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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
815/915

       伍拾伍


決定的な隙を態々見逃す程俺は甘くはない。

戦いを長引かせるのなら、敢えて見逃すが。

俺達と王累の衝突によって影響(歪み)が出ている今、長引かせる事は出来無い。

だから、決して緩めない。



「四戒を刻むは山蛇の爪、七鑾が奏でしは焼浄の音

布津布津と常世に響くは、明けぬ紫空の黄泉の祈り

紜静に召され手渡されるは清銀の源泉より汲む柄杓

虚飾の孤獣の心臓を穿つは蕾より生えし若木の枯枝

添寂に愛でられしは蓮獄の宵闇に咲く熾の星花なり」


「──まだ続くだとっ?!」



その長さに驚く王累。

だが、無理も無い事だ。

術者の力量だけではない。

詠唱式の術は詠唱文の量が多ければ多い程。

その詠唱文に一貫性が無く纏まりが無い物である程。

その威力は跳ね上がる。

その効果は想像を超える。


それを踏まえて。

通常の長文詠唱の量ならば疾っくに超えている。

俗に、超長文詠唱とされる領域に入っている。

付け加えるのなら、普通は詠唱に専念しなくては先ず詠唱する事さえ困難。

下手に何か別の事を同時に遣ろうとすれば、自爆するというのが殆んどだ。

発動しない・威力が小さい等は成立した上で何かしら欠けた要因が有るから。

抑、施行するに届かないと詠唱自体が成立しない。

ただ喋っているだけ。

上手く力の流れを真似て、相手を騙そうとしてみても通用するのは詠唱式の術の本物を知らない者だけ。

知っている者で有っても、文字通りに格が違う力量差が有る格下のみ。

そういう類いの物だ。

それを高速戦闘をしながら遣っているとなれば。

もう、それだけで御腹一杯になれるだろう。

“盛り過ぎだ!”と言って抗議したくなる程に。


それ故に、異常である事を王累は理解している。

そして、そんな事を平然と遣っている俺が詠唱を続け放とうとしている術。

それが如何なる物なのか。

それは既に王累の想像から逸脱した領域に有る。

それも当然だろう。

何故なら、これは俺の使う術の中では最上位の物。

“彼方”では頂点の術。

“彼方”よりも術者自体の技量が劣る“此方”でなら想像すら及ばない。



「実無き拍鼓を奏でる者は辜磔にされど不敵に嗤う

怨鎖に四肢を撫で懐かれて慈しまれようとも浸らず、塊恨の若芽を穢れた御手で鬼良き乙女は摘み取らん

不常の歩みにて轍路を往き還る事叶わぬ果てに臨み、幽隔の艶娼は袖を渇かす

連々と束ねられし命の珠を愚者の死掌に委ね与えて、傍瞰不虐にて待ち侘びる」


「────っ!?」



だが、感じ取れはする。

術の発動の直前の変化を。

そして、その危険性を。

だから、王累は迷う事無く離脱(退く)事を選んだ。


勿論、逃がしはしない。

俺は躊躇無く王累を追走し間合いを詰め、仕上げる。



「梵天に印す无疆の現罪と祝業を以て森羅万象万理を解き告げよ──“天零熾爍(てんれいしじゃく)”!!」





赤く、朱く、縉く、焼く、赫く、緋く、紅く、茜く、赭く、丹く、絳く。

一系統の濃淡による色彩。

しかし、熱は持たない。

灼く事は無い。

眩しい程ではない。

それは火炎とも光輝とも、或いは何方等でも有って、何方等でも無い。

実体の無い、曖昧なまま。

ただただ染め上げる様に。

顕現し、蹂躙する。

触れる全てを迎え、懐き。

ただただ等しく死に導く。

ただただ等しく生を奪う。

ただただ──存在を滅ぼし還してゆくのみ。


それに抗う事は出来無い。

普通で有れば、な。



「──ぐおぉおおぁあぁあああぁあっっっ!!!!!!!!」



