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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 5


 董卓side──


──八月十日。


曹魏の街は今日も賑やかに沢山の笑顔(はな)が咲き、戯れる様に吹き抜けてゆく風に楽しそうに揺れる。


良い事ばかりではない。

悪い事も少なくはない。

それでも、人々は心からの笑顔を忘れる事は無い。

二度と失いはしない。

二度と奪わせはしない。

王や臣兵だけではない。

曹魏の全ての民が。

国を守る為に戦う。

それが、曹魏です。


街の中を歩きながら。

日常となった景色を見て、不意に私は考える。

“もしも、あの時…”と。

悔いても悔いても尽きない後悔と自責の念。

確かに、あの戦の犠牲者は死者こそ出なかったけれど洛陽(故郷)を、家を、店を失った民は少なくはない。

その全てを受け入れた上で曹魏の民として迎え入れて下さった事には幾ら感謝をしても足りません。

同時に私自身、未来永劫、絶対に忘れては為らない事でも有ります。

“自らの過ちだから…”と戒めるだけではなくて。

次代に、子孫達に同じ事を繰り返させない為に。

伝えていく為にも。

忘れては為らないのです。



「あっ!、仲潁様ーっ!」



──と、景色を見ていたら私を呼ぶ元気な声が聞こえ──振り向いた所に小さな温もりが抱き付いてきた。

それが見知った女の子だと気付くのに時間は掛からず自然と右手を伸ばしすと、女の子の頭を優しく撫でる──直前で思い止まる。

それをしてはいけない。

そう、私の理性が止める。



「こら!、いきなり走って抱き付くなんて事をしたら危ないでしょう!」


「あっ…ごめんなさい…」


「ええ、お婆様の仰有った通りですよ?

気を付けましょうね?」


「はい!」



直ぐ後から彼女を追う様に現れた壮年の女性が叱り、彼女は自分の行動を省みて項垂れてしまう。

そんな姿を見てしまうと、つい、“私だから…”とか“大丈夫ですよ”と言って赦してしまいそうですが、きちんと此処で危ない事と認識させる為にも怒る事・叱る事は重要です。

甘さと優しさは別物。

間違いを正してあげる事が大人の務めですからね。


尤も、過ちを認める姿勢は大人は子供から学ぶべきと言わざるを得ませんが。

大人に成ると言い訳ばかり口にしますからね。

そして、そんな大人を見て子供達は言い訳ばかりする大人に成ります。


結局、子供は大人を真似て学び、成長していきます。

大人が正しく在らなければ子供は正しく育ちません。

それは親や家族だけの話に限らず、社会的にです。


“黄巾の乱”という争乱も今では過去の出来事ですが“黄巾党”が成った理由、その数が爆発的に増加した理由というのは、そういう社会的な間違いを正せずに放置した結果です。

