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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾玖


さてと、此方の事は見事に見抜かれたのだけれど。

此方等も王累の遣った事を見抜かなくてはね。

遣られたままという訳にはいかないもの。



(虚空が貫かれるみたいに歪曲していた事から見て、空間自体か大気に対しての干渉能力でしょうけど…

其処からが難しいわね…)



此方の様に解り易い情報は得られてはいない。

その現象自体を目の当たりにしてはいても、実際には回避している為、直接的な情報は無い。

その為に王累よりも仮説を立てる事自体が厳しい。

とは言え、王累と会話して情報を引き出しはしない。

それでは駄目なのよ。

現時点で見抜く事に意味が価値が有るのだから。

…我ながら、本当に負けず嫌いだと思うけどね。

まあ、仕方が無いわよね。


手持ちの情報は僅か。

けれども、それは私自身がまだ気付いていないだけで其処に存在しているという可能性は十分に有る。

故に、思い出し、考察し、違和感の有無を確かめる。



(…そう言えば、あの時、歪曲したのは進もうとした場所(道)だったわね…)



私自身に直接向けられてはいなかった。

それが、“遣らなかった”のではなく、遣りたくても“出来無かった”のなら。

だとするなら、その能力の効果の及ぶ対象範囲自体は意外と広くはない。

あの時と王累と私との間の距離から考えると…範囲は王累から約6〜7m以内。

数字だけを見てしまうと、中途半端な気がするけれど可笑しな事ではない。

どんなに凄い能力であれど当事者の力量に伴うのなら半端な数字にも為る。

逆に言えば、雷華が私達に与えた武具の様に、固定化されている効果・能力なら数字も切りが良いのよ。

だから、有り得る事。



(そう見せ掛けて“誘う”場合も考えられるけど…

あの瞬間の王累には出来る余裕は無かったでしょう

明確な窮地だったからこそ私の踏み出した瞬間を狙い仕掛けてきた筈…)



それは“自分に近付けたくはなかった”という思考が無意識に働いた為。

詰め寄られてしまった際の“万が一の可能性”を怖れ忌避しようとした。

其処から来る反応だったと私は推測する。

実際、もう一歩分、前へと踏み出せていたなら。

私は王累を仕留められたと自信を持って言える。

そう出来無かったのは──させなかったのは、王累の判断が最善だったから。


加えて、誘っていたのなら私が動きを止める事に対し反応している筈だもの。

そうしていないのは王累に出来る余裕が無かった事を物語っている。

同時に“距離を取りたい”という危機感をも。


そういった事から考えても王累の能力の効果の範囲は読み間違ってはいない筈。

これでもし、それ以上でも能力を行使出来るのなら、私の読みを上回った王累が大した物だという事よ。

そうなった時は素直に私は自分の負けを認めるわ。

勿論、この戦いのではなく飽く迄も、読み合い・騙し合いに関して、だけど。




そういう事で、効果範囲は限定する事が出来る。

同様に一度に囲える領域もある程度は見えた。

最大で直径約2m程。

もしかしたら、一辺2mの体積範囲かもしれないけど十分に修正が可能な誤差の範疇だと言える。



(そして、その範囲の指定条件としては…恐らくは、“視界の内”に限られると思っていいでしょうね…)



意識下・認識可能範囲内、という条件の可能性も無い訳ではないけれど。

少なくとも、それだったら王累は私から視線を切って確実に誘えた筈。

しかし、あの時の王累は、私から視線を逸らす事無く真っ直ぐに見ていた。

寧ろ、距離を取った理由は回避だけではなく、能力を確実に私に向ける為。

そう仮定したなら、王累の能力が視界──視覚認識を媒介にしていると考えても可笑しくはないでしょう。

…確証が無い以上、推論の域は出ないけれど。


ただ、これで王累の能力の範囲・発動条件は最低限、見えたと言えるわ。



(となると、やはり問題は空間か大気、その何方等に作用しているか、よね…)



