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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 2


 甘寧side──


──八月二日。


雷華様により“最終決戦”と位置付けられていた戦は終わりを告げた。

──が、だからと言って、劇的な変化が起きるという様な事は無かった。

それは当然の事だろう。

何故ならば雷華様は疾うに先を見越して動かれていたのだからな。

故に、私達の在る日常は、今日も平穏な訳だ。


そんな私達の日常は現在は随分と落ち着いている。

仕事自体は有るが、以前の戦乱の頃に比べれば格段に危険性は低くなった。

勿論、それに慣れてしまい危機感や緊張感を緩めては意味が無い為、今も宅では軍部を始め定期的に演習は行われている。

…雷華様が主導された時は難易度が格段に上がるので当時以上の効果が有る為、複雑ではあるがな。


現組織の維持だけでなく、後進の育成にも力を入れて取り組んでいるのだが。

改めて感じさせられる事が私達には有る。

それは女だという事だ。

勿論、雷華様の妻と為れる事を考えれば文句は無い。

寧ろ、感謝する事だ。


だが、要職に有る身として嫌でも理解してしまう。

私達が男だったら、特には考える必要は無かった事。

女だからこその必然性だ。

そういう意味では、政治や軍事が男社会に為り勝ちな理由は理解出来る。

要職に於いては、長期的な継続が可能な男の方が色々遣り易いのだな、と。

尤も、それが必ずしも良い事だとは限らないがな。

腐敗し易いのも変化を嫌う長期の権力構造に有る事は今更言う事でもない。

我々が生まれた漢王朝が、その判り易い例だろう。

人間は堕落する生き物だ。

それだけに定期的に外から“刺激”を受けるべきだと雷華様は仰有る。


それは兎も角として。

今の私達は華琳様と同様に“子(跡取り)”を成す事を最も望まれている。

まあ、簡単な話ではないし色々と“調整”が必要では有る事なのだからな。

勿論、私個人としてならば今直ぐにでも欲しい。

それだけは確かだ。


そんな公私の状況に有ると賑やかで心地好いけれど、一人になりたい時も有る。

私に限らず、誰にでもだ。

だから、こうして機を見て足を運んでいたりする。

その際、何処に行くのか、何をするのか。

それは人各々であるのだし違っていて、当然。

また、その時の気分次第で変わってもくるのだ。

だから、よく行く場所にも行かないという事は有る。

…まあ、それでも居場所が判り易い者も居るがな。

誰とは言わないが。


だからこそ、嬉しく思う。

こういう時の偶然は特に。



「川の水が心地好いよな」



渓流の辺り、岩場に座って目蓋を閉じたまま空を仰ぎ素足を水の中に浸けている雷華様の姿を見詰めると、自然と口許が緩む。


他愛無い事なのだが。

こういった何気無い事こそ大切なのだと思う。

何しろ、たったそれだけで胸の奥から温かくなる。

本当に、擽ったいものだ。

…悪くはないがな。




そうする事が当然の様に。

私は雷華様に歩み寄ると、その左隣に腰を下ろす。

勿論、同じ岩に、だ。

然り気無く右側に動かれて私が座る場を用意されては他に座る事は出来無い。

…するつもりも無いがな。


チャプッ…と浸した両足が流れを遮り音を立てる。

“…ふぅ…”と思わず声が溢れ掛けるが、堪える。

可笑しな事ではないのだが何と無く、恥ずかしい。


川に素足を浸けるという、そんな些細な行為なのだが不思議と“涼しい”と思うのだから面白い。

雷華様により曹魏の国内に流通する様になった今では夏場の代名詞の一つである“風鈴”が思い浮かぶ。

単なる音色なのだが。

アレを聞くと“涼しい”と感じてしまうからな。


それは兎も角として。

チラッ…と雷華様の横顔を窺ってみる。

別に“一人に為りたいから居ては邪魔なのでは?”等考えてはいない。

勿論、私からしてもだ。

……まあ、雷華様以外なら“空気を読め”と言いたく為るのだろうがな。

其処は…まあ、私も女だ。

“二人きり”には弱い。


