曹奏四季日々 7
周瑜side──
──八月十五日。
あの最終決戦から二週間。
早いのか遅いのか。
それは個人の感覚次第だが時は確実に流れる。
現在進行形の国家事業。
多種多様な内容が有る中で民からの注目を集めるのが“洛陽再建計画”だろう。
特に、洛陽で生まれ育った者達にとっては朗報。
移住者の多い一部地域では御祭り騒ぎが起きた程だ。
…まあ、そうなる気持ちも理解出来無い訳ではない。
洛陽は公的には炎上以降は賊徒さえ寄り付かない場所──“廃都”“死都”等と一時は呼ばれていたのだ。
だが、その水面下では実は着実に再建に向けた作業が行われていたりした。
──とは言え、その事実は“壬津鬼”内の一部にしか知られてはいない。
要は“敵を欺くには先ずは味方から”という事だ。
まあ、現実的な事を言えば最終決戦に向けての配慮。
洛陽が再建されるとなると闇で蠢く者が出るからだ。
尤も、そういった連中には御退場頂くがな。
「久し振りの出番だな」
「雷華様、それを言ったら駄目ですよ」
「だが、事実は事実だ
最近、晶を離れる事自体が少なかったからなぁ…
嗚呼っ、素晴らしきかな、現場仕事っ!」
「…はあぁ〜…」
「も〜…斗詩ってば〜…
いい加減に慣れたら?
最終決戦の時だって大活躍だったんだから」
「…じゃあ、珀花さんのと交換しますか?」
「それは無理です!
何故なら、それは大好きな甘味と普通の料理を、取り替えっこするみたいなものなんだからね!」
「……その本音は?」
「私、掘削仕事は嫌」
「ほらぁーっ!」
「……二人共、黙れ」
『えぇ〜っ…』
「甘味一週間抜きだぞ?」
そう言うと、揃って両手で口を塞いで“喋りません”という示してくる。
全く、どうせ毎回同じ事を遣るのだから、いい加減に学習したらどうなのか。
そう愚痴りたくなるのだが“そういう遣り取りが時に緊張の緩和、壁や距離感の変化にも繋がるからな”と雷華様が仰有っているので私としても強くは言えないというのが事情である。
ただ、そういった状況では雷華様が頭を撫でたりして尖ってしまった気持ちを、和らげて下さる。
ええ、狡い御方です。
その一方で、愛器を手にし氣を結晶化させた掘削武具“ドリル”にて楽しそうに掘削作業をされている。
それはもう無邪気に子供が遊んでいるみたいに。
元々、部屋にて書類仕事を片付けるよりも現場仕事を好まれる御方ですしね。
最終決戦以降、内政仕事が増えていたのは事実。
華琳様から“明日は雷華を洛陽に行かせるから宜しくお願いね”と言われたのも目の当たりにして、納得。
雷華様の“気分転換”には私達も気を配らなくては。
洛陽再建が私達に伝えられ公式発表されて約三ヶ月。
外部工事は概ね完了して、今は中心部の工事中。
外部とは違い、中心部では壬津鬼や軍将と直属部隊が駆り出されている。
それは氣による作業が多い為だから仕方が無い。
一般人では出来無い部分は私達の仕事だからな。
そんな作業現場で雷華様が嬉々として仕事をしている姿を見ていると、表舞台に上げてしまう事に対しての罪悪感が湧いてきます。
土弄りが好きな雷華様には酷な事かもしれないが。
だが、必要な事だ。
まあ、野心の無い雷華様に新たな皇帝に成って頂いて曹魏を導いて頂きたい。
その様に、殆んどの者達が思っている。
そう思っていないのは概ね雷華様と一緒に居たいから現状の方が望ましい一部。
…その気持ちは判るがな。ただ、私達も色々と背負う立場である以上、その辺は考えなくてはならない。
「うぅ…私だけじゃなくて良かったですぅ…」
「大袈裟ですね〜」
「珀花さんに、この喜びは判りませんよぉ…」
汗水ではなく、涙と鼻水を流している斗詩。
それを呆れた様に見ている珀花だが、普段のお前へと私の懐く感じは今のお前が懐く感じと同じだと大きな声で言って遣りたい。
斗詩に関しては……まあ、同情的な気持ちは有る。
