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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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刻綴三國史 3


店員の女性に案内をされて泉里ちゃん達に続き二階に上がって行きます。

入り口からは見え難い所に有った階段を上ります。

明るい外から直に入ると、少し薄暗く感じます。

でも、階段の足場は広くて大して危ないと感じる事は有りません。


気になるとすれば別の事。

人一人程の幅という事から上り下りする店員さん達や御客さんが鉢合わせをして込み合いそうです。

そう思ったのが判ったのか或いは多い質問なのか。

店員さんが私達が上るのは“上り専用階段”であると教えてくれました。

同時に“下り専用階段”も有る事が判りました。

とても面白い構造です。

子供の頃、“秘密の場所”へと向かっているみたいな楽しさが胸に湧きます。


この御店を考え出した方は遊び心が有る方でしょう。

そして、御客さんにも色々楽しんで貰いたい。

その為の創意工夫を為さる向上心の強い方なのだと。

そう私は感じました。


階段を上がり切ると視界は一転します。

薄暗い洞窟を抜け出して、秘密の花園に辿り着く様な冒険譚の一場面の様に。

開けた視界に映り込むのは街並みと雄大な江水の姿。

遠くには私達の住む江東の山々と空と雲が霞みながら美しい景観の一部と為って一つの絵画を思わせます。


その景色に思わず見惚れ、足を止めてしまいます。

仕方が無いと思います。

だって、私達の守る存在がこんなにも綺麗なんだって知りませんでしたから。

勿論、背負うべき存在だと判ってはいます。

ですが、私達は権力闘争に負けない様に、生き残れる様に必死に為っていても、こんな風に眺める事なんて考えた事は有りません。

こういう時代ですから。

人命が優先される事自体は当然だとしても、その先の人々の生きる場所、景色を優先する事は有りません。

だから、衝撃的です。



(…私達は曹魏という国をどう見ていましたか?…)



自然と自問していました。

強者・大国・実質的支配者という印象が強いです。

それは、確かに客観的では有りますが、政治的観点が強く出過ぎている為で。

曹魏の“有りの侭”の姿を見てはいないという事で。

自分達の“視野”が如何に狭くなっていたのか。

それを実感しました。



(…雪蓮様も、祭さんも、自分の目で見ているから…

だから、感じたのですね)



