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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 10


 夏侯淵side──


──九月二日。


休日という事も有り、目的も無く街を歩いてみる。

ただ単に彷徨いているという訳ではなく。

その時、その時の思い付きや流れで楽しむ為。

気持ちに余裕を持つ為にも有効な手段だと言える。

──とは言え、ある意味では無計画な事は確かだ。

だから、そういうのが苦手な者は抵抗感は否めない方法だと言われても仕方は無いだろう。

ただ、それにも慣れてしまえば楽しく贅沢な時間の使い方だと言う事が出来るだろう。


街に設けられた公園には老若男女問わず人々が居て各々に楽しんでいる姿が見られる。

一昔前では考えられなかった平穏な光景だ。

それが、街の一ヶ所や一つの街だけの事ではなく、曹魏()全体で見られるのだから。

改めて、曹魏が素晴らしさ国なのだと感じます。



「──あっ!、妙才様だーっ!」


「本当だ!、妙才様ーっ!」


「妙才様ーっ!」


「妙才お姉ちゃーんっ!」


「妙才お姉ちゃんー」


「きゃーっ!、御姉様ーっ!」


「あっ!?、こらっ!、私が先よっ!」


「お姉ちゃん、遊んで行けるのー?」



一人に見付かれば、あっと言う間に囲まれる。

これは私に限らず、宅の将師であれば誰でもだ。


曹家が主導していた孤児達の保護・教育の関係上、街の子供達との接点も少なくはない。

そういった縁も有り、既知では有るのだが。

見方に因っては、近過ぎるとも言えるだろう。

だが、懐かれている事は決して悪い訳ではない。

ただ、必要以上に甘やかす真似だけは厳禁だ。


駆け寄り、抱き付いてきた一人の少女が、私の顔を見上げながら御強請りする様に訊いてくる。

──が、少女には悪いが、それよりも問題が有る。



「…あの、何をなさっているのですか、子和様?」



駆け寄ってきた子供達の中、一際背の高い人物。

当然、気付かない方が可笑しいのだが。

何気に無駄に高い技量にて気配を完全に紛れさせて子供達と一緒に近付いて来られた。

棒読みの台詞を言うかの様な声に気付かなければ、今も気付かなかったと言い切れる程です。

……ただ、出来れば、感情を込めて言って下れば、私にとっては素晴らしい思い出になったのですが。

ええ、それだけは残念・無念で為りません。



「何、ちょっと現実逃避(気晴らし)に散歩な」



そう言って「子和様抱っこーっ!」と強請る少女を軽々と抱き上げて肩に担ぎ上げられる。

華琳様が「躾には厳しいし、物は与えないけれど、自分が出来る事でなら、子供を甘やかすわよ」と。

以前、子供の教育等の話題に為った際に、その様に仰有っていましたが……成る程、その様ですね。

そして、それが娘で有った場合、かなり高い確率で「理想の男性は御父様です!」と言う訳です。

父親を尊敬する事自体は、決して悪い事ではないのですが、雷華様に限って……困りものですね。

少なくとも、“雷華様(父親)の様な男性”は居ません。

そうなると行き遅れたり、恋愛自体出来無いという可能性が高まってくる訳でして。

深刻な“御家問題”に発展し兼ねません。

……やはり、娘が出来た場合は私達の頑張りが重要という事なのでしょうね。

惚気には気を付ける事にしましょう。


それはそうと…“雷華様が”気晴らしですか。

……ああ、そう言えば、孫策の所との会談の準備で色々と皆が忙しくしていましたね。

私達は“子作り第一”で半ば引退した状態ですから他人事の様な感覚が強いのですが。

雷華様は現役──と言うか、現状の要ですので。

“書類仕事”が山積みなのでしょうね、きっと。



「……妙才様、駄目?」


「…子和様が居られる間だけなら、構わぬよ」


「やったーっ!」


「それでは、御姉様、私と一緒に──」


「待ちなさい!、御姉様はアタシと──」



条件付きでだが了承すれば、泣きそうな顔が一転、嬉しそうに笑顔(はな)を咲かす。

それは何気無い事なのかもしれないが。

本当に大切な事なのだという事を私達は知る。

長い歴史を紐解けば、笑顔(はな)が枯れていた時代(世の中)など決して珍しい事ではない。

有り触れた悲劇(一片)に過ぎない事だろう。

