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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 12


 厳顔side──


──九月十二日。


夏の日射しは弱まり始め、頭を垂れる稲穂の群れが金色の絨毯を織り成し出した今日この頃。

曹魏の各地では収穫期を間近に控え、活気付く。

その熱気に当てられる様に残暑は厳しい。


──とは言え、それは一般的には、の話だ。

氣を使える身であれば、然程苦にはしない。

まあ、雷華様の方針で氣の使用は必要最低限だが。


コチッ、と綺麗な音を立てて置かれた一石。

逸れていた思考が現実へと引き戻される。

対面に座る紫苑の綺麗な指が視界の中を舞う。



「…むっ………ぅぬ………………………はぁ~……有りません、私の負けだ」


「有難う御座いました」



盤上を見回し、先を読んでも挽回するのは厳しい。

紫苑が打ち間違ってくれねば、勝機は無い。

時間制限付きの一局であれば可能性も有るのだが、そうではない今回は期待も出来無い。

故に素直に敗北を認め投了し、一礼をし合う。


私邸の庭に有る東屋。

其処に設置された石と木で造られた円卓を挟んで、紫苑と囲碁を打っていた。

今日は私邸内には珍しく人が居ないので静か。

私達も出掛ける予定だったが、潰れた為、こうして代案として囲碁を打っていた訳だ。



「やはり、此処の一手が拙かったか…

無理に伸ばさず、此方等を荒らすべきだったか?」


「そうね、少なくとも此処で荒らされていたら私も受けに回らざるを得なかったでしょうから…

それからでも伸ばす事は出来たと思うわ」


「成る程な、攻め急ぎ過ぎたか…」



そう言いながら軽い検討をして石と盤を片付ける。

雷華様手製の品だけ有って極上の使い心地。

一度使えば、他では物足りなくなってしまう程。

だから、決して売り物にされる事は無い。


片付け終えると代わりに紫苑が置いて有った茶杯と菓子を然り気無く用意してくれる。

こういう何気無い気配りが出来る紫苑は良妻賢母の模範だと私は個人的に思っている。

少なくとも私には意識していないと出来無い事だ。


そんな菓子は三種類で、一つは見覚えが無い。

二つは錦幸亭の菓子に間違い無いが。



「…紫苑、これはもしや、錦幸亭の新作か?」


「ええ、“紅銀杏(べにいちょう)”というそうよ

運良く買えたから一緒に、と思ってね」


「それは私は嬉しいが…良かったのか?」


「一人より二人、話しながら楽しみましょう」


「そうか…では、有難く頂くとしよう」



雷華様の直営店である錦幸亭。

月に最低一品は新作の菓子が登場する。

季節物や試験的な限定品も有るが、入れ替わるので常時並んでいる商品は多い時でも三十種類程。

大体、二十~二十五種類である。

元々が数量限定生産の為、早い者勝ちが常。

私達でも並んで買わなくてはならない。

その辺りは雷華様は公私を厳しく分けておられる。

まあ、私達も慣れたので大した苦でもないがな。


菓子と茶に舌鼓を打ちながら、紫苑と談笑する。

話題は他愛無い事ではあるのだが。

こうしていると女というのは熟話し好きだと判る。

「自分は御喋りではない」と言う者でも、何かしら喋る話題が一つは有ったりするものだ。



「しかし、これで中に子が入っているとはな…

正直、氣を使えなければ実感出来なんだろうな」


「ええ、それはそうかもしれないわね」



そう言いながら自分の御腹──子宮の有る下腹部を左手で撫でて改めて不思議に思う。

