刻綴三國史 4
孫策side──
──八月十六日。
祭達が曹魏から戻ってきて三日が経った。
結果から言えば、予想した通りに順調だと言える。
勿論、油断は出来無い。
曹魏からの使者──実質的“審判者”に対して如何に私達の可能性(価値)を示す事が出来るのか。
其処が最大の難関よね。
「其処でよ、私は大々的に何か催し物を遣るべきだと思うんだけ──」
「──却下よ」
「──まだ途中なのに!?」
皆を集め、曹魏に国として認めて貰う為に何かしらの策を講じるべきだと考えて出した私の意見は詠により話し終わる前に却下され、私は抗議の声を上げる。
しかし、私とて単独で詠に立ち向かう様な無謀過ぎる愚かな真似はしない。
祭達を上手く乗せて──
「貴女の事だから、本音は退屈だからでしょ?
曹魏にも良い印象与えれて一石二鳥とか考えてるのが見え見えよ」
「そ、そんな事無いわよ?
ね?、祐哉は私の事信じてくれるでしょ?」
「御免、俺も詠と同意見」
「祐哉の裏切り者ーっ!」
「人聞きの悪い事言うな
抑、相談さてもいないのに何を裏切るんだよ?」
「私への愛とか?」
「それを疑うのか?
──と言うか、今の場合は“私の愛”か“私達の愛”なんじゃないのか?」
「…恥ずかしくない?」
「言うな、振ったのは雪蓮なんだからな?
それなのに照れるなよ…」
「其処はほら、冗談っぽく言ってみたけど、言ったら意外と恥ずかしかったって事で…だから、ね?」
「ったく…冗談って頭では判ってても傷付くぞ?」
「うん…御免なさい…
ちゃんと傷の手当てはしてあげるから…ね?」
「仕方無いなぁ…」
「──んんっ、ゴホンッ!
私達、御邪魔な様なら一旦解散するけど?」
流れで祐哉とイチャイチャしていたら、詠に睨まれて皆には苦笑される。
恥ずかしかった。
物凄く、恥ずかしかった。
だって、大事な会議の場で祐哉と“二人だけ”の様に話していた事も有るけど、祐哉の事しか見えていない状態だった自分が。
それを皆に見られた事が。
物凄く恥ずかしかった。
「い、いやね〜、冗談よ?
流石に私だって会議の場でイチャつかないわよ〜」
「まあ、そういう事にしておいてあげるわ」
「ぶ〜、本当なのに〜」
「…苦しい言い訳だな…」
煩いわね、祐哉。
私だって判ってるわよ。
でも、無駄だと判ってても張り通さないといけない。
そんな意地も有るのよ。
……本当に無駄だけど。
けど、仕方無いじゃない。
此処で恥ずかしがってたら後で揶揄われたりするのが目に見えているもの。
そうさせない為にも必要な事だったりするの!。
どんなに言い訳っぽくてもそうなんだから!。
さてと、気を取り直して、話を戻しましょう。
「それで催し物だけど…」
「だから、却下よ
──と言うか、伯符様?
その為に必要な予算は一体どうされるのですか?
出来れば、愚かな文和めに御下知頂きたく存じます」
「それは〜…その〜…」
詠に睨まれて視線を外し、虚空を彷徨わせながら右手人差し指を立てて宙に何か書き出す様に動かす。
当然だけど、動かすだけで良い案は浮かばない。
抑、そういった細かい事を考えるのが詠達の仕事で、私の仕事ではない。
だから、判る訳無いのよ。
無理を言わないで。
──そう言いたいけど絶対口にはしない。
言えば最後、詠から特大の雷を落とされる。
御説教は免れられない。
それは嫌、だから迂闊には言い返さない。
だけど、催し物自体は私は遣った方が良いと思う。
──と言うか、遣りたい。
詠の言った様に確かに私が楽しみたいのも有るけど。
それも有るけど!。
それでも催し物を遣るべきだと思うのよ!。
…先立つ物が無いけど。
「…はぁ…それはまあ?、財政が厳しいって事は私も理解しているわよ?
だけど金を掛けるばかりが全てじゃないでしょ?