ですから、私達は過去から学ばなくては為りません。

忘れては為りません。

過去とは事実なのです。

可能性の話ではない。

その事を私達は噛み締めて未来に歩んで行かなくては為らないのです。




そんな事を考えている内に女の子は元気な姿に。

切り替えの早さというのは子供には敵いませんね。

立場や責任、自尊心等色々大人は有りますからね。

少し、羨ましく思います。


女の子の頭を撫でながら、お婆さんは私を見て笑むと会釈し、私も返す。

普通なら、街中かだろうと土下座して赦しを請う様な場面なのですが、其処まで大袈裟にしなくて済むのが曹魏の気安さでしょう。

この位の気軽い遣り取りが出来るのも曹魏の魅力。

それも王・臣・民が互いに信頼し合うからこそ。

流石に公務中は気軽な事は慎み合いますけど。

公私は服装で見分ける事が簡単に出来ますからね。

その辺りは昨日今日という訳ではない為、民の間にも浸透しています。



「こんちには、仲潁様

今日は御休みですか?」


「ええ、こんちには

久し振りに、街の散策でもしてみようかと思って…

流行り廃りは商売の常、と言いますから」



そう言って視線を街の方に向けて人や建物を見る。

商いの厳しさと言いますか寂しさと言いますか。

複雑な気持ちがします。

頑張って開いた筈ですが、一ヶ月後には閉店していて別の御店が開店する準備で忙しくしていたりすると、前の店主の事が気になって考えてしまいます。

ですが、その一方で新しく開店する御店も気になってしまうのも正直な所です。


実際問題、閉店した御店の関係者を探したりする事は先ず有りませんが。

余程、縁の深い相手ならば可笑しくは有りませんが、基本的には其処までする事自体考えられません。

贔屓にも為りますから。


変わらない事など無い。

それは街の景色も同じで、少し時間が経てば知らない御店が街に出来ていたり、少し前に出来た筈の新しい御店が無くなっていたり、商売の世界は入れ替わりが物凄く早いです。

逆に、長く続く御店だって御店の名前と歴史(長さ)に縋っていては潰れてしまう事に為りますからね。

歩みは止められません。


曹魏は平和な分、商家等の生存競争は他を寄せ付けず群を抜いています。

国として安定しているから需要と供給は常に変動し、移り変わりますので。

そんな中でも多く固定客を得る事が出来るというのが本物である証です。

一過性の集客ではなくて、継続出来るか否か。

其処が重要な訳です。

客数の増加も大事ですが、一定数の固定客を逃がさず掴まえ続けられるか。

それが商売繁盛の基本です──というのが、雷華様の教えだったりします。

私は商売は素人ですから、詳しくは解りませんが。



「あっ、仲潁様、仲潁様!

この先を左に曲がった所にこの間新しい御茶屋さんが出来たの!

其処ね、凄く美味しいよ!

