参
諸葛亮side──
無慈悲に照り付ける太陽の下を進んで行く一団。
その後衛部に当たる位置で全体を見ながら指示を出し進軍を指揮しています。
見た目にも明らかな疲労は確実に心身を害します。
それでも、足を止めていい状況では有りません。
今は少しでも早く成都へと辿り着かなくては。
(…曹操さんが──曹魏が私達を追撃してくる可能性自体は否定出来ません…
ですが、それ程高くはない事だとは思います…
…寧ろ、警戒をするべきは孫策さんの方でしょうね…
孫策さんの方が攻めてくる理由が有りますから…
結果的には、利用し合ってお互い様なんですけど…
そんな言い分が通るなんて思ってはいませんから…)
だから、早く成都に戻って立て直す必要が有ります。
私達は両陣営を敵に回した様な物なのですから。
その為に強行軍であろうと遣らなくては為りません。
此処で終わらない為に。
終わらせない為に。
絶対に、立ち止まる訳にはいきませんから。
それはそれとして。
とても身体が重いです。
元々、小柄なので膂力には自信が有りませんが、今は関係無い位に身体が重いと感じています。
幸いにも馬を使える立場に有りますから、自分の足で歩く事は有りませんが。
もし、自力で歩いていたとするのならば、僅か一歩を踏み出すだけでも息切れをしてしまうかもしれない。
そう思える位に、今の私は心身が重いです。
疲労が無い訳ではないので原因の一つでは有ります。
それは間違い有りません。
ですが、それ以上に大きく重く圧し掛かっているのが後悔なんでしょうね。
(…これまで、私は何度も何度も間違えてきました…
ですが、その中でも一番の間違いとは御主人様を──北郷を“御輿”としていた桃香様に賛同した事です
勿論、その方法自体を悪い事だとは思いません
曹操さんや孫策さんと違い“縁地(地盤)”を持たない桃香様が乱世を生き抜き、群雄割拠にて躍り出るには民の支持を集められる様な何かが必要でしたから…)
そう、それ自体は悪いとは私は考えていません。
寧ろ、妙手だと言えます。
まあ、こういった言い方をしてしまうのは微妙ですが“桃香様にしては”正面な方法だと思いますから。
だからこそ、私の間違いは大きな原因なんです。
もしも、桃香様から北郷を引き離して利用していれば桃香様への影響を最小限に留められた筈です。
桃香様が正道を踏み外した一番の原因で、岐路だったと言える事は間違い無く、“黄巾の乱”での一件。
先の曹操さんとの舌戦でも指摘されていた言動。
本来、守るべき民(兵)達を“対価”として取り引きし利用してしまった事。
それに伴い、関羽さんにも見限られてしまった。
勿論、北郷の提案を聞いて“良案だ”と思ってしまい採用してしまった桃香様や私達にも責任は有りますが“北郷が居なければ…”と思ってしまいますから。
まあ、過ぎてしまった事を引き摺り続けても仕方無い事だとは思います。
過去は変えられませんし、消す事は出来ません。
しかし、この先の未来なら変えられます。
未来はまだ決まったという訳では有りませんから。
ですから、切り替えて前に進む事を考えます。
(…とは言うものの、先ず桃香様から北郷を引き離す方法を考えなくては…)
桃香様の北郷に対して懐く信頼は大きいでしょう。
それは曹操さん達も認めた“天の御遣い”という点が関わってきますから。
私自身は既に北郷に対する信奉心は有りません。
桃香様に不信感を懐かれて私自身が遠ざけられる様な事態に為る事は困るので、表向きには今までと同様に接するつもりですが。
もう二度と、北郷を信じるつもりは有りません。
上手く利用出来るのなら、利用はしますが。
(私は私の過ちを正して、桃香様を正しい道へと導く事を諦めません
桃香様御自身は決して悪い主君では有りません
桃香様の才器は間違い無く本物なのですから!)
そう、本物なんです。
ただ、桃香様には乱世にて自らの力で道を切り開いて進んで行く覇者たる気質は備わっていません。
桃香様は仁徳により多くの民を導き統べられる御方。
正道を歩み、王道を成す。
それこそが桃香様の本来の歩むべき道なんです。
(踏み外してしまった事は否定出来ません…
残念な事ですが事実です…
ですが、まだ道を戻る事が出来る筈です──いいえ、私が戻してみせます!)
