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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 4


 関羽side──


──八月八日。


緩やかな、川の淵の水面を漂うかの様に、静かに。

意識という一滴が落ちて、身体という水面へと波紋を広げてゆく。

四肢に染み渡る感覚。

ゆっくりと目覚める意識が融け合う様に繋がる。



「………ぅん……んっ…」



部屋の中に射し込む陽光が目蓋の向こうを照らす。

温もりと心地好い気怠さを感じながら吐息が漏れる。

身動ぎすれば衣擦れの音が耳を擽る様に鳴る。

感覚に続き、其処で思考が漸く目覚めを迎える。


眩しさを嫌い、陽光からは逃げる様に顔を背ける。

そして少し暗くなった事に安心する様に目蓋を開く。

重たさは抵抗か未練か。

“もう暫く、この微睡みに浸っていたい”と要求する怠惰な私が居る。

それに対し、“何を怠惰な事を言っている!”と怒る真面目な私も居る。

何方等も私なのだが。


そういった思考が生まれた時点で意識は覚醒しており二度寝に就く事は難しい。

仮に、怠惰な私が勝っても5分も有れば眠気が遠くに旅立った事を認める。

5分も粘るのは意味の無い意地なのだろうが。


──とまあ、そんな感じで意味の無い思考をしながらゆっくりと目蓋を開けた。

焦点の合わない視界の中、陰の中に光の葉が揺れる。

水面に反射する陽光の様にキラキラと、穏やかに。

それが木陰の芝生に出来た陰へと落ちる木漏れ日だと気付くのは、薄らと天地を繋ぐ幾重の陽光の架け橋を目にしてから。

それを理解してしまうと、理解した事を本の少しだけ残念に、勿体無いと思う。

何故なら、理解しなければ見ている光景は幻想的で。

まるで、木陰の水面を泳ぐ光る魚が遊ぶかの様で。

或いは、月と夜に愛された陰の草原に咲く、光の花が風に戯れるかの様で。


ただぼんやりと眺めているだけでも笑みが浮かぶ様な気持ちに為れるのだから。

それを現実的に理解すると幻想性が失われてしまい、風情が消えてしまう。

仕事という面に置いてなら合理的な事は大事だが。

感性という意味に置いては風情は必要だと思う。

…まあ、そんな風に考える事が出来る程度には、今の自分は余裕が有る、という事なのだろう。


溢す様に小さく笑いながら右腕を額へと被せ、陽光を遮る様に庇を作る。

肌を焼く様に照り付けるが木陰の中では程好い。

ただ北の出身者にとっては王都の暑さでも厳しい。

私自身は中央部の出身故、慣れてはいるが。

まあ、暑さに負けてダレる事も致し方無いだろう。

公的な場合でさえなければ問題にする事でも無い。



「起きたのか、愛紗」


「……ぇ?」



不意に掛けられた声。

“誰の物か?”等と考える事も不要な程に明らかで。

間違える事は無い。

恐る恐る、その声の方へと私は顔を向けた。

今の状況を把握してからにすれば良かった、と。

後悔する自分の未来を思い描く事が出来無いままに。

素直で、無防備に。




視界に映るのは雷華様。

その穏やかな微笑は思わず息を飲み、見惚れてしまう程に魅力的である。

いつまででも飽きる事無く見ていられます。

──ですが、それは思考の片隅へと置いておきます。

“な、何をする?!”と叫ぶ私を無理矢理に退場させ、現状を把握しようと思考。


先ず、これは夢みたいだが夢ではないだろう。

私の髪を優しく梳き、頬を撫でる雷華様の左手。

その指先の感触まで全てがはっきりと感じられる。

擽ったいのに、もっと…と仔猫や仔犬が甘える様に。

それを望んでしまう。


次に自分の視界の光景と、身体の感覚的な位置情報で“自分が見上げている”と察する事が出来る。

同時に後頭部に感じている感触と温もりから、自分の体勢を把握出来た。

因みに、上下の判る感覚は“重力”の関係だと、以前雷華様が仰有っていた事。

重力が緩和される水中では光や流れを無くした状態で眼を閉じて適当に回されて方向を聞かれた場合、中々感覚が定まらないそうで、上下左右が判り難くなるのだそうです。

