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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
810/915

       伍拾


追走し、肉薄し、躊躇無く刀剣による戦闘としては、ギリギリと言える超近距離戦闘へと持ち込む。


そんな私の行動に対して、王累は舌打ちをする。

それは僅かな音で、移動の速度により置き去りにされ明確には聞き取れない。

ただ、本の一瞬だとしても微かに聞こえた音の欠片が有れば察するには十分。

そして、自身のした選択が間違ってはいないのだと、はっきりと確信する。


──とは言え、近距離戦闘というのは簡単ではない。

一撃・二撃程度の攻撃なら密着状態からでも可能性な位には鍛えられているし、実際に問題無く遣れる。

しかし、振り抜き、返し、斬り合おうとするのならば一定の距離が──間合いが必要不可欠と言える。

そのギリギリの線を保つ。

付かず、離れず、変えず。

それを保ち続ける。

普通、正面な思考下でなら絶対に遣らない事。

何故なら、彼我の間合いが対等だとは限らないから。

体格差・獲物の長さの差・地形等の条件…そういった全てを加味するのであれば“自分の間合い”を優先し活かすべきなのだから。

けれど、これは違う。

“相手の間合い”に置けるギリギリの線を保つ。

それは正気の沙汰ではないという事なのよ。


だけど、そうする事による効果は確かに存在する。



「ほら、どうしたのっ?!

“虚咬”を使ったらっ?!」


「──チィッ!」



先程とは違う、はっきりと苛立ちを見せた舌打ち。

それが王累の能力・虚咬の弱点が私の読み通りである事を物語っている。


虚咬は強力な能力よ。

それは間合い無いわ。

一度捕まってしまったら、私には撃ち破れない。

当然だけど脱出するなんて事も不可能でしょう。

故に、それは必殺。

しかし、絶対ではない。


既に判っている様に虚咬は効果範囲が存在する。

其処に入りさえしなければ基本的には無意味だもの。

でも、それだけじゃない。

虚咬の最大の弱点──否、使用上の欠点は“使用時に効果範囲を変えられない”という事でしょう。

対象との距離感──射程は力量次第なのでしょうけど指定し隔離する効果範囲に関しては、一定のまま。

つまり範囲の拡大も縮小も出来無いという事。

ある意味では利だけれど、ある意味では害となる。

そして今の私の対応こそ、それが害となる物。


効果範囲が一定である以上接近中の私に対して使えば自分を巻き込むのよ。

仮に、私だけを対象とするギリギリの場所を指定する事を考えたとしても無理。

何故なら、私が移動をして範囲から出てしまう為。

虚咬の発動には、ある程度時間が必要だから。

しかし、私相手には簡単に時間を作れない。

無理に使えば、逆に自分の隙を生んでしまう。

だから、使えない。

使わないのではなくね。


“死なば諸共に…”という道連れ覚悟でなら使えない事は無いでしょうけど。

それでは意味が無い。

生き残らなくては勝者には成れないのだから。




“初見殺し”──とまでは流石に私も言わないけど、私でなければ、虚咬は十分“必殺”なのだから。

通じない訳ではない。

ただ、私が相手だからこそ二度目(初見)と為る前に、仕留めるべきだったというだけであってね。

決して、間違いではない。

そう、今回は単純に相手が悪かったというだけでね。



「──自滅を覚悟で使ってみたらどうなのっ?!」


「一々癇に障る奴だっ!

判っていて言うのだから、尚更に質が悪いっ!」


「それはっ、どうもっ!

