも頑張って下さいね」
「はい、勿論です、泉里姉様
結果は雷華様にも御報告して置きますので」
「ええ、宜しく御願いします」
そう言って微笑まれる泉里姉様。
将師の皆様に御協力頂く際には必要不可欠な事。
間接的に雷華様への点数稼ぎに為りますからね。
まあ、私達は出来ませんが他にも手は有ります。
ええ、“女の闘い”は別ですからね。
──とは言え、足を引っ張り合ったりはしません。
そういった醜い争いはせず、正々堂々と、です。
………抜け駆けや、出し抜きはしますけど。
それはほら、駆け引きみたいな物ですから。
「……所で、花円、彼女の事は良いのですか?」
「…ああ…アレの事ですか…
正直、早く死ねば良いのに、とは思います
でも、それだけですよ?
曹家に、曹魏に相応しいとは微塵も思いませんし、愛情や敬意は欠片も存在しませんから
孫家が拾うのであれば、構いませんけど」
「……素直では有りませんね…」
「そんな事は有りませんよ?
私は、とっても素直な娘ですから」
「それは自分で言う事では有りませんよ…」
いいえ、冗談などではなくて、本当にです。
特に雷華様の前では素直過ぎる位ですから。
雷華様の事を考えるだけで身体が火照ってきますし雷華様の匂いを嗅ぐと子宮が疼きます。
本当でしたら今直ぐにでも目一杯に御寵愛を受けて雷華様との御子を授かりたいのですが。
其処は仕方の無い事ですからね。
無計画に子作りをされる方々では有りませんし。
その辺りは私も理解しています。
…まあ、それはそれ、これはこれですが。
その分、雷華様は可愛がって下さいますから。
そういう意味では特に不満は有りません。
私も二年以内には妊娠・出産を迎える筈ですから。
我が子に会える日が、今から楽しみです。
「…そう言えば、泉里姉様は第二陣ですか?」
「…どうでしょうね…
年功序列、という事ですから第二陣に私が入る事は考えられなくはないですが…
将師の人数的な事を考慮すると微妙な所ですね
勿論、次に入れれば嬉しい事は確かですが…
軍師は半分の四人が妊娠していますからね
如何に引き継ぎの準備が出来ているとは言っても、全員が“産休”に入るのは拙いですから…
恐らくは、私達四人は出産後──第三陣でしょう」
「あー…確かに、そうかもしれませんね…
…という事は私も第三陣ですかね~…」
「貴女の場合には軍師よりも第二陣に入る可能性が高いと思いますよ
研究が一段落しているのか否かが焦点でしょうね」
「………あの、近い内に再度御願い出来ますか?」
「ふふっ…ええ、構いませんよ
可愛い“義妹”の頼みですからね」
「──っ…」
揶揄う様に、けれど、とても優しく微笑んで。
私の心を掴んで離さない、敬愛する“義姉”。
「狡いです…」と思う一方、擽ったくなる。
実姉とは絶縁状態だし、復縁する気も起きない。
それはきっと、もっと素敵な義姉達が居るから。
──side out




