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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       伍拾壱


雷霆とは言っても、雷鳴が轟く訳ではない。

また地面を穿つ様な衝撃が生じる落雷とも違う。

それは眩い閃光と同様に。

実体という物は無い。

しかし、それは渡る為には不可欠な天架路(みち)

実体は無くとも存在する。

そういう不可思議な物。

詳しい説明なんて出来無い事だから、然程深く考えず気にしない様にする。


そんな天架路は当然ながらそれを渡る者が居るが故に存在している訳で。

閃光が薄れ、燐光と為って散ってゆく中に、その者は静かに佇む姿を現す。

結界の効果で明るいけれど深闇の中でさえ僅かな光が有れば、陽光の様に輝きを纏う白金の髪が揺れる。

其処に立っている。

ただそれだけで絵に為り、思わず見惚れてしまう程に整った容姿と、存在感。

己が魂までも魅力されても可笑しくはないでしょう。

例え、女でなくても。

そう思わせるのよ。



「──お?、どうやら出番を失わずに済んだか?」


「五月蝿いわね…

折角の第一声がそれなのはどうなのよ?」



“むぅ…”と思いながらも態度には出さない。

まあ、視線と声音には十分出ているでしょうけど。

それ位は仕方が無いわ。

ええ、本当に、全く。

私の感動を返しなさいよ。


其処に居るのは久し振りに顔を見る事に為る我が夫。

私の最愛の(ひと)

雷華に他ならない。

空気を読んでか、態とか。

相変わらずの、飄々とした態度で私と王累を見る。

…まあ、真っ先に私を見たという事に免じて、此処は必要以上に言わない様にはしてあげるわ。



「可笑しくは無いだろ?