ある程度──今の華琳様位に明確に変化が現れれば確と実感もするのだろうが。

まだ一ヶ月以下で、目立った変化の無い現状では、中々実感するという事は難しい。

私達には氣という術が有るから違うが。

世の女達の大半は、体の不調や悪阻が有って初めて妊娠している事に気付くという。

まあ、私達も普段から妊娠の兆候を探っていないし雷華様の診察を受けてから知った訳だが。

軈て、あんなにも膨れ上がると思うと不思議だ。

ただ、恐怖感が無いのは望んだ子だからだろう。

そう思うと、賊徒が、悪徳官吏が消えた今の曹魏は女性にとっては住み易い安心出来る国だろう。

“そういう”犠牲者(女達)を見てきたからな。



「…自分が子を成し、母親になる日が来るとは…

雷華様に出逢うまでは考えもしなかったわ…」


「それは私も…いえ、皆の殆んどが同じでしょうね

特に、雷華様に出逢わなければ今生きている事さえ無かったでしょう者であれば特に…」


「まあ、そうかもしれぬな…

だが紫苑、お主なら他の男と一緒に為っておっても不思議ではないと思うぞ?」


「そういう可能性は考えた事も無いわね…

でも、結局は私は雷華様に惹かれていたでしょうし夫が居たとしても亡くなっている可能性は高いわ

群雄割拠の世に至るまでもなく、ね…」


「ふむ…可能性は否定はせぬが、何故だ?」


「少なくとも私以上の武の男性は雷華様を除いては知らないし、居なかったわ

だから、“職場”で出逢うなら文官でしょう?」


「まあ……確かに、そうよな

以前の武官は実力に伴わぬ地位に有る者も多かった

そんな連中に惹かれる事は有り得ぬしな

必然的に相手は文官か、関係の無い者、か…」


「そういう事よ」



そして、そういう相手であれば乱世を生き抜く事は中々に厳しいのが現実だったと言えるだろう。

子が出来ていても何方等か、或いは両方を失った。

そんな結末が容易く思い浮かべられる程度にはだ。


そう考えると、私達の行き着く結末は結局は今。

雷華様に心身を捧げ、子を成す事になるのだろう。

尤も、その“たられば”も今が有っての話だがな。



「……のぉ、紫苑

もしも、雷華様が劉備の元に現れておったとしたら今の世の在り方は如何様に違っていたと思う?」


「そうね……仮に華琳様の元に北郷が現れていても華琳様に突け入る隙は極めて少ないでしょう…

ですから、彼処まで見事に踊らされはしないので、決戦の在り方は違っていたでしょうね

当然、劉備も今とは違っていた筈です

ただ、雷華様が劉備に付いていたなら、領地的には今とは全く違っていたでしょうね

そして──劉備ではなく、私達が利用されていた

その可能性は高かったのではないかしら…」


「雷華様に御逢いせねば、そう為っていたか…」


「勿論、それでも私達が雷華様と御逢い出来ていた可能性は無いとは言わないけれど」


「だが、高いとは言えぬな…」



華琳様という雷華様と並び立つ表の主君が居たから雷華様が自由に行動されていた。

出来ていた、というのが何気に大きい。

反董卓連合が結成されるまでに結末は見えていたと華琳様は仰有っておられたからな。

だからこそ、雷華様の自由行動を認められていたと言い換える事も出来るだろう。


もし、劉備が表の主君であったならば。

雷華様は中々自由には動けなかっただろう。

当時の劉備軍の内情を知る愛紗も話しを渋る位だ。

何れ程、無計画で勢い任せだったのかが判る。

ただ、それでも生き残っているのだから劉備自身も“時代の寵児”と呼べるのだろうな。

例え、雷華様達の意図が有ったにしてもだ。



「では、孫策の場合にはどうだ?