一回行ってみて!」


「そうなの?、それじゃあ行ってみますね

教えてくれて有難うね」


「うん!」



何気無い、他愛無い会話。

だけれど、それが何よりも温かくて、心地好くて。

大切なのだと思います。




暫し雑談を交わして別れ、教えて貰った御茶屋を探し通りを歩いて行く。


雷華様と、皆と、歩く時と一人の時では同じ景色でも見え方・感じ方が異なり、違った発見が有ります。

そういう意味では雷華様が私達に自由に行動する事を推奨されるのも判ります。

ただ、そう判ってはいても“出来れば一緒に…”と。

そう思ってしまいますが。

それは仕方が有りません。

私だって女ですからね。

愛する旦那様と、ゆっくり過ごしたいと思います。



「──と、此処ですね」



目的地である御茶屋らしき建物を見上げると看板には“和気楽(おきらく)茶”と書かれていました。

雷華様の──曹家の影響で変わった名前をした御店も最近は増えましたね。

見慣れ・聞き慣れてしまい“変わっている”といった認識を持ち難く為ったのは良い事なのか悪い事なのか悩ましい所ですが。

まあ、文化の裾野が広がる事は良いですからね。

……変な文化が広がる事は看過出来ませんが。



「いらっしゃいませ〜♪」



引き戸を開け、御店の中に入った瞬間、出迎える様に掛けられた明るい声。

曹魏の商家では常識である“笑顔で明るく御挨拶”を実践している店員さん。

その一声で実力が窺えると言われていますからね。

簡単な様で、奥深いです。



『…………』



それは兎も角として。

笑顔のまま、固まっている店員の女性と見詰め合う。

お互いに、どうするべきか決め切れなくて。



「……御一人様ですか?」


「はい、一人です」


「只今、一人席は満席で、御待ち頂く事に為ります

相席でも宜しければ直ぐに御案内出来ますが?」


「相席で構いません」


「畏まりました、それでは御二階の方へ、どうぞ」



先に動いた店員の女性は、右手で行き先を示しながら案内する為に歩き出す。

その後を静かに追う。

色々訊きたい事も有るけど今は我慢しておく。

御店は忙しそうだから。


店内の一階の各席は一杯で老若男女問わず居る。

比率的には、女性と子供が多いのは仕方が無い事。

寧ろ、子供でも気軽に入り楽しめる価格帯である事が人気の要因となった御店が増えてきているのは本当に良い事ですね。

数年前は考えられなかった光景なのですから。



「此方に為ります」



階段を上り、通されたのは窓辺に置かれた卓。

其処に居た人物──相席の相手を見て、私は無意識に目を丸くしていました。





「此方が採譜になります

御注文が御決まりになれば御声掛け下さい」



そう言って待機場所らしき位置に下がり、知らん顔で他人の振りをする女性。

実は結構長い顔見知りで、付き合いの長さで言うなら詠ちゃんよりも長い。

立場的に親しく出来る様な関係ではなかったけれど、曹魏に来てからは縁も有り話す事も多いです。

その彼女が店員をしているという事も驚きでしたが、相席の相手にも驚きです。



「……ん?……欲しい?」


「いえ、美味しそうですが大丈夫ですよ」



食べていた手を止めると、匙に一掬いしてから私へと差し出してきた恋さん。

それを断りながら、採譜を開いて何を頼むか考える。

取り敢えず、注文する品を決めてから考えよう。


採譜に書かれている品々は半数が既知、半数が初見。

但し、それは創作ではなく単に馴染みの薄い珍しい物という事ですが。

安定か、挑戦か。

どうしても、初めての御店では悩みますね。


暫し、考えてから品を決め彼女を呼び、注文をする。

そして、本題に入る。



「非番に別の仕事をしても文句は有りませんが…

本来の仕事に支障が出ては元も子も有りませんよ?

それとも──そんなにまで御金に困っているのなら、一言言ってくれれば…」


「ちっ、違いますから!

あのっ、これはそういう事じゃないんです!

そのっ…この御店の店主が私の兄でして…

今日は手伝いで入っているだけなんです」


「……お兄さんが?

ですが、貴女は確か…」


「え〜と、その…ですね…

亡くなった母の前の夫との間に出来たのが兄でして…

離婚し父親に引き取られて両親は疎遠だったんですが兄が母を探して訪ねて来た事が切っ掛けで私達兄妹は交流が出来ていまして…」


「…そうでしたか

無遠慮でしたね」


「いえ、私も話して置けば良かったのですが…

何か、恥ずかしくて…」



そう言って照れる仕草から仲が悪いのではないと判り気持ちが楽になる。

まあ、仲が悪いなら休日に御店の手伝いに来たりなどしないでしょうから。




彼女の方は解決しましたが恋さんは如何でしょうか。

現在、彼女が所属するのが実は恋さんの直属部隊。

上司として──というのが普通ですが、恋さんの場合考え難くので。

…単純に御客として来た、という所でしょうか。



「……月、今、幸せ?」


「──え?」



唐突な質問に思考は現実に引き戻され、顔を向ければ匙を銜えたまま此方を見る恋さんと視線が重なる。

その姿は可愛らしいのに、眼差しは真剣で。

思わず息を飲む。

けれど、答えは一つ。



「勿論、私は今、幸せです

それでも、“もっと…”と欲張ってしまう程にです」



そう、私は幸せです。

雷華様は約束を守り、私の過去を取り戻して下さり、洛陽での一連の騒動の話は曹魏国内では既に知らない者は居ない位です。

そして、最終決戦を終えて行商人達が再び往来し始め国外にも広まります。

それにより、私は私に戻る事が出来た訳です。

私は、私達は被害者であり真の黒幕が袁紹・袁術達で有ったという事を。

世間が認識する事で。


ですが、その一方で過去の私のままでは有りません。

それも含めて、幸せです。



「恋さんは幸せですか?」


「……ん、幸せ…だから、私も、早く“欲しい”」


「それは順番ですから…」



何が、とは言えませんから苦笑するしかない。


でも、はっきりと判るのは今此処に在るという事。

羨ましそうに私を見詰める恋さんの姿に、過去の私が得られなかった願いが。


失った物は有る。

だけど、得た物は多い。

そして──失う事によって芽生えた物が有る。

それを私は大切にする。

だって、それは理想の中に思い描いていた物よりも、ずっと素晴らしいから。

途絶えた道に未練は無く、続く道を真っ直ぐに歩む。

この生命の限り。



──side out。



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