肆拾捌
曹操side──
刃が斬り合う程に。
意志が高まる程に。
感じ取れる事が有る。
純粋な技量の高さ。
執念とさえ言える意志にて掴み取った“反逆”の力。
相容れない思想を持つ事は間違い無いのだけれど。
私達と王累は似ている。
いいえ、限り無く近い、と言ってもいいでしょう。
至った場所(結果)が。
辿った過程(道)が。
それが違うというだけで。
彼我の間に生じている差は意外にも僅かでしょう。
けれど、その僅かな違いが決定的でも有る。
孤独だった王累と。
共に歩む私達と。
その根底に有る物は結局は似ていると言えるわ。
そう、秦王政の様にね。
(全く…これすらも貴男は糧にしろと言うのね…)
そう話し掛けた相手の顔が自然と脳裏に浮かぶ。
“それが覚悟という物だ”と言って不敵に笑っている姿が鮮明にね。
そう、判ってはいるのよ。
“背負う”という事が。
“継ぐ”という事が。
それが何れだけ難しくて、大変なのかという事は。
“繋ぐ”という事が。
“託す”という事が。
それが何れだけ難しくて、不確かなのかという事は。
今に至るまでの歩みを経て知り、学び、感じて。
嫌という程に、ね。
秦王政や王累の選んだ道は私達とは対極ではあるわ。
けれど、その選択肢自体を否定は出来無い。
勿論、それを許容する事も出来無いけれど。
考え自体は理解出来るわ。
(不老不死──永遠を得て“統治”しようとした…
その根幹に有るのは私達と同じ様に、“民の為に…”という意志に由って…)
私利私欲で不老不死を求め堕ちているのならば。
本当に人間を見限った上で滅ぼすつもりならば。
“人間としての意志”など残ってはいないもの。
けれど、王累は残していて思い出している。
自分が懐く本当の意志を。
不老不死を、力を求めた、本当の理由を。
民を、国を、守り、導く。
その為であった事を。
今、はっきりと。
(その道は確かでしょうね
誰も信じる必要は無い…
自分さえ存在していれば、揺らぐ事は無いのだもの
それは一つの“絶対”だと言えるでしょう…)
“永遠皇帝”とでも言えばいいのかしら。
その者が頂点に君臨し続け絶対不変の階級制度の下に統治する事により、恒久的平和を実現する。
ええ、実現出来るのならば間違いとは言わないわ。
不老不死の絶対者に対して誰も逆らおうだなんて先ず思わないでしょうから。
不可能ではないでしょう。
ただ、それは果たして人が生きていると呼べるのか。
少なくとも、私達はそうは思わないわ。
だから私達は対極を歩み、秦王政が、王累が、諦めた“人が人として生きる道”を選んでいるのよ。
例え、不確かであろうとも私達は信じる事を選ぶ。
人と人が繋がる事を望む。
その為に、私達は弛まず、絶え間無く、紡ぎ、継いで結び、繋いでゆくわ。
終わる事の無い様にね。
その為にも王累を倒して、示し、進まなくては。
そう決意を更に深める。
(──とは言ったものの、現状のままでは難しいのは変わらないのよね…)
王累の実力は高い。
色々と遣るべき事が有って時間を要してはいるけれどさっさと終わらせられる、という程度ではない。
本気ででも、相応の時間を必要とする相手。
決定打を与えられる存在が“天刃”しかないのだから仕方が無いのだけれど。
このままでは雷華が戻って来る前に終わらせるという密かな野望は潰える。
王累からしたら、ある意味大歓迎かもしれないけど。
私としては面白くはない。
だって、他の皆が任された自分の役を、きっちり熟し終えているのだもの。
勿論、私も終えてはいる。
だからこそ、“上積み”を望んでいるのよ。
一歩でも勝りたいから。
少しでも示したいのよ。
私が“一番”だって。
その為に、王累を討ち取る位の事が必要なのよ。
…え?、さっきまでの王の心得みたいな真面目な話は何処に行ったのか?。
そんな物で女を上げられるというのなら、私達は全然苦労はしないわよ。
