刻綴三國史 2
司馬懿side──
雛里──鳳統達との会談を終えて会場に有る控え室で椅子に座り一息吐きます。
色んな意味で疲れました。
「久し振りの姉妹の再会は無くても良いのか?」
「元気、聞いてる、不要」
「まあ、隠密衆も再び外に任務で散っているからな
情報は確かだろうが…」
似た様な境遇の姉妹という事も有り、鳳姉妹の関係を気に掛ける秋蘭でしたが、水那は普段通りの反応。
…まあ、宅に居れば自然と隠密衆の、雷華様の情報の確かさを疑う事が無意味な事だと解りますから。
それも無理も有りません。
勿論、私達が鵜呑みにするという事は駄目ですが。
信頼と信用は似ている様で違いますから。
その辺りは心得ています。
水那の反応に苦笑を浮かべ秋蘭は此方を見ます。
巻き込むのは止めて欲しい所ですが、身に覚えが有る以上仕方有りません。
「最後のは約束か?」
「…彼女が察していれば、の話ですが…」
「それは大丈夫だろう」
「仔犬、尻尾、嬉しい」
特には誤魔化す様な事では有りませんから言いますが若干の恥ずかしさは有り、少し意地悪な言い方に。
それを察して秋蘭は苦笑を浮かべながらも、言外には“素直ではないな、お前が一番判っているだろうに”という声を滲ませる。
水那は水那で独特の表現を口にしますが、その言葉が頭の中で形となると、実に納得出来てしまう姿が。
お尻から伸びる可愛らしい尻尾を振っている彼女。
似合い過ぎていて、水那の観察力に感嘆するよりも、水那の中に有る姉(彼女)に対する認識・評価が微妙に気に為りました。
追及はしませんけど。
「人払いは必要か?」
「返って不自然になるので必要有りません
抑、旧友と姉妹の再会で、それ以外には特別な意味は有りませんから
それを疑われてしまう方が後々面倒に為ります」
そう私が言うと水那の方は“…え?、私も行くの?”とでも言いた気な表情に。
面倒臭がりな事は知ってはいましたが、実の姉と久し振りに会う事も“面倒”と思う程だったとは。
……まあ、花円よりは全然増しでしょうね。
あの娘は姉とは絶対に会うつもりは無いでしょう。
雷華様達から命令されれば“職務上”の対面はしても個人的に会う事はしないと断言出来ますから。
尤も、それは私も同様。
諸葛亮が相手なら個人的な再会の場を設ける様な事は有り得ません。
必要性が無いですから。
可能性が有るとするなら…諸葛亮が自らの手で劉備達(害悪)を断じた後ですか。
それなら、一考するだけの価値は有りますから。
(…三者三様、それは当然では有りますが…
縁とは業が深い物ですね)
曾て、叔母の元で机を並べ学んでいた私達。
自らの道へと歩み出して、その途中では有るけれど、理想と現実は無情。
重なる事も、外れる事も。
世に有り触れた事。
──side out。
黄蓋side──
何とか無事に会談を終え、滞在している宿に戻る。
緊張から解放された途端に寝台に突っ伏す二人を見て“やれやれじゃのぅ…”と言いたくなるが堪える。
今後を考えると、雛里には特に慣れて貰わねば困る。
恐らく、曹魏との交渉役は雛里が中心になる筈じゃ。
劉備側との交渉役は雛里と諸葛亮が既知である事──同門という部分を考慮し、穏達が当たるじゃろう。
雛里自身が云々ではなく、諸葛亮の方が付け入る様に遣る可能性が有る以上は、下手に接触はさせられぬ。
雛里の為にものぅ。
亞莎と風は何方等にも参加出来るじゃろうから二人は臨機応変に、じゃろうな。
雛里と違い、風は知り合いでもある趙雲が相手でも、平気じゃろうからな。
(ふむ…策殿も蓮華様には迷惑は掛けられぬ立場…
そういう意味でも雛里には成長して貰いたいか…)
曹魏の軍将に関しては一応ある程度情報は得られた。
しかし、軍師は未だに表に名前が出て来ぬ。
故に、その辺りの未知への怖さは拭えぬからのぅ。
「…雛里、明命
お主等は今日会った三人、夏侯淵以外をどう見た?