曹魏が──曹魏の信念が、支配による統一ではなくて共生による融和なのだと。


それは大陸──漢王朝領の完全統一よりも更に困難で想像の域を出ない挑戦。

もし、私が雪蓮様の口から聞かされたなら、賛同する意思は有っても、推奨する事は出来ません。

主君の理想も大切ですが、軍師として現実を蔑ろには出来ません。

理想よりも、現実(生命)が大事ですから。

だから絶対に了承出来ず、例え処断されてしまおうと認める事は赦されません。

民は駒では有りません。

私達も民は同じ人であり、唯一つの存在なのだから。




肩を軽く叩かれた事で私は我に返りました。

顔を向けた先には無表情に見える水那ちゃん。

相変わらず解り難いです。



「立ち止まる、邪魔」


「──え?、あっ!?、あ、あわわっ!、しゅしゅっ、しゅみましぇんっ!」


「いいえ、大丈夫ですよ

其処からの景色を楽しみに当店へと来られる御客様もいらっしゃいますので

その為に、其方等は広めに造られています」


「──ぇ?、あっ…」



水那ちゃんの指摘に慌てて謝った私に対し店員さんは優しい笑顔で対応。

店員さんに言われて見ると確かに一階の階段入り口の場所とは違い、二階出口は広々としているし、幾つか長椅子や小さな卓も有る。

まるで、東屋みたいに。


ふと、ある事に気付いて、水那ちゃんを見ます。

すると、祐哉さんが遣って以降孫家内で広まっている“ぴーす”をされました。

色々な意味が有るのですが今の場合、“成功”という意味なんだと思います。

“悪戯、成功”という。



「当店の人気商品の一つが“二階で見る景色”です

これは当店の設計者であり総帥である曹純様の案で、曹純様は──っと、申し訳有りません

失礼致しました」



熱く語り出しそうになって今度は自制した店員さんが謝ってから案内を再開。

二階は殆んどが個室の様で通路は景色の反対側に有り個室の全てで少しずつ違う景色が楽しめるそうです。

その為、“全室制覇”なる目標を掲げて来店をされる御客も多いのだそうです。

ただ、予約は出来ませんし部屋の指定も出来ません。

その時の運次第、といった遊び感覚が御客を楽しませ足を運ばせるのでしょう。

私も全室制覇をしてみたい気持ちに為りますから。


通された部屋は落ち着いた雰囲気で、木の香りのする優しい感じの造りでした。

何でも、個室の造りも全て異なっているそうです。

それから季節毎に内装にも変化が有るのだそうで。

益々楽しみに為ります。

次に曹魏に来た時にも必ず寄りたいと思います。



「どうぞ、御絞りです

此方等が採譜になります」



“御絞り”というのは白い手巾の事なのでしょう。

泉里ちゃん達は手に取って両手を拭いています。

…成る程、食べる前に手を綺麗にするんですね。

画期的ですが、普通の商家では経費が大変そうです。

そうなると、この御店って高級店なのでしょう。

曹純さんが携わっていると店員さんも言っていたので当然と言えば当然の事。


革製の表装をされた採譜を前に置かれて、手に取って開いてみると中には商品の名前に加え、一部の商品の絵が描いて有りました。

とても綺麗で、まるで直ぐ目の前に有るみたいに。

思わず見入ってしまう程で顔を近付ければ商品からは匂いがしてきそうです。

驚きも有りますが、自然と喉が鳴ってしまいます。

何れも美味しそうなので。




目移りしてしまいそうな中目に映った物に対して更に私は驚いてしまいます。

それは商品の値段です。

格別に安い値段、という訳では有りませんが、高級店だと思っていた私からしてみれば全然安いです。

寧ろ、私達の街の商家なら十倍の値段が付いていても可笑しくは有りません。

飽く迄も絵を見た印象ではという話なのですが。



「“檸檬紅茶”を三つと、私は“苺の花蛋”を」


「“蜂蜜の班戟”、二つ」



そう思っている内に二人は店員さんに注目していた。

採譜を開いてもいないので常連なのかもしれない。

或いは、別の場所にも同じ御店が有るのかも。

いえ、そんな事よりも。

今は何を頼むか決めないと迷惑を掛けてしまいます。

しまいますけど──これは直ぐには決められません。

悩まし過ぎます。



「…“当店一押し商品”を頼んでみたらどうです?

初見では判断出来無い物が多いのは当然ですから」


「…えっと、では、それで御願いします」


「はい、畏まりました」



店員さんは笑顔で一礼して退室して行った。

その姿を見ていると城内の侍女の方達の様に丁寧で、凄いと思ってしまう。



「水那、夕飯の前に二つは食べ過ぎです」


「大丈夫、甘味は別腹」


「それは気分の問題です」



頼み過ぎだと水那ちゃんを注意する泉里ちゃん。

水那ちゃんの言い訳を聞き溜め息を溢す。

その気持ちは判ります。

軍師として全く根拠の無い理由は納得し難いので。


ただ、それはそれとして。

二人の何気無い会話だけど姉妹の様な遣り取りを見て胸の奥が小さく痛む。

針で刺されたかの様に。

棘が刺さったかの様に。



(………私は最低です…)