北郷を信じてしまった私の過ちを正す為にも。
桃香様の理想を正しい道、正しい形で実現する事。
それこそが私の償い。
私の生きてゆく意味です。
(簡単ではないという事は判っています…
ですが、“不可能に近い”からと言って其処で諦めてしまっては、軍師としては失格ですからね
私は決して諦めません!)
それに、不可能に近い事を覆してこその智謀です。
それに挑む事こそ、軍師の本懐であり、醍醐味です。
ですから、苦労を苦に思う事は有りません。
寧ろ、歓迎しましょう。
その苦労が、懊悩が私への罰であり、乗り越えるべき試練なのでしょうから。
嘆く事はしません。
必ず、越えて見せます。
(──とは言え、これから変わらずに北郷と接すると身体を許す事も含みます…
それは望みませんからね
どうにかしなくては…)
勿論、私だけの話ではなく桃香様も、ですけど。
星さんは心配無いですね。
最初から北郷を男性として認めてはいませんから。
私も見習うべきでした。
“恋に恋をする”、とでも言うべきでしょうか。
私は北郷自身ではなくて、私自身の北郷(理想像)しか見てはいなかった。
その過ちの代償です。
ですから、その点に関して怨恨も憎悪も懐きません。
自業自得ですから。
ただ、二度と有りません。
終わった事ですので。
──side out。
other side──
/小野寺
領内に戻り、領境の防衛の最前線となる砦に到着し、俺達は一夜を過ごした。
説明すれば、それだけだが実際の所を細かく言えば、その胸中は複雑だった。
しかし、先ずは疲れを取る為に食事と休息を選んだ。
それは間違いではない。
気持ちの整理が出来る程の時間ではないだろうけど、少しは落ち着けるから。
焦ったまま考えてしまって見落としたり、隙を与える事態等を生み出してしまうよりも増しだからだ。
尤も、それが出来た理由は雪蓮が直前で兵を減らして備える事を決めたから。
あの決断が無かったら──今頃は大混乱していたかもしれないからな。
そういった意味では雪蓮は軍師泣かせだろう。
勿論、“だから、仕えるに値する主君だ”とも一方で言えるんだろうけどさ。
その辺りは個々の価値観に由って違うんだけど。
(けどまあ、一度寝たから違うのは確かだよな…
あのままで話し合ってたら本当に危なかっただろうと今なら思えるしさ…
そういう意味でも、雪蓮の決断は確かだったって訳だ
本当、流石だよな…)
あの状況を見ていたなら、自分達に戦場に立つ資格は無い事は判っている。
それでも、何もしないまま“護られるだけ”だなんて納得は出来無い。
理解は出来てもだ。
だから、劉備達の討伐とか曹魏の後方支援とか。
多分、“兎に角、何かしら行動しないと…”っていう気持ちが逸ってしまって、下手すると将師間、或いは軍将同士・軍師同士間でも意見が対立し、軽い内紛や諍いから変な凝りを残す。
そんな事態に為り兼ねない可能性も有った。
俺自身、そうだったし。
だから、異議を言わせずに“はい、先ずは御飯食べてしっかり休みましょう”と言い切った雪蓮の決断には脱帽するしかない。
そして、それを感じているのは俺だけではない。
現場判断を優先する軍将は勿論だけど、先々や全体を俯瞰して判断すべき軍師も一夜明けてから理解して、顔を合わせた瞬間に苦笑や気不味そうに顔を背けたりしているのだから。
最古参でもある祭さんさえ“儂もまだまだじゃな”と笑っていたしね。
まあ、その祭さんは雪蓮の主君としての成長を感じて嬉しそうだったけど。
その気持ちは判る。
“我が儘娘”の印象が強い雪蓮(主君)だからね。
偶に見せる“一面”としてではなく、本当に分水嶺と言える状況での決断だ。
誰よりも、何よりも重要な決断を冷静に迷わず出来るという事。