北郷に比べれば、小野寺の方が増しであろう?」


「三国鼎立、という形だけで見るならな」


『──雷華様っ!?』



何気無く会話に加わった声に振り向き、驚いた。

正直、話を一番聞かれたくはない相手なのだから。

気不味くなってしまう私達を気にせず、座られると差し入れだろう紙袋を差し出される。

紙袋自宅は曹魏内で出回っている量産品である為、外見からは中身は判らない。

だが、開いた瞬間、薫る匂いで私達は察した。

思わず紫苑と顔を見合せ、雷華様を見る。

「遠慮しなくていいからな」と言う様に笑われると“影”から自分用の茶杯を取り出して御茶を注ぐ。

出遅れた紫苑だが、手出しはしない。

変に気を遣い過ぎる事を雷華様は好まないからだ。


私達は紙袋から取り出したのは錦幸亭の“桃饅”。

名前の通り、直径10cm程の桃に姿形の饅頭。

最上級のこし餡と、程好い大きさの白桃の甘露煮が詰まっているのだが、これが中々に難しい逸品。

水気の多い白桃は煮過ぎれば食感と風味が失われ、煮足りなければ水気が強く餡を溶かす。

その絶妙な加減の為、中身は雷華様が作られるのが現状だったりする逸品。

それ故に一日百個限定の超人気商品であり、単価が高くても毎日完売する。

一人三つまでしか買えない為、競争率は高い。


それが何故か此処に二つも有る。

理由が気に為らない訳ではないが、どうでもいい。

今は味わう事こそが、私達の使命なのだからな。

……………………嗚呼っ、至福とは正に今だ。




桃饅を堪能した私達は照れを隠す様に咳払いをし、雷華様に先程の話の続きを訊ねる事にした。



「俺が孫策の元に現れていても、三国鼎立は成る

肝は劉備という“絶対的敵対者”だからな

二人にしても、当時の孫策の状況を考えれば、俺が彼方此方から人材を集めただろうからな

今の宅の大半は同じ様に居ただろうな」



成る程、言われてみれば確かに。

孫策の陣営も劉備程ではないにしても将師の数的に十分だとは言えなかっただろう。

それならば、雷華様は袁術麾下からの早期独立より群雄割拠に向けて人材を集め、育てられた筈。


状況にしても劉備と北郷の組み合わせが同じならば役目は変わりはしないだろうからな。

結局は似た様な形に落ち着く訳ですな。



「ただ、孫策の所に居たなら、俺は独立したら先ず華琳を取る為に動いただろうな」


「……それは、華琳様だから、ですか?」


「理解としては間違いではないが…

俺が孫策や蓮華、将師達と夫婦関係になっていても華琳だけは無視出来無いな

仮に、小野寺と相思相愛でも華琳には必ず俺の子を産ませていただろうからな

孫策と違って華琳は他国の王族にしては置けない

それだけ頭抜けた存在だからだ

孫策は覇者の才器の持ち主だ

乱世を過ぎ、治世へと移れば問題は無い

しかし、華琳は違うからな

だから絶対に取っているだろうし、俺以外の男とは絶対に子供は成させない

それを拒絶するなら…判るだろ?」


『────っ……』



雷華様の伏せられた言葉の察し、息を飲む。

しかし、同時に理解する事も出来ていた。

孫策にしろ、劉備にしろ、“利用”が出来る存在。

だが、華琳様だけは格が違う。

例え、雷華様と出逢っていなくても、並び立つ。

そんな華琳様を、他国の王族にしては置けない。

未来に不安を残す可能性は高いのだから。



「尤も、華琳でも同じ事を考えるだろうけどな

同じ“天の御遣い”という立場でも、俺を放置する事は看過出来無いだろう

だから、手中にし、尚且つ俺を縛ろうとするのなら結局は子供という鎖で捕らえるだろうな

少なくとも、国主の責任と自身の恋愛を混同して、最善策を遣らないという選択を華琳はしない」



合理的に、最優先に民の、国の未来を考えるなら。

華琳様であれば、そう考えられる可能性は高い。

そして、その考えに至れば躊躇はされないだろう。


そう考えると御二人の出逢いは必然なのだろうな。

華琳様の純粋な幸せは、雷華様とでしか成らない。



「…因みにですが、雷華様が天下統一を為さるなら条件的には、どうなりますか?」


「あー…天下統一ね~…」



興味本意で訊いたのだろう可能性に雷華様は苦笑し持っていた茶杯を置き、縁を指先で軽く弾いた。

行儀の悪い子供っぽい、雷華様には珍しい行動。

ただ、そんな滅多に見られない行動に嬉しくなる。



「………そうだな、天の御遣いが俺だけだったら、天下統一を考えていたかもしれないな」


「それは何故でしょうか?」


「華琳に孫策・劉備、その在り方を変える影響力を持っているのが天の御遣いな訳だが…

俺しか存在しないのなら、価値観が分散はしない

それに下手な男と一緒になられても内情が悪くなる可能性が高いからな

だから、そうならない様に天下統一をする

逆に言えば、小野寺・北郷が居るから成り立つのが今の三国鼎立の関係な訳だ」



そう言って笑う雷華様。

何方等が良いかと言えば、今の私達には関係無い。

所詮“たられば”の話な訳だからな。



──side out



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