絶対ではないそうですが。

陸上では重力がしっかりと働くので上下は判り易いのだそうです。


そんな余談は兎も角。

最後に、甦る記憶。

現在少なくなっているとは言うものの全く無いという事は無い、私達の仕事。

特に第一陣として雷華様と“子作り”を最優先とする現状の私達は他の面々より仕事の時間が短い。

余程の事が無い限り、今は夕方以降の仕事は無い。

仕事自体、一日の内、多く見積もっても三時間程。

体調管理が一番大事な仕事だったりしますので。

しかし、そんな状況下でも休みは有る訳です。

と言いますか、そういった状況下でも私達がきちんと休暇を取る事により、他の官吏や侍女等にもきちんと休暇を取らせる事が出来る環境を作っている訳です。

好き勝手には仕事も休暇も出来ませんので。

管理する立場に有る者が、管理出来無い働き方をして下が納得しますか?。

ええ、出来ませんとも。

ですから、私達もきちんと休暇を取る訳です。


──で、今日の私は休暇。

他にも休暇の者は居ますが第一陣の中では私だけ。

私は第一陣でして…その、昨夜から、雷華様と一緒に過ごしている訳です。

独占しているという訳では有りませんからね?。

偶々、そう、偶々、一緒に居る時間が長いだけです。

……ま、まあ、この状況が幸せな事は確かですが。


普通ならば、第一陣以外の面々に雷華様と過ごす為に時間を譲るのですが。

偶々、ええ、偶々です。

偶々、その…雷華様から、朝から求められまして………ぅくっ……まだ余韻が………いえ、大丈夫。

ええ、大丈夫です、ええ。


そ、そんな訳でして。

身支度を整えた後、私邸の庭にて日向ぼっこをして、和んでいた訳です。

ただ私の記憶では確か──私が、雷華様に、膝枕を、していた筈ですが。

何故、逆なのでしょうか。




まあ、“起きたのか”と。

雷華様の言葉から考えても私が途中で眠ってしまい、その後雷華様が私を寝かせ膝枕の状態に為った、と。

そういう事でしょうね。


普通なら、そんな事は先ず有り得ないのですが。

雷華様に朝から体力を奪い取られていましたから。

無理も無いでしょう。

その上、雷華様と一緒なら気が緩みもしますしね。

ええ、雷華様の所為です。

私は悪く有りません。



「ふふっ、中々可愛らしい寝言だったがな?」


「……………な、何を?」



訊かない方が良い可能性は高い気がするのだが。

訊かなければ訊かないで、気になり続けるでしょう。

だから訊く訳です。

しかし、恐る恐るです。

正直、雷華様には可愛いと思える寝言も、私にすれば恥ずかしい事というのは、往々にして有りますので。

出来れば“忘れて下さい”と言いたい所ですが。

それでも“二人だけの事”となるので悩ましい。



「ん?、聞くか?」


「…ぅ…………一応は…」



聞かないという選択肢に、大きく心は揺れる。

雷華様だから、言い触らす様な事はしないでしょう。

だから雷華様以外には知る者は居ない筈です。

しかし、自分も知らない、というのは不安だ。

もどかしくて仕方が無い。



「“兄さまぁ…”ってな

そのまま甘える様に頬擦りしてくれてたな」


「…〜〜〜〜〜〜っっ…」



とても優しい、眼差しで。

雷華様は仰有った。

出来れば、普段の意地悪な揶揄う様に眼差しと笑みで言って貰えた方が気持ちは楽だったかもしれない。


いや、幼い頃の思い出だ。

それを茶化されてしまうと多少なりとも不快感を懐くかもしれないが。

それは相手との信頼関係も有るので明確には判らない事では有るけれど。

雷華様ならば“成る程な、愛紗はお兄ちゃん娘か”と仰有る程度だと思う。

土足で踏み込み、踏み躙る様な真似は為らさない。


しかし、それはそれだ。

いや、確かに私は兄に対し懐いていたし、尊敬の念も懐いてはいたのは確かだ。

だから“お兄ちゃん娘”と言われても仕方が無い。

否定は出来無いのだから。


ただ…ただっ!。

如何に兄妹だとは言っても出来る事なら夫婦で有り、恋人でも有る訳ですから、少し位は嫉妬したりしても良いとは思います。

兄は亡くなっていますが、今は最愛の雷華様と一緒に居る状況な訳ですから。