嬉しい誉め言葉だわっ!」



王累の片腕と、“禍刃”の刃の長さを合わせた距離。

それが今の私達の間合い。

2mには届かない。

けれど、近過ぎもしない。

そんな距離で斬り合いつつ交わす会話は高速戦闘でも聞き逃しはしない。

寧ろ、高過ぎる領域に有る剣戟よりも互いの声の方がはっきりと聞こえる。

当然、その表情の変化も。


そんな状況で、改めて思う事が有ったりする。

本当に何時からかしら。

“誰かさん”みたいに私も他人から心底嫌そうにする罵詈雑言を貰う事が本当は価値が有るのだと。

そう思う様になったのは。

御世辞や美句を向けられる事よりも、遥かに本心から向けられる悪意の塊である言葉の方が“本当の意味で勝っている”のだと理解し好ましくなったのは。


それは妬み嫉み・劣等感・羨望・憧憬・屈辱感等々。

本来ならば好ましくはない感情の塊なのだけれど。

普通は皮肉程度でしかない言葉なのだけれど。

それだけに本心なのよ。

飾り立てた言葉ではない。

多少は控えていたとしても紛れもない本心が故に。

それは相手が自分に対して“敗北を認めた”と言える言葉でも有るのだから。

だから、嬉しいのよ。

相手に、そう言わせられるという事が。

そうさせる事が出来た事、出来た自分の成長が。

はっきりと実感出来るから堪らなく、心が高揚する。


激昂なんて有り得ない。

それを言われて怒るのなら“その程度”なのよ。

激昂する様な者にとっては相手の言葉は“勝てない”相手からの皮肉なのよ。

雷華や私の場合とは逆。

自分の方が“敗者だから”激昂する訳よ。

それが事実なのに受け止め向き合う事さえ出来無い。

その程度だからこそね。


まあ、大抵の人間は後者で私達の様に成れる者の方が遥かに稀少なのだけれど。

それは仕方が無い事よね。

そういう考え方に至るには本当に大変なのだから。

私自身、当初は間違い無く後者の一人だったもの。

だから理解が出来る。

だから言える。

それは決して教えられる事ではないのだと。

雷華という非常識を目指し意地で食らい付いて行って──辿り着いただけ。

ただそれだけなのよ。

“どう遣って”と言える、そんな方法は無い。

だから他者には望まないし求めてはいけない。

これは、そういう高み。

至った者だけに許される、極上の愉悦(特権)だから。




──とまあ、そういう訳で状況的には私が優勢。

だけど、決定的と言える程明確に戦況は傾かない。

それも当然だと言えるわ。

虚咬を使用出来無い。

それだけで勝敗が決する程単純な戦いではないもの。


抑、王累にとってみれば、虚咬は膠着状態を崩す為の一手に過ぎないのだから。

焦る必要なんて無い。

ただ、見破られた事実には屈辱感が有るだけで。

勝敗を左右はしない。

それ程に王累の実力自体が高いのだから。



(対して、此方は時間的に制限が有る訳だけど…)