初めて斗詩の武具を見た時私の武具ではなかった事に感謝した位だからな。
だが、斗詩と斗詩の武具の有用性は実際に目の当たりにして初めて理解出来る。
……自分が担う気には全く為らないがな。
だから、頑張ってくれ。
お前にしか出来無い事だ。
「……一度、全員で交代で体験して貰いたいですね」
「あっ、そうそう、冥琳、此処の段取りだけど──」
「ああ、其処か、其処には此方が終わってから──」
「ああーっ!?、酷いっ!!、二人共酷いですよーっ!!」
普段なら絶対に乗らないが事が事だった為、無意識に珀花の振りに乗ってしまい斗詩から批難された。
当然と言えば当然だな。
私が斗詩の立場であっても同じ様に怒るだろう。
正直、斗詩が鬱陶しいが、皆に代わって頑張っている斗詩なのだから無下に扱う事は出来無い。
下手な対応をすれば此方に飛び火して来るのは間違い無いだろうからな。
──と言うか、斗詩め。
今更になって何という事を思い付くのか。
もし、全員が反対するなら言わせても構わないのだが少なからず、斗詩の提案に頷くだろう者が居る以上、此処で潰してしまわねば。
全く…これも珀花が余計な事を言ったからだな。
どうして遣ろうか。
「あ〜、良い汗掻いた〜」
満足そうに湯船に浸かられ重労働を重労働と感じてはいないのだろう雷華様。
その様子を見ながら私達も一緒に入浴している。
見慣れている筈の雷華様の裸なのだけれど。
…ぅむぅ…こういう時には違って見えるものだな。
台詞は中年臭いのだが。
──と、少し気になった。
雷華様から見た時、私達はどの様に見えるのだろう。
勿論、雷華様から女として見られている事は身を以て知ってはいるのだが。
ちょっとした好奇心だ。
「雷華様、この様に湯船に浸かる女性の姿を見られてどの様に思われますか?」
「んー?、それはアレか、色っぽいとか?」
雷華様は、いつもより気を抜かれているのか。
ちょっと珍しく怠けている感じで訊ね返される。
…気を許されているという感じがして、何気無いのに女心が擽られる。
まさか、これも狙って?。
…いえ、そういった真似は為さらない方ですから。
これは素ですか。
…雷華様、恐ろしい。
華琳様が仰有っていた様に天性の“誑し”ですね。
まあ、それはそれとして。
答えて頂けそうですから、今は集中しましょう。
但し、この話題に食い付き過ぎない様に気を付けて。
「はい、その様な感じです
如何でしょうか?」
「それはまあ、俺も男だ
女性の入浴姿という場面は興味を引かれるな」
「雷華様でも“覗き”とかしてみたいですか?」
しれっと割って入って来た珀花(馬鹿)に“余計な事を言うな馬鹿者!”と思わず怒鳴りそうになるが何とか堪えて睨み付ける。
だが、相手が悪い。
この程度で反省する様なら私達は苦労はしない。
気付いた様子も無く珀花は湯船の中を雷華様の方へと移動して近付く。
…こういった時程、此奴の物怖じしない──いいや、空気を読まずに踏み込める肝の大きさには感心する。
「あー…覗きか…
まあ、アレは特殊と言えば特殊なんだろうな…」
「遣った事有りますか?」
「…覗き目的ではないな」
「じゃあ、結果的に?」
「まあ、そうなるな
昔──と言っても“彼方”での話だけどな
仕事の必要上、先ず状態の把握が不可欠だったから、見た事は有ったな」
「興奮しました?」
「当時は華琳に逢った後、離れ離れになっていたから余計に他に興味が向かない状態だったからなぁ…
全く、意識しなかったな
あ、華琳には言うなよ?」
そう答え苦笑する雷華様。
かなり、珍しいですね。
元々、私達も訊かない様にしていましたし、雷華様も必要以上には御自身の昔の事は話されませんから。
そういう意味では珀花には感謝しなくては。
ただ、出来る事なら内容はもう少し正面な事に変えて貰いたい所ですが。
「それじゃあ……華琳様や私達の場合なら?」
「んー…興味が無いという訳じゃないんだが…」