それが正しいという事。
人の上に立ち、背負って、導いてゆく覚悟が無ければ出来無い事だから。
本当に、誇らしい事だ。
そんな感じで皆が集まり、改めて行われる会議。
これが孫呉の今後を決める一番最初で一番大事な場に為るであろう事を、揃った全員が理解している。
その為、緊張感は凄い。
判ってはいたのに。
少し………いや、かなり、気圧されてしまう。
吐き気まではいかないけど退散したくはなる。
「おっはよーっ♪、昨夜はしっかりと眠れたー?」
「──って、朝から飲むな御馬鹿ぁああぁっ!!」
「──ぁ痛あっ!?」
酒瓶を片手に笑顔で現れた雪蓮を見て迷わず詰め寄り酒瓶を取り上げると同時に跳び上がって体重を乗せた拳骨制裁を入れ雪蓮を涙目にさせる詠。
だが、誰も咎めない。
寧ろ、“よく遣った!”と詠を称賛する様に過半数が頷いている。
残りは苦笑と、あわわ。
因みに、後者は雛里だけを指してはいません。
ええ、複数名ですとも。
「な、何よーっ、緊張感を和らげようと考えてした、ちょっとした冗談なのに…
本気で殴んなくたって…」
「飲んではいなかった?」
「………てへっ♪」
『はいっ、有罪っ!!』
涙目で愚痴る雪蓮を見て、俺は容赦せずに追及すればてへペロッ♪で返す雪蓮。
“ああもう、この娘は…”なんて思いながら可愛さに日和ってしまった俺を除く粗全員が雪蓮を指差して、有罪を宣告した。
…まあ、現に皆の緊張感が解れたのは事実だからな。
詠も必要以上に説教したりしないだろうけどね。
雪蓮も更に巫山戯る真似は流石にしないだろうし。
尤も、“別に少し位なら、良いじゃないのよー…”とぶーぶー言いたそうな顔を見せている雪蓮だけど。
溜め息を吐いて一旦視線を外した詠が気配を察してか顔を向ければ瞬時に姿勢を正して、キリッ!と表情を引き締めて見せる雪蓮。
訝しみながらも、詠が顔を背ければ、思いっ切り舌を出して“ベーッ!”と声を出さずに反発する。
反省はしていないな。
と言うか、“成長したな”という感動を返せ。
まあ、雪蓮らしいけど。
さて、そんなこんなが有り普段通りに近い雰囲気での会議が開始される。
「取り敢えず、一番最初に言っておく事なんだけど、先ずは、国としての孫呉の成立が今後の最優先課題よ
それ無くして孫呉の未来は繋げられないわ」
“国としての孫呉”。
如何に俺達が孫呉を名乗り国だと主張しようとも。
国と“認められなければ”国としては成立しない。
では、どうするのか。
その方法は二つしかない。
一つは正統血統者によって国として認めて貰う事。
もう一つは、その血統者が皆無な状態にして、完全な群雄割拠にしてしまう事。
そうすれば領地の所有権は各々の統治者の元に有る為国として名乗れる。
面倒且つ、血生臭い感じは拭えないが、これが現実。
奇跡の様に綺麗な形により見事に成立するのは物語の中だけの話だって事。
──で、俺達が選ぶ道は、当然ながら前者だ。
後者が劉備みたいなのなら遠慮無く殺るんだけどな。
…字が違う?、いやいや、合ってるよ、これでね。
そんな訳で、正統血統者が誰なのか、だけど。
領地は旧・漢王朝の物だ。
だからね、正統血統者とは皇帝の血縁者になる訳で。
その唯一の人物とは曹純の側室という形で嫁いでいる皇女・劉曄なんだね。
つまり、劉曄に認めて貰う様に動くって事。
これは前々から決まってた事だから確認だけどな。
…劉備?、ああ、無い無いアレは自称だから。
明確な証拠は無いから。
皇帝や皇室に血縁者として認められていれば違ったのかもしれないけど。
少なくとも、今の劉備には正統性も正当性も無い。
だから勝手に国だと自称し主張すれば“偽王”として曹魏に裁かれる。
本当、怖いよな。
──side out。