俺が居なくても“終わる”可能性は有ったんだ

寧ろ、戻って来た時に何も遣る事が無い可能性の方が高いと思ってたからな」



そう言いながら、眼差しは王累を捉えて離さない。

勿論、それは王累も同様。

雷華が現れた瞬間から私の事なんて居ないかの様に。

雷華だけを見据えている。

挑発的な言葉を受けたからという訳ではない。

その程度ではない。

腹立たしいけれど、王累が雷華の事を意識する理由が手に取る様に解るもの。

だから、仕方が無い。

そう思ってしまう。


それにして、アレよね。

雷華の戻って来た状況。

それは絶妙だと言える。

まるで、計算され綴られた舞台の台本の様に。

“魅せ方”を理解した上の演出であるかの様に。

出来過ぎているわ。

だから、“狙っていた”と思ってしまっても、それは何も可笑しくはない。

当然だと言える反応よね。


けれど、だからこそ。

それが異質なのだと解る。

本当に狙っていないのなら想像を絶する因果よね。

こういう宿命を背負わされ“世界”に選ばれた。

そう言えてしまう程に。

雷華は中心に存在する。

それは私達の出逢いでさえ意図されていたかの様な。

そんな畏怖を懐く程に。


だけど、例え、意図された事だったとしても。

選んだのは私達自身。

だから揺らぎはしないわ。




一体、どんな宿命を背負い生まれてきたのか。

英雄譚の主人公でさえも、背負い切れないで潰されて狂ってしまいそうな宿命を平然と背負っている。

その時点で既に異常だけど──そういう人なんだと。

誰よりも私が知っている。

それに、そんな雷華の隣に並び立つ為に歩む時点で、私も同類なのだもの。

雷華の事ばかりを異常とは言えないわ。

…複雑な気はするけれど。


そんな事を考えて呆れつつ小さく一息吐き、当事者の大胆不敵な笑みを浮かべる雷華を見て訊ねる。



「それで?、“探し物”は見付かったのかしら?」


「ああ、問題無くな

まあ、抵抗される可能性は考えていたが…思ったよりあっさりと片付いたな」


「そう、それは何よりね」



視線は王累を見たままで、当然の事の様に言う雷華に少しばかり心がささくれてしまうのは仕方が無い。

再会して以降、今回以上に距離を感じた事は無い。

文字通りに、世界を隔てて離れていたのだから。

だから、もう少し私の事を構いなさいと思う。

抱き締めなさい。

愛を囁きなさい。

口付けしなさい。

“会えず、寂しかった”と言いなさい。

──私は、寂しかったの。



「──────っ!!」



そんな私の心の叫びを感じ取ったのか、読んだのか。

雷華の左腕が私の腰を抱え自分の傍へと抱き寄せる。

此方は見ないけれど。

“離さない”と言外に示す左腕の力強さと。

衣服越しでも判る温もりと確かな鼓動の音が。

私を満たしてゆく。


何れだけ不安だったか。

どんなに信頼していても、一度味わった己の無力感が有るからこそ。

失う恐怖は消えない。

それは死ぬ事よりも。

どんな事よりも。

深く、強く、嫌な恐怖。


けれど、そんな恐怖でさえ一瞬で霧散してしまう。

たった、これだけの事。

しかし、これで十分。

我ながら“単純だわ…”と呆れてしまう程に。

もう、その恐怖は無い。



(…ったく、狡いわよ…

いつもいつも…本当に…)