──ではなくて。

何か、意図が有って此処に来られているかもしれないと思ったからだ。



「…今日は御休みで?」


「いや、少しだけ休憩にな

まあ、それでも二時間程は休めるんだけどな…」



特に目立った変化は無く、苦笑しながら呟かれる。

“世界の存亡を賭けた戦が終わったばっかりなのに、ゆっくり休む暇も無いよ”といった事を仰有りた気な雰囲気では有るが。

その御気持ちは判る。

それはそれ、これはこれ。

頭では理解はしているが、愚痴りたくは為るのだ。

尤も、嘗ての乱世を思えば贅沢過ぎる悩みなのだが。

…其処は、あれだろう。

人間とは“慣れと忘れ”を駆使して生きているから。

そういう事なのだろうな。



「なあ、思春…」


「何でしょうか?」


「──笑ってるか?」



何と無く掛けられた一言に無警戒に応えると雷華様は不意に此方を向かれて私に予想だにしない事を問う。

しかし、私は戸惑う事無く胸の高鳴りと共に笑む。

その一言に対し懐かしさと擽ったさを感じながら。

自然と目を細める。



「はい、今の私は、心から笑って居られます」



そう答えると雷華様は私を見詰めながら微笑まれる。

言葉よりも雄弁に。

私の幸せを喜ばれていると感じられてしまうのだから色々と反応に困る。

困るのに──胸の奥底から溢れ出して染みてゆく事が心地好くて仕方無い。


そう、私は笑っている。

私は独りではない。

雷華様が、華琳様達が。

多くの者が私と手を繋ぎ、縁を紡いでくれている。

それを見失いはしない。


一度は見失ってしまったが二度と繰り返しはしない。

燕が、凌操が、皆が。

私に遺してくれた。

私に繋いでくれた。

だから、今度は私が。

遥かな未来へと。

託し、遺し、繋いでゆく。

大切な笑顔(はな)が枯れて散り逝かぬ様に。




何方等から、といった様な訳ではなく自然に。

身を寄せ合い、預け合う。

完全には傾けず、御互いの重みを感じ合う様に。

私達の在り方を表す様に。

暫し、黙ったまま御互いの温もりに浸る様に。

静かに空を見上げていた。



「…もう二年になるよな

当時は今の様に成るとは、思ってなかったな…」


「ふふっ…そうですね」



初めて雷華様に出逢った日──正確には助けられた日という事になるのだが。

あの時は流石に今の自分の在り方は想像する事ですら出来無かった。

……いや、まあ、あれだ、雷華様に…その、何だ。

ご、御寵愛を頂けるなら、という想いは有ったな。

…御寵愛というよりかは、当時は一般的な男女関係の意味合いでだが。

まあ、結局は内容としては同じ事なんだがな。



「ですが、当時の紫苑との出逢いは大きな転機だった様に思っています」


「あ〜…それは確かに…」



紫苑との出逢い──加入が無かったとしたら。

もしかしたら、私は今とは違った道を歩んでいたかもしれないと思う。

雷華様への恩義は有るが、同行の決定的な理由は──嫉妬なのだからな。

或いは、独占欲だろう。

当時の私は紫苑に対しての恋敵(らいばる)心から傍に在る事を選んだのだから。

もしも、紫苑が居なければ──多分、当時の私は一度雷華様の傍を離れていた。

その可能性は低くない。

一度、じっくり自分自身を見詰め直したい、と。

そう思ってもいたからだ。



「紫苑が居た事で、その後葵達とも出逢う事が出来、私は成長出来ました

今は既に良い思い出ですが灯璃との闘いも私にとって大きな転機でしたから…」


「アレは俺を含めて当時の皆にも意味が有ったからな

そういう意味で言えば俺が最初に“拾った”のが思春だった事が全てだろうな」


「そう言って頂けるなら、私も拾われた甲斐が有ったという物ですね」



そう言って二人で笑う。

普通ならば私は“拾得物”扱いに怒る所だろうが。

雷華様にならば私は喜んで拾われましょう。

そう心から思う。

勿論、拾った以上きちんと最後まで“責任”は取って頂きますが。


そして、改めて思う。

当時は色々と解らなかった事も多々有ったが──否、今でも雷華様は色々と謎が多い御方な訳だが。

背負われていた物が私達の想像を絶する訳で。