“禍刃”を振るい、眼前の空間を強引に斬り裂いて、地獄の亡者が現世へと這い出してくるかの様に。

必死の形相で現れる王累。

だが、何も可笑しくない。

そうなるだろう事は十分に予想出来たのだから。

“世界”に抗い、万理から外れ(堕ち)た王累であれば不可能な事ではない。

寧ろ、そうだからこそ術に抗う事が出来るのだから。



「曹うぅ純んんっ!!!!!!」



四肢を鎖(死)に絡め取られ“世界(棺)”へと引き摺り込まれてしまう様な中でも王累は俺に向かって来る。

執念と言えば執念。

しかし、それが王累自身の“覚悟”を貫く為の物だと知っているからこそ。


俺は、応える。

最後まで手加減はしない。

これを読んでいたのだから既に次へと動いている。

正面に前に進む事も難しい王累に最短距離で一直線に肉薄し──“天刃”を以て王累の禍刃を“喰らい”、その禍躰を貫いた。



「──ぅぐっ…がはっ…」



貫いた衝撃で肺から空気が押し出されてゆく。

同時に、傷付いた血管から血が溢れ出してくる。

それが呼吸を妨げながら、呼吸に合わせて吐き出され地面に落ち、染みてゆく。


俺と王累の距離は30cmと離れてはいない。

その手を伸ばせば俺の首を掴む事も容易い。

短文詠唱、或いは無詠唱で術を仕掛ける事も出来る。


だが、王累は何もしない。

出来無い訳ではない。

自ら何もしない事を選び、そうしているだけ。

その理由は単純。

もう、その必要は無い事を王累が悟ったからだ。

もう“終わった”のだと。

もう──継がれたのだと。


その証拠に、王累は闘志を霧散させている。

そして俺を真っ直ぐに見て苦笑を浮かべている。

敗北を認め、受け入れ。

残された最後の時を静かに楽しむかの様に。

穏やかな雰囲気を纏う。


ただ、その姿勢は未だ抗う事は止めてはいない。

発動した“天零熾爍”は、その対象である王累を飲み込み“還し”終えるまでは決して消えはしない。

だから抵抗を止めた瞬間、王累は終わる。

今暫くの時を得る為に。

王累は抗い続ける。


ただ、気付いているのかは判らないが。

その姿そこが、人間らしい正しい在り方だと思う。

だから、拘った。

王累を導き、“還す”為の方法(戦い)にな。





「…ぐっ…伴侶でさえも…策の一手に…使う、か…

…本当に、異常だな…

…しかし…それを理解し…成し遂げる、女も女だ…

…貴様等夫婦は…揃って、“頭が可笑しい”様だ…」


「俺達には誉め言葉だな」



華琳は“私は微妙だわ”と言うかもしれないが。

此処は素直に受け取る。

王累の言葉通り、俺は先に戦う華琳を囮とした。

勿論、華琳も承知でな。


俺の天刃の能力は“絶喰”とでも呼ぶべき物。

それは王累の持つ禍刃を、根源たる災禍を。

完全に奪い尽くす。

そして──“人間として”王累を送り、“還す”。

出来過ぎだと言える能力。

しかし、華琳は言った。

“それでこそ、雷華よ”。

そう、罪を罪として裁いて終わらせはしない。

救いを望まず、裁かれる事を望むのならば、救おう。

俺達は善人ではない。

何処までも独善的(人間)で身勝手なんだからな。

散々振り回してくれたんだ絶対に期待通りにはしては遣らないって。


因みに、拳蹴に天刃の力を纏わせていたのは、華琳の天刃の能力の応用。

“咒羅”を使うと距離感が開くのでしなかったが。

遣れば出来ます。

“対天刃”──雌雄刀だが本体は俺の天刃になる。

なら、華琳の天刃の能力を使用出来るのは当然。

ネタをバラせば単純な事も伏せて使えば欺ける。

要は、使い様だって事だ。



「…貴様は一体何者だ?…

…“天の御遣い”…いや、“天浄の皇子”でさえも…

…名の方が負けるぞ…」


「いやいや、何だそれは?