結果的に見たなら類似する効果なのだけれど。

その対処方法は異なる。

其処を読み間違うと確実に命取りになるでしょう。

それが判っているからこそ慎重に為らざるを得ない。


私は不死身ではない。

氣を使えても人間の域を、生物の域を出ないもの。

心臓を貫かれれば死ぬ。

血を大量に失えば死ぬ。

首を刎ねられれば死ぬ。

脳髄を潰されれば死ぬ。

精神的に壊れても死ぬ。

だって、私は人間だもの。

だから、それは当然の事。


抑、私達が死ぬ要因なんて人々が普通に考えるよりも遥かに多く、多種多様で、当たり前の様に日常の中に溢れているのだから。

ただ気が付かないだけで。

ただ影響が無いだけで。

ただ他人事なだけで。

其れ等は常に在るのよ。


けれど、だからと言って、一々怖れてしまっていたら何も出来無いわ。

と言うか、死を怖れ過ぎて死に囚われてしまう。

そう為ってしまっては人は生きているとは言えない。

生の意味も、死の意味も。

見失ってしまう。

何も判らなくなった瞬間に人は人ではなくなる。

ただただ其処に在るだけの生き物に堕ちてしまう。


そうは為りたくないのなら怖れ過ぎては駄目。

意味を間違っては駄目。

死を怖れて、忌避する事は悪い事ではないのだから。

それは生命としての本能。

生きようとする意思。

だからこそ、其処から先に踏み出す勇気が必要なの。

生きるという事。

それは、どんなに苦しく、辛く、酷く、醜く、痛く、険しく、厳しくとも。

歩み続けるという事。


しかし、成長とは違う。

歩みを止める事で終わりを迎える訳ではない。

例え歩みを止めたとしても死ぬ訳ではない。

それが何を意味するのか。

伝える事は出来無い。

それは言葉には出来ても、自ら気付かなくては意味が無い事なのだから。




それは兎も角として。

何かしら判断が出来そうな情報が無いかしら。

そう思いながら、もう一度思い返してみる。


虚空を貫く様にして大気が歪み、軋みを上げながら、不可視の顎が食んだ。


──と、違和感ではないが引っ掛かりを感じた。

もう一度、回想してみる。



(…ん?…もしかしら…)



脳裏に浮かぶ可能性。

小さな引っ掛かりだけれど突き詰めるには十分な理由だと言えるでしょう。

大きさが重要ではない。

感じられるか否か。

それに意味が有るのよ。

……決して胸の話ではない事だけは言っておくわ。



「此方の“天刃”の能力を見抜いた事に関しては私も誉めてあげるわ」


「フン…生意気な奴よ」


「だから、御返しよ

先程の私に決め損ねていた其方の“切り札”の正体を当ててあげるわ」


「ほう…それは面白いな

言ってみるがいい」



謎解き、ではないけれど。

“答え合わせ”を遣るのは互いに自負が有るから。

見抜き切れる自信と。

見抜かれない自信が。

打付かり合う視線が静かに火花を散らし合う様に。

私達は不敵に嗤う。



「先ず、それは有視界下で使用が可能な物よ

視界に映っていない所には効果を及ぼせない…

極端な事を言えば距離感が明確に掴めない状況下では効果を発揮出来無い…

加えて、効果範囲は自身を中心として6〜7m以内、更に“基点”からは2m程という辺りが対象ね」


「…ふむ、見事だ

まさか、たった一度だけで其処まで見抜かれるとはな

正直、侮っていた様だ」



そう私の考えを述べれば、王累は少しだけ考える様に沈黙し、手が空いていれば拍手でもしていそうな様に態とらしい称賛を口にし、胸中では私を嘲笑っている事でしょうね。

勿論、王累の言葉の全てが偽りという訳ではない。

実際に称賛をする気持ちは有るのでしょうから。

ただ、それらも全て自分の優位が揺るがないと確信し疑ってはいないから。


だから、崩したくなる。

その余裕を奪い、その顔に深い皺を刻みたい。



「そう言っている割りには余裕綽々でしょう?