それを考えて振り返ると、本当に凄い方だな、と。

どう表現すれば良いのか、それさえ判らない程だ。





「まあ、色々有ったけど…今は漸く物語の“始端”を迎えられたって感じだな」


「…始端を、ですか?」



さらっと溢された一言。

それを聞き流せなかった為自然と私は訊ねていた。


確かに、ある意味では私も間違いではないと思う。

一つの物語(時代)が終わり新しく始まりを迎えた。

そう考えれば、その一言は可笑しくはない。

だが、雷華様の表現として違う様に感じた。

だから、それを訊ねた。



「正直な話な、俺も華琳も“天の御遣い”という役は後々──他の二人が現れた事で知った訳で…

当初は、そんな事は微塵も考えてなかったからな」


「……そうなのですか?」


「ああ、全くだ

…ただまあ、俺自身自分の意思で遣って来た、という訳じゃなかったからな

その事に何かしらの理由が有るだろう事と、同じ様に唐突に“戻される”場合も有り得ると思ってたよ」


「…その事を華琳様は?」


「結を助けて洛陽に向かい泊まった日の夜に、な…」



そう仰有った雷華様は少し表情を曇らせとしまう。

それは華琳様に対し色々と不安を懐かせてしまった事には少なからず負い目等が有るのでしょう。

勿論、華琳様の御性格上、訊かずに済ますとは私には思えませんから。

故に仕方の無かった事だと私としては思います。


…しかし、女心としては、華琳様への嫉妬が強い事は否定出来無い。

けれど、私が華琳様ならば耐えきれなかった筈。

……いえ、華琳様以外には誰にも無理だったか。



(……私ならば、あまりに過酷な現実に心を摩耗させ潰れていただろうな…)



それだけでも華琳様に対し尊敬の念が高まる。

一人の女としてもだ。


訊かなければ雷華様は勿論華琳様も自ら語られる事は無かった真実。

それを知る事が出来た偶然には密かに感謝する。

しかし、それだけだ。

当然の事だが、その真実を知ったからと言って誰かに話すつもりはない。

口の軽さ・固さ、といった問題ではない。

それは御二人だけの絆。

決して、他者が曝してよい物ではないのだから。





「…それにしても、何だ

当時の事で一番印象深くて忘れられないのはアレだな

アレは…衝撃的だった」


「?、“アレ”はとは?」



遠くを見詰めながら何故か苦笑される雷華様を見て、気になって訪ねてしまった事を私は直後に悔やむ。



「思春の“捻り褌”だな」


「──なあっ!?」



雷華様の一言に声を上げ、同時に一瞬で顔が熱湯でも注ぎ入れた薬鑵の様に熱く為ってしまった。

…自分でも判る位だ。

相当に紅潮しているだろう事は察する事が出来る。


当時も恥ずかしかったが、今は当時の比ではない。

しかし、言い訳をするならアレには理由は有る。

機能性を重視した結果だと私も雷華様も判っている事ではあるのだが。

それでも恥ずかしい事には全く変わりなかった。



「…そ、それに関しては…その、ですね…」



“色々と”知ったからこそ当時の自分を張り倒して、説教したくなる位に。

あの頃の、“女らしさ”の欠片も無かった自分自身は忘れ去ってしまいたい。

…それはまあ?、あの頃の私が有ったからこそ、今の私が在るのだが。

それはそれ、これはこれ。

全く別の問題だ。


──が、揶揄われていると私とて経験から判る。

雷華様の性格上、そういう話題は二人きりでなければ口にはしないのだから。

紫苑ですら知らない事だ。

だからこそ私も揶揄われるだけでは終われない。

少しは遣り返さなくては。



「…“男からすれば眼福”なのでしたね?」



──と、当時を思い出して雷華様の言葉を返す。

すると、少しだけ驚かれて──獰猛な微笑を浮かべて私を抱き寄せられる。



「確かめてみるか?」



そう言われて拒む理由など見当たらない時点で私には勝ち目は無かった。

…色々な意味で恥ずかしい思い出が増えたがな。



──side out。



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