「でも?」
「そういうのは、思春期の男同士の悪乗りだったり、意味不明な使命感から来る衝動的な欲求だしな〜…
子供らしくなかった俺には縁の無い話だったな」
そう自嘲する様に仰有る。
完全には無理でしょう。
しかし、理解は出来ます。
私自身、子供らしかった訳では有りませんから。
それはまあ、雷華様達より子供らしくは有ったのかもしれませんが。
その辺りは当人の認識では正しくは判りませんから。
まあ、珀花に関して言えば子供らしいと言えばらしいのかもしれませんが。
今と大差無いので。
いえ、珀花の事は兎も角。
雷華様は普通の子供の様に在りたかったのか。
それが気になります。
「それなら、遣ってみたらどうですか?」
「…珀花、お前は俺に殺人を犯させたいのか?」
「…へ?、え〜と、あの、どうしてですか?」
「当たり前だろうが
俺は独占欲が強いんだ
他の男に“自分の女”達の裸を見られようものなら…見た奴は絶対に殺す」
『…………………………』
雷華様の本気の目付き。
しかし、恐怖感を懐く事は全く有りません。
寧ろ、その眼差しに思わず胸が高鳴ります。
自分が如何に愛されていて想われているのか。
それを感じますから。
頭では理解していようとも直に言われると別格です。
聞いた珀花でさえ、耳まで赤くして俯く始末。
こんな殺し文句を言われて我慢が出来る程、私達とて良い娘では有りません。
照れて惚けてしまっている二人の事は置いておいて、私は立ち上がって雷華様の前に肢体を晒す。
お湯ではなく、雌の本能が身体を内側から熱する。
「責任、とって下さいね」
そう言って返事を待たずに雷華様の唇を奪う。
拒まれる事は無く雷華様の両腕が導く様に抱き締め、私は再び湯に浸かる。
出遅れた事を気にするより仲間外れにされない様に、二人も参加してくる。
フフッ、これで共犯だな。
風呂から上がり、雷華様と一旦別々となる。
私は第一陣だからな。
まだ、この後にも有る。
珀花と、嬌声以外は殆んど発していなかった斗詩だが若干逆上せ気味だった。
だから、きちんと水風呂に入れと言ったんだ。
…全く、風邪を引かないといいのだがな。
「覗き、ねぇ…」
「赦せませんか?」
「そんな事は無いわよ?
──と言うか、雷華なら、絶対にバレずに、覗き放題でしょうね」
華琳様に御話ししてみれば微妙な反応から、その様に根本的な指摘をされる。
確かに、その通りですね。
雷華様なら遣る気が有れば覗き放題でしょう。
失念していましたね。
「雷華は…まあ、私も同じ様なものだけれど…
初恋(最初)が特別過ぎて、感覚が麻痺しているのよ
基準が其処だから、他には興味が向き難いのよ」
「…ですが、絶対ではないという事ですか?」
「私は有り得ないわよ?
ただ、其処は男女の違いと言うべきでしょうね
私達からすれば雷華以外の男の子供なんて欲しいとは微塵も思わないでしょ?」
「勿論です」
「それは女は自分の御腹に子供を宿すからよ
だから、余計に他を男とは意識しないのよ
性別的には男だとしても、恋愛対象としてはね」
「…成る程」
「一方で、男は女に子供を孕ませるのが本能よ
だから、複数の女に対して魅力を感じるのは可笑しな事ではないわね
勿論、人間は動物と違って理性的に思考するのだから“社会的な道徳観”により忌避されるけれど」
「そうかもしれませんね」
「そういった事も有るから私よりは雷華の方が他への興味は湧き易いわよ
ただまあ、雷華の価値観は一夫一妻だったから…
こうして貴女達と向き合う事が出来るだけでも十分な成長でしょうね」
その辺は華琳様は華琳様で御苦労された筈だ。
雷華様ではないが、やはり独占欲は私達にも有る。
だが、共有出来ているのは華琳様の御陰だ。
華琳様が私達を受け入れて下さっているから成立し、私達も幸せで居られる。
“たられば”の可能性さえ要らない程に。
──side out。