と言うより、それで上がる“成長の余地(伸び代)”は疾っくに無いわよ。
その辺りは頭打ちね。
だから、他で伸ばすのよ。
国の為、民の為、と自分を犠牲にしなくてはならない程に私達は弱くはないわ。
それに、私達が第一とする譲れない事は不動だもの。
それを犠牲にしてまでする理由は無いわ。
それを“身勝手だ”と言い非難するならすればいい。
私達は正面から“だったら遣ってみなさい”と言って追及してあげましょう。
無責任に口にするだけで、何もしない、何も出来無い己が愚かさを徹底的にね。
──と、それは兎も角。
現状、私達の戦いは拮抗し膠着状態に為っている。
けれども、気を抜ける様な生易しい物ではない。
下手に退けば致命的な隙を生じさせ兼ねない。
そういう死線上で行われる戦いだと言えるわね。
──とは言え、それだけに至難だとも言える。
高い領域で、拮抗している状態を崩そうとするのなら其処から全く下がらずに、更に進む、という無理難題を越えなくてはならない。
その為の選択肢としては、大きく二つ有る。
一つは拮抗した状態のまま戦いを続け、相手の隙を、崩れる瞬間を見逃す事無く確実に突く、という物。
つまりは、持久戦であり、一撃必殺を狙う訳よ。
但し、時間的な余裕が有る場合ならば、よね。
現状では選び難い。
何しろ、雷華の事だもの。
何時“此方”に戻って来るのか判らないわ。
寧ろ、一番美味しい状況で戻って来そうだもの。
だから、それは無いわ。
となると、もう一つの方が有力に為るでしょうね。
それは、とても単純。
今のままで拮抗しているのであれば変化を付ける。
ただそれだけの事。
例えば、そう。
更なる“手札”を切って、とかいった感じでね。
激しい応酬が繰り返され、互いに退かぬ中で。
私から仕掛ける。
深く前へと踏み込みながら擦れ違う様にして、左薙に大きく振り抜く。
“渾身の一撃”というのは必然的に技後硬直し易く、隙を生じ易くなる。
それ故に、拮抗した戦いで仕損じる事は致命的。
とは言え、そう見せ掛けた“誘い”という事も有り、全てが全て悪手なのだとは言い切れない。
では、この場合は?。
通常であれば、王累の方は誘いに乗らない様にして、牽制を交えた攻撃をするか乗った様に見せ掛けた上で逆に“誘い出す”か。
といった感じでしょう。
距離を取る、という選択は安全では有るでしょうけど場合に因っては、主導権を相手に渡してしまう結果に繋がってしまう事も有る為賭けに近いでしょう。
力量差が確かであれば全然問題無いのだけれど。
そういった事を考えるなら王累の選択は限られる。
と言うより、私が王累なら遣る事は一つでしょう。
誘いである可能性を考慮し“決め”にはいかないで、しかし、必殺には為り得る一撃を放ちに行く。
要は、次に繋げられる様に備えた状態で仕掛けに行くという事よ。
その読みを肯定する様に、王累は擦れ違い様に身体を捻って“禍刃”を振り抜く体勢へと入っている。
当然ながら、王累の動きを感じている時点で仕掛けが誘いだった事は明白。
次への備えは出来ている。
王累と大差無い間合いにて私も身体を捻っている。
右に振り抜きながら身体は左回りに回転させる。
回転しながら、振り抜いた右手から天刃を手放すと、惰性により背面を回る様に反対側へと流れてくる柄を振り向き様に左手で掴む。
右回りに回っていた王累と肩越しに視線が打付かり、身体の回転のまま振り抜き禍刃と撃ち合う。
「────っ!?」
──その次の瞬間。
斬り別れた筈の二つの刃の軌跡に第三の刃が閃く。
それは王累の無防備だった左脇腹を切り裂いた。
両者の間に血花が舞う。
今は人外と為ってはいても依り代となった肉体自体が人間だからでしょうね。
その身に流れているのが、赤い血である事は。
崩れた均衡、生じた隙。
距離を取る様に飛び退いた王累を逃がす理由は無く、仕留めるべく追撃に入ろうとして──止める。
踏み弾こうとしていた足を反射的に踵に体重を掛けて強引に地面に縫い付けた。
