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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
814/907

       伍拾肆


暫し、笑った後。

スッキリとした表情を見せ王累は“禍刃”を構えた。



「何処までも出鱈目だな、夫婦揃って貴様等は」


「これが俺達の普通だ

まあ、一般的ではない事は自覚はしている

だが、それを他者に求めるつもりは無い

真似が出来る程度ではないという自負も有るからな」


「ああ、そうであろうな…

だが、貴様も負けず劣らず惚気てくれるな」


「惚気てるつもりは無いが聞き手からしてみれば同じ様な物だろうからな…

その辺りは否定はしない」



そう返しながら、俺もまた“天刃”を構える。

これ以上は言葉は必要無い──という訳ではない。

これ以上は“抑える”のが限界だからだ。


互いに相手を見据えている眼差しが鋭さを増す。

裡で猛り狂う闘志(炎)が、今にも爆発し暴れ出そうと荒々しく激しく唸る。

無理に抑え続ければ自分を灼き兼ねない程に。

だが、それが心地好い。

戦闘狂ではない。

死に狂いでもない。

しかし、昂り、滾る。

“本物”を相手に出来る、二度と無い逢瀬に。



「貴様等が最後の敵として我が前に立ち塞がった事」


「お前が目覚めた事により俺達は“結ばれる”に至り“同じ世界(此処)”に在る事が出来ている事」


『その運命に感謝しよう』



それは偶然の積み重なり。

読み、導き、誘い、欺き、選び、進み──至った。

その果てが、その運命が、現在(ここ)である。


“たられば”を言うならば幾らでも挙げられる。

何か一つでも欠けたなら、違っていたなら。

現在(結果)は違っていた。

そう言い切る事が出来る。

“結局は至ったとは思う”という程度ではない。

本当に、蜘蛛の糸を手繰る様にして至った一つ一つの選択と成果の結実。

それが、これなのだから。


だから、“たられば”など考える事さえ無意味。

これ以上は無い。

これ以下は無い。

これ以外は無い。

この運命(現実)こそが。

俺達の意志の果てだ。



「我が望み、我が歩みは、破滅へと続く…

何れ程に血が流れ、大地を赫く染めようとも…

深き絶望に幾多の嘆きが、叫びが世を彩ろうとも…

決して、止まりはしない

我を止めたくば示せ!」


「正義?、大望?、使命?

下らないな、そんな物は

“世界”の意志?、人類の未来?、世の行く末?

だから、何だと言うんだ

俺が戦う理由は一つ

ただただ、俺の為にだ

邪魔する者は排除する

死にたくなければ退け!」


『欲しくば刃(意志)を以て勝ちて掴めっ!』



宣戦を口にし、駆ける。

この一戦の意味を。

その勝敗の価値を。

決めるのは勝者の権利。

ならば、理由など不要。

そんな物は“後付け”でも十分だと言える。

勝たなくて無意味。

生き残らなくては無駄。

ただただ勝つ為に。

ただただ戦う為に。

己が全身全霊を賭して。

刃に意志を込めて。


さあ、命の限りに舞おう。

死が我等を別つまで。




一歩で、一瞬で、お互いが相手との間合いを詰める。


何方等かが守勢に回り動く事をしない、或いは距離を取ろうと逃げる。

それが無い場合、間合いの詰まり方は単純に考えると倍になる。

故に攻撃的な姿勢の者同士による戦いとは苛烈に為り易い傾向に有る。


それは、この戦いも同じ。

それを理解しているが故に退く事はしない。

その苛烈さを凌ぎ超えて、勝つ事に意味が有る。


挨拶代わりで有りながらも必殺を狙った一撃。

王累とて先に華琳と戦い、その実力は知っている。

ならば、理解もしている。

俺が華琳よりも上だと。

“手加減”など出来る様な相手ではないのだと。

それ故に本気の一撃。

普通の剣戟であれば判る、刃の衝突の音。

しかし、その音を聞き取る事は出来無い。

華琳以外、軍将陣の数名がギリギリで、何とか微かに聞き取れる程度だろう。

それは聴力の問題ではなく純粋に武技の力量不足。

そういう領域(高み)での、最初の一撃だった。


だが、それで解る。

彼我の力量差というのは。

強ければ強い程に。

高ければ高い程に。

はっきりと、解るのだ。

“勝てない”事が。



「──血に染まる架焔よ、罪を裁き、咎を断て

幾百、幾千、幾万の果てに赦される事を願いて

穢れし我が身を浄めよ」


「──っ!」



交差し、擦れ違った瞬間に王累は動いた。

まさかの“詠唱式”だ。

それも高速詠唱。

これには驚くしかない。

“出し惜しみはしない”と言外に突き付けてくる。

その挑発的な眼差しを受け──俺も口角を上げる。



「──踊れ、躍れ、威れ、愕れ、嚇れ、(そら)