護衛の者は同じ鳳姓じゃし思う所も有ろう?」
そう声を掛けると、明命は小柄さと身体能力を活かし寝台の上で跳ね起きながら正座して着地。
姿勢を正して、話す用意を瞬時に整えた。
身軽な所は明命が大好きな猫の様じゃが、その中身は忠犬にしか思えんな。
がっかりしそうじゃから、本人には言えんがのぅ。
対して、軍師で身体能力の低い雛里は慌てて起きる。
その姿は可愛らしい。
小蓮様にも雛里の可愛げが欲しい所じゃな。
「…えっと…あのですね…
彼女──鳳会は妹です…」
「成る程、妹か……妹?」
「はい、正真正銘の、同じ父母から産まれた妹です
…私と違って、綺麗で胸も背も大きいですけど…」
後半の呟きは聞き流す。
何やら黒い気配がするが、“触れては為らんっ!”と儂の本能が叫んでおる。
あと…明命も居るからな。
下手な事は言わん。
後で訓練で遣り返されても堪らぬからのぅ。
「…お主に妹が居るという話は初めて聞いたのぅ…
姉は軍師、妹は…軍将か?
優秀な姉妹じゃな」
「仲は悪く有りませんが、私塾が閉鎖されてから全く会っていませんので…
あと因みにですが、朱──諸葛亮にも妹が居ます
姓名は諸葛瑾と言います」
「…その諸葛瑾も、曹魏に居ると思うか?」
「…可能性は高いかと
二人は仲が良かったので
少なくとも劉備陣営に居る事だけは有りません
彼女は、姉の諸葛亮の事を嫌っていますから…」
「…その諸葛瑾は軍師──いや、文官か?」
「はい、姉妹で同じだった故の見解の相違です
私とは普通でしたが…
今なら、彼女が嫌っていた理由も解る気がします…」
場の雰囲気が重苦しくなる予兆を感じ、咳払いする。
元々、雛里は大人しいので一度沈むと長く尾を引き、後々に引き摺る事が有る。
そうさせない為の配慮。
「あの場では再会の挨拶も出来ぬじゃろうな…いや、そうか…若しや最後に店の話を切り出したのは…」
「はい、その為だと…」
抜け目が無いと言うべきか悩ましい所では有るが。
そういった然り気無い所に余裕を感じさせられる。
同時に懐の深さ・大きさを否応無しに気付かされる。
自分達の事だけで精一杯な儂等には及ばぬ配慮じゃ。
「…それから…司馬仲達と名乗っていた女性ですが、同門に為ります」
「……成る程、此方等から雛里が交渉役に出て来ると見抜かれておった訳か…」
「…恐らく、何処の情報も筒抜けかもしれません
逆に言えば、それだけ魏の諜報能力は高いという事を裏付けています
ですが、今更気にしようと無駄だと思いますので特に気にはしない様にした方が良いと思います」
「…それもそうじゃな」
下手に警戒し、疑心暗鬼に為っても良い事は無い。
今更隠したりしようとして曹魏に勘繰られてしまえば王位が確実に遠退く。
それを考えれば、機密など有って無い様な物。
要は曹魏に知られようとも自領内に知られては不味い情報が漏洩していないなら問題ではない。
曹魏が劉備側に情報を流す事も有り得ぬしのぅ。
「──となるとじゃな
店には雛里だけで行く方が余計な気を遣わせずに済むじゃろうな」
「えっと…すみません…」
「何を謝る事が有る
旧友と姉妹の再会じゃ
ゆっくりしてくれば良い
儂等は儂等で適当に土産を選びながら散策しておる」
「……わ、私もですか?」
「何じゃ、不満か?」
「い、いえっ、そんな事は有りませんっ、はいっ」
儂と一緒に回ると為ったら意外そうにした明命。
ジーッ…と見詰めて遣るとスッ…と目を逸らした。
無言で右手を伸ばし明命の左肩を掴み、力を入れる。
叫ぶ程には痛くはないが、決して軽くはない強さで。
「…………後生ですから、どうか曹魏の御猫様探しに行かせて下さい」
「…振れぬな、お主は…」
呆れながらも“明命ならば当然の発想か”と納得。
しかし、放置すると朝まで帰って来んかもしれぬ。
…はぁ…仕方が無い。
適当に付き合って遣るか。
これも息抜きじゃからな。
──side out。