それは理性ではない。
本能による直感。
経験から来る危機回避。
その直後の事だった。
今、踏み出そうとしていた虚空(道)を貫く様にして、大気が歪み、軋みを上げて見えない顎が食んでいた。
やはり、簡単には仕留める事は出来無さそうね。
結局、距離を取られる形で私達は動きを止めた。
続けようと思えば出来無い訳ではないのだけれど。
流石に、互いに見せ合った“一手”が気になる。
それにより、迂闊な継続を回避させた結果。
故に、然程深い理由という訳では無いのよ。
単純に警戒心から。
それだけなのだから。
そんな状況で王累は左手で自身の左脇腹に付けられた傷を撫で、流れ出て掌へと付着した血を確かめてから私へと視線を向けてきた。
正確には、私の右手へと。
「馬鹿な──と言いたいが貴様等の事だと思うだけで不思議と何が起きようとも可笑しくはないと思える」
「勝手に非常識扱いしないで欲しいわね──と言って否定したい所だけれど…
そう出来無いのは事実ね
そのつもりは無くても」
私は右手に持つ“細剣”を軽く振って見せる。
すると、天刃と同じ様に、燐光を舞い散らせる。
その様子を見ていた王累は一瞬だけ驚きを見せる。
しかし、直ぐ鋭い眼差しに戻って睨み付けている。
それも当然でしょうね。
それは有り得ない事。
只でさえ、“一対の天刃”という想定外の存在が私の左手に在るというのに。
更に、もう一振り存在するという事になれば、流石に王累でも嫌になる筈。
私だったら、追及している所かもしれないわね。
納得が出来るまで。
「…それは確か……ああ、そうか、成る程な…
だから“共鳴”などという真似が出来る訳か…」
「あら、随分早い納得ね?
もう判ったのかしら?」
「フン…勿体付けるな
それは貴様の天刃の能力、最初に使っていたのは確か“封滅具”だったな…
何方等も貴様を主と認め、貴様に力を委ねている
だから、天刃の持つ特性を付与させられる…
そういう事だろう?」
「ええ、正解よ」
その洞察力は大した物ね。
まあ、隠すつもりも無いし誤魔化せるとも思わない。
何しろ王累の方が私よりも“そういう事”に関しては詳しいでしょうからね。
だから可笑しくはない。
当然の結果だと言えるわ。
王累の読み通り。
私に与えられた天刃には、ちょっとした能力が有る。
それは天刃の顕現(使用)中に限られるし、対象も限定されるのだけれど。
私の細剣に対して、天刃と同じ様に王累を、禍刃を、討ち滅ぼせる力を付与する事が出来るのよ。
それだけではあるのだけど対王累専用として考えれば十分過ぎる能力。
文字通りの切り札となる。
その効果を雷華も同じ様に“共鳴”と呼んでいたのは余談なのだけれど。
この能力により、私は本来一振りしか存在しない筈の天刃を二振り扱えるという少々反則的な状態に為る。
尤も、その分だけ消耗する氣の量も増えるのだけれど──其処は仕方が無い。
それで氣の消耗量が通常と変わらないという様な事は都合が良過ぎるもの。
勿論、そう為ったとしたら大歓迎なのだけれど。
世の中、其処まで都合良く出来てはいないのよ。
残念な事にね。
だからこそ、極力使うのは避けて置きたかった。
切り札でも有るしね。
早々に晒す真似はしない。
確実に仕留められるのなら遣っても構わないけれど。
今回に限って言えば色々と遣るべき事が有ったもの。
それを全て遣り終えるまで王累を倒す事は出来無い。
そういう状況だった。
だからこそ余計に使う事は出来無かったのが実情。
それ故に、改めて思う。
本当、無茶な条件(縛り)で遣らせてくれるわ。
…まあ、上手く乗せられた私も単純だったわよね。
面白がってもいたし。
それだけ、雷華は私の事を理解しているという証でも有るから質が悪いわ。
怒るに怒れないもの。
その事実に腹が立つ所か、嬉しくなる始末。
…我ながら骨の髄、魂まで惚れているのよね。
全然困りはしないけれど。




