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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
821/915

曹奏四季日々 1


 曹操side──


──八月一日。


…はぁ…全く。

熟、油断が為らないわね。

それとも…いえ、こんな時何と言うべきなのかしら。

正直、私でも困るわ。


無駄に見事な絶技を以て、この場から脱出して行った我が夫(雷華)に感心しつつ呆れもする。

まあ、我が家の“日常”は平穏無事だと判るのだから構わないのだけれど。

真面目な雰囲気は一蹴され優越感の余韻に浸る暇さえ奪い去って行った。

…まあ、その事への不満が無いとは言えないわね。

私も“女”なのだから。


それは兎も角として。

逃亡した雷華を追い掛けて飛び出して行った面々。

その大半が軍将だったのは武人としての性でしょう。

逃げる獲物を追い掛ける。

そういった狩り(戦い方)を教え込んだのは他でもない雷華自身なのだから。

だから、自業自得よ。


それでも、この場に残った面々が居る事も確か。

それは、冥琳・雪那・月・螢・紫苑・斐羽の六名。

螢は…乗り(出)遅れたのが正直な所でしょうね。

けれど、他の五人は冷静に見極めて、でしょう。

その辺りは雷華の性格等をよく理解している証拠ね。

そういう意味では愛紗達は感情のままに動いてしまう辺りは、まだまだね。

まあ、年長組が残る辺りは経験の差でしょうけど。



「貴女達は、行かなくても良いのかしら?」


「ええ、追った所で逃げに徹した雷華様に追い付ける訳が有りませんので」



揶揄う意味も含めて問えば代表して冥琳が答える。

その判断は別に諦めているという訳ではない。

それは軍師らしい判断。

単純に彼我の実力差を考え“疲れるだけ”と判断したというだけの事。

それならば、此処に残って私に“色々と”訊いた方が実りが有るという訳よ。



「ふふっ…でしょうね」


「意地悪な御方ですから」



軍師の中では最古参。

雷華が“此方”に来てから私と再会するまでの旅路を共にしてきた数少ない内の一人でも有る冥琳。

将師の中では思春が最古参になるのだけれど。

その辺りは将師の差も有り仕方の無い事でしょうね。


尤も、こういう時の雷華は本当に厄介だという事は、あまり知られてはいない。

それは雷華自身が身勝手な真似はしなかったから。

曹家の、魏国の、私達妻の事を常に最優先に考えての言動をしていたから。


だから、知らないのよ。

雷華は皆が思っているよりずっと“気分屋”な事を。

そして──面倒臭がり。

基本的に土弄りをしながらのんびりと過ごしたい。

そういう思考を持っている隠居した老人みたいな質が雷華の本性なのだから。

“此方”に来てから色々と遣らかしてはいるけれど、それもこれも全ては自分が将来のんびりする為。

さっさと世継ぎ(次代)へと政権を任せて隠居生活へ。

それが今の雷華の方針だと気付いてはいないから。

だから振り回される。

そして誘導されるのよ。

雷華の“筋書き”通りに。





「それで?、何が訊きたいのかしら?」



今更此処で腹の探り合いや意地悪をする理由は無い。

だから率直に問い、促す。



「では率直に、何ヵ月目に入られたのでしょうか?」


「四ヶ月目ね」



冥琳の問いに即答する。

以前の医療知識の程度なら考え込む所でしょう。

或いは主治医──宮廷医を招いて訊ねる所ね。


けれど、今は違うわ。

その位ならば私達は自分で把握する事が出来る。

妊娠・出産に関する知識は私達は雷華から教えられ、身に付けている。

勿論、それに伴う、正しい氣の使い方も含めてね。

それは何も自分達だけの話に限った事ではない。

部下や侍女、民に対しても意味が大きい事だから。

それを知っているか否かで出来る事が違うから。

子供を、繋ぐ命を。

尊ぶ雷華の思想の表れね。

…まあ、本人は斜に構えて悪振るでしょうけど。


そういった訳で私達は直ぐ理解し合う事が出来る。

先ず、あれだけの戦闘よ。