大事なのは印象的な事よ
そして、催しを楽しめれば尚良いわよね」
「……こういう時ばっかり口が回るんだから…」
溜め息を吐き、呆れた様に睨み付ける詠に勝ち誇った様に笑顔を向けたいけど、折角折れてくれそうなのに態々挑発して怒らせる様な真似はしないわ。
静かに大人しく、真っ直ぐ詠を見詰めながら待つ。
詠は再び溜め息を吐く。
その後、穏達軍師陣の方に顔を向けて確認し合う。
話し合わずに視線だけで。
“話す必要が無い”という訳ではない。
さっき私の発言に対しての異論が有るか無いか。
その確認をしているだけ。
そして、穏達は苦笑しつつ小さく頷いている。
(よしっ!、勝ったわ!)
私、大勝利っ!。
出来れば、叫びたい。
でも、遣ったら詠が怒る。
絶対に大激怒する。
だから、大人しくする。
我慢するのは辛いんだけで袁術の下に居た時の経験が私を逞しくしてくれた。
感謝は微塵も無いけど。
その時間も無駄ではないと今更ながらに思うわ。
「……祐哉、貴男は?」
軍師陣は意見の一致。
最後に、詠は祐哉に対して意見を求める。
何だかんだ言っても最後は詠達でも祐哉の意見を必ず訊く様にしている。
その指摘や着眼点が今まで幾度も私達を助けてきた。
それを信頼しているから。
「んー…俺は反対かな」
今度こそ叫びたかった。
まさかまさかの、祐哉から反対意見が出るなんて。
正直、考えていなかった。
だから、思わず祐哉の方を睨む様に見てしまう。
“何で邪魔するのよ?”と問い詰めるみたいに。
そんな私の視線に気付くと祐哉は困った様に苦笑。
でも、祐哉は揺るがない。
「…ちょっと意外ね
てっきり、愛する女の肩を持つかと思ったわ」
「それはそれ、だからな
──と言うか、ついさっき裏切り者扱いされたし…
御期待に応えただけだな」
そんな期待に応えないで。
──と言うか、応えるなら賛成の方で応えなさい!。
普通、其方でしょっ!。
思いっ切り愚痴を叫びたい衝動を抑えながら、祐哉を静かに睨み付ける。
“何でよ〜、馬鹿ーっ!”という怨念を込めに込めた視線で、たっぷりと。
そんな祐哉は苦笑しながら呆れている詠を見る。
…まあ、ちゃんと説明して納得が出来るのなら、私も大人しく諦めるけど。
「先ず、多分勘違いしてる雪蓮を始めとした大多数に言っておくけど…
催し物を遣る事自体には、俺は反対してないから
寧ろ、賛成だからな?」
「…………どういう事?」
「雪蓮は当然、詠達でさえ曹魏の使者に対する印象を良くする為の催し物だって認識だよな?
それが、反対してる部分」
「………どういう事だ?」
「いや、ウチに訊かれても判らんしなぁ…真桜?」
「此処でウチなんっ!?
ちょっ、姐さん、そんなん無茶振りやって!」
「にゃ〜…判る?」
「いえ、さっぱりです…
でもでも、今の季衣さんの御猫様の鳴き声!、とても似てましたです!」
春蘭が霞に訊き、霞が真桜に訊いて、その間に季衣と明命が話をしながら、全く関係無い方に逸れていく。
私が言うのも何だけど。
緊張感、無いわね〜。
まあ、軍師陣なら兎も角、軍将陣は話し合うよりかは聞いている事が殆んど。
だから、仕方が無いのかもしれないんだけど。
一応、大事な話なんだから真面目にして欲しいわね。
──とは言うものの、今は一番の山場と言える大戦が終わって半月が過ぎた程度という事も有るからね。
あまり、厳しい事を言うと私達だけに留まらず、広く影響が出てしまう可能性が有るから加減が難しいわ。
まあ、私個人としてみれば今みたいな感じの方が好みなんだけどね〜。
気楽で、気兼ね無く色んな事を言い合えるから。
「はぁ…静かにしなさい
祐哉、説明してくれる?」
「判ったから睨まないで」
騒がしくした原因の祐哉を睨み付ける詠。
祐哉は苦笑しているけど、自覚は有るんでしょうね。
「曹魏の使者の印象を良くしようとしているのは俺も理解しているけど…
じゃあ、その曹魏の使者は誰が来ると思う?」
「…誰って…」
「誰が使者なのかによって催し物の内容を決めないと不評に繋がると思うんだ
例えば──春蘭、軍師陣の“有難い御話”を拝聴する催し物だったら?」
「退屈でしかないな
そんな催しを企画した奴の気が知れん」
「──って為る訳だ」
「……確かにそうね
“誰かさん”が楽しい事を遣っても、使者が楽しめるとは限らないわよね」
「そうですね〜
そういう意味ですと使者が判らないと催しの企画自体決まりませんね〜」
「あわわ…大変です…」
そう祐哉に言われてしまい私も反論出来無かった。
──と言うかね、皆からの冷ややかな視線が痛い。
だって、そんなの仕方無いじゃない!。
抑、祐哉は催しを遣る事は賛成なんだから!。
反対してるのは使者の事が判らないって理由!。
全くの的外れって訳じゃあないんだからねーっ!!。
──って、叫びたい。
言わないけど。
「…ですが〜、祐哉さんは催し物を遣る事自体には、賛成なんですよね〜?