雷華の事ではない。

いえ、それも有るけれど。

“天刃”は大食いなのよ。

私の氣の総量は雷華を除く中では一番だけれど。

それでも、厳しいのよ。

結からの補給が有るのなら倍近い時間の顕現(使用)が可能でしょうけど。

此処で結は頼れない。

因みに、“八卦陣”の為に軍師陣へた手渡されていた“洸珠”は私には無い。

ケチっている訳ではないし出し惜しみしてもいない。

八卦陣の使用は、この戦の性質上どうしても必要で、欠かせなかったが故に。

雷華から支給されている。

その為、軍将陣には支給はされていない。


では、私の場合は必要では無いのかという疑問。

しかし、無理に倒しに行く必要は無いのよ。

要は雷華が戻ってくるまで時間を稼げば良いだけ。

勿論、私の担う役目の事を考えれば、“一つ位なら、洸珠を支給してくれたって良いじゃない”と言いたく為ってしまう。

と言うか、実際に言った。

…まあ、結局は私は洸珠が無くても遣れるのだけど。

使用するか否かは兎も角、“手札”は欲しいもの。


そんな訳で、私は大食いな天刃の顕現が出来る時間に限りが有るのよ。

その限界が──近い。

悔しい事だけれどね。



「…成る程な…どうやら、貴様を倒すには攻撃を凌ぎ続けていれば良い様だな」



──と、思考を見透かした様に、これ以上無い絶妙な間で言ってきた王累に驚く──様な事は無い。

最初から知られている事で見抜かれている事だもの。

今更驚きはしない。

何しろ己の野望(道)を散々邪魔してきた存在。

その特性や弱点を知らない訳が無いのだから。

だから何も可笑しくない。

ただ、私を“倒す”という事に固執しているからこそ王累は今まで考えないで、戦い続けていた。

だから、考えなかった。

それだけの話なのだから。


では何故、今になってから其処に気付いたのか。

その答えは一つしかない。



「…ええ、その通りよ

残念だけれど、私は人間で氣の量には限界が有るわ

だから持久戦に持ち込めば確実に勝てるわよ?」





返る答えが判っていて。

私は敢えて挑発する様に、王累に対して言い放つ。


そんな王累も、態々自分に言わせようとしている事を察して苦笑を浮かべる。

その眼差しが語る。

“やはり、貴様等夫婦とは理解し合えぬ”と。



「そんな勝利(結末)になど既に興味も意味も無いわ

貴様等夫婦を、真っ向から討ち倒してこそ、この戦の真に勝者に成れるのだ!」



そう、その通りよ。

求められるのは勝利という結果ではない。

結果以上に、その過程が。

その内容が。

何よりも、求められる。



「それなら、遣るべき事は一つしかないわよね?」


「無論、他には無い!」


『己が心命を賭してっ!』



鍔迫り合いから弾き合い、大きく距離を取る。

…虚咬?、使える物ならば使ってみなさい。

──といった感じね。

“出し尽くして”戦う。

限られた時間だからこそ。

惜しみ無い様に。

それは全ての生ある存在が灯火(命)を燃やす様に。

己が意志を宿して。



永久(とこしえ)に巣食い食め刃め覇め破滅(はめ)

褪めえぬ嘆きを齎せ!

万難を以て等しく滅ぼし、(しゅくふく)せよ!

叛逆(あらがい)の使徒よ!

堕天(けがれ)し咎者よ!

闇刀(やと)禍身(かみ)を我が意にて召し誘えっ!」


「──“詠唱”っ?!」



此処に来て初めての驚愕。

同時に、胸中で舌打ちするしかなかった。


その存在は知っている。

雷華から“彼方”に有った術式の一種である事を。

しかし、“言霊”の概念や詠唱術式の無い“此方”で使用する事は出来無い事も聞かされていた。

それだけに、予想外。

しかも、高速詠唱。

どういう物かは好奇心から雷華に見せて貰ったけど。

流石に想定してはいない。


雷華ならば、対処も出来たのかもしれないけれど。



「──っ!、そうよっ!

そうでなくてはっ!」



導かれるだけで満足?。

そんな訳無いでしょう!。

自ら超えなくては。

辿り着けないのよっ!。

“雷華(其処)”にはっ!。





絶望(はは)の腕に懐かれ深く眠れっ!──“闇覇龍(アバロン)”っ!!」



その声と共に振り抜かれた禍刃から放たれる一閃。

詠唱の内容や名前に反して目が眩む程に苛烈な閃光。

それは太陽の光の様に。

孤高である事を選んだ者の全てを映し出していた。


光の速さ。

それが如何なる物であるか私が知らない訳が無い。

そして、残念ながら。

肉体が、それを凌駕出来る高みにまでは届かない。

その事を誰よりも私自身が知っているのだから。



「──────ぅぐっ!?」



──だが、何も“手札”を持っていない訳ではない。

たった一つだけ。

そう、一つだけ有るのよ。

私の最後の“とっておき”である隠し玉がね。


光速を越える。

それは簡単ではない。

しかし、発動までの時間と瞬間的な初速だけならば、決して不可能ではない。

そう、私の細剣の真髄。

“司天”ならば。


僅かに速く、紫閃が貫く。

放たれる瞬間、王累の肩に襲い掛かり血花を散らす。

本の僅かにだが、闇覇龍の射線上から私を外す。

それにより、回避出来た。



「──けど、此処までね」



足を止め、振り抜いていた細剣を下ろす。

小さく一息吐くと、左手の天刃の顕現を解き、細剣を鞘へと収める。


王累は攻撃はしない。

その理由が無いから。



「…見事な一撃だったが、アレで尽きたか?」


「ええ、残念だけどね

どうやら“時間切れ”よ」



そう私が言った直後。

まるで見計らったかの様に結界を“抜けて”天空から私の直ぐ隣へ真紅の雷霆が降臨した。



「──選手交代だわ」



惜しいとは思う。

けれど、楽しみにも思う。

恐らくは、史上最高の戦いであろう一戦を。

観られるのだから。




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