零れ生まれし死の誘い

無と静寂の狭間にて舞え」


「──っ!?」



仕返し、とはばかりに俺も詠唱して見せる。

勿論、はったりではない。

本物の、詠唱式の術だ。

それが判っているからこそ王累は驚愕する。


“有り得ない!”と今にも叫び出しそうな表情。

それを見て、大半を華琳に持って行かれていた事への不満は解消される。

別に目立ちたい訳ではなく単純に“先に遣られた”事自体が悔しいだけ。

まあ、俺も華琳達に負けず劣らずの負けず嫌いだから仕方が無いんだよな。

こういう部分は。


それは兎も角として。

王累は驚愕したが、直ぐに笑みを浮かべている。

“熟、我の想像を超えて、楽しませてくれるな!”と歓喜と愉悦を宿す眼差しが俺に語り掛けてくる。

だから、動揺し詠唱が止むという事は無かった。

寧ろ、闘志が高まる。



「──尽きる事無く猛り、万象如何なる存在(もの)も等しく灼き滅ぼせ!

牙斃儺(ゲヘナ)”っ!」


「──流転する世に在りて変わり続け、変わる事無く万理に従いて穿て!

水烏羅(スーラ)”っ!」



王累が放つは、黄金の焔。

俺が放つは、漆黒の雫。

それらが打付かり合う。

そして──相殺し合って、大爆発を引き起こした。




火と水、正と負の性質。

それが相殺し合うと単純に消滅する訳ではない。

数式の計算とは違う。

相殺し合ったエネルギーは第三のエネルギーを生む。

それも爆発的に膨張して、制御を受け付けずに。


外周──“八卦晶界陣”の最端部分に位置していても普通の者なら一瞬で鼓膜を破られている事だろう。

途轍も無い衝撃波となって襲い掛かってくる。

そういった影響を外部には及ぼさない為の結界だ。

しかし、内側に居る場合は自衛しなくてはならない。

だから、兵は退かせた。

華琳と軍将将なら問題無く対処出来るからな。


そんな衝撃波を斬り裂いて俺達は斬り付け合う。



「“非常識”も此処までの物と為れば、見事だとしか言い様が無いなっ!

貴様は底が知れぬっ!」


「認めてくれている事には悪い気はしないが…

残念ながら俺以外には先ず使えない物だからな

正直、複雑な所だ!」



そう、これはちょっとした“裏技”を使ってるだけで技術的には不完全な物。

いや、術としては機能する訳だから全くの不完全とは言えないんだけど。

要は、資質や適性が必要な要因だとしても、技術とは不特定多数の者が扱えて、始めて成立したと言える。

一人だけの術は技ではなく能力と呼ぶべきだからな。

…まあ、その辺りは各々の価値観に由るだろうから、一概には言えないが。


この詠唱式は、華琳でさえ修得する事は不可能。

何しろ、俺自身ですら今は“裏技”が有るから何とか使えているだけ。

制限付きの物だって事。

だから出し惜しみをせずに使えるんだけど。

それは一々教えてやる様な事ではないしな。



「それでも十分だろう!

今、使えさえすればな!

──汝、深淵の憤怒を以て天へと抗い穿て!