その程度なら見破られても大して問題ではないもの

その能力の根本的な部分、それさえ見破られなければ十分に使えるのだから」


「……っ…」



そう言って挑発したなら、王累の表情が一瞬だけれど確かに強張った。

普通の相手ならば、王累は駆け引きなどしない。

遣る必要すら無いわ。

けれど、私とでは違う。

それが必要になる。

其処に差が生じるのよ。

私達とは違い、王累は日々駆け引きしてはいない。

その練度の違いが、彼我の差へと繋がっている。

決定的な差としてね。




会話で主導権を握る。

戦場では縁の無さそうな事だと思えるでしょう。

けれど、実際には戦場でも無関係という事は無いわ。

寧ろ、今の様に一騎打ちや相手側の有力者と対峙して言葉を交わす機会は決して少なくはないもの。

その時、如何に無駄無く、必要最低限で言葉を用いて主導権を握るのか。

或いは情報を引き出すか。

それは大きく戦局を左右し一変させる要因と為る。

だから重要なのよ。

会話の駆け引きはね。



「その能力の正体…

それは空間への干渉でも、大気の操作でもないわ

一定範囲内で中心点に向け発生する“重力崩壊”よ」



そう言って王累を真っ直ぐ見据えていると王累は顔を俯かせて視線を切った。

けれど、それは僅かな間。

直ぐに顔を上げると王累は口角を大きく歪める。



「──っ、クククッ…

いやはや…本当に貴様には脅かされるな…

それも奴の入れ知恵か?」


「ええ、その通りよ

とは言え、私の知っている知識は一部に過ぎないわ

もしも、この場に居るのが子和だったら私よりも更に詳しく解説出来るわね」


「…まあ、そうだろうな」



そう言う王累は否定せず、楽し気に笑みを浮かべる。

それは肯定でも有る。

王累の能力、その実体とは隔離した一定範囲に対して重力崩壊を引き起こさせるという厄介な物。

一応、空間への干渉だとも言えなくはないけれど。

本質的には異なる為、今は別だとしておく。


気付く切っ掛けは軋む音と事後の空間の歪み方。

偶然にも其処に有ったのが空間──大気だけだった為視覚的には歪みが出る程度でしかなかった。

だから解り難かったのよ。

もし、一欠片でもいいから土や小石が混ざっていれば一目で気付けたでしょう。


尤も、偶然ではないのなら私が躱す可能性を考慮して王累が意図的に外していた可能性が高いでしょう。

私が言うのも何だけれど。

本当に食えない相手だわ。




驚きはしても悔しがる様な仕草は全くしない。

見せないのではない。

“だから、どうした?”と王累の態度が雄弁に語る。

その自信にも頷けるだけの能力なのは確かよね。



「見抜いた事は見事だ

しかし、見抜いただけでは我が“虚咬(うつつみ)”は防げはせぬぞ?」


「…確かに、厄介だわ

けれど、あまり甘くみない方が良いかもね?」


「そうか…では、その実を確かめさせて貰おうか!」



そう叫ぶと同時に前に出て距離を詰めてくる王累。

狙いは判り易い。

あの能力を──“虚咬”を警戒するのであれば後ろにさがるか、左右に移動して範囲外になる様にし距離を取るのが妥当でしょう。


けれど、そうはしない。

私は両腕を身体の前で交差させる様にして構えながら踏み込み──前に出る。

自ら王累との距離を詰めて虚咬の効果範囲に入る。

それは自殺行為に等しい。



「──っ!?」



──だが、それに驚くのは当然、王累の方だった。

その様な無謀な選択をする馬鹿は居ないのだから。

しかし、だからこそ意味が有ったりする。

僅かでも動揺は隙を生む。

思考の、身体の、反応の、全てを僅かに妨げる。


それだけで私には十分。

躊躇無く踏み込み、王累の懐へと入り込んだら、私は二つの刃を振り抜く。



「────チィッ!!」



振り抜いた刃が交差する、その直前に王累は更に前に出る様に踏み込み、同時に前方宙返りをするかの様に私の頭上を飛び越える。

入れ替わる様になっても、動きを止めはしない。

左足で地面を踏み砕いて、即座に反転し、勢いのまま右手の細剣は追撃。

王累は着地と同時に背中を私に向けたまま“禍刃”で受けて凌ぐと、力を利用し私から離れる様に跳ぶ。

それを逃がしはしない。




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