不安定な二ヶ月未満という可能性は排除される。

三ヶ月を越えているけれど五ヶ月目には届かない。

母子共に身体に障るという事も有るでしょうけど。

抑、大きく為った御腹では動き辛いし、何より目立つでしょうからね。

だから、どんなに行っても五ヶ月以内、と考えられる訳なのよ。

そして──逆算すれば私が何時頃妊娠をしたのか。

それも見当が付く。



「…はぁ…本当に雷華様は秘密主義ですね…」



一体、何処まで先を読んで仕込みをしているのか。

私でさえも掴めないもの。

だから、冥琳の疲れた様な反応も可笑しくはない。

ただ、そういう人を愛し、共に歩む事を選んだ以上は仕方の無い事なのよ。

まだ、この程度ならね。



「まあ、貴女達からすれば“出し抜かれた”と感じる部分も有るでしょうね」


「……否定はしません

勿論、雷華様の仰有った、“万が一の備え”でも有り世継ぎを成すという意味で必要な事ですから、私達も反対する理由は有りません

ただ、何も知らされない事に関しては別ですが」


「それは雷華に言いなさい

私も“共犯”では有るけど主犯は雷華だもの」



そうは言っているけれど、冥琳達も追及するつもりは無いでしょうね。

雷華が私と子を成したのは確かに“備え”だけれど、“誰でも良かった”という訳ではない。

私でなくては為らない。

私とだからこそ、その子は雷華を繋ぎ止める“楔”と成り得るのだから。

その事を冥琳達も決戦での私と王累の会話から察し、理解しているでしょう。


ただ、感情的には簡単には納得出来無いわよね。

私は勿論、皆も雷華の事を愛しているし、だからこそ子を成したいと思うもの。

説明が有る無しだけでも、色々と違うでしょうしね。


でもね、そんな皆の想いをこういう形で打付ける様に仕向けてもいるのよ。

私達の雷華(夫)は。

私の“お仕置き”でさえも巧みに利用してね。




私の言葉に拗ねる様に顔を顰めている冥琳達。

何だかんだで、文句を言う事が出来無いからこそ私に訊いている。

要するに、これは私に対し愚痴っ(甘え)ているという風にも受け取れる訳よ。

だから意地悪は程々に。

こうして残っている事への“御褒美”を上げるわ。



「まあ、今はまだ目立った問題は特には無いけれど、二ヶ月もすれば私は私邸や王城を離れる事は無くなるでしょうからね

そうなると当然表舞台には雷華が立つ事に為るわ」


「…っ…雷華様は?」


「勿論、了承済みよ」



ゴクッ…と息を飲んでから訊ねてくる冥琳。

それを受け、口角を上げて私は断言してみせる。

その瞬間、冥琳達の表情は驚きを見せ──直ぐに歓喜へと変わっていった。


それも当然でしょう。

如何に私が始めた戦いでも出来る事なら雷華を皇帝に据えて前面に出したいのは私も皆も同じなのだから。

とは言え、相手は雷華。

生半可な手段では見破られ回避されてしまう。

根回しを万全にしようにも絶対に途中で気付かれて、潰されてしまうわ。

──と言うか、隠密衆から報告が上がるでしょう。


隠密衆の皆も雷華に皇帝に即位して貰いたいとは常々考えている事でしょう。

特に情報収集と情報操作を主任務としているが故に、“どの様な人物”が皇帝に相応しいのか。

考えないという事は無い。

そして該当するのは私より雷華の方が適している、と理解している筈。


勿論、私でも務まらない訳ではないわ。

けれど、雷華と私、或いは蓮華や結であっても。

“一番相応しいのは?”と訊かれたなら、先ず確実に雷華が勝つでしょう。

それは“彼方”の政治での“選挙”とは違う物。

曹魏の民は知っているわ。

皆、理解しているのよ。

曹魏の根幹は雷華だと。

曹子和無くして今の曹魏は有り得なかったのだと。


だからこそ、雷華を皇帝に就かせる事は大きいわ。

例え、どんなに本人が抗い嫌がろうともね。

国を、民を、未来を思えば絶対に必要不可欠なのよ。


しかし、それが如何に困難であるのかを私達は理解し痛感させられている。

何しろ、既に三度、雷華に“曹子和皇帝即位計画”を潰されているのだから。

半ば諦めていた位よ。

そんな状況での吉報。

いいえ、奇跡とさえ言える雷華の表舞台への登場。