破威杭(パイク)”っ!」


「“電衣呀(ディーガ)”」



近距離での短文詠唱。

撃ち合う中、地面を天へと突き上げる様にして生じる尖岩槍を、無詠唱の纏雷を自分ではなく尖岩槍の方に付与し崩壊させる。

そこで止まらず、離れず、王累に肉薄し、放つ。

効果の無い拳蹴撃を。



「──ぁがっ!?」



それ故に、王累は逡巡。

僅かな一瞬の判断の遅れが近距離戦闘では致命的。

もしも、凪の様に普段から近距離戦闘が主体であれば王累は避けていた。

だが、王累は体術に不慣れなのだろう。

身体の動きで判る。

剣や槍を主体としていて、其処に詠唱式の術を合わせ戦うという感じだと。

加えて、天刃以外は自分に致命傷を与える事は無い。

その事を幾度の過去(戦)が刻み込んでいる。

だから、無意識に回避する理由を忘却してしまう。




俺が両の手足に纏っている虹彩色の燐光。

それが何を意味するのか。

王累は一目見て気付いた。

忌々しそうに顔を顰めて、睨み付けてくる。

だが、文句は言わない。

悪いのは見抜けなかった、油断してしまっていた自分自身なのだから。


華琳の天刃を見ていたなら想像は不可能ではない。

寧ろ、警戒すべき点だ。

俺の天刃にも、何かしらの能力が備わっている、と。

当然、備わっている。


無効な攻撃が有効に為り、一撃、二撃…と、連続して数発を撃ち込む。

しかし、それで終わる程に王累も容易くはない。

距離を取ろうと後ろに向け飛び退き、逃がさない様に追撃しようとする。

──が、悪寒が走る。

追撃せずに停止──もせず左へと大きく飛び退く。

次の瞬間、今まで居た所が空間ごと歪んだ。

それを見て、経験・知識が即座に答えを導き出す。



「──っ、重力崩壊か」


「くっ、回避だけではなく一度で見抜くとはっ…

貴様本当に人間かっ?!」


「どう見ても人間だろ!」


「普通は出来ぬわっ!」


「それは“誰の”普通だ!

宅では俺が基準だっ!」



──“いや、違うから”と総ツッコミを受けそうだと思いながら言い返す。

…いやまあ、確かにね。

俺が基準だとしても流石に出来無いとは思うけどな。

だって、知識は勿論だけど経験が物を言うからね。


そう言いながら並走状態に移行して、撃ち合う。

ヒット&アウェイで相手に一撃を入れ合う。



「──束の間に眠りし王の破険の息吹よ、謳え!

舞洩幽(ヴェーユ)”っ!

螺鉛鳩(ラェング)”!」



短文詠唱の大突風。

其処に重ねる鉛の鳥弾。

風で此方を牽制・足止めし同時に鳥弾を加速させる。

鳥弾も一発ではなく複数。

上手い連撃だと言える。


だが、それを悠長に眺めて受けてしまう程、温過ぎる戦いはしていない。

悪いが、俺が抹殺してきた“彼方”の術者達の方が、遥かに手強く、陰湿。

故に、容易く凌ぐ。



「──幾星霜耀く八百万の穹陽に願い奉る」






「无天の果て、彷徨い逝く盲き道の旅人は謡う

然れど、屍灰を懐く乙女は照らす事無き灯火を選ぶ

軈て辿る廻廊への巡礼へは生まれえぬ使徒を伴え」


「──長文詠唱だと?!」



自身の放った術を、容易く凌いだだけでなく其処から長文詠唱へ移った俺を見て王累は驚声を上げた。

同時に懐くのは憤怒。

攻防をしながらでも十分に長文詠唱を完成させられるという判断を俺がした事を察したからだ。

勿論、揺さ振りではない。

それが可能だからだ。



「舐めるなっ!」



詠唱式を扱える者であれば詠唱と同時に異なる行動を取る事の難しさが判る。

それ故に例え移動しながら詠唱は出来ても、近距離で斬り合いながら、合わせて短文や無詠唱の術を凌いで完成させる事は至難。

いや、不可能に近い。

そう考えているのだろう。


だが、直ぐに解る。

それを超えているからこそ俺は出来るのだと。



「滴り流れるは月の乳涙、揺れ昇るは影の狼煙

金環は朽ちる事は叶わず、鉄勾は輝る闇に呑まれる

曇瞳に映る夢幻は悠久へは決して至る事は無く

澄言に宿る現実は刹那には決して為る事は無く

燦々と燃ゆ堕ちたる天輪は誰が為に祝福を謳う」


「──くっ、馬鹿なっ!

これ程だと言うのかっ?!」



天刃と拳蹴、体捌き。

それだけではない。

司氣による王累の放つ術に対する攻防。

その全てを疾走しながら、完璧に熟している。

常識では有り得ない事だ。


それを目の当たりにして、驚愕しない訳が無い。

其処に生じる困惑・動揺・焦燥感が更に負の連鎖へと繋がってしまう。

隙が、誤りが、遅れが。

王累を瞬く間に追い込み、選択肢を次々に奪い去る。

無慈悲に、容赦無く。




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