実の姉妹の私よりも姉妹な感じがする泉里ちゃん達に嫉妬している。

“そんなに気にするのなら最初から妹と一緒に居たら良かったのに…”と。

きっと他人事だったら私もそう考えると思います。

“だって、姉妹だから”は便利な免罪符じゃない。

私は私の、水那ちゃんには水那ちゃんの、選んだ道が有って、それが違うだけ。

ただそれだけの事。


二人の関係は私よりも長く深く理解しているから。

親子や兄弟姉妹だからって何でも理解し合えるという訳ではないです。

だからこそ、お互いに話し理解し合うのです。

私は怠ってしまった。

ただそれだけの事。

二人は何も悪くはない。





「さて、貴女も元気そうで何よりです」


「──あ、うん、せっ──司馬懿ちゃんも」


「雛里、貴女になら真名で呼ばれても構いません」


「同意」



私が春蘭さん達から聞いた曹魏の真名の扱い方に対し配慮した事を察したら苦笑を浮かべる泉里ちゃん。

遠回しに“誰かさん”には呼ばれたくはない、という意思を感じさせます。

…その気持ちは判ります。

水那ちゃんも簡単だけど、許可してくれました。



「有難う、泉里ちゃん

水那ちゃんも、元気そうで安心しました」


「心配無用、無病息災」


「貴女は…もう少し会話を頑張りなさい」


「善処」



昔から口数が少ない娘で、でも、何が言いたいのかは実は判り易い水那ちゃん。

私達の様に長々と言わずに少ない言葉で意図を伝える事が出来るのは頭の良さが際立っているから。

面倒臭がりでさえなければ軍将・軍師として、歴史に名を残す筈です。

先生も惜しんでいました。



「それは兎も角として…

色々と私達に訊きたい事が有るのでしょう?」


「…訊いても良いの?」


「良くなければ言いません

尤も、機密に関しては当然話せませんが」



そう言って笑う泉里ちゃんだけど、それは私の緊張を解す為の一言。

私は質問をし始める。


一番気になる姓名字が別に変わっている理由に始まり私塾を離れてからは何処で何をしていたのか、曹魏に仕えるに至った経緯等。

水那ちゃんにも同じ様に、私塾が閉じられて別れた後何処で何をしていたのか、曹魏に仕える経緯等。

逆に、水那ちゃんから私が何処で何をしていたのか、孫家に仕えるに至る経緯、気になる異性の話等。

色々と話をしました。


話している内に注文をした品々が届き、その珍しさと美味しさに凄く驚きながら会話は弾みました。

水那ちゃんに関して言えば決して他言出来無い内容も含まれていましたが。

人生、色々有りますから。

こういう時代です。

時に、容易に口に出来無い経験等も有る訳で。

だから、可笑しな事だとは私も思いません。




“楽しい時間”というのはあっと言ういう間に過ぎて終わりを迎えます。

“この時が永遠に…”と。

誰しも一度は思う事。

ですが、時は流れます。

しかし、だからこそ人々は再会を喜ぶのでしょう。


御店を出て、三人で並んで黄昏に染まる街を歩く。

まだ私塾に通っていた頃。

こうして三人で歩いていた事が今は懐かしいです。



「時代は移り変わります

私達が“常識”としていた事でさえも変化します

学ぶ事を止めた時、私達の成長は終わります

私は、まだまだ足りません

目指す場所は遥かな高み…

満足など出来ませんから」



夕焼けに染まる江水。

その景色を見詰めながら、泉里ちゃんは昔とは違って明確な向上心を口にする。

目立つ事を嫌っていた頃の泉里ちゃんではない。

軍師として、女性として、彼女は私の先に居る。

その姿が羨ましい。



「…私も…出来るかな…」


「それは貴女次第です

貴女が望み、其処へと至る為の努力を惜しまなければ可能性は有ります」


「違う、女として」


「あわわわっ!?」


「……………」



物凄く真面目に言っていた泉里ちゃんに悪くて違うと言えなかったから、上手く流してしまおうとしたら、水那ちゃんが指摘した。

その瞬間に私は恥ずかしい事も有って慌ててますし、泉里ちゃんも勘違いをした事が恥ずかしいのか江水の様に真っ赤に為りました。



「期待は自由、でも現実は儚い、残念無念」


「酷いですよっ!?」


「大丈夫、小さいの好み、男、居る、頑張る」


「励ましてます?!」



悪気が無いだけに適当で、容赦の無い妹の“言刃”が私の胸を抉ります。

…抉る位だったら、叩いて大きく腫らして下さい。

それなら大歓迎ですから。

と言うか、泉里ちゃん。

どうしたら、そんなにまで成長するんですか?。

是非とも教えて下さい。

…教エテクレルヨネ?。

ダッテ、ホラー、私達ッテオ友達ダモンネー?。



──side out。



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