“天浄の皇子”って…あ、さては…余計な事を…」



華琳(誰)が言ったのか。

直ぐに察しが付いた。

と言うか、そういう表現は王累自身以外でないなら、一人しか出来無い。

これは惚気じゃなく、俺に対する仕返しだな。

遣ってくれるな、華琳。



「はぁ…俺は只の人間だ

ただまあ、彼是色んな事を繋ぎ継ぐ(押し付けられた)というだけでな

少なくとも、人間の理から逸脱はしてはいない」


「…そうか…」



“仕方無しに、だ”と言う様に肩を竦めて、溜め息を吐いて見せれば王累は目を細めて笑っていた。


今、どんな気持ちなのか。

そんな事は問いはしない。

繋ぎ継ぐべき意志(もの)は既に俺達に託されている。



「……本当に…永かった…

…だが、永き時を費やした価値は有った…

…無駄ではなかった…

…漸く…逝け(眠)れる…

未来(あと)は任せた…」


「ああ、確と受け継いだ

ゆっくりと眠ってくれ」



その会話を最後に、王累は静かに目を閉じる。

ゆっくりと天刃が抜ける。

安らかな微笑を浮かべて、“天零熾爍”が抱き寄せる様に王累の身体を包み込み──天へと昇り、導く。

永遠の安寧(眠り)へと。




 曹操side──


始まった戦いは至高としか称す事は出来無い。

詠唱式の術という存在自体私達には手の届かない物。

だから、実際に雷華の使う場面でさえ、“彼処”にて私は見ただけ。

少なくとも“此方”に来て使っている姿を見た事は、一度も無かった。

“使えない”と言っていた事も覚えているしね。


それを使って見せる。

ええ、本当に、何処までも秘密主義なんだから。

一言言っておく位はしても良いでしょうに。

まあ、“切り札”を得る為でも有ったのでしょうね。

態々、危険を冒してまでの“出張”をした理由は。



(それにしても…アレね

どうして、そんなに貴男は“悪”が似合うのかしら)



そう思いながら苦笑する。

斜に構え、悪振って見せ、態と乱雑な言動をする。

まるで、素直には為れない意地っ張りな少年の様に。

…それを言えば似た者同士なのでしょうね、私達は。


それは兎も角として。

二人の放った術を見ながら一人で納得していた。

炎と水、生命の根幹を担いながらも決して相容れぬ、似て非なる対存在。

まるで、私達と王累の様に思えてしまうのも、決して気のせいではない。

二人共に意図して、という訳でもないでしょうけど。


雷華と王累、天刃と禍刃。

各々の詠唱式の内容。

其れ等だけを見ていると、物語や英雄譚で配役すれば何方等が正義なのか。

何方等が邪悪なのか。

現実とは真逆でしょう。


けれど、雷華が“正義”を謳っている姿というのは…〜〜っ…ええ、寒気がする位に似合わないわね。

別に真面目にしている姿が似合わない訳ではないわ。

何も理解しようともせず、ただただ無責任に下らない理想だけを掲げている。

そんな姿を晒している時点で雷華ではないもの。

そういう意味でなら正しい立ち位置なのでしょうね。


“悪”を背負う覚悟。

その意味を理解しているが故に私達は信じられる。

どんな言葉や力よりも。

その在り方をね。




そんな戦いは長く続く事は有り得ない物。

“あっさりと”と言うには可笑しな領域だけれど。

私が戦っていた時に比べて短時間で終わった。

まあ、互いに様子見なんてしていないもの。

当然と言えば当然よね。


雷華の放った術によって、王累は天へと昇って逝く。

それに伴って、敷いていた結界が消滅してゆく。

軍師陣(皆)が解いたという訳ではない。

恐らくは、あの術の影響で強制的に無効化された。

そう考えるべきでしょう。

尤も、その役を終えた以上問題は無いけれど。

──いえ、訂正するわ。

急に真っ暗に為ったから、目が慣れていないのよ。

結界内のみ、明るさを保ち戦っていたから尚更にね。

私だけではなく、泉里達も同じ様に戸惑っている。

夜目が利かないという様な事ではないから、飽く迄も一時的な事に過ぎない。

直ぐに慣れるでしょう。


──そう思っていた矢先。

空の彼方が白み始めたのを視界の端に捉えた。

氣で“纉葉”に繋ぎ時刻を確かめれば、夜明け。

いつの間にか、日を跨いで月も移っていた。

宵闇を山影に切りながら、地平線を染める様に延びる旭光の帯は、雲の影響から一筋だけとなる。

射る様に光が闇から照らし出すのは他の誰でも無い。



「…………」



全く言葉にすら出来無い。

その光景は惚れ惚れする程様に為っている。

皆、各々の位置から違った姿を見ている事でしょう。

けれど、刻み込まれる。

私達は雷華と子を成して、繋ぎ継ぐ事が使命だと。

私達の望みでは有るけれど人々の、“世界”の意志が望んでもいる事なのだと。


そして、何よりも。

本当の意味で、この世界は“夜明け”を迎えた事を。



──side out。



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