そして、如何に歴史を伝えようとも、受け継ぐ側が真摯に受け止めなければ、他人事に成り果てる。

そう為った時、受け継がれるべき()は絶える。


だが、私達は現実として目の当たりにしている。

歴史(過去)では有るが、現実(経験)でも有る。

だからこそ、私達が伝えなくてはならない。

それを“平和に為ったから”と疎かにしてしまえば結局は未来で過ちを繰り返すだけなのだから。


そういう意味では、子供達と触れ合う事は重要。

信頼関係を築き上げる事で、より真剣に私達の話を子供達は聞いてくれるのだから。

そして、子供達が正しく理解し、受け継いだなら。

百年・二百年の平和というのは難しい事ではない。

…ただまあ、人の欲とは業の深いものだがな。




1時間程、雷華様と一緒に子供と遊んでから公園を後にすると、雷華様は直ぐに姿を消される。

入れ替わる様に現れた文官数名が肩で息をしながら雷華様の行方を訊ねてきたので教えてやる。

「今まで一緒だったが、御隠れになった」と。

その時の彼等の絶望的な表情は…可哀想だがな。

ただ、それで折れてしまわない辺りが曹魏の臣官。

この程度では諦めはしない。

寧ろ、遣る気を見せるのだからな。

私に挨拶すると、彼等は走り去って行った。

その後ろ姿が少しだけ頼もしく見える様になる。


それから暫くは街の中を、ゆっくりと巡る。

何気無い日常が、その中に在る幸せが。

本当に大切であり、尊い事なのだと思う。

そんな事を街の景色を眺めながら考える。


街の郊外、王都の拡張開発用の予備地である平野。

何も無い、最低限の雑草処理以外は手付かずの地は王都の景観としては微妙だと言える。

しかし、最初から広大な土地を開発したとしても、人口・経済の推移により、無駄は生じる。

それならば、本当に必要となった際に備えて土地を余分に確保しておく、というのが雷華様の方針。

確かに、曹魏以前の主要な街でも、官吏や商人等が居なくなった為の空き家や、所有者不明という物も少なからず存在していた。

しかし、施政者側が勝手に手を出せないのが実態。

曹魏では土地は全て“国有地”である為、基本的に曹家以外には私有地を所有する事は出来無い。

それは私達が興す事となる新家でも同じだ。

私有地は皇家である曹家にのみ許される。

しかも、曹家・本家のみが、という条件でだ。

例え分家にでも私有地は与えられない。

全ては皇家にのみ許された特権なのだから。

その徹底振りが臣民の信頼を集めていると言える。

まあ、雷華様と華琳様以外では実現不可能だが。



「──今日は随分と縁が有るみたいだな?」



まだ夕暮れには早いものの、それなりに陽は傾き、少々贅沢に慣れた鼻孔は然り気無く匂いを捉えた。

振り向いた先には今日二度目の偶然となる雷華様。

その手には買い食い中だろう“再生紙”で作られた紙袋が湯気と共に甘い匂いを放っている。

……この匂いは、“山雅苑”の杏子饅頭ですね。

ふわっふわの皮に甘酸っぱい杏子の果肉餡が絶妙で宅の中にも“市販品でならば”美味しい物の五指に挙げる者は少なくない逸品ですからね。

勿論、私も大好きで、私の五指にも入ります。


此方に歩み寄ると然り気無く紙袋を差し出されて、御礼を言ってから受け取り、中を見ます。

やはり、当たりでしたね。

一つ取り出して口に頬張れば、口内に広がる楽園。

珀花ではないですが、甘味とは偉大な物です。


尚、再生紙というのは再利用可能な紙で、回収後に専用施設で幾つかの処理を行ってから再び紙にして曹魏国内では広く利用されています。

雷華様により以前よりも製紙技術は向上しましたが過剰な森林伐採に繋がらない様にと安価な紙として世に普及されたのが再生紙です。

尤も、氣を用いた技術の為、他所では不可能です。


それは兎も角として、確認をして置きましょうか。



「あの後、戻ってあげられたのですか?」


「ああ、“今は”仕事を終わらせてからだ」



そう言って笑みを浮かべられる雷華様。

…確信犯と言うか、ああいった事も巧みに利用して人を育てるのが本当に上手い方ですね。

遣ろうと思っても、真似は出来ませんが。



「──で?、こんな所で、どうしたんだ?」


「……それは雷華様も同じでは?」


「俺は“人疲れ”したから気晴らしに来ただけだ」


「ふふっ…皆に慕われている証拠ですね」


「三年程で子供が成人する様な方法でも探すか…」


「見た目は成人しても中身が追い付かないのでは?