“俺と居るのに兄とは言え他の男を夢に見るか?”と為ってもいいのでは?。




──とか思っていました。

ええ、思ってるだけならば何事も自由ですから。

ですが、相手は雷華様。

私の懐いた感情を見抜いて対応される位は予想出来る事だったでしょう。

…ええ、激しかったです。

何が、とは言いませんが。


雷華様は御自分の仕事へと向かわれた為、今は一人で私邸の東屋に居ます。

卓上に突っ伏しています。

疲れたのも有りますけど、それ以上に恥ずかしかった事に伴う精神的疲労の方が大きなかったりします。



「あら、愛紗一人なの?」



声を掛けられ身を起こす。

私的な状況なのに反射的に姿勢を正してしまうのは、最早条件反射だろう。



「何方等かと言えば性格か職業病でしょうね」



そう仰有る華琳様と、脇を固める様に付き添い苦笑を浮かべる流琉と凪。

“成る程…”と頷く凪に、“お前も同じだ”と激しく言いたくなるが、堪える。

他人の事は言えないから。


対面に座られた華琳様。

流琉が直ぐに茶杯を準備し卓上に用意する。

凪は左隣に腰を下ろす。


身重だからこそ、今は常に誰かが二人は付き添う。

多少、息苦しいと思われるかもしれないが、必要な事だから仕方が無い。

経緯はどうであれ、大事な御世継ぎなのだから。

何か有っては為らない。



「…皆、大袈裟過ぎるのよ──と、呆れて言いたい所だけれど…

私が貴女達の立場だったら同じ様に思うでしょうから文句は言えないわね

如何に跡継ぎは私の子供の中からしか選ばない、とは言っていても、そういった継承権争いでの御家騒動は恒例行事の様な物だわ

だから、正妻の私が最初に雷華の子供を産むという事は重要になるもの

そうでないと貴女達だって安心して産めないものね」


『……………』



華琳様の言葉に対し私達は揃って視線を逸らした。

…ええまあ、本音としては華琳様の仰有った通り。

可愛い我が子達が下らない権力党争に巻き込まれる。

そんな事は望みません。

しかし、絶対に無いとは、言い切れません。

だから、華琳様が第一子を御懐妊された事は大きい。

無事に御出産頂かなくては色々と大変ですので。




流琉の用意してくれた茶を飲んで一息吐く。

気持ちを落ち着かせるには少し熱い位の御茶が良い。



「それで?」


「……?……えっと…」


「貴女が一人だとは言え、卓上に突っ伏している姿を見た事は記憶に無いわ

何か有ったのでしょ?」


「…………」



…何と言いますか。

やはり、似た者同士です。

こういう所の鋭さと獲物を見付けた時の容赦の無さは甲乙付け難いですね。


“御愁傷様です…”とでも言いた気な流琉の苦笑。

“そう言えば…”と何処か興味を覗かせる凪。

その反応を見ながら、私は観念して素直に話す。

尤も、結果的な部分だけで知られたくはない部分は、きちんと省いてだが。



「……成る程ね

まあ、そういう事だったら貴女が突っ伏していたのも理解出来るわ」


「…と、言いますと?」


「雷華はね、基本的に私達の事を気遣ってくれるから抑えているのよ」



………………………え?、…アレで、ですか?。

アレで、抑えている?。

え?、それ本当ですか?。



「信じ難いでしょうけど…

なら、雷華が本当にバテて参っている姿を、貴女達は見た事が有るかしら?

相手が誰でも構わないわ」



そう言われて考えてみるが──思い当たらない。

と言うか、記憶に無い。

精神的に参っている感じは見た事が有るのだが。

それも本気ではない。



「本気──と言うと少々、語弊が有るわね

全てを欲望(本能)に任せた雷華は未知数よ

抑、私達妻全員を不眠不休で相手にしても倒れる姿を私は想像出来無いもの

それ位に、底無しよ」



華琳様に断言させるとは。

…恐るべし、雷華様。

ですが、そんな雷華様にも少なからず興味は有る。

怖い物みたさ、だろうな。



──side out。



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