何かしらの考えが有るからなんですよね〜?」
「まあ、風の言う通りかな
一応、考えは有るよ」
「それは?」
批難されてばっかりだから当然の様な体で、その事を祐哉に訊いてみる。
所謂“美味しい所”だけを持っていく感じでね。
皆からの視線は無視。
祐哉の苦笑も無視する。
後で何かを言われるだろう事も無視よ、無視。
「単純な話なんだけどね
多分、曹魏の使者は一人に絞る事が出来ると思う」
「…簡単に言ってるけど、それが本当なら、それって凄い事じゃない?」
「出来るのなら、ね…」
祐哉の言葉に、思わず詠の方を向いてしまう。
それ位に凄い事だもの。
冷静な返しをしているけど詠だって驚いている。
驚かない訳が無いわよね。
もし、祐哉の言ってる様に一人に絞る事が出来るなら実質的に“狙い撃ち”する事が可能な訳だもの。
だから期待してしまうのは仕方が無いわよね。
「使者が誰なのか、よりも誰が使者を決めるのか…
そう、魏王・曹操だ」
「……今のは駄洒落か?」
「アカン!、春蘭、今のは意図してない奴や!」
「今のは聞き流さな!」
「むっ…そ、そうか…
祐哉、すまなかった…」
「あー…いや、大丈夫
うん、問題無いから…」
本気で落ち込み、謝ってる春蘭に対して苦笑している祐哉の心中や如何に。
別に駄洒落で言ってるって訳じゃないから、対応にも困るでしょうね。
一つ咳払いをして雰囲気を切り替えてから改めて話の続きを話し始める祐哉。
しっかり!、頑張って!。
「曹操が使者を決めるのは当然と言えば当然だけど、今回の使者は雪蓮を、呉を見極める事だろ?
だったら、曹操が選ぶのは最も信頼を置く人物…
夫の曹純以外には居ない
俺が曹操の立場だったら、他の誰にも任さない
その責任の重要さを考えて託せるのは他には居ない」
言われてみれば、確かに。
只の使者ではない。
曹操との謁見の前段階の、日時等の話し合いをする、そういう使者ではなくて。
実質的に私を見極める為の使者という事なんだから。
相応の人物が遣ってくる。
それは間違い無い。
だけど、将師では万が一の場合に問題が起きる。
私が曹操の立場だとしたら確かに曹純に任せるわね。
逆に言えば、夫婦だから。
私にしても、祐哉に使者を任せたい所だけど。
私達は夫婦ではない。
当事者の関係上には問題は無かったとしても公式的な場合には、その違いは凄く大きな違いとなる。
「…となると、曹純向けの催し物を、って事?」
「そうなるかな
ただ、今回だけじゃなくて最低でも今後も継続させる事を前提条件にした方が、印象は良いと思う
だから、態々考えなくても既存の祭りみたいな催しが有るなら、規模を拡大して遣るのも手だと思う
国の一つの“伝統”として有り続ける様に、って」
そう、何気無い事みたいに言ってる祐哉だけど。
聞いている私達は泣きそうだったりする。
私や祭達、祐哉と仲の良い面々は今直ぐに押し倒して襲いたい位に感動した。
──side out。