何より、我が子達が歪みますよ?」


「だろうな~…」



この会話だけを聞くと問題が有るのだろう。

だが、実際には単なる冗談・遠回しな愚痴だ。

元々、“暗躍(裏方)”を好まれる雷華様の事です。

斜に構える方ですから、表立って皆に慕われている現状が照れ臭いのでしょうね。

そういう“男の子”っぽい所が可愛いらしいですが口に出す事だけは自重します。

今、拗ねられてしまう事は本当に困りますから。


まあ、それは兎も角、こうして偶然で度々出会える事自体も嬉しいのだけれど。

今日という日だからこそ、特に嬉しく思う。

何しろ今日は私にとっては特別な日なのだから。

そう、雷華様と華琳様に御逢いした日だから。



「…縁と廻り合わせというのは不思議な物だな

こうして、時を経ても尚、引き合うんだからな」


「────っ!」



街を眺めながら感慨深そうに呟かれる雷華様。

それを聞いた瞬間に自然と胸は高鳴った。

私にとっては特別な事でも雷華様にとっては数有る出逢いの中の一つなのだから。

華琳様との事は別にしても、私達は人数が人数。

覚えてはいても、日常的に意識してはいない。

──そう思っていたのに、これです。



(…全くもぅ……本当にズルい方です…)



こう遣って意図せずに然り気無く、私達の気持ちに火を点け、高ぶらせるのだから。

これが意識的に行われていると何かしら感じる事が有るのですが、然り気無いから気付かない。

だから、今の様に不意打ちで心を射抜かれるのだ。

そして、その度に更に強く、深く惹かれてゆく。


そっと雷華様の傍に歩み寄り、右腕を取り、身体を密着させて肩に頭を預ける。



「…第一陣の皆は無事に妊娠しましたから少し位は我が儘を聞いて頂けますか?」


「…まあ、無茶な内容で無いならな」


「それでは、日が落ちるまでの間、二人だけで…

私だけを可愛いがって頂けませんか?」



染まり行く夕焼けの様に、心身を愛で染め上げる。

同じ日に出会った桂花には悪いが、私も女だ。

特別だからこその独占欲という物が有る。

だから、今日位は我が儘を言っても良いだろう。



「日が落ちるまででいいのか?」


「……それ以上は皆にも悪いですからね」



そう揶揄う様に、少し意地悪な笑みを浮かべながら雷華様は御訊ねになられる。

それは受け取り様に因っては「もっと言え」という様にも聞こえる事でしょう。

正直な話、瞬間的に揺れたのは間違い有りません。

ただ、やはり、同じ日に出逢ったという事も有り、桂花に対する後ろめたさは否めません。


そんな私の心の揺れまでも見透かした一言です。

本当にもぅ…意地悪な方ですね。



「その代わり、夜は夜で可愛いがって下さい」


「ははつ、秋蘭も言う様に為ったな」


「それはもう、日々鍛えられていますので」



それはそれ、これはこれ、と。

そんな感じで切り返せば雷華様は楽しそうに笑い、“影”に紙袋を仕舞われると左手を私の腰に回して抱き寄せる様にして向きを合う。

そのまま唇を重ね、私達は一目に付かない場所へと足早に移動して行った。


まだ日没までには時間が有る。

流れる汗は残暑による厳しさからではなく。

激しく求め合い、確かめ合う想いが生む熱から。

ただ、何れ程満たされ様とも火照りは消えず。

直ぐに渇き、飢え、望んでしまうもの。

それは人の業、欲の深さ故であり。

恋愛とは我が儘な故。



──side out



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