この機会を逃がせば二度と雷華を表に立たせられないかもしれない。

そういう状況なのよ。

勿論、それを見逃がす様な温い指導は受けていない。

だから、大丈夫。

皆、本気で動く。

極端な話、他が多少滞る事に為っても最優先する。

それ位に重要な訳よ。




沸き立つ感情を抑えながら冥琳は静かに口を開く。

それでも、爛々と光る瞳は軍師としての遣り甲斐から力強く為っている。



「…では、直ぐにでも?」


「いいえ、焦っては駄目よ

もしも此処で強引に動けば最悪、雷華から子作りとの引き替えを要求されるわ」


『──っっ!!!!!!』



そう、雷華を追い詰めれば“皇帝にしようとするなら子供は作らない”だなんて言い出し兼ねない。

勿論、将来的になら皆とも子供を成すでしょうけど。

最悪、私の第一子が皇帝に就ける年齢になる位まで、延ばされ兼ねないのよ。

と言うか、そういう手段を取らせない事が重要よ。



「先ず、将師の内で数名に子作りをして貰うわ

どの道、貴女達の最優先は各家の跡継ぎを成す事よ

その為にも将師の仕事等も次代を育て、引き継ぐ様に準備をしているのだから」


「それはそうですが…」


「勿論、いきなり全員で、という事ではないわ

流石に全員が一度に引退、或いは産休や育児休暇へと入ってしまっては、影響が大き過ぎるもの」


「その数名の人選は?」


「基本的には年功序列ね」



高齢出産の危険性を考えて──という程には高齢ではないのだけれど。

二〜三年は現役でも大して問題は無い面子は後回し。

出来るだけ年長者を優先し育児環境を整えるのが狙いだったりするわ。

特に、珀花や灯璃に育児を任せるのは…不安なのよ。

だから、年長者が経験して安心して育児が出来る様に環境を整える訳よ。

御母様達を宛にし過ぎると最終的に私達の首を絞める事になるのだから。



「基本的に…という事は、例外も居る訳ですね?」


「ええ、そうよ

結と蓮華は第一組に入って貰うつもりだから」


「…成る程、確かに二人共早目に子を成した方が良いでしょうからね」



結は漢王朝の正統血統者。

蓮華は孫策の妹。

その立場上、子供は出来る限り早く産むべきなのよ。

面倒な話だけれどね。




そんなこんなで一日が過ぎ──気付けば、夜。

寝台に座り、私を後ろから抱き締める雷華を肩越しに見ながら口付けを交わす。

一応、夫婦の営みをしても大丈夫では有るのだけれど私が初産である以上、態々危険を冒す必要は無い。

だから、一緒に眠るだけ。


…え?、昼間の話では皆と子作りする筈?。

ええ、その通りだわ。

でもね、昨日の今日よ。

色々と頑張った私に対する“御褒美”が有ったって、いいじゃないの。

──という事よ。



「それで?」


「まあ、予想通りと言うか──日没まで逃げ切った」



最初から時間制限付きではなかったでしょう。

勿論、雷華の方は最初からそのつもりでしょうけど。

途中で条件を開示されれば可能性を見出だすのは何も可笑しな事ではない。

無条件では不可能な事でも条件付きなら可能性は有るという事は珍しくない。

そして、普段から条件戦に慣れ親しんでいるからこそ皆は自然と受け入れる。

その条件を疑わずにね。

本当に、狡猾な男だわ。



「それでも、予想を越えて手を伸ばしてきた者が居たのでしょう?」


「…判るか?」


「当然よ、私は貴男の妻

他の誰よりも貴男を理解し見抜く自信が有るもの」



そう言い切って見せれば、雷華は苦笑する。

勿論、嫌な気持ちは無く、“それは大変だな”という嬉しさと照れの混ざり合う困った感じの意味でね。



「意外や意外、翠だ」


「…それは本当に意外ね」



蓮華や愛紗、恋・思春なら可笑しくはないけれど。

翠というのは意外だわ。

翠には悪いのだけど。

まあ、それだけ最終決戦で成長したという事ね。


それに馬一族の復興の事を考えるのなら、翠の成長は喜ばしい事だわ。

脳筋(浅慮)では困るもの。



──side out。



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