鳳統side──
宿を出て祭さん達と分かれ聞いた通りに道を進むと、直ぐ“旬果楼”と書かれた看板を見付けられた。
老舗らしい感じさせられる深みの有る佇まい。
しかし、その一方で店先は“ただ古いだけではない”という事を示す様に斬新な出入口をしている。
少なくとも、今までに私は見た事が無い造り。
それ一つだけ取って見ても曹魏内は市井全体の意識が高いのだと察せられる。
健全な競争が為されるから新しい文化は生まれる。
そういう事なのだと。
「いらっしゃいませ〜♪」
店内に入った瞬間、一人の女性が笑顔で迎えてくれ、自分の事なのか判らないで周囲を確認してしまった。
今、入って来たのは私しか居なかったので、恥ずかし過ぎて逃げ出したくなって思わず俯いてしまった事に更に自己嫌悪してしまう。
恐らく店員さんなのだろう女性は困っている筈。
本当に…自分が情けない。
「あ、お客様、もしかして曹魏は初めてですか?」
「あっ、は、はいっ…」
優しい声で訊かれた事で、私は自然と顔を上げていて変わらず朗らかな笑顔で、丁寧に接してくれる女性に気持ちも緊張も解れる。
…何と無く、危なくはない雪蓮様みたいな感じがして親しみを感じる。
いえその…決して雪蓮様が尖った刃みたいな雰囲気を常に纏っているという様な意味では有りません。
飽く迄も、偶に、です。
「今でこそ、私達の接客は定着していますが、以前は他所と同じでした
ですので、初めて曹魏へと遣って来られた方は大抵が驚かれていましたね
最近は減りましたけど」
「そうなんですか…」
「ええ、この接客方法等は曹家直轄の商家から始まり今までは曹魏中の商家では基本と為っています
その為、現代商家開祖だと言える曹純様は商家の間で“商いの神”として呼ばれ尊敬されています
王都を含め、曹魏の各地に御自身で足を運ばれますし常に私達曹魏の民と近くで接して下さいます
素晴らしい御方ですよ」
屈託の無い女性の話に私は自然と聞き入っていた。
曹純さんの評価は噂以外は雪蓮様の話が中心。
知っている様で、その実、何も判ってはいない。
まるで影を追い掛ける様な気持ちに為ってしまう。
その為、畏怖を懐かずには居られない人です。
だからこそ、新鮮です。
直に聞ける人物像は。
「…立ち話、迷惑、駄目」
「──あっ?!、誠に申し訳御座いません!」
「構いません、初めて来る御客に対し丁寧に対応する事は接客の基本ですから
ただ、如何に曹純様の話で盛り上がっていても接客が疎かになってしまっては、曹純様も嘆かれます
それは忘れないで下さい」
「は、はいっ」
後ろから掛けられた声。
振り向いた先に居たのは、泉里ちゃんと水那ちゃん。
二人は店員さんに対し軽く注意しているみたいだけど内容は意外に厳しい。
強く叱り付ける様な言い方ではないのだけれど。
言われた方は深く考えて、反省させられる。
でも、意外と難しい事。
ただ冷静に理路整然とした正論を言って諭すのならば私にも出来そうですけど、これは先ず出来ません。
思考力・話術・理解力に、何よりも、強い信念。
それも“当然の事”である程に浸透していなければ、この遣り取りは不可能。
上辺だけではなく、本当に民にまで根付く思想。
曹魏の国としての本質を、根幹を見た気がします。
「所で、今日二階の個室は空いていますか?」
「はい、大丈夫です
御二人様でしょうか?」
「三人、此方も」
「御連れ様でしたか
それでは御案内致します」
長々と店先で御説教をする訳にはいきませんが、人に因っては遣るでしょう。
“赦せる心”は優しさでは有りません。
それは“ゆとり有る心”が生み出す寛容さです。
厳しく言う事が間違いとは言いませんが、相手自身が“考える事”が出来無いと意味が有りません。
成長は強制では生まれず、自己学習でのみ成ります。
教え導く者の理想像。
それが、曹魏の曹純さんと言えるでしょう。