緩みそうになる口元。

抱き付いて問答無用に唇を奪いたくなる衝動。

無理矢理にでも私の方へと顔を向けさせたくなる。

だって、それ程までに私は求めているのだもの。

けれど、流石に今は抑えて我慢する。

私は決して空気が読めない愚か者ではないもの。


ただ、“何もせずに”では妻として、女として、何か負けた気がする。

だから、一つだけ。

雷華に抱き寄せられたまま爪先立ちになり、その頬に軽く口付けをする。



「それじゃ、後は私は皆と一緒に観させて貰うわね」



そう言うと、雷華は左腕を緩めて私を解放する。


一度だけ王累へと顔を向け視線で意思を交わす。

“中々に楽しめたわ”と、称賛を以て。

一瞬だけ私に視線を移し、王累は眉根を顰める。

“…やはり気に食わぬな”とでも言いた気に。

けれど、納得した様に。


そして、振り返る事無く、私は二人から遠ざかる。




現在地からは一番近いのは──泉里達みたいね。

私は其処を目指して地面を蹴って駆け出す。


少し離れていれば雷華達の戦いへと巻き込まれる事は無いでしょうけど。

それでは皆──特に結界の内側に居る軍将陣は同様に側に来たがる事でしょう。

それでは結界の維持の為に動けない軍師陣に不公平。

“天刃”を持つ私だから、と言えば私一人だけ近くで見られなくはないけれど。

此処は平等に観戦する様に私も皆の居る所まで下がり観る事にした訳よ。

それに雷華の事だもの。

私が到着するまでは戦いを始めないでしょうしね。

だから、取り敢えず全力で泉里達の居る所を目指す。


障害物の無くなった戦場は移動に支障が無く、1分と掛からずに到着する。

…途中、視界に入ってきた惨状(光景)は忘れる。

ええ、何も見なかったわ。

私は何も──掘削跡である穴だらけの地面や、地層が見える切断された地面など見てはいないわ。

そう、私は知らない。



「御無事で何よりです」


「貴女達も、御苦労様」



出迎え、という訳ではないのでしょうけど。

一緒に居る思春が真っ先に私に反応し、声を掛けた。

少し遅れて泉里が頭を下げ私の到着を迎える。

もう一人の恋は雷華の方に意識が向きっぱなしらしく此方を見もしない。

けれど、腹を立てる気にも為らないのよね。

恋の御尻に生えた尻尾が、大好きな飼い主を見付けた嬉しさで一杯になり兎に角ブンブブンッ!、と全力で振れている姿を幻視する。

それ位に、嬉々としている恋の姿を見ては、ね。


思わず苦笑する私を見て、思春と泉里も苦笑。



「…如何でしたか?」



そう思春が話し掛ける。

話題を変える、という様な訳ではなくて。

純粋に訊きたかったから、でしょうね。

そして、それが何に対する質問であるかは訊かずとも察する事が出来る。



「ギリギリで、駄目だわ

せめて、結からの補給か、“洸珠”が有ればね…」



“天刃”が有れば、という簡単な話ではない。

勿論、色々と遣る事が無く最初から全力で倒すだけに集中出来るので有れば。

出来無い訳ではない。

王累が油断している間に、仕留めてしまえば良い。

それだけなのだから。



「…それを見越されて?」


「ええ、腹が立つけどね

まあ、それを覆せなかった私自身の非力が全てよ」



そう、結局は、それだけ。

何だかんだで雷華の読みの超えられなかった。

本当に、まだまだ遠いわ。


其処に立っているでしょう場所を見詰めながら思う。

絶対に、追い付く。

覚悟していなさい、と。



──side out。



 王累side──


曹操を認めざるを得ない。

それが素直な感想だ。


当初、我は曹操を見下し、確かに侮っていた。

如何に自分の上を行こうが全ては彼奴の──夫である曹純による物なのだから。

曹純の“入れ知恵”無しに我に及ぶ事は無い。

そう確かに思っていた。


だが、それは違っていた。

曹操は、その曹純が自らの妻と見初めた英傑(本物)。

決して、曹純に頼り切った愚かな者ではなかった。

それを自らの力を以て我に示して見せた。

対の天刃などという過去の常識を覆す奇跡。

それを存分に活かし振るう純然たる武の技量。

我が“切り札”すら一度で看破してみせた智謀。

更には、知らぬで筈あろう“詠唱術”にまで対処し、見事に生き残ってみせた。

確かに氣の量に限りの有る人間の身では流石に我との持久戦は不可能だろうが。


それでも、見事だった。

過去、幾度も我が前に現れ立ち塞がった者達。

彼奴等も悪くはなかったが曹操には確実に劣る。

我自身は過去最強。

“最終決戦”という事で、出し惜しみはせずに使える手駒は全て費やした。

その上、曹操には龍族共や“封監者”の協力も無く、他二組の協力も無い。

最大の要因としては本来の中核である曹純の不在。

其れ等全てを跳ね退けて、曹操は我を追い詰めた。

その偉業を称賛する以外に我は思い付かぬ。


勿論、其処まで導いたのは間違い無く曹純だろうが。

それに食らい付き、其処に至った曹操を始めとする、曹魏の将師達もまた称賛に値すると言えよう。

我は手を抜いてはいない。

慢心・過信・油断。

それらが全く無かったとは言いわせぬがな。

我は本気で臨んだのだ。

その我を、我が軍勢(駒)を退けてみせたのだからな。

軍としては、国としては、我の完全な敗北だ。

それは、認めよう。

認めなくては、我が意思は全くの無意味と成り果て、無為へと堕ちてしまう。

それは許容出来ぬからな。




そして──曹操との戦いに決着が付いた直後だ。

曹操の傍らへと降臨をした人物を見た瞬間、判る。

初めて、直接見る姿。

我が道の最後にして最大・最強・最悪・最狂の敵。

曹純である、と。


同時に、氷解してゆくのが感じられた。

長く、永く、遥かに遠く。

何時だったのかすら、今は思い出せぬ程に。

遠い遠い、時流の彼方。

其処に確かに居たのだ。

真っ直ぐに、強く、望み、志を持って、歩んでいた。

一人の、王(愚か者)が。


そして、その者は失望し、絶望し、見限った。

あまりにも身勝手に。

あまりにも一方的に。

その結果、人(道)を外れて堕ちてしまったのだ。


それでも、狂った様に求め足掻き続けた。

届かぬ悲願(ねがい)へ。

叶わぬ理想(ゆめ)へ。

拓かぬ未来(あした)へ。

手を伸ばし続けたのだ。

その原点(はじまり)ですら忘れてしまう程に。

狂い、堕ち、誤り、外れ、それでも渇望し続けて。


──だが、漸く、解った。

我は──私はただ、自らの意志を未来へと託せる者を待ち続けていたのだと。

望み続けていたのだと。

そして──漸く、叶った。

漸く、現れたのだ。

今、此処に、我が歩み(道)の果ては成ったのだ。


この曹純(もの)こそが。

私が待ち望んだ存在。

我を終わらせる者であり、私を眠りへと導く者。

一目見て、感じ取った。

決して勝てはしない、と。


だが、それで構わない。

それこそが、望みだ。

しかし、享受はしない。

それでは意味が無い。

そう、曹操が示した様に。

私(我)もまた、示そう。

己が全てを燃やし尽くし。

残らず消え逝く為に。

遺らず伝え行く為に。


さあ、始めよう、曹純。

そして、見せてくれ。

汝が示す、未来(果て)を。

刻み込んでくれ。



──side out。



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